【4】太陽は招く
テーマ館は大きく三つのブースに別れている。
塔の地下、これは太古の世界。小さな細胞から生命が育まれ、進化していく過程を人は体感し、人類の発祥と文明の萌芽、原始の息吹を見る。
ところどころにトーテミズムを模した仮面や、岡本作品の展示がある。
太古の壁画を思わせる古代人たちの住居や洞穴、文明や芸術、文化の黎明を経て辿り着く先は太陽の塔の内部。
進化の過程を、天に向かって伸びる生命の樹が追って立つ。
地面にはアンモナイトやウミユリが、樹には古代魚や恐竜、動物たちの模型がリアルに動いて人を驚かせる。
樹を取り巻くように上がっていくエスカレーターの終点は大屋根への出口だが、生命の樹の先端は上へと伸び、光包まれた頂点にいる模型は二本足で立つ人類の祖先――
大屋根の展示物は未来を表していた。ひとつは無鉄砲に天に向かっていく、それこそSFの世界のような夢物語。
カプセルのような住居に住まい、ガラスの棺に横たわる遺体。地に帰れない宇宙の暮らしの象徴のようだ。
そして、テーマカラーである赤で彩られた、原爆を模したモニュメントと家族像。
開発していく一方で進んだ技術が行き着く先は明るい未来だけではない、諸場の刃の危険。
一寸先は闇で脆く儚い――
けれど、人は生きていく。
天空へ向かって手を伸ばす、人類の始祖のように。
そして、長いエスカレーターを下っていく先は、女性の子宮を模したモニュメント。
天から下って、地に降りて。
パビリオンの展示は終った。
中に入ってから、ふたりは全く言葉を交わさず、手を握ったままだった。
人に押されてつっかえながら、後ろの人に迷惑そうな目で見られながら。
政は無言で全ての展示を納得するまで眺めて、気が済むまでその場から動かなかった。
手を痛いほど握られて隣に立つ加奈江は思う。
自分の意識が取り込まれて彼に吸い寄せられていく。
なつかしい。
この感じは。
久し振りだ。彼が意識を集中させて何かを得ようとしている。
共に暮らすようになった今、子供だった頃のように無邪気に彼の全てをわかった気になって結びついているような気にはなれない。
側近く、誰よりもぴったりと結ばれていると思えるのに、やはり私たちは他人で別の存在だと、斜に構えて見る自分もいる。
少し、さびしい。
でも、お互いが別の人格を持つ個人だと思うから、大切にして、愛して、また結びつきたいと願うのだと思う。
今の自分たちの関係の方が、思い込みがなくなった分、自由だ。
わからなくなったら、訊けばいい。
でも、今日は訊かなくてもわかる。
彼はとても混乱して、引っかき回されている。
それを悦んでいる、と。
イルミネーションに彩られたお祭り広場のメインステージでは、ショーが催されている。
反響する音と人の声、往来の中で、ふたり、周りに人がいないように立ち尽くした。
彼は目から光を発する太陽の塔を見上げた。
「偉そうにふんぞり返って」
彼はポツリと言う。
「俺は――嫌いだ。野放図に、べらぼうなことをしでかして、騒がせて。何故、あんなに大胆になれるんだ。迷いなく、書けるんだ。俺は、奴を認めない」
そして、吠えるように言う。
「悔しい」と。
誰のこと、と問うのも野暮だ。きっと、岡本太郎のことを言っているのだろう。政の一方的な思い込みだ。
嫌悪と嫉妬、劣等感。けれど、憧れも喚起させられている……。
同じ極の磁石のように反発するけれど、ひっくり返すと離れられない。
政は世俗に交わらないようにしているけれど、本心はとても人間くさい。優越感より劣等感に一度囚われるとなかなか抜け出せない。
今の彼を刺激してやまない芸術家は、大きさで、質量で、彼を圧倒した。
そして、岡本氏の書く文字は、玄人はだしで、見た人に強い印象を植え付ける。
「あなたが惹かれて反発するのは、自分の居場所を土足で踏みにじられたような気がするからなのね」
加奈江の口から、心の中が選んだ言葉が、ついほとばしる。
いけない、私、またやった。
今度は――失言だわ。どうしよう。
ぴくりと、政の手が強張り、手の平に汗が滲む。
加奈江に伝わる、彼の戸惑い。
けれど、それは一瞬のこと。
痛いほど手を握られて。確かめるように指を絡めてきた政は、「うん」と言う。
「カナの言う通りだ」
そして、再度、塔を振り仰いで、言った。
「俺は、負けない。絶対、勝つ」
「何に?」
つい加奈江は訊いていた。
「俺自身に」
政は答えて言った。
その瞳に一筋の光が走った気がした。
禍々しい、赤い色だった。