小説『戦国御伽草子』
作者:50まい()

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「や、やっぱり駄目だよ、瑠螺蔚(るらい)さん」



「何言ってんの。あんた一応男でしょっ、しっかりしなさいよ。それに、あんた前田家に来たとき言ってたじゃない。天地城に乗り込んで御屋形様を怒鳴りつけたりだってしてしまうんだろう、って」



「いやだってそれはモノの例えで…」



「もういいじゃないの。本当に御屋形様を怒鳴りつけるわけじゃあるまいし。ほら!いつまでもうだうだ言ってんじゃないの!」



あたしは高彬(たかあきら)の頭をぱこんと叩いた。



それでも高彬はまだぶつぶつと呟く。



「やはり由良(ゆら)の為とは言え…」
「あああ、瑠螺蔚さんに言った僕が馬鹿だった…」
「上手くいかなかったら佐々家は終わりだ…」



と、頭を抱えて呻いてる始末。



ったく。



情けないったらありゃしない。




















今あたしと高彬は天地城に来ている。



モチロン、由良の縁談を断るために。



腰砕けの高彬は恐れ多いだの何だの言ってるけど、自分の妹が嫌がってるってのに、兄が動かないで一体どうするつもりなのか。これだから男は。



あたしはいつも着ている小袖と違って、ずるずると引きずってる裾をちょいと持ち上げた。



ああ、うっとおしい。これだから正装って嫌いなのよね!



「瑠螺蔚さん!」



とたんに高彬に窘(たしな)められる。



「そんなことしちゃ駄目だよ」



「知ってるわよ」



暑いし、重たいし、最悪。



「母上になりすますのなら、もっとおしとやかにしなきゃ」



「っさいわね。わかってるわよ」



あたしは御屋形様の御座(おわ)せられるここ、天地城に由良の縁談の相手、徳川家の嫡男(ちゃくなん)を呼び出した。あ手続きとかめんどくさい事はみんな当然高彬ね。



今は徳川の嫡男がいる部屋に向かっているところである。



なんで佐々家の姫の縁談に家が隣ってだけで血筋的には全く関係ないあたしがこうしてしゃしゃり出てるかっていうと、このあたしが、由良の母、佐々家の奥方になりすましてその嫡男に会っちゃおーっていう計画なわけなのよ。



ま、流石に無理があるかな〜とは思ったんだけど、佐々家の奥方は引きこもりがちであんまり他人と顔を合わせたことがないって言うから、大丈夫でしょ。



なにより第三者として手をこまねいているのはあたしの性格上ちょっと無理な話よ。



「瑠螺蔚さん。絶対に!その被(かず)き取らないでくれよ。ただでさえ無理がある設定なんだから・・・」



「あら大丈夫よ。最悪バレた時だってなんとでも言い訳ができるから」



あたしは目の前に垂れ下っている被きを引っ張りながら答えた。辻が花染が美しい月草(つきくさ)色のこの被きは正真正銘佐々の御内室のものである。ちなみに本人には無許可でちょっと拝借してきた。



ばれても高彬がちょこっといびられるだけであたしは痛くもかゆくもないしね。佐々家は子沢山だけど御内室は実子の高彬を猫かわいがりしてるからそんなに酷い目にもあわないだろうし。



「よっしゃッ!由良のために気合いいれていくわよ!」



はぁ…と前で高彬のため息が聞こえた。



















「母は先日、病(やまい)を得ましてその際の傷が治りきらず顔に残っております。失礼と承知の上ですが、面(おもて)を隠す御無礼お許しいただきたい」



「私も女心を知らぬ男ではない。気にいたすな。忠政(ただまさ)どのの御内室、面を上げられよ。」



あたしはゆっくりと顔を上げ被き越しに目の前の徳川の嫡男を見た。



瞳はすっと涼しく横に伸び、鼻立ちは高く全体的にさわやかなんだけど、顔の輪郭がしっかりとしていて男らしく草紙(そうし)にも出てきそうな今時の伊達男(だておとこ)!って感じ。



声も澄んでいて、まるで夏の木陰みたいな耳通りのいい声。



はれーいい男じゃないの〜意外だわ…。



由良が嫌がるって言うからてっきりもっとこう…あいや別に顔で判断するわけじゃないんだけど!決して!最初に想像してたのが悪すぎたというかうにゃうにゃ…。



心の中で誰にともなく弁解していると横の高彬にしっかりしてよと言うふうに肘でつんとつつかれた。



わかってるわよ!この瑠螺蔚さまは外見なんかじゃ惑わされないんだからね?おほん。



気を取り直して徳川の嫡男に向き直る。



「傷が痛みましたら遠慮せずおっしゃってください。今日連れてきている私の従者のなかにはささやかなれど薬師(くすし)の心得があるものもおりますから」



「その御心遣(おこころづか)い、誠(まこと)に有難(ありがた)く存(ぞん)じます。ですが病の面影は最早見目(もはやみめ)に残るのみ。痛みはなかれど目障りではあります故(ゆえ)このままでご容赦を」



