小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『忘れられた過去の栄光』

・暗闇の支配者



「ほうら、思ったとおりだ。冥界から追放された最悪の魔術師がまさかここにいるとはね……」

いつもは強気のアルフレッドも、目の前の怪物に恐怖を抱いていた。両手が小刻みに震えている。
私は彼に、冥界から追放された魔術師とは誰なのか、と聞こうと思ったが、あまりの恐怖に口が開かず、声も出ない。唇が乾いてカサカサしている。
巨大な怪物は、小さく口を開けてゆっくりと息を吐いた。気味の悪い目玉がこちらを向き、地獄から響いてくるような低い声が更に恐怖を与える。

「我の縄張りに入るとは……その度胸、認めてやろう……。だが、我の記憶に残る事は無い。今ここで、その魂ごと消し去ってやるのだからな……」

遅い口調だが、きっちりと殺意が込められていた。私はもうダメだと思った。所持しているナイフで戦えるわけがない。
しかし、アルフレッドは違った。ナイフを片手に持ち、敵を威嚇し始める。

「冥界の追放者が何でここにいるんだ? まさか、こんな虚しい場所が気に入ったのか? うん?」

挑発的な発言をするが、声が若干震えている。まずいと思った私はすぐさま彼の口を手で塞いだ。
しかし、全てを言ってからでは遅く、怒りに火が点いた化け物は、手に持ったロッドの先を私達に向けて叫んだ。

「黙れ、雑魚どもが! 我を侮辱する愚か者は、例え、どんな者であっても許されんぞ! 消え失せるがいい!」

ロッドの先端から赤い光が発射され、逃げる間さえ無かった私達は破壊された壁の瓦礫と一緒に外へ吹き飛ばされた。
空中で身動きが出来ない私達は、ただ地上へ向かって落下するのを待つ事しかできない。
無数の瓦礫と共に地面に直撃する寸前、アルフレッドと私は誰かに抱きかかえられて地面への直撃を免れた。

「フェリックス!」

アルフレッドが歓喜を上げた。
下ろされた私が顔を上げると、アルフレッドが助けたのはフェリックス、私を助けたのは長い白髪の前髪で目が隠れ、優しい表情をした男だった。どうやら、彼がフェリックスの相棒のようだ。
フェリックスはちらっと建物の中にいる化け物に視線を移した。

「当たりくじを引いちまったか……。お前達がここに行くと聞いて慌てて来たんだぞ。ったく、何で断らなかったんだ?」

「まさか、奴がここに居座っているなんて知らなかったんだよ」

「まあ、知らなくて当然だ。俺も知らなかったからな」

フェリックスは呆れた様子で急いで話を続ける。

「いいか、奴が現世にいる限り、実体化しなくても現世で俺達は実際にダメージを受ける。俺達が冥界にいる時の状態と同じだ。
……というわけで、逃げようと思うんだが……準備はいいか?」

「逃げる? 戦わないのか?」

「恐怖のあまり思考まで狂ったか、アルフレッド? よく考えてみろ。オシリスがいるにも関わらず、どうして追放されたと思う?
倒せないからだよ! だから罰も下さず追放したんだ! くそっ、あの野郎、俺達を消滅させる気だ。逃げるぞ!
ジョシュア、エドガーを全速力で引っ張れ! ほら! アルフレッドもさっさと走れ! 今度こそ消えるぞ!」

張り詰めた空気が漂う中、私はジョシュアという男に腕を引っ張られ、走り出す。同様にアルフレッドもフェリックスに引っ張られていた。
走りながら私は後ろを向いた。そして、今自分達がどこにいたのかをようやく知る。
あの時、アルフレッドが後回しと言った大きな建物だった。今ではポッカリと大穴が開いて、あの怪物の姿が見える。

「我から逃げられると思うなよ、弱輩どもめがぁぁあああ!」

身も心も震え上がるような叫び声が後方から上がった。私は泣きそうになりながらも走る。
そして、あの時に見た赤い光の塊が後ろから私達目掛けて飛んできた。
そこで、鎌を持ってきていたフェリックスとジョシュアが私達の代わりにその光を斬って消す。
暗闇の大通りを激走する私達四人の死神。きっと二度とこんな光景は見れないだろう。

「ほら、ロード(冥界と他の世界を繋ぐ道。出入り口)が見えてきたぞ! もう少しだ、転ぶなよ!」

フェリックスが前方の歪んだ空間を指差した。
ようやくかと思ってほっとした瞬間、ロードと私達の間に移動してきた怪物を見て、私の安心という気持ちは粉々に砕けた。
走る足を止め、フェリックスは歯を食いしばりながら前を遮る化け物を見上げる。

「消えろぉぉおおお!」

化け物が叫びながら巨大なロッドを私達に向けて振り下ろす。
その瞬間、私は目を強く閉じた。が、一向にロッドは私達に到達しない。
ゆっくり恐る恐る目を開けてみると、まだロッドを振り上げたまま固まった怪物が唸り声を上げていた。
気味が悪いほど長い指が持つロッドを、どこかで見た事があるような男が鎌を使って止めていた。ギルバートか!

「さあ、こっちへ来い。逃げ道を確保してある。ギルバートが時間を稼いでいる間に早く!」

ジムが瞬間移動で現われ、東の方角を指差し、私達を誘導する。
どうやら、彼らも私達の危機を悟り、救援に駆けつけてくれたようだ。ライバルといえど、今回は本当に助かる。
私達は必死に走り、ジムが示すロードへ飛び込んだ。そして彼は叫ぶ。

「ギルバート! もういいぞ。さっさと戻って来い!」

「オーケイ!」

ギルバートは大きく返事をして押さえていたロッドから鎌を離すと、ロッドはそのまま轟音を立てて地面を殴った。
彼は怪物が放つ光の塊を避けながら、こちらに向かって全速力で走って来た。
そして、巨大な亡霊がギルバートに追いつこうとした瞬間、彼はロードに飛び込んで入り口が無音で閉じ、私達の視界から怪物が消えた。

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