小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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12:恋も仲直りもいつも突然に




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「しかし、すごいなこりゃ……」

俺はモニターから観客席の様子を見る。
わきのテロップには来賓の職業、所属する会社、名前がズラズラと流れていた。
うわぁ………。
偉そうな人ばっか。

「3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年生には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ」

「それに今回は男子もいるからな。興味津々なんだろ」

なるほど、確かに………。
…………。
…………。
はっ!?
い、今のは『信だけに』ということか!?

「つまんねーよ、バカ」

「僕もそう思うよ……」

「シャルルまで!?」

下らないやり取りで3人3人とも笑い、緊張がほぐれる。
うん。
これでこそ男友達!

「しっかし、本気で一人で出場することになるとは……」

「ふふ。良かったじゃない。希望通りで」

「お、おい。あれはただの言い訳であってだな………」

信が言ったあの嘘はなんやかんやで千冬姉の耳に入ったらしい。
先日、授業終わりに千冬姉がニヤニヤして信に伝えてた。
ちなみにやり取りはこんな感じ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『ああ、そうだ。おい、真宮』

『はい?』

『お前はタッグマッチ、1人で出場しろ』

『…………はい!?』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まさに嘘から出た誠だな。
信とシャルルが楽しそうに話しているのを俺が見つめるなか、トーナメント表がモニターに表示された。
当日に発表っていうのもなかなかスリルあるな。
さて、俺たちの名前は………。

「おっ!俺、シードだ。ラッキー」

「なにぃ!?コネか!」

「そんなことあるわけないだろ…………あれ?一夏たち、俺の隣じゃないか」

「あ、本当だね。対戦相手は――」

シャルルが息を飲んだ。
続いて俺たちも。
トーナメント表が示していたのは、一番た戦いたくて、一番戦いたくなかったやつとの対戦だった。
しかも、そいつのパートナーは――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

学年別トーナメント
Aブロック一回戦 一組目

織斑 一夏
シャルル・デュノア
VS
篠ノ之 箒
ラウラ・ボーデヴィッヒ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
―――――――――――




「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

俺は雪片弐型を強く握りしめる。
そして、試合開始のカウントダウンが始まった。


――――――5


「貴様が………」

「………?」


――――――4


「貴様がいなければ………教官は………!」

「………なんの話だ?」


――――――3


「一夏、落ち着いて。今は余計なこと考えちゃダメだよ」

「ああ………わかってる」


――――――2


「なぜだ………教官も、あの男も!なぜあのような慈愛に満ちた目をするのだ!?」

「あの男………?」

「一夏!準備はいい!?」

「お、おう!」


――――――1


「私が認めるのはそんなものではない!圧倒的な強さは!そんなものを必要としない!」

「シャルル!」

「うん!」

「貴様に用はない!さっさと上に行かせてもらう!」


――――――0


ブーストが点火され、凄まじい加速で視界が流れていく。
見えているのはただひとつ。
越えていくべき敵の姿のみ。

「「叩きのめす!!」」

俺とラウラが同時に叫ぶ。
刹那、ラウラに向けて瞬時加速を行う。
試合開始直後にシールドエネルギーを大幅に削ることが出来れば、一気に有利になる。
だか――

「はっ!」

ピタッ!

ラウラのAICが俺の動きを止める。

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

「失せろ。ザコが………!」

ガチャン!

『シュヴァルツェア・レーゲン』の大型レール砲が俺に向けられる。
絶体絶命。
だけど。

「させないよ!」

シャルルが俺の頭の上を飛び越えて現れる。
同時に六一口径アサルトカノン『ガルム』による射撃が、ラウラのレール砲に当たる。

「ちっ……!」

照準が僅かにずれ、俺の左頬すれすれを砲弾が飛んでいく。

「逃がさない!」

シャルルがすぐさま左手にアサルトライフルを呼び出し、急後退して間合いをとるラウラに追い討ちをかける。
バランスが崩れた。
今だ!
俺も加勢しようとしたとき。

「私を忘れてもらっては困る!」

ラウラへの追撃を遮るように量産IS打鉄(うちがね)を纏った箒が現れる。
ISに乗ってから日が浅いとはいえ、剣道の腕前は全国優勝の達人。
そいつが剣をふるうのだから、候補生のシャルルといえども容易く倒せる敵ではない。

