小説『切り裂かれたドレス』
作者:裏音(雨月夜ノ歌声)

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とある国に、貧しい少女がいた。彼女は髪が長く、長い間体を洗えていない。
彼女は毎日泣いた。泣いたって仕方ないのに、泣いた。
「神様…どうか、私をお救い下さい。ただでとは言いません。私にできることなら何でも…!」
少女は祈った。その言葉が、少女自身を破滅へと向かわせることになるなんて、思ってもいなかったから。

ある日。少女は市場へいき、残った野菜などを分けてもらっていた。幸い、市場の人々は優しく、彼女はとても優しく扱ってもらった。
その日は王国から王子が市場視察に来る日。市場の人たちは、あわただしく準備をしていた。
「あ、王子が見えたよ」
子供が声を上げ、周りの人から歓声が上がる。だがあまり問題を起こさないようにする為に、少女はひっそりとその場から立ち去ろうとした。
すると、
「おい、そこの娘」
「…私、ですか?」
見つかってしまった。少女の顔から、冷や汗が落ちる。
「お前の美しさに惚れた。私の妃となれ」
周りは沈黙に包まれてしまった。当たり前だ。少女のような、貧しい者が、王子に会った瞬間にプロポーズされたのだから。
「お、王子…勝手なことをしては困ります!」
側近の兵が、王子を止めようとする。だが王子は断固として聞き入れない。
「娘、答えろ。今ここで追放されるか、私の妃となるか」
どう考えても脅しだ。そう思った少女だったが、相手が王子となると何も言えない。そうすると、答えは決まってる。
「…わかりました。王子の妃になりましょう」
少女は王子の妃となり、王女となった。
それから少女の人生は変わった。今まで一日1食しか食べれなかったご飯が、今では一日3食食べることができる。
それに、お風呂に入って、その長い髪を洗うこともできるし、毎日新しい服を切ることができる。
少女は神様に感謝した。祈りが通じたと。
だが神は、少女をせせら笑っていた。
「フフ…おろかな小娘よ。最初に言ったな? 自分ができることは何でも…とな」
神様の笑いは、少女のこれからの地獄を意味していた。

ある時、少女は舞踏会に参加していた。勿論、王子と共に。
「さぁ、踊ろう」
「はい、王子」
二人はその場で誰よりも美しく、誰よりも華麗に舞って見せた。誰もが二人に憧れ、誰もが二人をお似合いだと思った。
だがその幸せは、続かなかった。王子が、司会として皆に挨拶をしている最中、それは起こった。
「皆様、今宵はようこそいらっしゃいました。ではここで、事前にお伝えしていたサプライズを行います」
王子はパチンと指を鳴らした。瞬間、少女のドレスが一気に切り裂かれた。
「っ!!?」
少女は驚きと羞恥に声をあげることもままならない。
「さぁ、夢の時間は終わりだ。現実へと帰るがいい。小娘!」
王子の声が遠くなる。少女は、現実で目が覚めた。

「おや、起きたかい?」
目を開けた先には、近くに住む世話焼きのおばあさん。見渡す限り、そのおばあさんの自宅のようだ。
「ここ…は? そうだ。私、舞踏会に…」
「舞踏会? 一体どんな夢を見ていたんだい? お前さんは、さっき市場で倒れたんで、私がここまで連れてきたんだよ」
市場で倒れた。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「嘘だ――!」
全ては、神様の仕組んだ罠。少女は夢の中で、美しいドレス着て、美味しいご飯を食べ、そして舞踏会へ参加した。
そう。全ては、夢。だが、あれだけ長い夢を生きた少女に、いまさら現実を受け入れることはできなかった。
「あは、あははは…嘘だよ。私は、王子と結婚した王女なんだから。そうよ。これから舞踏会があるんだわ…」
少女は幻覚を見始めた。何もかもがおかしくなってしまった。
神様が少女から受け取った代価。それは、少女の絶望。絶望は、最大の余興。神様は余興を見せてもらうのを代価に、少女の願いを叶えた。
少女は壊れた。意識があるのかないかもわからない。ただ、自分は舞踏会へ、と言い続けている。
夢を見ることは悪いことではない。祈ることは悪いことではない。ただ、夢に浸りすぎると、絶望が強くなってしまう。
彼女はただ、夢に浸りすぎてしまっただけ。

次に夢に浸るのは、貴方かもしれませんよ?


FIN

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