小説『ゆるやかに流れる水の流れに添い・2 カナとアズキとツカサとコムギ【続きます】』
作者:初姫華子(つぼはなのお知らせブログ)

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その2 舅と恩師

【1】 いつもの朝の風景


「アズキっ!」

尾上家の朝は、新妻・加奈江の声で明ける。

「あなた、ダメじゃないの。あれほど畑の上は歩かないでって言ってるのに!」

味噌汁の薬味用に植えたワケギの隣に、つい先日畝を作った畑は、点々と梅の花が散っている。

今は秋、落葉の季節で、梅の花は咲いていない。

ぽつぽつと開く穴ポコは、老描アズキ(推定10歳以上・オス)の足跡だ。

「カナが豆まきゃ、アズキが踏んづける」

軽口を叩く声がする。

「政!」

と、加奈江は声の元にぴしゃりと返した。

相手は言わずと知れた夫である政だ。

近頃、妻は夫を「政さん」でも「政君」でもなく、「政」と呼び捨てにする。

「もう、あなたも考えて! せっかく植えた種が埋もれてしまうわ!」

「けど、最近はスズメもタヌキも出てこないだろう」

ふう、と口から煙草の煙を吐いて政は言う。

「それはそうだけど!」

「俺が作ったかかしが効いたんだよ」

鼻を鳴らして得意げな夫に、妻は内心で「どうだか」と返した。

たしかに、かかしはスズメたちの足場として重宝がられている。

が、果たしてスズメよけになっているのか。

それより、かなりの部分をアズキが活躍してくれているのは間違いない。

小鳥が来ると一目散に駆けて行くアズキのおかげで鳥の害は減った。時々、アズキの口元にぱたぱたと翼をはためかせるスズメがいて、加奈江に別の金切り声を上げさせていたが。

スズメ相手はいい、タヌキやキツネは雑食と聞く。

猫、大丈夫なのかしら、何といってもおじいちゃん猫なのだし。

スズメ相手に戦えても、タヌキには負けそう……。

もう、些細なことで気を取られることが多いわ!

それにしても、早く朝ごはんの仕度をしなくちゃ。家庭の主婦は時間がないっていうけど、ホントだわ。

ぶつぶつとひとりごとを言う彼女の目の前には縁側でのんきにあくびをする政がいた。

「あなたも、お茶碗とお椀を並べて下さいな。ああ、ノートなんか持ち出さないで、絵、描かないで!」

もう、聞いてるの?

彼女の声は、でっかく辺りに響き渡った。

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