小説『ハイスクールD×B〜サイヤと悪魔の体現者〜』
作者:生まれ変わった人()

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閑静な住宅街

夕暮れ時の静かな時間にカリフは学園からの帰路についていた。

小猫、朱乃の居候組は部活に残って夜のお仕事に駆り出されている。

ゼノヴィアも慣れるために研修を受けると言ってカリフは一人だけヒマを持て余すこととなった。

イッセーも匙もいなかったから諦めて一人で帰ることにしたと言う訳だった。

「どうするかな……特訓用のロザリオと聖水の補充に教会に乗り込もうかな……」

もしここに教会関係者がいたら有無を言わさずに弾圧されるような危ない発言をしながら学ランをたなびかせていると、急に立ち止まった。

何か、特殊な気をこの近くで感じ取った。

「この気……悪魔でも天使でも堕天使でもない……人間にしても変な感じだ。まるでココアの入った牛乳みてえに何かが混ざっている感じだが……」

カリフはそれと同時に奇妙に思う所もあった。

「小さい……気がブレて安定してない上に『張り』というものがないが、命には別状も無い。相当な疲労と苦悩を抱えているってとこか?」

気だけでここまでプロファイリングなどと超高度なテクニックを簡単にやってのけてからカリフは興味が湧いてその場へ足を運ぶ。

「中々面白い気の“気”じゃないか。こんなは初めてだ」

ルンルンと目を光らせながらその場へたった一回の跳躍で向かう。

住宅街を遥か雲の手前の上空から見下ろして散策していると、それらしき影を見つけた。

人並み外れた視力で雲の上からその人物を観察してみる。

―――場所、閑静な住宅街の道端

―――性別は女、年齢はたぶん同い年、恰好は年頃の女性が着るようなワンピースとスカート姿、そして金髪

―――歩き方からして全く周りを警戒していない、重い足取りからして精神と肉体の疲労があると見られる

―――だが……やはり気がどこかおかしい

「ふむ……気からして悪意は感じられない……だが、どこか哀愁があるな……それに行ったり来たりしてるから目的も目的地も無し……害は無さそうだが……」

それでも普通の人間でないので注意はしなくてはならない。

そこでカリフの体はまるで計ったかのように重力に従って下に落ちていく。

高さ五千メートルのエベレストもビックリな高さから落ちていく学ランの男の子の姿が見て取れる。

そして、舞空術もホバリング程度に抑えて宙に浮くことはなく、そのまま一定のスピードで落ちていく。



私はすごく後悔している。

今、私がやっていることは多くの人たちを不幸にしかねないことだって分かってる。

だけど、こうでもしないと私が生きていけないってことも分かってる……

『ね、マナっち……本当にいいの……?』

私の気持ちを察してくれたのは生まれてからの私の親友でもあり、家族でもある娘の声だった。

こうしている時も『私の中』で励ましてくれる。

「うん、平気平気だよ?」
『……そうは見えないよ? やっぱり私がやろっか?』
「いいよ、こういうのは私がやるのが常識だし、ガっちゃんだってこんなことしたくないでしょ? 他の皆だって……」

空元気のつもりで皆に明るく振る舞おうとするけど、どこか違う。自分でも分かってしまうから『ガっちゃん』にだって気付かれるよ、これ……

はぁ……鬱だよぉ……

いつもよりも重い足を引きずるように進めていた時だった。突然、『私の中』でガっちゃん以外の『あの人』が何か伝えてきた。

『マナ、ここで止まって』
「え? ヴァルさんどうしたの?」
『索敵魔法が反応を示したわ。あなたの元に何かが向かってきてる』
「え!?」

『ヴァルさん』の言葉に私は魔力を解放して瞬時に戦闘服に着替え、周りを警戒する。

まさかこんな狭い所で戦うことになるなんて……

『まだ遠いからどこから来るか分からないわ。気を抜かないで』
『でも、本当にバレたんすか? それって本当に私らんとこに来てるんすか?』
『ヴァルの補助魔法を信じなさい。と言っても、どこでバレたかっていう疑問も確かに気になるわね』

私の中でヴァルさん、ガっちゃん、マジさんの『意識』同士が話し合ってるけど、今の私はそれに耳を傾ける余裕などない。

どうしよう……やっぱり戦うのかな……

「でも、まだ敵って決まったわけじゃあ……」
『そうだけど、油断は禁物ね。向かってきている速度も……あれ?』
「なになに? どうかしたんすか? ヴァルさん』
『いや、相手が大分近付いてきたから分かるんだけど……何が何だか状況が……』

