小説『コメディ・ラブ』
作者:sakurasaku()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

久しぶりに無人駅というものを見た。

一緒に降りた3人の乗客は慣れているみたいで、小さな鳥の巣みたいな箱に切符を入れ颯爽と駅から出ていった。

俺も真似をし、巣箱に切符を入れ駅から一歩外に出た。

辺りを見回すと一緒に降りた人も通行人も人っ子一人見当たらず、街灯が所々ポツポツと村の一番のメイン通りを照らしていた。

前来た時は木や草が青々としていたが、葉が黄色や赤く色づいていたり茶色く枯れている植物も多かった。

久しぶりに戻ってきた懐かしさと、夏とは違う山村独特の秋の終わりの寂しさがあった。

美香はこの時間必ず学校にいてまだ仕事しているはずだから、学校へと続くメイン通りを急いだ。

急に来たから喜ぶだろうな。

なんだか急に恥ずかしくなり、肩や関節を回しながら空を見上げた。

空には変わらず満天の星が輝いていた。

15分ほど歩き小学校に着き、門を開ける。

予想通り一番端の教室に電気がついていた。

「頑張ってるな」

そう呟き、校舎の端にある教室へと向かった。

あれだけ沢山の苗が植えられていたかぼちゃ畑で足が止まる。あとかたもなく全てなくなっていた。

「仕方がないよな」

少し寂しさを感じながらまた歩き始めた。

「大丈夫だよ」

急に教室から男の声が聞こえてきた。

まさか……

無性に不安になり、教室の窓をそっと覗くと美香と課長がいた。

よく見ると美香が泣いている。

「いつだって電話してもまもにつながったことないし、メールしても返事がくるの3日後とかだし」

美香が所々つまりながら悲しそうに言った。

「晃さんだって忙しいんだろ」

課長が慌てて俺のフォローをする。

「でもあの熱愛報道って何なんだろうね、遊ぶ時間はあるのに……」

美香が下を向いたまま力なく言う。

「きっと色々あるんだよ」

課長もしゃがみこみ優しく語りかけた。

「だって知ってる?もう私おかしくなりすぎてさいつもあいつのこと考えてんの

最近じゃさ授業準備もろくにしてなくて子ども達に苦情言われちゃった。馬鹿だよね」

課長が優しく頷きながら聞いている。

「……本当に私あいつと付き合ってんのかな。私のこと好きなのかな」

あいつは下を向いたままそう吐き捨てた。

俺は我慢できなくなり窓を開けて教室に入った。

「付き合ってるよ。俺は少なくともそう思ってる」

美香と課長は驚いて俺の方を振り向いた。

「晃さん!」

課長が死ぬほど驚いた顔をしていた。

「寂しいって、私のこと好きなのかわからないって俺に言ってくれよ。」

美香はさらに涙をポロポロ流した。

「どうして俺じゃなくて課長に言うんだよ!」

外の風の音が強くなってきた。風が窓に当たっては消える。

「……言いたくても、いつ電話しても出ないし、いえない」

ようやく美香がとぎれとぎれに答えた。

「仕方ないだろう。仕事なんだから」

俺が冷たくそう言うと美香は黙ってしまった。

自分でもどうしていいのかわからなかった。

いつも拗ねた女の子に対して出てくる甘い言葉が今日は一つも出なかった。

外の風が隙間から入ってくる音が教室中に聞こえる。

「俺今日はもう帰るよ」

それだけ言い、俺はまた窓を乗り越え外に出た。

駅までの道はさっきよりもさらに風が強く寒く感じた。

俺はショックだった。

美香が課長に泣きながら愚痴ってたことじゃない。

美香をあそこまで追い詰めた自分の鈍感さが嫌だった。

美香は普通の女と違うから大丈夫。俺のこと理解しててくれるから大丈夫。俺達は真実の愛で結ばれてるから大丈夫。

美香だって普通の女だってこと気がつけなかった自分嫌だった。

幸いにも駅に着くとすぐに帰りの特急が来た。

ドアが開き乗り込み外を見た。

美香が必死に走ってこようとしているのが見えた。

だけども俺は気付かないふりをした。

どんな顔で美香に会えばいいのかわからない。

特急電車はスピードをあげてあっと言う間に村が遠く離れて行った。






-64-
Copyright ©sakurasaku All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える