小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

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メルトローのベースラインは、シンプルながらも、激しく音程が上下する。
結構難しいこともやってるので、聞いた感じだと一筋縄ではいかなそうだ。

「…燃えるな、コレ」

高校受験も終わり、ジンと新しく組んだバンドで、初めて自分の好きなバンドの曲をコピーした、あの感じ。

学祭で組んだバンドの曲が、いかに簡単だったのかを思い知らされた。

というよりも、好きな曲を自分の手で弾いてみると言う事が、こんなに楽しいことだったのか、と思った。

あの時のフリーさんも、少し嬉しそうだった。

『少年には、そういう曲のほうが、向いてんぜ』なんて言ってた気がする。



…ひとまず、だいたいの流れはコピーできたように思える。
10年もベースをやってれば、ワケのわかんない奏法でもやってない限りは、30分もあれば一曲ぐらいなら覚えられるものだ。

そういえば、今日は、フリーさんが出てこない。

それもそのはずだ。コピーの段階で、この曲は、渦巻くイメージが出来ている。

ただ音を追っているだけなのに、何かが生まれそうになるなんて、本当にすごいバンドだな。
素直にそう思った。
弾きこなせるようになれば、あの骸骨に限りなく近いヴィジョンも見えるようになるだろう。
聞いてて楽しい音楽も素晴らしいが、弾き手も楽しませてくれる音楽となると、また別格なのだ。
それがわかっただけでも、やっぱりコピーした価値がある。

だが、僕の目標は骸骨ではない。あの、女だ。

今、渦巻きのイメージから生まれそうになったできそこないのヴィジョンは、たぶん女というよりは、やっぱり骸骨に近いもののようだった。
音を追っていくだけじゃ、あんな風にはならないのだ。

昨日のことを思い出す。


熱気。

興奮。

それが一度一気に落ちる。


あぁ、ここだ。



ここで一度、見失うんだ。


『早く、私を見つけて』


夢の中で、震えながら言った女。


そして


ライヴでは、僕の肩を叩いた女。

もしかして、他の誰かにも、そんなことをしていたとしたら…

そして、誰にも気づいてもらえなかったとしたら…


そして、最初に気付いたのが、まさに、この僕なら…


『気付いてくれて、ありがとう』




ハッとした。
気付いたら、またあの女のことを考えて、意識が飛んでいた。
これでは、本当に中毒者じゃないか。
もう今のがヴィジョンなのか、妄想なのか、それとも思い出なのか、僕にもよくわからなかった。
ベースを弾く手は止まっていない。でも、今まで見てきたヴィジョンとも、全然違う。

現実感が、あるようでないのだ。

フリーさんや、女になる前の骸骨や、他のヴィジョンには、実際ないものなのに、現実感がはっきりと存在する。僕以外の「思い」が、きちんと入っている。
だけど、あの女だけは、何かが違うのだ。

まるで、僕の思いをそのまま形にしたかのような、危うげな感じなのだ。
生命力に溢れているのに、まるで自分が自分として存在していないような…

誰かに、気付かれるまで、まるでそこに存在していなかったかのような。

上手く言葉には出来ないが、そういう感じなのだ。
本当に、ヴィジョンではなく、ただの想像の産物のようで、あやふやで、自信がもてない。
考えれば考えるほど、あの時のことに、現実味がなくなってくる。


でも、確かに、体験したのだ。
肩を叩かれた感触は、生々しく残っている。
僕はそれを信じるしかない。

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