なんだか歯切れの悪いヴァルさんに皆が首を傾げている。あれ? なんだろう……

『なんか……来る方向が……いや、でもこれって人しか認識しないはずだしここらに高層ビルだってないし……』
『どうしたってのよ? あんたにしては歯切れ悪いじゃない?』
『ええ……ただ気になることがあって……私たちに向かってきてる対象なんですが……』

全員がヴァルさんの言葉に聞き耳を立てている時だった。

私が立ち止まったまさにその時だった……

『えっと、空から落ちてきてるような……』

ヴァルさんが言ったその直後だった。




閑静な住宅街に




強烈な落下音と砂煙を立てて




私の前に何かが落ちてきた。


「………」

私は突然のことに臨戦態勢のまま固まってしまった。

それもそうなる、なんせ、こんな街中で隕石か何かがが自分の目の前に落ちてきたんだから……

何かが墜落した地点からの煙の中からさらに人影が現れた。

「きみ、ちょっとお話いいかなぁ?」

眼光を光らせ、ジャパニーズのスクール制服を風になびかせて現れた。





―――お星様になった師匠へ

―――生きるためとはいえ、テロリストに入って道を踏み外してしまった短い人生はここで終わります。

―――どうか、この不肖の弟子を迎え入れてください。




「とりあえず公園に行くぞ。話はそこからだ」

訳が分からないまま私は引きずられていくだけでした。

『ちょっ! 呆けてないで逃げなさい!』
『駄目です! 完全に相手の登場シーンに度肝抜かれて放心してます! 全然声が届いていません!』
『マナっちカムバーーック!』

頭の中の家族の声にさえもう虚ろにしか聞こえません。

だけど、この時、何を考えていたかってことだけは分かります。


ヘビに睨まれたカエルの気持ちだったとだけしか……




近くの公園まで半ば拉致してきたカリフは威圧感タップリと目の前の少女に叩きつけて動きを封じている。

対する少女は未だに戦闘服のままカリフに奢ってもらった缶ジュースを震える手で握っている。

「あはは……」

目の前の怖い存在に少女は苦笑して見せるが、カリフはというと……

「……」

背後に『ドドドド……』と擬音が付いてもおかしくないほど威圧感を醸し出してこっちを見てくる。

こんな硬直状態に少女の心は限界に近かった。

『どうしよう〜! あの人怖いよぉ!』
『堪えてください。まずはこっちから弱みを見せないように毅然としてください』
『そんなこと言われても〜……』

少女が頭の中で話し合っていると、カリフの方から話を振ってきた。

「よぉ、随分と物静かだな」
「え、いや、そう言う訳ではなくてですね……」
「ジュースはお嫌いかな? 日本のジュースは結構良いと思うんだがなぁ……」
「……いえ、ジュースは好きですけど……」
「そうか? そうだよなぁ、何より、美味くて安いところがまた『良い』」
「ははは……そうですね……」

饒舌に語るカリフに少女はそれとなく返すが、不安と警戒心はより強くなっていく。

少女はカリフに恐る恐る問いかける。

「あの……私にどのような用で……」

相手を刺激しないように聞いた瞬間だった。

カリフは先程までの世間話を切り上げ、変わらぬいつもの調子で答える。

「お前からは人間とは違う感じがしたからそれを調べに来た。お前は『敵』かどうかを調べにな」
「っ!」

その一言に少女は体を震わせて何も言えなくなっている。

『み、皆……』
『大丈夫、それは相手の推測よ。惑わされちゃだめ』
『そっすよ。平常心平常心!』
『セイクリッド・ギアの用意しとくわ』

励ましを受けてもこの不安はどうしても拭えない。

目の前の少年には虚勢も通用しないんじゃないかと思わせるほどの『何か』があった。

言葉にするのには困難な『何か』が……

「大抵の奴ならその瞳孔とか汗のかき方、挙動とかを見て判断するが……お前、今汗をかいているだろう?」
「こ、これは……」

少女が弁明しようとするが、カリフはそれを許さない。

「その汗のテカリ具合に汗のにおい、そしてその目は何かを隠しているということを『認めている』ぜ!」

傍から見れば証拠もなければ確証もない憶測だけの暴論でしかない。

だが、目の前の彼はその暴論に絶大な『確信』を持っている上に、実際にその通りなのだからもう彼女は限界だった。

『だ、大丈夫よ……そんな理屈通る訳……』
『でも、当たってますよ? これ……』
『気にしないで、これはただの揺さぶりだから……多分……』

皆からも不安が伝わってくる中、その人は続ける。

「そして、その目には怯えが見える……例えるなら望んでも無い殺しを強要されているとか……」
「っ!?」
「その反応は図星だな? 今までいろんな人種を見てきたが、お前の眼はまさに紛争地帯で迷い込み、極限の状況の中で選択を迫られた奴……そいつに似ていた。今ならこのことは伏せるし、大目に見てもらえるかも知れんぞ?……白状するならな……」