「シャルル!」

「うん!」

追撃を中断し、シャルルは一時俺の援護に回ってもらう。
目には目を、歯には歯を。
剣には剣を。
俺だって少しは剣道やってるんだ。
それに、昔は箒に勝ったことだってある。

「それなら、俺も忘れられないようにしないとな!」

俺と箒、互いの近接ブレードがぶつかり合って火花を散らす。
ここで負けるわけにはいかない。

「絶対勝つ!」









――――ピピーッ!

篠ノ之箒、戦闘不能―――――


「さっすが、シャルロット。それに一夏もやるじゃないか」

独りで口笛を鳴らす。
箒も頑張ったが、やっぱりほぼ連携がないとこれぐらいが限界だよな。
ボーデヴィッヒは本気で1人で戦えると思っているらしい。
そんなわけないのに。
対して男子サイドは素晴らしい連携である。
シャルロットの援護もさることながら、史上初の男子操縦者はなかなかの実力だ。
なにも心配は要らないだろう。
ディスプレイを見てホッとした。
試合開始前まではトーナメント表を表示していた空中投影ディスプレイだが、今はアリーナでの激闘を映し出していた。
自分の試合はまだ先だが、観客席に移動したりするのは面倒だし、俺はISスーツのままロッカールームで試合観戦して待機することにしたのだった。
余談だが、今回も制御室行きのお誘いがあったのだが丁重に断った。
なぜかって?
なんか先生と一緒にいると肩凝るんだよな。
気を使いすぎて。
ふとディスプレイに目を戻すと、シャルロットが何やら大きなドライバーのようなものをその手に呼び出していた。
いや、あの下から出てきたのか?
パージされて横に転がっていく、いかにも堅そうな盾が画面の端に消えるのを見てそんなことを思った。
しかし、そんな思案は興奮によって消し飛んだ。
おそらくこれで勝負が決まる。
決着だ。

「いけ!シャルロット!」

ガッ!ズドンッ!

非常に痛そうな鈍い音がディスプレイ越しに聞こえてきた。
思わず顔をしかめてしまう。
あんなの食らいたくないな………。
ボーデヴィッヒの体は装備しているISと共に低い放物線を描いてアリーナの壁面まで飛んでいく。
衝撃でロッカールームも心なしか揺れた気がする。
シャルロットはさらに追い討ちをかけるべく瞬時加速、何度も例の武器を突き立てた。
ボーデヴィッヒはすでに防御体勢をとる暇もスペースもなく、されるがままである。
よし!
これで一夏たちの勝ちだ!
しかし。
そう思った矢先。



バリバリバリッ!!



シュバヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれる。
興奮が一気に冷め、背筋が凍るのがわかった。

「は………?……なん……だよ……これ………」

ボーデヴィッヒのISがドロドロに溶ける。
そして、黒い塊に姿を変えボーデヴィッヒを飲み込んだ。
ボーデヴィッヒを飲み込んだ『もの』はさらに形を変え、どこかISの雰囲気を漂わせながら、まったく別物の『何か』に変形した。
勝利の歓喜は、跡形もなく消し飛んだ。
俺の本能は事態がまったく好転していないことを告げていた。
そして、このままでは何か取り返しのつかないことになるということも。
気付いたときには、アリーナ出撃口から瞬光を展開して飛び立っていた。









