小説『旅の思い出』
作者:ヨナ(ヨナ日記)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

都会の生活は心を置き去りにしなければ付いていけなかった。情報と感情が原色の絵の具みたいにサイケデリックにグシャグシャで、真夜中、小さな部屋にたどり着く頃には灰色のどんよりした心が胃の辺りからどっしりとぶら下がっている。白い錠剤やくゆらす煙でどうにか片付けて、明日へ向けてせめてもの生命維持の為に眠る。

こんなの、望んでた?




「生まれる時代、間違えたんじゃない?」
平気でそう言う事を言う。ギタリストっていけすかない奴が多い。自意識が強くて思いやりに欠けるっていうか……まあ、あたしもそうなんだろうな。
「原始時代じゃあるまいしさ。お金でしょ、やっぱり。気持ち表すにはお金なわけよ」
「うん、わかってる」
 コトバの通じない相手みたいだから、諦めてとりあえずの返事を返す。
「わかってないじゃん?」
 彼はしつこい。
「CD売ってお金もらうわけ、そうやって俺達は暮らしていくわけよ。物々交換する訳にいかないでしょ」
 そういう話をしたかった訳ではないのだけれど……。自分自身、どうにも歪んでいるのだから、まともな会話は成り立たない。いけすかない相手は言葉を続ける。
「だから君の言ういわゆる『大人』達はね、俺たちのオンガクをお金に代えようと思うわけ。そうしなきゃ暮らしていけないんだから、それでいいでしょ?」
「あのね。その人の、心が知りたいんだよ。歌から何を得てくれたのか。まず、そこがあって、それで、じゃあ世の中にどう出して行こうかって話になるわけでしょう? 人の歌聴いていきなり、『売れそうだから売り出しましょう』って、そういう目でしか見れない人たちに自分の歌を任せたくないんだよ。『はい、じゃあまた感動するもの書いて下さい』みたいなさ、わかってもないくせに」
 脳を絞って応戦。それでも敵はさるもの。
「自意識過剰なんじゃない? 注目されればそれでいいじゃん、ここまでたどり着けない人なんて沢山いるんだよ? そんな事言ってチャンス逃してどうすんの」
苛々した様子で煙草に火を付ける。血管の浮いた腕に掘り込まれたたタトゥーの骸骨があたしを睨む。
そうじゃないんだけどなぁ……。
「うちらさ、話、通じないね」
「お前が頭おかしいんじゃん?」
「……」
 そうなんだろうか。もしかすると、彼の言う通りなのかもしれない。ゲンダイシャカイにそぐわないのは、小さい頃からそうだった。おかしいのは、あたし?

 それから数日後、真夜中の地下スタジオで事件が起こった。ドラマーが事務所の人に連絡を忘れていた事に腹を立てた彼が、突然ギターで殴りつけた。殴られて殴られて、口から血を流してるドラマーを守ろうと、彼の背中をどうにか羽交い絞めにする。それでも女だもの、ブンブン振り回されてお仕舞い。腕の中に感じた怒り狂う彼の温もりは、悲しいくらいにあったかかったのを覚えている。きっと、すごく追い詰められて、可哀想なくらい、必死だったんだろうなぁ……。

-2-
Copyright ©ヨナ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える