無言の相手から挙動だけで全てを見通してしまった目の前の少年に少女は恐ろしさを抱いた。

だが、そんな『奇妙な恐怖』とは同時に心の底で『禁断の安堵』を覚えていた!

『やりたくない』『自分のしたいことはこんなことじゃない』という目に見えぬ自身の心の蓋を目の前の少年が易々と解き放ってくれたことに緊張よりも感動を覚えた。

(さっきまで怖い人だと思ってたのに、今では困っている人に手を差し伸べてくれる『厳しい人生の教師』に見える……)

無意識とはすなわち、真の心の内を表したもの! もう彼女は自分の心に逆らえなくなっていた!

「……あの、お話いいですか?」
「あぁ……なんだか興味あるぜ」

罪の意識から逃れるために少女は思いの丈を吐露することにした。

『ちょっ! やばいって! 止めた方が……!』
「でも、この人に誤魔化しはもう……」
『そうだけど……まだ相手を知らずに全部言うのは止めた方がいいって!』
「……分かってます。自分の浅はかさくらい。だけど、多くの人を殺すよりもこっちの方が正しいって思うんです。だから……」

カリフには少女が独り言を言っているようにしか見えてないが、それについては聞こうとは思わない。

「ま、そこんとこはこれから話すとして、まずやることがあるからそっちを済ませよう」
「何か予定でも?」

少女が聞くと、カリフは改まって少女に向く。

「オレから話し振ったのだから名乗ろう。オレから名乗ろう。オレはカリフ、この近くに住む鬼畜家の誇る最強の人類だ」
「さ、最強……ですか?」

丁寧だがどこかブっ飛んだ名乗りに少女“たち”は苦笑する。

『すっごい自信っすね。マジさんみたい』
『ちょっと! 私はあんなに尊大じゃないわよ!』
『……いささか不安があるのですが……』
「あはは……まあ、自信があるのはいいことですよ……」

目の前で胸を張っているカリフにひとしきり苦笑したあと、例に倣って自分も名乗る。

「私はマナって言います。主に魔法使いって呼ばれてます」

行儀よく挨拶を交わす少女のマナ。

そんなマナにカリフは早速質問する。

「ふむ……それでこの妙な気……だが、しかしこいつは珍しい……」
「あ、あの……何か?」

ジロジロ観察されてたじろぐマナにカリフは首を傾げる。

「いや、お前の気が少し特殊でね……面白い体質だと思ってね」
「気って……仙術の心得が?」
「オレのは我流だがね。それで分かるんだよ。まるでお前の中にさらに『誰か』いることが……」
「え!? 分かるんですか!?」

カリフの推測にマナは素直に驚いた。

「まあ、気は人によって質とか違うからな。お前の中には少なくとも三、四つの気が中途半端に混ざっているような……多分だけど体という器は一つでその器の中サラダ、スープ、デザートが混ざり合っているって感じがする」
『私ら食べ物ですか!?』
『だけど、的を射ているわ。なんなのこの子?』

『ガっちゃん』と『ヴァルさん』とやらはカリフの技量と観察眼に驚きを通り越して呆れさえ覚えていた。

マナも口を半開きで絶句していたが、すぐに気を取り直す。

「す、すごいです……そんなに分かるなんて……」
「だが、オレは相手の過去や素性は読めん。もっと教えてくれないか?」

言い方から何を聞かれているのかすぐに理解したマナはコホンと咳払いして続ける。

「私は魔法使いですが、ただの魔法使いではありません……ブラック・マジシャンって知ってます?」

その言葉にカリフは見分の旅で培った自分の記憶を掘り起こしてみる。

「確か、どっかの一部の魔法使いの家系から輩出された優れた魔法使いの称号……だったな」
「そうなんですよ! それが私の師匠のマハードこと、ブラック・マジシャンなんです!」
「お、おおう……」

