小説『雲影の葬』
作者:雪篠(A BLANK SPACE)

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   *   *   *

 夢を見た。

 どこか暗い、深い穴のようなところにいて上を見上げているようだった。天には光はなく、周りを見渡してもそこはただただ暗いだけだ。
 けれど、自分のすぐ傍に、遠くにも、そこら中に何かがいるのがわかる。それらは蠢き、がさごそと厭な音を立て、時にぬるりとした感触が肌を掠めていった。租借する音が聞こえる。

 そして、暗闇に目が慣れると、そこにいるものの正体がわかってしまう。それが恐ろしい、恐ろしくて、目を開けたくない。しかし、そうするとより一層の暗闇が、音とともに耳を初めとする身体中の穴から侵食してくるのだ。
 知りたくない。いや、自分はもうそれを知っている。
 何故なら、自分も……。




 息が荒い。
 飛び起きるようにしてまとわりつく眠りから覚め、布団から重い身体を起こす。浴衣が背中に張り付くほどに、びっしょりと汗をかいている。
 まだ朝ではない。悪天候の為、小窓に目を遣っても空から時間を知ることはかなわなかったが、周囲に立ち込める夜特有ともいえる空気がそれを示していた。

 厭な夢だ。昼間の壺のことが気にかかっている所為だと、礼太郎自身はっきりとわかっていた。
 何度訊ねても初子はあの壺の中は空だと言う。空の壺に、何故あんなにも厳重な封がなされているというのか。礼太郎にはどうしても納得がいかない。しかし、それを初子に問うたところで、彼女がそれに答えてくれるとは思えなかった。
 礼太郎は意を決し部屋を抜け出すと、蔵へと続く部屋へと向かった。



 しかし部屋の前まで来て、鍵がなければ蔵へ入ることが不可能だということを思い出す。半ば起き抜けの勢いというか、夢から覚め切らずにここまで来てしまったに過ぎない。諦めて自分に宛がわれた部屋へと戻ろうとした時、誰もいなかった筈の背後から、とんっ、と肩を叩かれた。

「こんな所で何をしているのかな」
 浅葱だった。声を上げそうになって咄嗟に口元を押さえた手が、気が抜けてだらりと落ちる。彼にはいつも驚かされている。

「すみません。でも、貴方こそ一体誰なんですか。初子さんは、この家に浅葱という人間はいないと……」
「ここにいるということは、蔵が気になったのかな。面白いものは見れたかい?」
 礼太郎の問いには答えずに浅葱は続けた。蔵へと続く道があることも、礼太郎が昼間ここを訪れたことも、彼は知っているのだ。しかし、そんな些細な奇妙さはもう気にはならなかった、気付かなかったのかも知れない。
 誤魔化さないでください、と礼太郎はなおも食い下がる。

「そう、初子がそんなことを……」
 自嘲とも取れる笑みで零した呟きは、溜息にも似ている。目の前の男の微かに傷ついたような瞳は、すぐに長い睫毛に隠れてしまう。礼太郎はやっと、自分の放った無遠慮な好奇が浅葱を傷つけるものだったと知る。
「まあ、仕方ないか」
 礼太郎が何か口を開く前に、浅葱は苦笑とともに吐き出した。先ほどよりもあっさりと、けれど諦めともっと複雑な何かをとを含んだ、そういう声音でもあった。

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