小説『コメディ・ラブ』
作者:sakurasaku()

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太陽が椅子に座り目を閉じている俺を攻撃している。

表面は燃えるように暑いけれど、何故か全身冷え冷えとしていた。

スタイリストのアシスタントの女の子達の甲高い声が頭に入ってくる。

「台風夜中に通過するんだって」

「ってことはロケ予定通りにいくじゃん」

「よかった。明日やっと帰ってまー君に会えるよ」

「よかったね。私なんか一昨日好きな人ができたって振られちゃった」

「やっぱり一か月も離れるとね。どうしてもそうなっちゃうよね」


たかが一か月ぐらい会えないぐらいで、他の女を好きになるなんて。

要するに彼は心底好きではなかったんだろう。

自分も昔はそうだったから、よくわかる。

昔?じゃあ今はどうなんだ……

考える間もなく、簡単に答えは出た。

自分を奮い立たせてるのか、それとも悲しいからなのだろうか、体が震えている。

遠くで義信が呼ぶ声が聞こえる。

「起きて下さい」

肩をゆすられ、ようやく目を開ける。

義信が俺の顔を覗きこんだ。

「晃さん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」

「なんか、だるくってさ。もう始まる?」

「だ、大丈夫ですか?ちょっと休ませてもらいましょうか?」

「大丈夫。今行くぞ」

椅子から立ち上がろうとした瞬間、俺の意識が遠のいた。

義信が間一髪、俺を支える。

「……俺は……このまま死ぬのか。最後にあいつに……」

大勢の人が俺に寄ってくるのはわかったが、そこから先はどうなったかまったくわからない。


朝の職員室は、皆せわしなく動き回っていて、印刷機の音が規則正しくリズムを刻んでいる。

私も負けじとプリントを分配している。

昨日は結局、徹夜でてっちゃんとおばちゃんを付き合わせた。

けれども不思議と眠くはなかった。

保健の先生が話しかけてきた。

「美香ちゃん聞いた?今晩台風が来るんだって」

「聞いた。外に出してある道具しまわなくちゃね。めんどくさ」

「美香ちゃん、ついでに保健室前の物干しもお願いね」

「えーっ、しょうがないな」

佐和子が勢いよく職員室のドアを開けて入ってきた。

「大変大変」

教頭先生が驚いて尋ねた。

「どうしたんですか」

「……晃さんが役場前で倒れたんだって」
   
持っていたプリントが手をするりとすり抜けていった。

沢山のプリントが床に散らばった。

教頭先生も心配そうに尋ねた。

「晃さん、大丈夫なんですか」

「詳しいことはわからないけれど、高熱みたい」

保健の先生の声が遠くで聞こえた。

「大丈夫かな?インフルかな?夏に流行るのもあるからね」

落ちたプリントを一枚一枚丁寧に拾い集めた。

中には机の下の奥底に入り込んでしまったやつもあったけれど、拾った。

一枚でものがすと、自分を抑えられなくなるような気がしたからだ。




アパート全体台風に吹かれてガタガタと揺れている。

木や標識、ビニールハウス、外にあるすべてのものが必死に台風と戦っていた。

カーテンを閉め、ベッドに寝転がった。

「テレビでもみよう」
   
あいにくどの局をつけても台風情報ばかり流れていた。

「こんな時こそバラエティーだろ!」

誰も聞いてくれない不満をテレビにぶつけた。

箪笥の上に置いたガラスの靴が自然と目に入る。

首を激しく横に振る。

「あいつは八又かける男だぞ。もの珍しいだけだよ」
   
けれど……

「詳しいことはわからないけれど、高熱みたい」

朝の佐和子の言葉を思い出す。

瞼を閉じて考える。

偶然を装って旅館に行って様子を見てみるとか……

こんな台風の中、旅館にどんな用事があるというのか……

旅館の女将さんに電話して様子を聞くとか……

駄目だ、てっちゃんに話がすぐに漏れる。いくらなんでも失礼すぎる

突然、窓が割れそうな程の突風が吹き、とても大きな音が部屋中に響いた。

驚いて目を開けたが、またゆっくりと閉じた。

「……八またの中に入ってもいいから」




8人のモデルみたいな綺麗な女達が私を睨みつけている。

おそるおそる入口で挨拶をする。

「こんにちは、9番目の美香です」

「ださっ」

「不釣り合いにも程があるわよ」

「身分をわきまえなさい」

8人の女一斉に攻められる。

「そうよそうよ」




付き合うだけ付き合って週刊誌に売るとか……


「もうお前とは終わりだ。じゃあな」

晃は私を足蹴にし、見知らぬ女と去っていく。

「待って、晃さん、私はあなた無しでは……生きていけない……」

後ろでは冬の日本海が大荒れに荒れていた。


週刊誌の表紙にデカデカと目を黒線で隠された私がうつっている。

タイトルは「私を捨てた男鬼畜晃。許せない、涙の告発」だった。



「ははっ。あり得ない。無理無理」

想像しただけで笑ってしまった。


けれども私は8股にプラスされても、ボロボロに捨てられてもなんだかそう悪くない気がした。

ただ晃の所に行きたかった。
   
「行こう」

ガラスの靴を持って、強風が吹き荒れる中アパートを飛び出した。

風に負けないよう、飛ばされないよう一歩ずつ歩いた。



俺が目をさますと小山旅館の自分の部屋にいた。

「俺、もしかして……生きてる!」

「目が覚めました?」

声のする方を振り向くと優海ちゃんがいた。

「優海ちゃん?!」

「もう、晃さん大げさなんだから。ただの風邪だって」

「……ただの風邪」

何故かそう聞くと少し体が楽になったような気がした。

「あっでも、まだ安静にしてなくちゃだめですよ」

優海ちゃんが立とうとする俺を必死に止めた

「ねぇ、晃さんこれちょっと食べて下さい」

「何これ?優海ちゃん作ってくれたの?」

優海ちゃんが照れた表情を浮かべながら言った。

「うん」

この子は本当に素直ないい子だ。ちょっと頭が弱いけど。

優海ちゃんはスプーンでおかゆをすくい、口元に差し出してくれた。

「はい、どうぞ」

少し驚いたが、とても腹が減っていたので、口を大きく開けた。

その時、部屋のドアが勢いよく開いた。






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