急に元気になって力説し始めるマナにカリフはたじろぐ。急に近付けてきた輝いた笑顔はすぐに離れるが、既に彼女は過去の話に酔っていた。

「魔法の中で上位の難易度と破壊力と多様性を極める師匠の黒魔法はまさに一族始まって以来の最高傑作! 遥か昔に火、土、水、風の四つのエレメントだけを組み合わせて生み出された黒魔法も今や進歩を続け、未だに進化し続ける神秘の技術! 分かりますか!? このロマンを!」
「ん、うん……」
「黒魔術とは『黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)』という近代西洋儀式魔術の秘密結社の一員であった『アレイスター・クロウリー』も活用していた呪術であるの」

急にマナがどこからかステッキを取り出し、ステッキで文字や関係図を書いて説明する。

「基本、呪術や悪霊の力を頼った魔法なんだけど、基本的に呪術は儀式のような手間があるし、悪霊の力を借りると何らかの副作用や代価を支払う必要がある危険な魔法なの」
「ふんふん……」
「でも、それらの危険性を最小限に抑えて執行されるのが黒魔法!」

マナがステッキを一振りすると、『呪術』と『悪霊』の文字が溶けて一緒に混ざりあい、混ざり合った文字が空中で『黒魔法』と現れた。

「だけど、そんな黒魔法も色んなコストが大きくて、命までは取られないにしろ課題はあった。そんな黒魔法研究の第一人者が師匠のブラック・マジシャンって訳です!」

今度は全身を黒の衣と帽子で身を固めた男性の絵が現れた。

「師匠は黒魔法の適性が充分だったから研究は順調に進め、黒魔法のコストを大幅に削ることに成功したんです!」
「……それがお前の師ってわけか……」

目の前で嬉しそうに語るマナにカリフは昔を思い出す。

(師……か……)

自分はあの時、悟空とベジータ、ピッコロに尊敬を抱いていただろうか……

悟空やベジータからは戦いを教わり、ピッコロからは心の指導を受けていた。

あの時はまさしく地獄だったが、今となっては感謝すべきなのだろう……

だが、自分はそんな師たちを越えようと生き永らえている。

それがあの三人に対する礼儀と信じて……

(ノスタルジーか……らしくもないな……)

妙な気分になりながらも今に集中しようとマナを見るが、既に彼女はヒートアップしていた。

眼をキラキラさせて何やら黒魔法は芸術だとか独白している。

『ごめんなさいね。あの子ってば魔法と神器には目が無いの』

突然、カリフの頭の中に誰かの声が響いた。

そのことにカリフは目を吊り上げる。

「お前……マナの中にいる別人格か?」
『えぇ、あなたの言う通り三つの人格の中の一人って所ね』
『私もその一人です! よろしくね!』
『そして、私たちは同じ存在でもあるのです。ベースはマナですが、私たちもまた『マナ』という存在です』

なんだかややこしかったマナという少女の本質も段々と見えてきた。

「要は多重人格か」
『それでいいと思います。とはいっても元は私たちはそれぞれ別の魔法使いの家系での生まれですが』
『今はその家系の名前で呼び合って名前代わりにしてるしね』
「家系?」

カリフが聞くと、カリフの前に三人の美女が思念体として現れる。

一人はどこか落ちついた雰囲気の茶髪のロングヘアー、もう一人は胸を強調するような大胆な大人の雰囲気の金髪ロングヘアー、最後の一人は今時の女の子といった雰囲気の金髪のセミロングの女性だった。

だが、共通して全員がマナと恰好も容姿もどこか似ていた。

「始めまして。私は主に『ヴァル』って呼ばれてるけど生きてた頃の二つ名は『マジシャンズ・ヴァルキリア』だからヴァル。よろしく」
「んで、私は『ガガ』って呼んで。昔は『ガガガ』一門の魔法使い家系から『ガガガガール』って呼ばれてました!」
「私の名は『マジ』ってなってるわ。起源は……昔にからかわれて定着させられた『マジマジ☆マジシャンギャル』って所から……」
「最後だけ恥ずかしくね? これはひどい……」
「うるさいわね! 私だってこんな名前から変わらないまま儀式でマナの魂と統合させられちゃったんだから、これしか思いつかなかったのよ! 私だって恰好いい二つ名くらい欲しかったわよぉ!」

カリフの失礼な回答にマジは涙目で訴えるマジにガガもヴァルも苦笑するしかない。

「マジさんをからかうのも程々にしてください。私たちの紹介としてはこんな所です」
「なんで全員はマナに似てんだ?」
「私たちがマナっちの魂に引っ付く形になったから、それの影響っすよ」

