小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

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「おはよー!昨日見たメルトローなんだけど、ツアーの対バン相手募集してるらしいよ。てなわけで、ライブハウス用のデモを事務所に送っておいた。速達で」

ジンからのメールの内容はそれだけだった。

僕はジンの行動力にビックリしたと共に、他のメンバーに相談もなしに、勝手にそんなことしていいのか、とも思った。まぁ、きっと、誰もダメだとは言わないだろうけど。
ちなみに、ツアーの対バン相手というのは、バンドによっても集め方は様々だ。ツアー先の現地バンドを呼ぶやつらもいれば、仲のいいバンド数組とローテーションで全国を回るバンドもある。
ツアーというのは、あくまでも主催のバンドがメインなので、対バン相手はいわゆる前座だ。でも、そのファンに見に来てもらえるので、普段と全然違う客層の中でライヴが出来るのだ。新規のお客さんに見てもらうには、絶好の場だ。

僕としては、是非メルトローの目(耳?)に止まればいいなとは思う。
実際に、対バンするとなれば、メルトローのメンバー本人とも、交流できる。
どんな気持ちであんなすごい曲を作ったのか、是非聞いてみたいのだ。

それ以上に、一緒に回れれば、あのヴィジョンにもまた会えるかもしれない。

そんなよこしまな気持ちも、ちょっぴりどころか結構あった。

「グッジョブ。」

ジンのメールには、そんな僕の気持ちを込めて、そう返信した。


「さて…」


メルトローのことばかり考えているわけにもいかない。僕は、僕のやってるバンドの曲を書くという仕事もあるのだから。
ストイックな気持ちでいないと、なかなかいい曲は書けないが、僕はふと、昨日のフリーさんの言葉を思い出した。

『昇華とは、報われない気持ちを、報われる形で世に送り出すこと』


そんなこと、考えたこともなかった。

でも、それって結構難しいことなんではないかとも思う。

例えば、今の僕の気持ちを曲にするようなもんで、それは、練り固まってない渦巻きのイメージを、なんとか自分の想像力かなにかで、形にするようなものだ。
自発的にそんなことをしてみようと思ったことなんて、なかったのだ。思えば。


でも、意外と、やってみればできるんじゃないか?


もしかしたら、あの女だって、頑張れば自分の手で作りだせるんじゃないか?


「…よし!」


何かのヒントになるかもしれない。

手始めに、「Love suck」をコピーしてみよう。

オリジナルを書き始めてから、何かをまるまるコピーしてみようなんて、思ったことがなかったけど、行き詰ったときこそ、初心に戻ることも大切だと言うじゃないか。

荒唐無稽な思いつきだが、何かひらめくものがあった。

さっそく僕は、ベースを手に取った。

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