小説『鮎釣り刑事 1』
作者:taikobow()

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 二回戦が始まった。今度は一回戦で勝ち抜いた選手がまたリボンを引いてエリアを決める。二回戦はエリア

を三つに絞りそれぞれのエリアで上位3位までが全国決勝に行けるというわけだ。また3位同数の場合はプレ

ーオフをやって一匹先に釣った方が勝ちというルールだ。

綾川は青木と同組となり青木に目を放さず釣ることができることになった。綾川と青木はCエリアで本部前と

なった。すでに覆面パトカーが選手達の車と入れ替わるように集まっている。浅岡は原田が乗ってきた車の

助手席に座り携帯電話で捜査本部としきりに連絡をとっていた。

 二回戦は各組20名程度での戦いだ。そこでの勝利は狩野川の名人へのステップアップとも言える。真剣な

勝負は額の汗も気にする間もなく時間だけが過ぎていく。

綾川はすぐに1匹目を釣ったが青木は掛かる様子も無い。2匹目も程なく掛かり青木の方はと見ると1匹目を

釣ったようである。その時対岸のテニスコートで騒ぎがあった。そのテニスコートは「ホテル狩野川」の宿泊

者が利用するものであり、主に女子大生のクラブが団体で合宿するためのものである。そこでテニスウェアの

女子大生が右へ左へと逃げ悲鳴を上げている者もいた。すると頭からどす黒い血のかたまりを付けた男がテニ

スコートの金網に両手をかけて何か言っているのが聞こえた。はっきりとは聞こえなかったが「青木。」と

も「卑怯者。」とも聞こえた。すぐに綾川は川べりにいる刑事に合図をして対岸に向かわせた。宮田橋を駆け

足で渡っていく刑事を横目で見て青木を見るとなにやら動揺している様子が伺えた。

 3匹目を釣り青木を見るとすでに鮎釣りをしている感覚は無く放心状態のような体をなしていた。10分

程して救急車がテニスコートに着き血まみれの男を搬送して行った。青木は落ち着きを取り戻したのか2匹目

を釣り時計を見た。すでに一時間が過ぎ勝負は後半戦に入った。綾川は4匹目を釣り青木は釣れてない。する

と青木は場所移動するつもりらしい。綾川のの背中に回り上に入って釣りだしたが今度は綾川が釣っている

場所で釣るつもりらしい。オトリ鮎を綾川の竿の下に入れてのルール違反行為だ。そのとたん”ビー”という

笛の音が聞こえて審判員の

 「ダメダメ。すぐに離れないと失格にするぞ。」

という声が聞こえた。

 青木は仕方なく少し離れて釣り始めたが釣れる様子はない。綾川は5匹目を釣り絶好調だ。すると青木

は何を思ったか石を綾川の近くに投げてきた。

するとまた

 「何やってる。ルールを守らない奴は出ていってもらうぞ。」

と審判員の怒声が響いた。
 
青木は少し驚いたのか竿を引き上げてオトリ鮎を手元に引き寄せた。そこへ審判員の井川弘人が近寄って

「ペナルティー二回目なので失格です。すぐにオトリ鮎を外してください。それから次回からの出場もでき

ません。決まりですので。」

と言った。

青木は仕方なくオトリ鮎を外し竿をたたんで今まで釣った鮎を放し、大会本部までの坂道を登ろうとした。

その時待ち構えていた捜査員に

 「青木賢治さんですね。署までご同行願えませんか。」

と言われ

 「どういうことですか。」

と答えた。

 「大仁の松下堤防殺人事件の件です。」

と捜査員が言うと

 「私は知りません。」

と青木が言った。

捜査員は

 「それでいいのですか。任意同行を拒否されるということは後々面倒なことになりますよ。」

と言うと

 「分かりました。行きましょう。」

と渋々承諾した。

 綾川はそのまま釣り続けなんと8匹を釣りオトリ込み10匹で二回戦をトップで勝ち抜いてしまった。夢

にまでみた全国決勝大会の出場が決まった瞬間だった。

浅岡は綾川を待っていたが

 「やったー、全国だー。」

と有頂天になっていた綾川に

 「綾川さん捜査中ですよ。」

とたしなめた。

 「あっ、そうか。それで青木はどうなった。」

と綾川が言うと

 「さっき捜査官が連れて行きましたよ。全く鮎釣りとなると他の事が見えなくなってしまうんだから。」

と浅岡は呆れてしまっていた。

綾川は写真撮影をしたり全国決勝の舞台である岐阜県馬瀬川の状況を聞いたりして、すっかり行く気になって