ガガの答えにカリフもなんとか納得する。

「それで、あの子はさっき聞いた通り、黒魔法第一人者である『ブラックマジシャン』ことマハードの弟子、『ブラックマジシャンガール』のマナっていうの」

マジの指差す方向には未だに心酔しているお気楽なマナが一人演説していた。

一連の説明を聞いたカリフはここで話の通じる三人に問いかけてみる。

「お前等の生い立ちはこの際、気にしない。だが、お前たちはここで何をしようとしていた?」
「え、あ、その……」
「……」
「えっと……」

その問いに三人は黙ってしまった。

この沈黙からして言い辛いことなのだろう。三人は口ごもるだけだった。

「やはり、只事でないか? ここでのドンパチを見過ごしたらオレの親に火の粉が降りかかるだろう……だが、答えてもらうぞ」

急かすような言葉に三人は顔を見合わせるが、いち早くガガは意を決したようにカリフに懇願する

「あの、全部話したらマナっちを見逃してくれないですか?」
「ほう……」

ガガの言葉にカリフは眉を吊り上げる。

「マナっちとは感覚や感情をリンクさせてるから分かるんっす。どれだけ罪の意識に悩まされたか……」
「……」
「言えた義理じゃないけど私からもお願い。あの優しいマナだからこのままだと……」
「……待ってろ」

ガガとマジの説得にカリフは後頭部を掻き、その後に額に指を当てて目を閉じる。

そこでカリフはしばらくの間だけ集中し、数十秒くらい経った後でまたいつもの感じに戻る。

「……普段なら、大量殺人の未遂でこの場でオレがお前等を葬るってのが定石なんだぜ〜? そんな状況で命乞いかぁ?」
「……償いならいくらでもします。ですから……」
「無茶を承知で頼みたいの。あの子を見て分かるでしょ? 本当は素直で優しい子なのよ……あんな子に後悔して欲しくないの……」

ヴァルとマジまで頭を下げる始末

だが、カリフは元からこの四人をどうこうする気は全く無い。

理由としては手を上げる理由がないからだ。いくら何らかの理由でこの街に災いを運ぼうとしていたとしてもそれは過去の話であり、何より彼女は既にそんな気が無いくらい知っている。

「……その言葉に嘘偽りは無いな?」
「「「……」」」

三人は無言で頷くのを確認すると、カリフは彼女たちに背を向けた。

「一つ心当たりがある。話しはそれからだ。それと……」

カリフはマナに向いて大口を開けた。

「オイ!」
「ひゃい!? な、なんですか!?」
「いつまでくっちゃべってねえで行くぞ! このままブタ箱にぶちこまれたくなきゃあな!」

黒魔法に心酔していたマナを大声で呼び起こし、手招きして付いて来るように合図を送るとカリフは一人で先に公園から出ていく。

一人と三人の人格たちは顔を見合わせて首を傾げ、マナは戦闘服から魔法で私服へと着替える。

三人の人格の姿が消えた所でマナはカリフの後を追っていく。

カリフに追いついたマナはその隣に並ぶ。

「あの、これからどこに……」
「オレの知り合いんとこで匿ってもらえ。奴のとこなら安全度は高いからな」
「ご迷惑にならないでしょうか?」
「なろうがならまいが話しは付ける。正直、最近のあいつにイラっとしてるからな。お前引き取るのはただの嫌がらせだ」
「私は嫌がらせの種!?」

まさか自分がそこまで腫れもののように扱われていたことに少しショックを受けるが、どっちにしろ助けてくれるのだから感謝しなくちゃならない所だけどやっぱり複雑な心境だった。

「あの、おいくつですか?」
「十六」
「え!? 私よりも下!?……なの?」

あまりに衝撃な事実!