「何だよ、あれ…!?」

先程、俺は勝利を確信した。
シャルロットの奥の手、盾の装甲の下に隠してあった第二世代型最強と謳われる六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』(グレー・スケール)
通称『盾殺し』(シールド・ピアーズ)
まさにそれがラウラに直撃し、吹っ飛した。
さらにそれを続けざまに三発撃ち込まれ、すでにシールドエネルギーは空に近かったはずだ。
しかし、今目の前ではラウラのISは動いている。
だが、これはISなのか?
ISと呼ぶには不気味で、奇妙だった。
この前の未確認ISは完璧にISの形をしていたので、不気味は不気味でも想定内の不気味だった。
今回は違う。
ISという概念に無理矢理収まろうとしているような、そういう感じが不気味だった。
その時俺は敵の手に握られた武器を見た。
それは――

「『雪片』………!」

千冬姉のかつて振るった刀。
世界最強の、俺の姉の武器。
俺は無意識に『雪片弐型』を握りしめ、中段に構えた。

「――!」

刹那、黒いISが俺の懐に飛び込んで来る。
居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、必中の間合いから放たれる必殺の一閃。
それは紛れもなく千冬姉の太刀筋だった。

キィィン!

『雪片弐型』が弾かれ、俺から武器がなくなった。
まずい。
そして相手は止めとばかりに刀を高く掲げ、降り下ろす。
何とか直撃は避けたものの、左手に衝撃が走った。
同時に限界を超えた白式が光の粒子になり、俺の体から消えた。
左手からじわりと血がにじむ。

(今の技……千冬姉の!)

もう冷静ではいられなかった。
千冬姉の真似なんかしやがって!
その技は千冬姉だけのものなんだ!

「うおおおお!!」

こいつを殴れれば、俺はどうなったってかまわない。
ただ拳を握って突っ込む。
俺を迎え撃つべく、相手が再び刀を振り上げる。
そして―――

ガキィィィン!

「ぐっ……!箒!シャルル!一夏を落ち着かせろ!」

瞬間、後ろにぐいっと引っ張られる。

「一夏!信の言う通りだ!落ち着け!!」

信は瞬光を身に纏い、右手の朧火で相手の斬撃を受け止めていた。

「俺がこいつを助ける!早く逃げろ!」

「待ってくれ、信!こいつは俺がやる!俺がやらなきゃいけないんだ!いや、やりたいんだ!」

信が相手を遠ざけるように剣を降り、間合いが空く。

「もう白式のエネルギーは――っ!あー!くっそ!わかったよ!俺が時間を稼ぐから、その間になんとかしろ!」

俺の覚悟が揺るぎないものだと感じたのだろう、信は渋々了解した。

「先生!ここは俺たちに任せていただけませんか!?」

信がオープンチャネルで駆けつけた教師部隊に話しかける。
いろいろと言われているようだが、俺には聞こえない。
それよりも白式のエネルギーをどこから持ってくれば……。

