畳を歩くたびミシッと不快な音が鳴る。部屋中に漂う湿った空気。
俺は下積み時代に住んでいた家賃8000円の部屋を思い出した。
懐かしいな。あの頃は金はなかったけど……って危ない危ない。あの貧乏時代を感慨深く思い出す所だった。
「この村にはここしか宿泊施設がないんです。晃さん一か月の辛抱です」
義信が埃にせきこみながら窓を開ける
「一ヶ月の我慢だ。そうすれば東京に、俺の街に戻れる」。
「そうですよ」
義信が相槌を打つ。
俺ははカレンダーの6月1日の欄に思いっきり×を付ける。
そして、6月30日の所に花丸をつける。
「頑張れ俺」
自分で自分を励まし布団に入った。
昨日は全然眠れなかった。久しぶりにベッドじゃなくて布団で寝たからだ。なんだか体が痛い。
俺がロケ現場に入ろうとすると、何故か優海ちゃんが泣いているのが見えた。
あのスーパーアイドルAランクの優海ちゃんが泣いているのに、周りのスタッフはその様子を遠巻きにみているだけだ。
俺は泣いている女を放ってはおけない。
俺が優海ちゃんの所に歩み寄ろうとすると義信に止められた。
「優海はアイドルだから演技なんかできないの」
優海ちゃんが甲高い声で叫ぶ。
「あいどるでも何でも俺に求められたことをやってくれ」
あの仏様みたいな優しい監督が怒っている。
「だって優海できないの。」
優海ちゃんが甲高い声で叫ぶ。
「優海さんが演技がうまくできなくて監督ともめてます」
義信が耳元で囁いてきた。
「もういや、降りる」
優海ちゃんは帰っていった。
現場は騒然としている。
どうすんだよ。おいスタッフ。誰かなんとかしてくれよ。
期待とは裏腹にスタッフが続々と俺の所にやって来る
「晃さん。」
「あの牧子っていうマネージャーはどうした?」
俺は嫌な予感を的中させまいと頑張る。
「おじいさんが危篤だどかで、九州の実家にいるそうです」。
「晃さん、スケジュールも本当に詰まってるんです」
泣きそうな顔で女性スタッフが言う
「晃さん、村の為にも是非」
課長までも敵になっていた。
ロケ現場にいる全員が俺に熱い視線を送っている。
「…………俺にまかせとけ!」
俺の一言でロケ現場の空気が一瞬和んだのがわかった。
おかしい。晃さんが全部なんとかしてくれると思ってたのに、どうして俺までも優海ちゃんの説得に来ているんだろう。
まあなんでもいい。俺の使命はこの村でのシーンを少しでも増やし、村をアピールすることだ。
「優海ちゃーん」
晃さんが優しい声で呼びかける。
「もう降りるから関係ないです。優海、明日東京に帰るもん」
ドア越しにさっきと同じセリフが聞こえてくる
「俺たちじゃ無理です。」
俺はため息をつきながら言った。
「こうゆうときは女、村に説得できそうな世話好きのおばさんいない?」
晃さんは簡単に言うけれど、村に世話好きの説教おばさんなんて都合よくいるわけが……
「いました!」
俺は一番大事な奴を思い出した。
「どんな人?」
晃さんが嬉しそうに言う
「的確なアドバイスと辛口コメントで同姓からの支持は熱いです。小山村の母って呼ばれてて……」
「何でもいいからそのおばさん呼ぼう」
「おばさんではないですよ。まだ若くて隠れ美人です」
俺は大事な所だけは否定した。