それもそのはず、カリフは普段でもその風貌と影の深い輪郭から歳上に見られるのも無理はない。

マナは意外にも年下だということが分かっていつも通りの口調に直る。

「えっと、カリフ……でいいかな?」
「あぁ」
「あの、君の知り合いってどんな……」
「付いたぞ」
「え? もう?」

公園から歩いて数分歩いた内に着いた場所はマンションだった。

一見すると、ただのマンションにしか見えない。

そんなマンションの中に迷いなく入っていくカリフにマナたちは疑問に思いながらもカリフに付いて行く。

「ここか……」

三階くらい上がって行くとその一室の前で止まり、ノックもチャイムも鳴らさずにドアを開ける。

「ちょっ……」
「シッ……」

呼び止めようとするマナをカリフは人差し指を口の前に持って行って静かにするようジェスチャーで表すと、なんとか応えてくれた。

それに満足し、堂々と、それでいて足音立てずに入っていく。

マナも入ろうとするが、カリフは手で待つように合図してその場に残る。

「流石はゲーム大国日本のゲームだ。一味違うな……」

カリフの前には黒髪のワルの風貌をしたイケメンの男がゲームコントローラを持って画面を食い入るように見ている。

「シェムハザの野郎にゲーム取り上げられた時はヒヤヒヤしたが、今回の三勢力会談でのセッティング押し付けて俺の楽しみ奪還成功だ! ザマァミロ!」

浴衣姿のイケメンは格闘ゲームに夢中で後ろに気付いていない。

「まあ、こうしてあいつ等から自由の時間を取り戻したんだ。精々この自由の時間を……! できた必殺波動拳! やった勝った!」

天高く、コントローラを持った手を掲げてガッツポーズした瞬間、カリフは遂に動いた。

「それはようござんしたね」
「スト2ーーーー!」

ここで限界が来たのかカリフはイケメンの顔を蹴ってブラウン管に顔をぶち込ませた。

ブラウン管を壊して顔が押しこまれると、強烈な破断音と小規模爆発がリビングに鳴り響いた。

「おーい、入っていいぞ!」
「え、っと……お邪魔しまーす……」

遠慮がちにマナが家に入り、リビングに辿りつく。

「あの、さっき何かすごい音……って何これえぇぇぇぇぇ!?」

入ってきたマナは大口開けて驚愕した。中に入ってみたらその家主と思しき人がテレビに顔突っ込んでいるのだから普通はそうなる。むしろ、これは卒倒ものだと言っても過言ではない。

「騒ぐな。まだ説得中だ」
「説得!? 脅迫とか殴りこみとかじゃなくて!?」

無茶苦茶な暴論にマナは驚愕し、冷や汗を流す。

そんな中、ブラウン管に突っ込んだ頭を引っこ抜きながら激怒する。

「人の家に勝手に入り込んで随分と嘗めたことしてんじゃねえ……か……」

カリフの顔を見たイケメンの顔色が変わった。

怒りに赤くなっていた顔が一瞬の内に血の気が失せた白へと変わる。

「カ……カリフ……?」
「よぉ、アザゼル。随分と良い身分じゃねえか?」

驚愕するイケメン……アザゼルはすぐにカリフに光の剣を創り出して襲いかかった。

対するカリフはアザゼルの光の剣を二本指で挟んで止める。

「ご挨拶だねまったく」
「だったら普通に来れねえのかおめえは! 何だ! 今日は何しに来た!」
「これから話そう。だから茶と菓子用意しな」
「俺も来たばっかだからねえよ! 相変わらず図々しい奴だなオイ!」

急に喧嘩を始めた二人にマナは焦りながら両者へ視線を右往左往していると、それにアザゼルが気付いた。

「おい、こいつは魔法使いか?」
「あぁ、今日はこいつのことで来たんだ。堕天使総督の権限で何とかしやがれ」
「その前に事情くらい話せ。何が何だかサッパリ分からん」
「堕天使……総督?」

ここでマナが二人の会話からとても気になる言葉を聞く。

「あの……総督って……」

マナが聞くと、アザゼルはカリフとの鍔迫り合いを止めて飄々とした態度に戻る。

「お前、その魔力の質からして黒魔法の使い手だろ? 珍しいな。名前は?」
「マナですが……あなたは?」
「俺か? 俺は何を隠そう、堕天使の頭やってるアザゼルだ。よろしく」

そう言って光の力と一緒に黒い十二枚の羽が解き放たれた。

――――――



――――



―――



――





「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ア、ア、ア、、アアアアアアアザゼルってあの堕天使総督のアザゼル!?」

まさかの超ド級大物との対面にマナは目を飛び出させて驚愕する。

その様子にアザゼルはカリフに問う。

「なんだ? 何も言ってなかったのか?」
「近くにいたから説明は後でいいと思っただけだ」
「しかもタメ口!?」

まさかの伝説の堕天使・アザゼルと相当な大物と親しげに話すカリフにマナたちは大混乱だった。

『アザゼルって、相当な大物じゃないの!? まさかこんな所で会うなんて!』
『ていうかあの子は本当に何者なんですか!?』
『ヤバイっすよ! 本当にヤバイっすよ! どんぐらいヤバイかというとマジヤバイ!』
「みみみみみみみみ皆落ちつこう! 皆が落ち着いてくれないと私も不安になっちゃうから!」