「一夏、無いなら持ってくればいいんだよ」

シャルルがそばまで来ていた。
ケーブルのようなものをリヴァイヴから伸ばし、白式に接続する。

「リヴァイヴのコア・バイパスを開放。エネルギーの流出を許可………」

体の中に力が溢れてくる。
その力を溢さないように、逃さないように終わるのを待つ。

「絶対に勝つ…」

試合の勝敗とはまた違った覚悟が俺の中にあった。









『ダメよ!あなたたちは生徒。そんなワガママは聞けない』

俺は必死で先生たちを説得するが、まったくらちがあかない。
内心やきもきしながらも、何とか穏やかな口調をつくる。

「お願いします!絶対勝ちますから!」

『ダメ!もしもあなたたちに何かあったら――』

『いいだろう。真宮、お前たちに任せる』

回線に織斑先生が割り込んできた。

『――――!織斑先生!』

『指揮権は私にあります。教師部隊はその場で待機してください。責任は私がとります』

思わず笑みがこぼれる。
カッコいいな織斑先生。

『真宮……頼んだぞ』

『安心して下さい。先生に責任なんか取らせませんよ』

そう言ってオープンチャネルを切り、今度はプライベートチャネルに切り換える。

「……聞こえてるか?」

『ザァァ……』

ノイズしか聞こえない。
俺の声があいつに届いているのかわからない。

「目を覚ませ!ボーデヴィッヒ!」

瞬間、敵が攻撃してきた。
激しく、そして素早く。
まるでボーデヴィッヒに声をかけるのを止めさせようとするように。

「お前言ってたよな!?俺の強さは認めないって!お前が求めてるのはそんなんじゃないって!」

激しい剣撃を受け流しながら、話しかけ続ける。

「今のお前は!『それ』は!お前が求めてたものか!?」

『ザァァ…』

「違うだろ!?お前に必要なのは『それ』じゃない!もっと大事なものがあるだろ!?わからないなら!」

避けきれなかった斬撃が肩のアーマーを切り落とす。

「くっ……!俺が教えてやる!」

『ザッ、ザァァ……』

降り下ろされた刀が地面に細い切れ目を入れた。
切っ先が少し埋まったそれを足で踏みつけ、攻撃を封じる。
その足にそのままぐっと力を込め、剣を踏み台にし体を前に投げ出すようにして、頭と頭を勢いよくぶつけた。
ぐわんぐわんと俺の視界が揺れ、相手はよろけて後ろに下がる。
互いにフラフラとした体を一瞬で気合いでもとに戻し、再び斬りかかる。

「おい!返事しろ!」

『ザ、ザザザ、ザッザ、ザザ……』

なんでこんなことをしているのだろう。
なんでこんなことになったのだろう。
こいつには、止めてくれるやつも、助けてくれるやつも、誰もいなかったっていうのか?
誰にも頼らずに1人で生きてきたのか?
頼ろうとしなかったのか?
なんでそんなことするんだ。
1人がそんなにいいのか?
それしか知らないのか?
なら――――――――

「俺は!お前を1人にしない!!」

『ザザッ!………けて…ザ、ザザッ……』

「!?ボーデヴィッヒ!」

『ザッ……ザ、ザ………助けて!……』

ノイズの中に確実に声が聞こえた。
いつものボーデヴィッヒの冷静沈着なものではなく、助けを欲した小さな少女の声だった。
唇を強く噛んだ。

「任せろ!!」

そう答えて思いきり相手の武器を弾き、隙を作る。
もし、相手が俺の言葉を理解できるなら不思議に思ったことだろう。
任せろ、なんて言ったのに突然後退し始めたのだから。
しかもニヤリと笑いながら。
そして、俺は横から白い何かが飛び出してくるのを感じた。
それが何なのか、改めて説明するまでもない。

「悪いな、最後だけで」

「いいさ。もともと俺のわがままだ」

白式を右腕のみに展開した一夏は、雪片弐型を力強く握っていた。
さて、選手交替のお知らせだ。
声高に俺は叫んだ。

「一夏!やれぇ!」

「うおおおお!!」



ザシュッ……!



右腕だけに部分展開された白式と、雪片弐型を持った一夏が黒いISを切り裂く。
しかし寸前、相手が後方に回避行動をとり、致命傷は与えられなかった。
そして、一夏に刀を降りかざし――

「一夏っ!」

とっさに俺は横から一夏にタックルをし、場所を代わる。
同時に、俺の左肩に刀が降り下ろされた。
ミシッと骨が鈍い音をたてる。
絶対防御が発動し、腕が切り落とされることはないまでも、激痛が走る。

「ぐっ…!くそ!」

先程、雪片弐型がつけた裂け目をさらに朧火で切りつけ、広げる。

「ぎ、ぎ……ガ……」

広がった裂け目から、ボーデヴィッヒが半分出てきた。
その体は力なくだらりと垂れている。
放っておいたらそのまま倒れてきそうだ。
しかし、まるでこの黒いやつが離さんと掴んでいるかのように、あと少しのところで止まっている。

「あっ……!」

ボーデヴィッヒと俺の目が合う。
助けてほしい、ここから抜け出したいと心の叫びが聞こえた。
俺はまだ動く右腕を少女に伸ばす。

「来い!ボーデヴィッヒ!」

気を失う限界で、ボーデヴィッヒも俺に向かって手を伸ばす。
あと少し、あともう少し!

