彼女は裸のまま、するりとベッドから降りた。
加奈江は彼の前では何も隠さずに素裸のままの姿で歩き回ったことはない。
知らないところはないと政に言われても。事が終わった後も。身体を隠し、布を身に纏わせた。
恥ずかしいから。
けれど、今日は違う。
いつもスタスタと歩くといわれていた彼女は、少し内股気味に、でも猫が足音を忍ばせるようにつま先立ちで背筋を伸ばし、ひんやりとした床上を歩いた。
マリリン・モンローのように、セクシーな歩き方はできない。成熟にはまだ少し早く、男を知って日が浅い彼女の裸身はほっそりとしてしなやかだ。
そして、腰が細い。
元々痩せ形の彼女の身体にめりはりをつけるのは腰の細さだ。引き締まった腰の下へ伸びる臀部のなだらかなラインと相まって、音楽的なしなやかさを添える。
政は目で彼女を追い、一挙手一投足も見逃せず、豊かに長い髪が右に左に動くのを眺めた。
加奈江はキャビネットに置いてある魔法瓶から、ボウルに湯を入れ、タオルを浸した。
ぬるくなった湯は身体を拭くのにちょうど良かった。
手の甲に濡れタオルをあてがい、「冷たくない?」と問う。
「大丈夫、ちょうど良い」と応え。
「よかった」と言って、彼女は彼の右手指からゆっくりとタオルで拭っていった。
じわじわとぬくもりがふたりの間に伝わる。
右の手の次は左の手。
腕と肩と首筋、ここでタオルを一旦すすいで、胸板に指先と、タオルを滑らせた。
身体を拭いてあげたくてぬぐっているのに、彼女の中にふつふつと熱い思いが湧いてくる。
彼に抱かれたい、触って欲しいと願う時の熱っぽさとまるで同じだ。
政に温もりを与えたい、私が彼にしてもらって、うれしくて堪らないことを、彼にも、と。
つ、と触れた指先に、反応するように、彼の乳首が硬く尖る。
私と同じ。
感じると素直に応えてくれる。
あなたの、ここも、そうなの?
私を突いて、かき乱して、切なさと寂しさと物足りなさ、いつもここにいて欲しいと願わせる大切なところ。
脚を、内股を拭いたところで手に持つタオルが冷えているのに気づいて、洗面器にタオルを入れ、絞る手を止めて。
加奈江は身をずらした。
上からのし掛かるように、胸を突き出し、四つん這いになる。
彼女の豊かとはいえない乳房が、彼の胸をこすった。
政は、はっとして視線を妻に向けた。
暗闇の中でもふたりは見つめ合える。
カーテン越しに外の灯りがお互いの頬を照らす。
困惑を浮かべる彼の上に跨がって、加奈江は額に、耳朶に、鼻筋に唇を這わせた。
鼻面を何度もこすり、唇を、鼻先をぺろりと舐め、顔をずらした。下の方へ。
逞しい首筋、熱い胸板、その上に色づく乳輪と乳首へ、舌を使って丹念に舐め、ついばみ、吸った。
ぴくりと政の身体が震える、まるで加奈江が彼に応えて肌を上気させるように。
「カナ」
戸惑う声は上ずり、かすれている。
「いいから、もう、これ以上……」
「だめ」
喉で笑って加奈江は音を立てて強く乳首を吸った。
彼は呻く、もれる声は快感を素直に伝えている。
「まだ終わってないもの」
肌が汗ばむのは興奮しているから。
指の腹で、手の平で、脇腹を、その下の太腿の外側をゆるゆると撫で上げる。
彼と私の汗と体液でまぶされた奥へ、太腿の付け根へ指を伸ばすと、政の手が手首を掴んだ。
「たのむ、止めてくれ」
哀願する声は滑稽なくらい裏返っていた。
「ダメよ」
もう片方の手で彼の手の甲を軽くいなすように撫で、叩いて。
加奈江は彼の下半身へ顔を埋めた。
小さくうなだれている彼自身からは、汗と、彼と、そして加奈江の体液のにおいがした。
彼の青臭いにおいはいい、最初は戸惑ったけど、今は好きになれる。
でも、自分のは、正直、好きになれない。
思わず顔をしかめてしまうのに、彼はカナだけの香りだ、と何度も嗅ぎ、舌で味わい、飲み干すように啜った。
私にも――できるわ。
舌先で、突端を湿らせてみる。