マナはカリフに詰め寄らんばかりに近付いて問い詰める。

「えっとこれどういうことかな!? 全く理解できないけど!?」
「それをこれから話すんだろーが。まあ、真実言えばアザゼルも分かってくれるさきっと」
「ここまでお膳立てして本番フワフワしてない!?」

緊張で胃が痛くなってきたマナにアザゼルは頭をボリボリ掻いて溜息を吐く。

「まあ、お前がわざわざ連れてきたような奴だ。相当に奥が深いんだろ?」
「そういうことだ」
「面倒事を押しつけやがって……だが、このタイミングで魔法使いの登場だ。心当たりはある」
「!?」

アザゼルの言葉にマナが過剰に反応を示す。

「? どゆこと?」
「最近、魔法使いが各地で出没するようになった。何をするわけでもなくただ天使領、堕天使領、悪魔領どこでも構わずに現れては去っていくんだ。それだけならまだいいんだがな、その魔法使いが去った数日後にはその街は必ず襲撃される」
「そういうことね……はいはい……」

そう言ってカリフはマナを見ると、マナは沈んだ表情で俯くだけだった。

それに合点がいったカリフはアザゼルに聞く。

「末端の奴に街の構造、内部情報などを探らせてからの襲撃ね……テロ組織の常套手段だなまるで……」
「『まるで』じゃなくて『いる』んだよ。今の状態に不満タラタラ漏らして戦争ふっかけるテロ集団が……」

アザゼルが続けようとした時、その先をマナが代わりに告げた。

「禍の団(カオス・ブリゲート)……それが正式な名前です」
「やっぱり……お前はその中の魔法使いの末端か。ブラックマジシャンガール」

アザゼルの言葉にマナは大層驚く。

「知ってたんですか!?」
「お前の魔力、攻撃魔法最強の『黒魔法』を使うのに適している魔力の持ち主は特定の家系しか生まれねえ、そして、最近まで噂されていた今は亡きブラックマジシャンの弟子しかこの世で黒魔法を完全に扱うのは困難だ。それらとお前さんの魔力を見ればすぐ分かる」
「そう……ですよね」
「だが、お前さんが魔法使いとして成熟しない内にブラックマジシャンは死んだ。その御家が弱まった隙を狙って黒魔法を良く思ってない他の魔法使い勢力がブラックマジシャンを輩出した家系を断絶させて廃れたって聞いたんだが……生き残りがいたとはな……」

珍しそうにマナを見つめるアザゼルにマナは自嘲する。

「……元々最底辺の地位だった私の家系が師匠のおかげで成り上がったことと、魔法をもっと幅広く、多くの人のために使ってもらうって師匠の考えに敵は大勢いました。師匠が逝ってから程なくして家系が廃れた私は捕虜となってカオス・ブリゲートに売られたのが始まりです……」
「あの家は魔法使いには珍しい『世のため』としたスローガンを掲げた家だったことで有名だったからな。弾圧にはおあつらえ向きだったんだろうよ」

真面目にアザゼルもマナの心境を察するようになる。

「でも、私は生きたかった……カオス・ブリゲートの捨て駒として生きていく以外に道は無かったんです。今までは大したことのない兵力の場所を担当してましたが、今回は魔王、天使、堕天使の集まるこの街の担当にされて……耐えられなくて……」
「捨て駒って訳か……古くせえ考え方で気に入らねえな……」

アザゼルもカオス・ブリゲートのやり口に気に入らないと言った感じで吐き捨てる。

「もし、私が死んだら私の魔力を奪って黒魔法を悪用するに違いありません! そんなことしたらもっと恐ろしいことになってしまうんです!」

マナは目に涙を溜めて思いを吐き出す。

「師匠が……家族が人のためにと思って研究してきた黒魔法が殺人の道具にされようとしてるんです! それだけは絶対に阻止しないと駄目なんです!」
「……黒魔法の研究は注目と期待が半端じゃなかった、もし研究が成功したらこれからの世界が変わるとまで言われたほどだしな」

アザゼルは憎々しげに舌打ちする。

「黒魔法の進歩で害のなく天候を操って地球を潤す環境問題対策、四つのエレメントを基礎とした魔術、技術進歩の足がかりとなるはずだった……だが、尊い技術も悪用されるもんよ……」

