小説『旅の思い出』
作者:ヨナ(ヨナ日記)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 九さんに尊敬を込めて一曲歌い終えると、長髪のおじさんが笑顔で拍手をくれた。
「俺の店に来いよ、仲間に紹介する」
陽気に肩を組んでくる。ちょっぴり警戒……かなり好奇心。日本人はこうやって騙されるのだろうなぁとか考えながら、おじさんと一緒にビーチを歩いた。

ビーチサイドの店はオープンで雰囲気抜群だった。四本の支柱にやしの葉の屋根。カウンターの向こうの棚に酒瓶がぎっしり。数人のおじさん(お兄様?)達が昼間から酒を飲んでいる。

「よう、誰さ?」
顔を向けるなり尋ねて来る。
「日本のミュージシャンだぜ、歌がうまいんだ、セッションしよう」
 長髪のおじさんはカウンターの向こうに回りながら言う。
「何飲む? おごるよ」
「あの、お水でいいです」
「ほいよ」
 カウンターに腰掛けて差し出されたミネラルウォーターを飲みながら、ギターを膝に置く。奥にいた数人のお兄さん達もギターや打楽器を手にこちらに寄ってきた。
「何かセッションしよう、ボブマーリーはやれるか?」
「有名なのなら。ウーマンノークライとか?」
「よし、それ行こう、キーは?」
「合わせます」
「じゃあ、いくぜ」
 海沿いのオープンバーにレゲエの演奏が始まる。ギターで合わせながら、歌い出した隣のおじさんの声に重ねてアドリブを入れた。
 
オンガクは素晴らしい!
 
会話は片言でも、歌で通じるんだ。

「全てはきっと、良くなっていくよ、
だから泣かないで、もう、泣かないで、
大丈夫、全ては良くなっていくはずだから……」

そんな歌を、見知らぬ国の人たちと心を込めて歌いあう。それぞれの国の抱えた闇と、それぞれの人生の、過去と憂いを重ね合わせながら……大きな海の波の音に包まれるようにして、演奏は続いた。

全てはきっと、良くなっていくよ、だから泣かないで、もう、泣かないで、大丈夫、全ては良くなっていくはずだから……

涙が、こぼれた。

驚いて時計を見た。帰りの飛行機まであと10分!
「すみません、飛行機が飛んじゃう!」
「なんだって、そりゃ大変だ」
みんな立ち上がった。
「ありがとうございました、ありがとうございました」
 片言のあたしはそれしか繰り返せない。長髪のおじさんが慌てて棚から何かを取ってあたしに手渡した。
「これ、もって行きな、思い出に」
 受け取ったのは馬の前歯の飾り物。首に下げられるように穴が空けてあった。
「ありがとうございます!」
 相変わらず同じ言葉を返し、あたしは駆け出した。

 全速力で道を走る。この島では炎天下の昼間には走ることが禁止されていた、熱中症を防ぐ為だ。よほどの事件でもない限り、人々は公道を走ったりしない。なので、疾走するあたしに驚いて、あっちの家からもこっちの家からも現地の人が顔を出す。
「何だい? けが人でもいるの?」
「火事かい?」
 みんなが声を掛けてくる。
「飛行機! 飛行機! 飛行機!」
 走りながら片言で叫ぶ慌しい日本人を、みんなが笑顔で見送ってくれた。

飛び乗った飛行機の窓の向こう、左翼ごしに広がる青い海が見える。小さくなっていく白いビーチ。なんだか、ちょっと蒸し暑い夢を見ていたような気持ちがした。

 さようなら、南の国。あたしは自分の持ち場へ帰るんだな。きっと、創り続ける為に。

 人は皆、どんな中に生きていたって、全てを越えた大きな大きな何かの中に包まれている。だから、小さなちっぽけな世界に、絶望なんかしてちゃいけないんだ。

 イヤホンから聞こえる作りこまれた商業オンガクを聴きながら、強くそう思った。



               旅の思い出   ―完―


ボブマーレーの曲です↓

http://www.youtube.com/watch#!v=64QkD5pBWWE&amp;feature=related

-4-
Copyright ©ヨナ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える