小説『コメディ・ラブ』
作者:sakurasaku()

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結局昨日は一睡もできなかった。

朦朧とした意識のまま、学校へ出勤する。

職員室へ入るや否や佐和子が浮かれながらやってきて耳打ちする。

「てっちゃんのことどうするの?」

「……なんで知ってんの」

「ケーキ屋のおばちゃんがトニーのおばちゃんから聞いたって」

思わずため息が漏れた。

「……この村の人達、他に楽しみねえのかよ」

その時、廊下から子どもの声が聞こえてきた。

「聞いた?」

「聞いた!役場の哲也さんがとうとう美香せんせいに告白したんだって」

「片思い15年か」

「ちょっと長すぎよ」

「そうそう。恋はタイミングが命なんだからね」

「哲也さん、草食男子すぎよね」
 
「ねぇ」

私は思わず佐和子と顔を見合わせた。

なんだか頭痛がして、頭を押さえながら椅子に座った。


   

「やっと保護者のかた帰られましたね」

校長先生もほっとした顔で頷く。

「自分の子どもを授業中あてるなってどうしたら……」

校長先生は穏やかに口を開く。

「親御さんがどれだけ要求されてもできないことはできない。自分が教員として正しいと思うことをやるしかない」

その言葉に思わず声が詰まった。

「はい」

「……美香先生ところで、哲也君との結婚式の仲人は誰がするんだ」
   
私はさっきまでの感動が急にいなくなったのがわかった。机を叩いて立ち上がる。

「校長先生まで!いい加減にして下さい」




自分の部屋で布団に寝転がり、テレビを見ていた。

何にも食べる気がしないし、何かをする気力もない。

テレビでは天気予報が流れている。

「台風5号が日本列島に近付いており、3日後には本州に上陸しますので警戒が必要です」

台風か、あいつ大丈夫かな。

強風、大雨の中でも普通に歩きそうだ。

風邪でもひかなきゃいいけど。

って台風が来るって言われたら、俺は一番にあいつのことを心配するんだ。

「俺って狂ってるな」

自分が可笑しくて鼻で笑った。

リモコンでテレビを消した。

「行こう」




教室で習字を掲示しながら考え事をしていた。

今日来た保護者のことでも、てっちゃんのことでもなく、考えるのはやっぱりあいつのことだった。

もう明後日には帰るんだ。

そんなことはわかってる。わかってるんだけど。

そのとき、待ち望んでいた声がした。

「何してるんだよ。こんな遅くまで」

驚いたというより、嬉しくて泣きそうだった。

本当に私狂ってる。

けれど、こんな様子は見せられない。

後ろを振り向くまでに無理やりちょっと気だるそうな表情を作る。

「ちょっと考え事してただけだよ。びっくりした」

急に晃が不機嫌になった。

「……課長のことか」

どうして一番知られたくない人が知ってるんだろう。

「……本当嫌になっちゃう。あんたまで付き合えばいいっていいに来たの?」

あいつが急に習字を見出す。

「俺は別に……あっ、これうまいな」

「……そうだよね。お似合いだよね。お互い公務員だし。地味だし。華やかじゃないし。」

珍しくあいつが声を荒げる。

「お似合いだって思ってんなら付き合えばいいじゃねえか!」

やっぱりそうじゃんか。誰かに言われて来たんでしょ。

泣きそうな気持ちをこらえた。みっともない所はみせたくない。

「……そう」
  
 その時、9時を知らせる教室の時計の音が鳴り、誰もいない校舎に響いた。

「……あんたはさ、優海ちゃんみたいな人がお似合いだよね」

「……当たり前だろう。美男美女で世間が最も祝福する組み合わせだ。このままCMも出れるな」

私は残っている力を振り絞る

「……もう帰ってよ」

あいつは何も言わず静かに教室を出て言った。









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