同じ技術者として、自分の受け継いだ技術を悪用されようとしているマナの気持ちが痛いほど分かる。

それと同時にカオス・ブリゲートへの怒りをも覚える。

「そのカオス・ブリゲートの戦力は?」
「三大勢力の危険分子、バランス・ブレイカーに至った人間たちもワンサカだ」
「ほう……」

妖しく笑うカリフだが、アザゼルは溜息を吐いて警告する。

「お前とは波長が合わない奴ばっかだから止めとけ」
「残念」

鼻を鳴らすカリフは置いておき、アザゼルは再びマナに向き直る。

「事情は分かった。お前のことも情状酌量の余地は充分だろうな」
「あ、ありがとうございます!」
「詳しくは『神の子を見張る者(グリゴリ)』で調書取ってやる」
「グ、グリゴリ……あの有名な所に……」

深く頭を下げるマナを見届け、カリフはその場を去ろうとする。

それにマナが気付いて呼び止める。

「あの、カリフ! その、ありがとう!」
「ふん、あの街で何か起こって親が被害を受けるのが捨て置けなかっただけだ。別にお前のためじゃない」
「それでも言わせて。ありがとう!」

最初に見かけた時とは違う晴れやかな笑顔にカリフは表情を変えることなく一瞥して部屋から出ようとする。

「あぁ、ちょっと待った。お前、今はグレモリーの所に身を置いてるんだろ?」
「既に知ってるはずだが?」
「それならそっちの赤龍帝に伝えてくれや。『今日のゲームは面白かったぜ』って」

それにはカリフの方が呆れた。

「お前、ちょっかい出してたのか? この悪魔領で?」
「退屈だったんだよ。仕方ねえだろ?」
「それなら仕方ないな」
「仕方ないんだ!?」

さっきから二人のとんでもない会話にマナも突っ込みに慣れてしまった。

ハハハと笑い合う二人を見ていると、人間と堕天使総督とはとても思えなくなってくる。

苦笑しながら、カリフの不敵な笑みを見てマナは不思議な気持ちを覚える。

だが、それは不快とかいった負の感情ではない。どちらかと言えばその逆だ。

さっきまでの仏頂面が柔らかくなったギャップからくるものなのだろうか?

『あんな顔もできるのね。あの子』
『年下なんだからもっと笑った方がいいのになぁ』
『そこは人それぞれですよ。ですよね? マナ』
「は、はい。そう……ですよね……」
『……マナ?』

ヴァルが少し様子の違うマナを気にしていると、カリフは既に玄関に来ていて帰る所だった。

「じゃ、後は任せた」
「おう、また会ったときはお前のセイクリッド・ギアの調整くらいはしてやる」
「助かる」

互いに別れの挨拶を交わしている時だった。マナはカリフに慌てながら問いかけた。

「えと、カリフって駒王学園にいるんだよね!?」
「ん? まあそんな感じだ」
「そこに行けば……また……会えるかな?」

マナの声が段々と消え入りそうになるもカリフの耳には届いていた。仏頂面のまま返す。

「まあ、大抵はいると思うからやろうとすれば難しいことじゃない」
「そ、そっか! うん、そうだよね!」

マナは嬉しそうに笑い、カリフに手を振って別れる。

「じゃあね。また会おうよ」
「どうかな。ただの偶然で出会っただけだ。そう何度も会うようなことは……」
「そんなこと言わないで……また会おうよ……ね?」

マナの切望に似た別れのあいさつにカリフも溜息を洩らすも、適当に手を振って返す。

「……次があればな」
「うん!」

そう残し、カリフはアザゼルの部屋から出て帰って行った。

外から聞こえる足音が次第に小さくなり、やがては消えていく。

マナはカリフが出て行ったドアをずっと見つめ続けていた。

そんなマナの様子にアザゼルはニヤニヤしながら人知れず見ていた。

「あの小僧……恋愛興味ねえくせにやることはやりやがる……俺以上に厄介で罪深い野郎だぜ」

そんな呟きも耳に入らないほどマナは呆けていた。

そう遠くない未来に意外な形で出会うなどと……知る由も無かった。



〜後書き〜

知っている人は知っている、この作品のオリヒロインは遊戯王のブラックマジシャンガールです。これからもどんどん登場させていきたいと思います。

ここで皆さんに質問ですが、この中で見たいオリジナルストーリーを考えていますが、どれが見たいですか?

1.カリフからのお土産〜学外旅行のソウルキャリバーとソウルエッジ〜
2.カリフの我が家徹底防御計画〜通学路のフェンリルとドラゴン〜
3.原作の短編集

この中でいち早く読みたい物がありましたら感想にドシドシお書きください。

その他にも感想、指摘などは作者の原動力になりますので、お願いします。

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