●桂花と腕立て
『由は私の事…』
朝から寝台で枕に顔をうずめて何やら悩んでいる彼女こそ、この物語の主人公であるジュンイク,真名は桂花である
『もう私はいなくなるのに…あ〜もう!!どうせ、由は今日も鍛練鍛練って私の気も知らないであの馬鹿!!』
ジュンイクは枕に顔を埋めながら体をクネらせ、足をバタバタさせていた。
※※※※※※※
「イチッ!!ニッ!!サンッ!!…」
時間が進みココはとある広場…広場には1人で腕立てをしながら体を鍛える青年がいた。青年の名前は李遠(リエン,真名を由(ユウ
「ヒャクッ!!ふぅ〜次は何をしようかなっと…」
李遠はジュンイクと幼馴染…と言っても幼馴染なのは偶然である。たまたまジュンイクと李遠の母親が知り合いというだけである。身分だけで言えば、ジュンイクの家は有名な名家に対して李遠の家は名家と呼ぶには程遠い家であった。
『相変わらず、やってるわね』
「今日もやってるのね、由」
「ん?」
李遠は腕立ての次に何をしようか考え立っていると、後ろから声を掛けられ振り向いた。
「なんだ、桂花か…」
「私で悪かったわね」
「こんなトコまでまた1人で来て…怒られるぞ?」
「私がドコに行こうと私の勝手よ」
「名家のジュンイク様が1人で勝手に村の外れのこんなトコまで来たらだなぁ」
「誰かしらね♪そのジュンイク様に幼馴染だからっていつも言いたい放題なのは…」
ジュンイクは微笑を溢しながら、李遠を見た。
「う…桂花、送るよ」
「あら、優しいわね」
「…この性悪め」
「由…なんか言った?」
「何でもありませ〜ん」
「ふ〜ん♪」
『やっぱり…楽しい。由との下らない会話が私にはとても有意義に感じる。でもこの時間はもうすぐで…』
「桂花?お〜い、どうした?」
「な,何でもないわよ!!」
ジュンイクは深く考え過ぎて、李遠の声が耳に入っていなかった。
「今日も鍛練が一段落してからで良いのか?」
「別に構わないわよ」
「分かった…じゃあ桂花、今日もお願いして良いか?」
「お願い?」
「腕立てのなんだけど…」
「し,仕方ないわね。じゃあ早くひれ伏しなさいよ」
「オイッ!!」
「…違うの?」
ジュンイクの表情はとても悪い笑顔だ
「そりゃオレは四つん這いになるけど、別にお前にひれ伏す訳じゃ…」
「さて、帰ろうかしらね」
「ひれ伏させていただきます。」
「最初からそうすれば良いのよ」
「桂花…後で覚えとけよ」
お互いにドコか笑顔を溢しながらの腕立ては始まった。といっても李遠の腕立てに負荷としてジュンイクが背中に乗っているだけである
「ちゃんと乗ったか?」
「え,えぇ」
「じゃあ、疲れるまでやるから」
「いつも思うんだけど、アンタって昔から数を決めないわよね」
「数を決めるとそれに調整するように無意識にしちゃうからな。いつも言ってるだろ?」
「本当に鍛練だけは真面目ね」
「だけは余計だ。」
会話をしてる最中、李遠は腕立てを始めた。李遠の腕立てはユックリで乗っているジュンイクには本当に心地よいものである
「それに俺にはこれしかないからな。そういえば、今日も持ってきたんだろ?」
「当たり前じゃない。アンタが鍛練で私より先に行くなら私は知識でアンタなんか足元にも及ばない場所に行くんだから」
「…そっか。今日はどんな内容なんだ?」
「今日は政に関しての本よ。私も初めて読むから…揺らしたら帰るわよ」
「そりゃ、怖い。政か…もう直ぐだっけ?」
『えっ?知っていたの?』
「な,何がもう直ぐなのよ?」
ジュンイクは何となく気付いたが、ワザとはぐらかした。
「冀州の袁紹様の所に行くんだろ?」
『知ってたのね』
「…行くわよ」
ジュンイクは動揺していたが、隠そうと冷静を装った。
「そうか…」
『それだけなの、由?』
「やっとアンタともお別れね」
『あ〜私は何を言ってるのよ!!私のバカ!!』
「…本当に色々あったな」
「…えぇ」
それからは無言で李遠は腕立てを続け、ジュンイクも何も喋らず李遠の背中で本に視線を向けていた。
「キャッ!!」
突然にジュンイクの座っていた李遠の背中が崩れた。
「ごめん、桂花。もう無理」
「んもうッ!!いつも言ってるじゃない!!吃驚するから、勝手に崩れるんじゃないわよ!!」
「だから、ごめんッて…」
「まぁ、私が降りた後なら崩れるなり野垂れ死んでも良いけど…」
「オイオイ。で、何回だった?」
「227回よ」
「150位までは数えてたんだけどな。途中からは腕立てに集中して…」
「体力の限界が見え始めたと言いなさいよ」
「…はい。それにしても、桂花は凄いよ。いつもそんな難しそうな本を読みながら、俺の腕立ての回数までしっかり数えてるなんてな」
「べ,別に簡単な事よ。それに軍師になったら一度にもっと沢山の事に目を向けないといけなくなるわ」
『数えてるに…決まってるじゃない』
「軍師…か。桂花の夢だもんな」
「えぇ、私は私の認めた人の為に自分の知恵を発揮したい。アンタだってそうでしょ?」
「まぁな。俺は…俺が認めた人の為に自分の力を発揮したい」
李遠は腕立ての崩れた姿勢のままに言いながら自分の拳を強く握った。
「なんとも情けない体勢ね」
「うるせッ、それにしてもあっという間に陽が落ちてきたな」
「そうね」
2人は互いに空を見上げれば、鮮やかな茜色が空を染めていた。