小説『戦国御伽草子』
作者:50まい()

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「た〜か〜あきらっ!」



次の日、朝も早(は)よから佐々家に乗り込むと、目を丸くした由良(ゆら)が奥から出てきた。



「ま、まぁ瑠螺蔚(るらい)さま、こんな朝早くから…どうなさいましたか?」



「高彬(たかあきら)は?あんにゃろうはどこっ?」



「まだ帰っておりませんわ」



「…ふぅうん。そう」



ふっ、と笑ったあたしに由良が震えあがった。



「あの…?」



「邪魔したわね」



あたしを待たせるとはいい度胸じゃないの。こうなったら、こっちから天地城に乗り込んでやる!



高彬のぶぁ〜かっ!




















あたしは頭に血の上ったまま、天地城に乗り込んだ。



と、言っても勢いだけで来たので高彬は何処にいるのやら全く見当がつかない。



うろうろしていたらまた迷ってしまいそうだ。



きょろきょろしていたら、向かいから深緑の服を着たおじさんが歩いてきた。



でっかいおなかにはげちょろびんの頭。



高彬もおじさんになったらあんなになるのかしらと人知れずため息をついた時、向かいのおじさんもすれ違いざまつられたようにでっかいあくびをした。



そして、ふとあたしに話しかけてきた。



「のう、おぬし」



「!」



あたしは息を呑む。でも何事もないかのように答える。



「何でしょうか」



「永田殿を見かけなかったか?」



「いいえ。存じませんが?」



「そうか、すまんな。一体永田殿はどこに行ったのやら・・」



ぶつぶつ言いながら、おじさんは歩き出した。



「・・・・・・・・・」



あたしはその背を睨みつける。



この声、間違いない。こいつ、高彬を目障りだとか何とか言ってたやつだ。



なんだ、声だけだったらもっと若そうだったのに、こんなおじさんだったのか。



永田殿って昨日も言ってたけど偽名じゃなかったのか。本名で呼びあって密談するなんて、抜けてるのか罠なのか…。



あたしはそっとそのおじさんの後をついていった。





















「おぉ、永田殿、こんなところにおられたのか」



「柴田殿、ささ、はようお入りになられて」



柴田!?超有名な家じゃないの…。



二人にこそっとついていったら、昨日のように天地城の奥まったところにある小部屋に入っていった。



あたしはすかさずさっと隣の部屋に入った。今日は昨日のような襠(うちかけ)ではなくいつもどおりの小袖(こそで)なので、衣擦れの音もしないし、身も軽い。



襖一枚を隔てた部屋で、あたしは聞き耳を立てる。



『早速だが柴田殿。発(はつ)殿は了解してくださったのかな?』



『それが…』



『む。どうかなさったのか?』



『それがなぁ、若殿は、ほれ、あの容貌であろう?少し、情が傾いてきているらしい』



『!それでは…』



『いや、了解はしてくれたよ。まだ完全に情が移っている訳じゃないからな。でも、急いだほうがいい』



『では、例のものは』



『まだ、届いてはおらんが…。永田殿、悪い知らせじゃ。お六がつい昨日、急死した』



『なに!?』



『お六がいなければ、これは成るまい。他の侍女ではだめだ。誰か、家とは関係ない何も知らない新しい侍女を探してこなければ…。お六も、よりによってこんなときに死なずともよいものを…』



永田がはははと笑った。




『新しい侍女を探してくるまでもないでしょう。行き倒れくらい、このご時勢、いくらでもおりましょうに』



あたしは段々といらいらしてきた。



確かに、密談しているだけあって、二人の会話は何処となく曖昧だった。高彬がどう関係しているのかもわからないし。



……。



さっき、こいつら新しい侍女が何とか、って言ってたわよね。



あたしはにやりと笑った。




















「あ〜、兄上!いたいた!」



「瑠螺蔚?」



庭に出て上衣を脱ぎ剣の型を練習していた兄上にあたしは駆け寄った。



兄上を見上げて微笑む。



「兄上、あたしちょっと旅に出てくるから」



「旅?」



微笑んでいた兄上の顔が驚きで固まる。



「父上には兄上からごまかしといて。好きな男が出来て、そこに通ってるとかどうとか、適当に言っといて」



「瑠螺蔚っ!?」



兄上は、あたしに視線をひたと当てて、でもどこか遠くを見るような目をした。



「兄上」



あたしは冷めた声で言う。



「やめて。あたしの心を視(み)ないで」



兄上が、そういう目をするときは、霊力(ちから)を現す時。



あたしは心を覆う。



心を強く持たなければ。でなければ視られてしまう。



兄上は諦めたように苦笑いしながら言った。



「せめて、何処に行くかだけでも…」



「駄目よ。これは、兄上にも言えないの」



「瑠螺蔚。そう言われてもそんなに簡単に頷けないよ。いきなり旅だなんて言われても」



「大丈夫心配しないで。ひと月もしないで戻ってくる予定だから」



「瑠螺蔚…」



「ね?お願い!兄上」



妹からでも上目遣い攻撃が効いたのか兄上は諦めたように息をついてあたしをぎゅっと抱きしめた。



まぁ兄上は大概あたしに甘いけど。



「わたしが一緒に行きたいと言ったら?」



「無理よ。兄上お仕事があるじゃない」



「それでも」



「だめ」



「誰かと一緒に行くのかい?」



「…ホントはね、旅じゃなくて、ちょっと知り合いの家に泊まり行くだけなの」



嘘は言ってないわよね。



「だから、心配しないで」



「なら最初からそう言いなさい。旅なんてひとりじゃ絶対に行かせられないんだから。最近物騒になってきているから。淡海(おうみ)国内なんだね?」



「うん。そんな遠くないよ」



「でも場所は言えない?」



「うん」



「瑠螺蔚。もう心は視ないけれど、危なくなったら私を呼ぶんだ」



「うん。ありがとう兄上」

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