「ラウラ!!!」

叫ぶのと同時に手を掴んだ。
そして思いきり引き抜く。
ラウラを自分の方に引き寄せ、抱き抱える。
力なく倒れるように、ラウラは俺の腕に収まった。

「あ…りが…と……う……」

ラウラは辛うじて聞き取れるほどの大きさで囁やいたあと、気を失った。

「……最初からそのくらい素直でいろ」









「う…ん…?」

ここは?

「よ。気付いたか?」

左を向くと信が天井を見ながらベットに横たわっていた。
そういう自分もベットに横たわっているのだが。

「私……は……?」

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と全身打撲だとさ。さっき織斑先生が言ってた」

「……お前は?」

「左肩脱臼。いや〜、あのときは骨が折れたかと思ったぜ」

少年は楽しそうに笑っていた。

「何が…起きたのだ……?」

「重要案件である上に機密事項」

「……お前は知っているのか……?」

「……ヴァルキリー・トレース・システム、通称VTシステム。機体の蓄積ダメージ、操縦者の精神状態、そして操縦者の願望。それらが揃ったときに発動するようにお前のISに組み込まれていたんだと」

「……機密事項をそんなに簡単に話して――――」

ははっと笑い声をあげて、信は言葉を続ける。

「本人に秘密にしてどうすんだよ?」

「……」

「………確かに織斑先生は強いさ。でも、その強さは織斑先生だけのものだ。お前はあの強さを目指すことはできても、それになることはできない」

ぎゅぅっとシーツを握りしめる。

「すまない……」

「お前が謝らなきゃいけないやつは他にいるだろ?……さて、行くか」

信がベットから立ち上がる。

「あ、そうだ。もうひとつ。眼帯、とったほうがいいんじゃないか?少なくとも俺はその方が好きだな」

いつもは眼帯で隠れている金色の右目を指差し、ニコッと笑って、信は保健室を出ていった。

「す、好き……」

残されたのは軍人でも、ドイツの代表候補生でもなく、十五歳の恋する乙女だった。









「おーっす…」

「あっ!信!」

「大丈夫なのか?」

俺は食堂に来ていた。
先に食事をしていたシャルロットと一夏に声をかけ、同じテーブルに座る。

「余裕、余裕。まだ少し痛いけど、そのうち治るだろ」

二人とも俺の言葉に安心して、食事を続ける。
ここで、何故か視線を感じる。

「優勝…チャンス……消え……」

「交際……無効……」

「……うあああああんっ!」

バタバタと泣きながら走っていく女子たち。
………もしかして。

「なあ、トーナメントってどうなるんだ?――そうか、わかった」

「1人で話を進めるな。ああ、そうだよ。中止だってさ」

『トーナメント中止=試合なし=優勝とかない=あの噂が無効に』ってことだな。
みんな張り切ってたのに残念だな。

「でもね、個人データを取るために一回戦は全部やるんだって」

シャルロットが補足説明を入れてくれた。

「そっか。じゃあ俺は関係ないな。シードで2回戦から参加だし」

正直もう戦う気に慣れない。
怪我したし。
シード万歳。
シードって素晴らしい。

「……」

「あ。ほら、一夏。あそこに箒がいるぞ」

「ん?本当だ……あっ!そうえば!」

思い出したか。
トーナメントは無くなったが、箒の告白はどうなるのだろうか。
まあ、答えは決まっているのだが。
一夏が箒に駆け寄り、口を開く。

「箒、先月の約束だが――」

ゴクリ。
他人なのに息を飲む俺。

「付き合ってもいいぞ」

「ほ、本当か?本当に、本当なのだな!?」

身長さなど構うものかと箒が一夏を締め上げる。
しばらくして、箒が冷静さを取り戻した。

「お、おほん!な、なぜだ?理由を聞こうではないか……」

ここ大事!
すごく大事だぞ、一夏!
早く箒を安心させてやってくれ!