「それは勿論先ほども申した通り。さてでは本題に入りましょうか、御母君(おんははぎみ)」



にっこり笑いながら嫡男はそう言った。その瞳はひたとあたしを見据えて形こそ弓形(ゆみなり)になっているのにその実こちらを注意深く観察している。



そう来たか、とあたしはお腹にぐっと力を入れた。



御母君とわざと言うからには、今日、あたしがここに呼びつけた用事はわかっているはず。



この人、優男(やさおとこ)のような外見と違(たが)わず、頭がいい。



「お初、御目通りいたします。佐々右衛門忠政(さっさうえもんただまさ)が妻、北(きた)でございます」



「北とは『子』をも意味する名。そちらの高彬殿や、由良姫のような健(すこ)やかなる子をお産みいたしているわけです。いい名ですね」



「ありがたく存じます。あなた様は聡明で有(あ)らせられます。私などがいろいろ言っても詮無きこと。単刀直入に申し上げます。由良との縁談、なかったものにしていただきたい」



「おやおや…それはまた、どうしてですか」



嫡男は笑顔のままであたしに問う。



「由良には好(す)いた男がございます」



高彬が横でぴくっと反応した。



「それはそれはめでたいことですね」



「そうでございましょう」



「私にだって好いた女ぐらいいますよ。何人もね。それで、何か佐々と徳川の縁談に不祥事が生じるのですか?」



ニコニコと笑いながら嫡男は言う。



好いた女が何人も…ね。



ケッ。てめぇなんかに由良は任せられないわ、やっぱり。



「女は誰でも好きな男のもとへ嫁ぎたいものでございます」



「つまり私では由良姫の相手に不十分だと」



ぴり、とその場に緊張が走る。



「いいえ。そのように申す訳がございましょうか。由良には由良の都合があるのです。いきなり知らない男と祝言をあげろといわれ、心から頷く女がおりましょうか。皆、断腸の思いで頷くのです。女を泣かせるは男の恥。女は、好いた男のもとへ嫁ぐのが一番の幸せ。故にこのお話、お断りしたく存じます」



「家の利益よりも娘の幸せをとりますか。佐々の御内室が」



「徳川家とはまた後ほどご縁がありますように」



「わかりました。娘を思うその心に折れましょう。この縁談、無かったものと致します」



「わ、若殿っ!?」



嫡男の後ろに控えていた老人が泡を食って叫んだ。



「こ、こ、この話はあれほど大切だからと…!」



老人は喋り終わらないうちにう〜んと唸って倒れてしまった。



よほどショックだったらしい。



それを見かねてか、外に控えていた従者が二人がかりでその老人を運び出して言った。



嫡男についていた供(とも)は、部屋の中にいる人数で3人。



出て行った人も、3人。



「…さて」



老人を連れて行った男達の足音が遠ざかると、嫡男は肩の力を抜いたように喋りだした。



「煩(うるさ)いのもいなくなったことだし、せっかくですからお話でもしていきませんか、北どの」



「あら。ですが、お話をするのでしたら私よりも歳の近い高彬のほうが…」



「私とでは、不満ですか?」



「いえ、そういうわけでは…」



「ならばよろしいでしょう?ああ、私の名前を名乗っていませんでしたね。勿論御存じでしょうが…徳川洪一郎亦柾(とくがわこういちろうやくまさ)と申します」



「はぁ、亦柾どの」



嫡男の名前なんて知らないわよ。興味ないし。



あたしは話の展開についていけずぼんやりと名前を繰り返す。



ふいに亦柾の瞳が強くあたしを捉えた。



…何?



すると突然、高彬があたしの腕をつかんで立ち上がった。



「亦柾どの。話も済んだことですし私どもはこれで下がらせていただきます。母は未だ病を得ている身です。御身にも障るといけませんし。失礼いたします」



あたしは驚いてこそこそと高彬に話しかけた。



(ちょ、ちょっと高彬、どうしたのよ。いくらなんでもこれは失礼じゃ…)



(瑠螺蔚さんはなんにもわかってないね。今は一刻も早く、ここを去るべきだ)



