【2】枕は並べているけれど
半月ほど前。
この家から花嫁衣装を着て加奈江は嫁いだ。
学生なのだから贅沢はしないで簡単なお式にする予定が、結局あれこれついてきて、双方の両親・身内に政が望んでいた形での式に落ち着いた。
直前になって気が変わった花嫁(表向きは花婿が押し切ったことになっていた)の意向を汲んで予定を変更した。
政は言った。
「カナの花嫁姿は、きっときれいだ」
「そりゃキレイでしょうとも」
妹の心変わりと変転に、てんてこ舞いとなった実家・水流添家の人たち。特に姉はにっこり笑顔に棘だらけの口調で言った。
「その上、車の免許も取るですって? 地味に費用を抑えたい、って言ったのはどこの誰かしらあ?」
「……教習所、行ってきます」
姉の口撃から逃げるように教習所と卒論へ邁進したおかげで、嫁ぐまでに自動車免許は取得でき、卒業論文の下調べもあらかた終わらせることができた。
その間、怒濤のように過ぎた数ヶ月後だった。
気がついたら挙式当日で、この日、加奈江が気に入り、政も及第をつけた白打掛を身に纏った。
彼は結納返しの反物選びでも発揮したように、男性にしては珍しくファッションセンスが良かった。まるで当代流行の若者系雑誌のモデルがそのまま抜け出てきたような服や靴を身につけても着られている感じはまったくなく、着こなせていた。つまり、格好良かった。
そんな彼が選ぶ服や小物類は、加奈江限定ではあったけれどとても彼女に似合い、政がダメ出しをするものはいくら加奈江が好きであっても他人の評判は今ひとつだった。
白打掛ひとつにしても、織り込まれている柄が織りなす風合いに政はとてもこだわった。いくつか並べた中で彼が指差したものは、ふたりの年齢にふさわしくて、高い身長をとても気にしている加奈江を清楚な姿に変えた。
義弟となる男性をちくちくと苛めるのがどうやら好きになったらしい姉も、政が選ぶ物には文句はつけず、「加奈江の彼氏はほんとにセンスがいいわね、男の人でここまで女のおしゃれに明るい人はいないわ」と褒めた。
挙式当日は自宅で一番広い客間で着付けをし、玄関に一番近い仏間で、仏壇に手を合わせて先祖に嫁ぐ報告をした。
隣には孫娘のために田舎から出て来た祖母が、瞳を潤ませている。
「おばあちゃん……」
祖母に声を掛けたら、彼女の目頭も祖母に呼応するように熱くなった。
政の元へ嫁ぐのは嬉しい。ずっと好きで、彼と共に生きることが彼女の願いだったから。
少女の頃からの夢がやっと叶う。
でも、家族と離ればなれになるのはさびしい。
心が痛いのは何故?
うれしさと寂しさがない交ぜになって、加奈江はどうしたらよいのかわからない。
だめ、ここで泣いたら。
せっかくお化粧したのに……。
だけど、だめ。
ほろりと涙がこぼれ落ちそうになった時、廊下をばたばたと行く足音が聞こえ、止まったかと思ったら元気よくからりと襖が開いた。
よそ行きのワンピースに身を包んだ姪の秋良で、ととととと掛け寄って来て言う。
「カナちゃん、きれいー」
目をキラキラ輝かせる姪は、かつて嫁ぐ姉を見上げた自分を思い出させた。
ふくよかな笑みを浮かべた姉、彼女も同じ気持ちだったのだろうか。
娘の後ろで妹の晴れがましい姿を見る姉は、
「今の気持ちはどう?」
と問う。
心に浮かんだ言葉はあれこれあった。けれど。
「教えない」
加奈江は返す。
「もったいなくて、教えたくない」
聞いた道代は、とても華やかに笑った。
姉の笑い声は波紋を描くように銘々の心に明るさを運び、湿っぽい空気はからっと明るさを帯びたものに変わった。
かくして。
車に乗り込む時に来ていた近所の人たちに目線で礼を送って。
加奈江は長年住み慣れた実家を後にしたわけだが。
花嫁衣装に身を包んだ彼女には、それに先立ち、大変気掛かりなことがあった。