「幼なじみの頼みだからな、付き合うさ」

「そうか!」

い、一夏…。
ついに、ついにか……。
俺はうれしい、うれしいぞ。
今日はパーティーだ!

「買い物くらい」

バカヤローー!
きっと目の前にちゃぶ台があったらひっくり返してただろう。

バキッ!

箒が一夏を殴る。
うん、俺もそんな気分だ。
気が合うな、箒。

「そんなことだろうと思ったわ!」

どげしっっ!!

うめく一夏のみぞおちにつま先がささる。
うわ、痛いなアレ…。
あんまり足を振り上げたので見てはいけないものが見えた。

「白か……」

「?どうしたの、信?」

「な、何でもないぞ!うん!し、しっかしあいつも鈍いよな〜。普通すぐ気付くよな?」

「信には言われたくないと思うよ……」

何かシャルロットが言っていたが動揺を隠すために必死だった俺には聞こえなかった。

「あっ!織斑くん、真宮くん、デュノアくん!朗報ですよ!」

「何ですか、山田先生?」

「今日から素晴らしい場所が解禁になったんです!」

やけに引っ張るな。

「どこですか?」

「はい!男子の大浴場なんです!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
――――――――――


「ふいー。…いててて……」

山田先生のお言葉に甘えて、風呂に入ることになった、俺たち。
だがそこにはとてつもない問題がある。
『シャルロットどうすんの?』問題だ。
まさか三人一緒に入るなんて真似出来ないし、俺たちは考えた。
解決法として上がったのは『みんなバラバラに入ろう』というものだった。

『俺は二人に助けられたからな、最後でいいよ』

『僕はいつでもいいよ』

『俺もいつでもいいんだが……。まあ、最初に入るか』

という各々の意見を反映した結果、

1:信
2:シャルロット
3:一夏

となった。

「あー……肩いてー……」

ザバァと湯船から立ち上がり、シャワーのところまで行き、髪を洗う。

スカッ…、スカッ、スカッ

「シャンプー切れてるじゃないか…」

なんということだ……。
タイミングの悪い………。

カラカラ……

控えめに大浴場のドアが開く音がした。
誰か入ってきたらしい。
というか、一夏しかいないか。
どうしたんだろう?
まあ、ちょうどいい。

「悪いんだけどさ、シャンプー取ってくれ」

「……」

無言で手渡される。

「どうしたんだよ、一夏。シャルロットに変わってもらったのか?あいつ、優しいからなあ…」

わしゃわしゃと髪を洗いながら隣にいるであろう一夏に話しかける。

「男のふりなんかしなけりゃ、もっと可愛いのにな。今も充分可愛いけど」

「………」

「………違うぞ?男が好きとかそういうのじゃないからな。勘違いすんなよ?俺はシャルルを女の子として見た感想を述べているんだからな」

「………」

「一夏?」

さっきから様子が変だ。
一言も喋っていない。

キュッ、ザァァ…

シャンプーの泡を落とし、顔を上げようとすると――――

「本当に?」

「は?」

ギュッ…

突然横から抱きつかれた。

「!?!?」

「僕って可愛いかな?」

一夏の声じゃない。
それに一夏は『僕』なんて言わない。
もっといえば、俺の腕に柔らかい感触が当たっている。

「まさか…シャルロット?」

「なに?信?」

俺の目に飛び込んできたのは、薄手のスポーツタオル一枚を体に当てたシャルロットだった。
ギリギリ。
ギリギリだ、いろんな意味で。

「お、おまおまおま、おおお、ま、お前!」

「なに?」

「ど、どどど、どうしてだ!?」

「その、早くお風呂に入りたいなあって思って……」

「だ、だからってな!男と一緒に入るやつがあるか!」

「僕と一緒は嫌?」

「ひ、ひとつだけ言っておこう。こういうことは、大事なときのために取っておくもんだ」

「大事なときって?」

「じ、自分でかんがえろ!それより、早く離せ…!」

直に感じる胸の感触に耐えられない。
薄手のタオル一枚なんて、あるようで何も無いようなもんだ。
そうえば『裸の付き合い』なんて言葉があるが、この場合は意味合いがとらえようによっては非常にまずいものになる。