高彬はぴしゃりと言った。



そのまま、あたしをぐんぐんと引っ張って、部屋から何も言わずに出て行こうとする。



「ね、ねぇ本当に、ちょっと待って。痛いってば。ねぇ!」



「お待ちください」



急に、亦柾の声が響いた。



「早く帰りたいとおっしゃるのでしたらお止めはしませんが。ですが、せっかくの機会にひとつだけお聞かせ願えないでしょうか?」



「行くよ瑠螺蔚さん」



高彬がこわばった声で言う。腕を引く力も強まる。



あたしはそれでも立ち止まったままでいた。



だって、ここで変に機嫌を損ねて、やっぱりこの縁談の話、なかったことにしませんー・・なんてことになったら困るじゃないの。



由良の泣き顔も見たくないし、任せてといったあたしの立つ瀬もない。



それに主(あるじ)の織田様直々の申せではないとはいえ独断かつ無条件で佐々との縁談をなかったことにしてもいいというこの男の真意も気になる。ぶっちゃけ、不気味なのだ。



「瑠螺蔚さん!」



「いいじゃないの。ひとつだけだというんだし」



「でも!」



「じゃぁ、あんたは外に出てるといいわ。あたしもすぐ行くから」



「違っ…るら…!」



高彬を無理矢理障子の向こうに押し出して、あたしは亦柾と向き合った。



「なんでしょうか、亦柾さま」



「用件はひとつです。私の真名(まな)は言いました。あなたの真名もお聞かせ願えないでしょうか」



「………北、ですが?」



「いいえ。違いますね。それは仮名だ」



………なにか……話がマズイ方向に進んでるような…。



ひやりと背中を汗が伝う。



「一体何が違うとおっしゃられるのでしょう。私の名は北です。それのどこがご不満なのでしょうか」



「あなたは、忠政どのの妻と、正室というには声も手も若すぎる。由良姫は、好きな男がいて、私に嫁ぎたくなくて、泣いていた。あなたはそんな由良姫が可哀想だから、北どのの名を騙(かた)ってまで私と話をつけに来た。違いますか、姫」



「違います。私は、北です。少なくとも、あなた様の前で語る名は、これより他にはありません」



あたしの言葉を受け止めて、亦柾は目を大きく見開いた。



そして、笑った。今までの胡散臭い笑みとは違った、素直な笑みが零(こぼ)れる。



「なるほど。すばらしい人ですね、あなたは。機転が利いて、頭の巡りがいい。度胸もある。由良姫はなかなかかわいらしいとの噂が届いていましてね。佐々家と今どうしても手を組まなければいけないということもないけれど諦めるには半ば惜しいような気もしましたが…由良姫は、もう、いいです。由良姫よりも、あなたが欲しい」



ふいにさっと立ち上がったかと思うと、あっという間にあたしの目の前に来た。



あたしとは頭ひとつ分も違う。気おされて亦柾の顔を見上げることもできず横を向いた。



「せめて、あなたの御名だけでもお聞かせ願えないかな?仮名(かりな)ではなく、真名を」



「…嫌だといったら、如何(どう)しますか」



「そのときは、今ここで気絶させて、徳川家まで、持って帰りましょうか。そこで既成事実を作るもよし、祝儀を上げるもよし。姫、無駄な抵抗はやめて、さっさと吐いたほうが楽ですよ。わたしが名前を聞くだけで満足している間にね。さ、お聞かせ願えないかな?」



「……由良」



すると、また亦柾は笑うのだ。



「姫。自分が由良姫だと言って、それで通じるとお思いかな?由良姫は、可愛らしい、のですよ。私は仙(せん)ではないのでその被きの下は見えないが、どうもあなたは可愛らしいというには大人びすぎている。と、言って北どのを騙るにはまだ若すぎますがね」



「………」



ああ、高彬と一緒に、あたしも外、出ておけばよかった・・・。



「さ、姫?」



「どうしてそんなにあたしの名を聞きたがるのよ」



あたしが口調をがらりとかえると、亦柾はおやおやとでも言うように眉を上げた。



「そちらが姫の普段の物言いなのかな?」



「何よ。悪い?」



「いいえ素敵で」



「わっ、わっ、わわ、若殿ーーーーっ!」



突如、ヒステリックな声と大きい図体(ずうたい)が乱入してきた。



それは、倒れたはずの老人。



「若殿っ!御傍を離れ申して面目ない!そばに置いたるものもいくら新参者と言えどみな儂(わし)についてくるとは何たる不始末。若の身に何かあったらと思うとわしは…わしは寧(ねい)さまに面目が…若っどこか身にお障(さわ)りはございませぬかぁっ!」



老人はそういうと、混乱しているのか亦柾の肩をぐわしと掴むとがくがくと揺さぶった。



あたしが、チャンスとばかりにそこから逃げ出したのは言うまでもない。

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