いる。

 「綾川さん、そろそろ捜査本部に帰らないと部長がカンカンですよ。」

と浅岡が言うと綾川は

 「そんなことよりテニスコートの金網につかまって叫んでいた血まみれの男はどうなった。あれから青木

の反則行為があって失格になったのだか。どうも青木の周辺にいる人間らしいと思ったのだが。」

と言った。

浅岡は

 「何だ、ちゃんと捜査はしてたんじゃないですか。分かりました。すぐに病院へ行って調べてみます。」

と言って車で病院に向かった。

綾川は表彰状をもらい意気揚々と車に乗ると携帯電話で浅野部長に電話をかけた。

 「あっ、部長、全国決勝ですよ。やりました苦節二十年ついに辿りつきました。良かった。」

というや否や

 「バカモノ、すぐに戻って来い。」

という怒鳴り声が聞こえてきた。

 「部長、そんなことよりテニスコートの金網につかまって青木に何か言ってた男がいました。今、浅岡が

病院に向かっていますが、私は行方不明になってる佐藤伸郎ではないかと。それで試合中や試合の後ずっと

考えていたのですが、おそらく江藤を殺したのは佐藤で血だまりになった車を運転したのも佐藤。でしばらく

走った後、青木と落ち合い青木は佐藤を崖から落とし殺そうとした。しかし佐藤は死んではいなかった。青木

は中本に携帯電話でその場所までくるように指示し、先に青木が中本の車を運転し無人駅の牧の郷あたりの

道端に駐車し電車に乗って川崎に帰った。中本はずっと落ち合った場所で夕方になるのを待った。午後4時

を過ぎれば山林の道は暗いから人目につかないと思ったのでしょう。そして江藤の車を運転し大仁の松下

堤防まで行った。中本は車を置いた後堤防を歩いて牧の郷まで行き自分の車に乗り旭水園まで帰ったという

のが私の推理です。」

と綾川は言った。

浅野は

 「そうか、今まで謎だったトリックが全て分かったという訳か。それで有頂天になったか。仕方ないな。

今の推理を青木にぶつけてみるよ。おそらく観念して自供までいくだろう。」

と浅野が言った後綾川は

 「それからもうひとつ分からないことがあります。」

 「それは何だ。」

 「青木達が江藤親子を狙ったことです。そこがもうひとつわからないんです。」

 「それは自供させれば簡単なことだと思うがね。」

 「それが青木と中本や加納とは全く違う動機で動いている可能性もあります。中本や加納を逮捕できない

以上江藤の奥さんや香奈ちゃんが危険にさらされていることに変わりはないということです。」

 「分かった。すぐに北村捜査官と宮前署に連絡して警護を強化してもらおう。ご苦労だった。」

 「はい、ありがとうございました。」

と言って電話を切った。

8、追跡

 大仁警察署の合同捜査本部には中本と加納の車を追う覆面パトカーからの無線がひっきりなしに聞こえて

いる。

 「今、中本は足柄サービスエリアに入っています。加納もついさっき入ってきました。加納が車を出てレス

トランに向かっています。私も車を出て尾行します。」

と言って一旦切れた。

次に携帯電話の着信がある。

 「ただ今尾行中です。加納は自動券売機で天ぷらそばをの食券を買いました。ここは自動注文方式ですの

で食券を持っているだけで呼び出されるまでテーブルにいられます。加納のテーブルに中本が来ました。な

にやら二人でヒソヒソ話してます。」

 「なんとか話しを聞くことはできないか。」

 「はい、女性捜査員を一人連れてますから同じテーブルに着かせます。」

と言って一人の女性捜査員を加納と中本に近づかせた。私服の女性捜査員は若くて美人だ。さっそく中本が

声をかけた。

 「お姉ちゃん、どこ行くの。」

 「どこって東京だけどおじさんは。」

 「川崎、どう東京へ行く前に川崎に途中下車っていうのは。」

 「エー、やだ。」
 
 「やだっておじさんがやだっていうの。じゃこの若者は。」

 「この人もなんかキモイ。」

合同捜査本部では苦笑が続いた。

 「この女性捜査員はなんて名前だ。」

と神田が聞くと

 「はい、本部捜査課の榎本順子です。」

と本庁の捜査員が答えた。

[榎本 順子、22歳、静岡県警本部の捜査員、キャリア組のエリート]

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