「待って。僕の話を聞いて?……僕ね、ここにいたい……。この学校でみんなと一緒にいたい…」

その声には切実な願いがこもっていて、長い間ひとりでずっと寂しい思いをしてきたことがよくわかった。

「……それなら、いればいいじゃないか。一夏も俺も、それにクラスのみんなも、お前と気持ちは一緒だ」

知らぬまにシャルロットと見つめあっていた。
その綺麗な瞳に思わず見入ってしまう。

「本当に?本当にそう思う?」

「ああ。ただもう少し、自分に正直でもいいんじゃないか?」

シャルロットは人に気を使いすぎる。
そこがいいところでもあるし、悪いところでもある。

「自分に正直、か……。うん。ありがとう、信」

「別にお礼を言われることのほどでもない。気にすんな」

「信って優しいね、すごく」

シャルロットが微笑み、俺も微笑み返すのだが、ここで状況を再度確認。
なんだかこのままだと大変なことになりそうなので、今度は俺の切実な願いを口に出す。

「と、ところでな、シャルロット?そろそろ離れてくれ」

「えっ?あ、ああっ、うんっ!そうだねっ!」

よかった…………。
おとなしく離れてくれた。
シャルロットの顔は湯気でぼやけていたが、その中でも赤く染まっているのがわかった。

「じゃ、じゃあ俺が先に上がるからな、ごゆっくり」

のぼせたのかそれとも別な理由なのか、頭がくらくらしている状態で、辛うじて風呂から上がった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
――――――――――


それからシャルロットが上がってくるのを外で待ち、一緒に帰った。
『シャルロット、俺は全然気にしてないからな。別に気を使わなくていいぞ』というのをわからせるためだ。
また気を使わせるような雰囲気を出してしまったら、くつろげないだろう。
案の定、シャルロットは『しまった……』という感じだったので、不安を取り除こうと部屋に戻るまで他愛のない話をし続けた。
そのかいあってか、部屋につく頃にはお互いいつものように笑いあえる仲に回復していた。

「おやすみ、信」

「ああ、おやすみ」

そうして、波乱の一日が幕を閉じたのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
――――――――――

翌日。

「えーとですね……今日は転校生を紹介します」

「………」

IS学園、どんだけ広い心もってんだ?
そのうち転校生特別クラスとかできるかもな。
今度はどんなやつだ?
転校生が山田先生の横に立つ。
あれ?
あれあれ?
スゲー見覚えある人なんだけど、見覚えない服装だ。
って!
本気か!?
そこに立っていたのは――――――

「シャルロット・デュノアです。みなさん、あらためてよろしくお願いします」

クラス全員の頭に『???』が浮かぶ。

「ええっと……デュノアくんはデュノアさん…ということでした」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「え?」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「ええ?」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「「「「「「「「「「えええええええ!?!?!?」」」」」」」」」

俺はもう驚かない。
耳を塞ぎながらため息をついた。

「デュノア君って女……?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて、美少女だったわけね」

「って、織斑くん!同室だから知らないってことは……」

クラスの目が一斉に一夏に向く。

「い、いや!?知らない、知らない!」

このとき初めて一人部屋であることを神に感謝したのだが、決定的にまずいことに気付いた女子がいた。

「ちょっと待って!昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

ドキッ!

「あっ、信!そうえば昨日、一緒に風呂から帰って来たよな!」

いらんこと言うな!
今度は俺にみんなの視線が集まる。

「み、みみ、みんな!?なに考えてんだよ?ぐ、偶然シャルロットと帰りに一緒になったんだよ!なっ!シャルロット?」

なんとか平静を保ってシャルロットに話題をふったのだが……。

「………………え、えへへ……」

なんだそれ!?
なぜに顔を赤くして照れ笑い!?
ばれちゃったね、みたいな!?
少しは弁解してくれっ!