どくんと、目に見えて彼は身を震わせた。
――不味い。
こんなの、口にしてよく耐えられる。
でも……。
先から、つ、と垂れるしずくが、きらきらと光る。
それを舌で舐め上げた。
あ、と彼女は思った。
これが彼の味だ、と。私だけが知っている――
根元から、上へと指先を合わせると、柔らかかった蕾はあっという間に立ち上がって、固くなる。
すごい。
みるみるうちに、彼女が知る形を保ってそそり立つ姿に、加奈江は知らず興奮した。
こんなに大きくなるなんて。
先端の割れ目に添って舌先を差し入れ、くすぐるように何度も何度も嬲る。
指で浮き上がった血管をなぞって、ほとんど触れるか触れないかの緩さで握り締め、しごいた。
いつも彼が加奈江の中で動かすように。
その動きを思い出しながら、唇で先をすっぽり飲み込むように包んだ。
わざと音を立てて、裏側を、滴が漏れてくる先を何度も何度も舌で撫でて。
押しやろうと肩を押さえていた彼の手はいつしか彼女の頭を抱え、もっとと言うように股間へ押しつけてくる。
私と同じこと、する。
口の中いっぱいで、大きくて全部は飲み込めなくて、指で、唇で、舌で包む。
じりじりともがく彼は表に恍惚の色を浮かべ、快感を隠さない。
浅い息で喘いでいる。
それでいいの。
もっと、気持ち良くなって。
今は、快感だけをあなたにあげたい。
彼女の動きを促すように彼は腰を浮かせ、動かす。
えづきそうになりながら、それでもくわえたまま、何度往復させただろうか。
根元から、ごぼごぼと湧き上がって来るものがあって。
「カナ、もう……」
政は小さく叫ぶ。
彼は身を離そうとし。
彼女は慌てて食らいつき。
次の瞬間、加奈江は口腔いっぱいに彼の精を受け止めていた。
どくどくと脈打ち、出し尽くした陰茎は今度こそ静かに沈黙して。小さく纏まったそれを、舌で余さず舐めあげて、やっと彼女は彼自身を開放した。
思わず、顔をしかめ、舌先にどろりと落ちる熱いものを、どうしようと思いこそすれ、どうすることもできない。
もういいわ! と加奈江は一息に飲み込んだ。
弛緩した政は大きく息を継いだ瞬間、跳ね起き、「出せ!」と彼女の前に手を差し出した。
一瞬何のことかと、彼女は反射的に首をふるふると横に振る。
「何を?」
「お前、だって、口の中」
「うん。飲んじゃった」
「飲むって……ええ?」
枕元の水差しをかちゃかちゃいわせて、政は水を汲んだ。
「じゃ、口ゆすげ。うがいしろ、ほら!」
口元を押さえ、再度首を横に振る。
「汚いもんじゃ、ないもの」
「お前、だって、その!」
「汚くなんか、ないの!」
加奈江は言い切った。
「……たくさんはムリだけど、でも、平気だから。慌てないで。それとも……私、変? 口にするのって、おかしい? だって……吐き出したりなんかしたら、あなたが傷付くかと……」
「バカか、お前……!」
言って。
政は彼女に口づけた。のっけから深く、舌を差し入れてそれこそ口の中を舐め尽くすように。
深く、長く絡めた舌をやっと離した彼は、ひとこと。
「ひどい味だな」
と苦笑した。
「あなただって。私のを……」
「何だって?」
「……言えない! そんな恥ずかしいこと!」
もう! と言いながら胸板をぽかぽか叩く彼女を、政は抱きしめる。
「これが、清め、か」
「……なってないわね、全然」
「いや……。うれしいよ」
何度も頬を寄せて、唇を重ね、ふたりはベッドの上で絡まり合った。
「カナ?」
「ん?」
「いつか、また、してくれるか?」
冗談めかしてはいるけれど、きっとおどおどしている彼へ。
彼女は答えた。
「政が望むなら、何度でも」
「うん」
「でも、その前にしたようなのは、ダメ。もうダメ」
「うん、わかってる」
「約束よ」
「うん」
政はぎゅっと彼女を抱いて、大きく息を吐く。
そして、耳元で、ほとんど聞き取れない声で、彼は言った。
「カナを怖がらせるようなことは、俺、絶対しない。約束する」と。