「なっ、なんで!?なんで2人とも顔赤いの!?」

ギャーギャーギャー!

「お、落ち着け!みん――」

ドゴゴォォォン!!

「しーんー……」

「げっ、鈴!」

ドアを吹き飛ばして入ってきたのは『甲竜』を展開した鈴だった。

「死ね!!」

「なぜ!?てか聞いてたのかよっ!」

「うるさーーーい!!!」

両肩の衝撃砲がフルパワーで開放される。

「うわぁぁーー!!!」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………あれ?
目を開けると、衝撃砲が止まっていた。
えっと………なぜ?
死の直前は時間がゆっくり流れるっていう、あれか?
いやいや。
そんなはずはない。
そのとき、ぱっと頭に浮かんだことがあった。

「AIC?なの…か?」

「無事か?」

俺の仮説を証明する、黒い機体。
シュバルツェア・レーゲンがそこにいた。
もちろん搭乗者は―――――

「ラウラ!お前大丈夫――ッ!?」

チュッ……

いきなり引き寄せられ、キスされた。
一瞬の判断で顔をずらし、直撃は防いだものの、頬にラウラの唇が当たる。

「なぜ避けるのだ……」

『残念で仕方がない』って顔してるな。
いや!
なに分析してるんだよ、俺は!?

「お、おおお、お前!?へ、変なものでも食ったのか!?」

クラス全員が口を大きく開いている。
すると声高らかにラウラがとんでもない宣言をした。

「お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「「「「「「「「「「えええええええ!?!?!?」」」」」」」」」


俺がわかったのはただひとつ。
これから間違いなくめんどくさいことになる。









ピッ、ピピッ、ピッ…ピッピピピピッ…

表示される膨大な情報を信じられない早さで処理する独りの女性。
薄暗い研究所のなかに入るのは、彼女ただ一人だった。

「ふぅーん……『稼働率 25%』か……。まだ4分の1とはねぇ〜……本当にビックリだよ〜」

彼女の口調には、驚きよりも喜びとか嬉しさの方が強く表れていた。
大体、驚きなど1ミリも含まれていなかった。

「本人は気付いているのかな?あっ!でも、こっちはわりと上手く使ってるね。『稼働率 28%』か〜」

ディスプレイに表示された新たな情報を眺め、すぐに処理する。

「2つとも『稼働率 100%』になったらどうなるんだろ?う〜ん、たーのしみー♪」

そう言ってにんまり笑う彼女は、とても不思議な格好をしていた。
空のように真っ青なブルーのワンピース。それはさながら童話『不思議の国のアリス』のアリスである。
エプロンと背中の大きなリボンが目を引く。
それ以上に目(特に男の)を引くのは、今にもはち切れそうなぐらいまで引っ張られている白いブラウスの隙間から見える、豊満な胸の膨らみだ。
頭にはウサミミのカチューシャ。
端的に表現すると一人『不思議の国のアリス』状態。

「やっぱり、実物を見てみたいなっ♪それに――」

と、ここでどことなく和風テイストの着信音がなる。
それはずっと前から彼女が待っていたものであった。

「こ、この着信音は……!」

ピッ………

「もすもす、終日?はぁーい!みんなのアイドル、篠ノ之 束(しののの たばね)だよ♪」

ブチッ!

電話こそ切れなかったが、何か血管が切れるような音が聞こえた気がした。
何も言わないと今度こそ電話を切られる気がして、というかもう切りそうだったので、必死で相手をひき止める。

「わあ!?待って待って!切らないで箒ちゃん!」

「…………姉さん」

「やーやーやー、我が妹よ〜。うんうん、用件はわかっているよ?欲しいんだよね〜、君だけの専用機が」

束は電話の向こう側にいる箒に話しかけながら、後ろを振り向く。

「もちろん用意してあるよ。最高性能にして規格外、そして白と並び立つもの、その機体の名は――」














「紅椿」(あかつばき)

















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