『……ヘタクソ。』
その男はじっと僕を見つめると、そう一言言い放った。
僕は、いつもの幽霊だと思ってたので、話しかけられたことに、驚きを隠せなかった。
「…」
構わずベースを鳴らし続けた。
男はやっぱりまだ、ここにいる。
『そもそも、お前、もっとやりたい音楽があるんじゃねーの?』
「……」
確かにその通りだった。
女の子にモテたいというのももちろんだが、僕は、音楽自体がその当時から結構好きだった。
もっとカッコイイバンドはいっぱい知ってるけど、女の子ウケのいいようなバンドではなかったため、曲を決めるときも黙っていたのだが…。
『おめーのベースは、たぶんもっと上手くなるよ。だから、好きなことやれよ』
「……さっきからいちいちうるせーな!!」
つい、言い返してしまった。
僕の手が止まった。
男は、消えた。
「…え?」
おかしいな、と思った。
言い返したから、消えてしまったんだろうか。
そんな風にも思ったけど、それもなんか違う気がする。
腑に落ちない気持ちで、手をまたベースに戻し、鳴らし始めたら…
また、そいつは現れた。
『うるさくて悪かったな。ベースなんだからうるせーのは仕方ねーんだ、我慢しろ』
「…どういうこと?」
『俺は、お前のベースそのものってことだよ』
「…え?」
正直、その当時の僕の腕前は、会話しながらベースを弾けるほどのものではなかったので、何か話そうと思うと、男は消えてしまう。
「えーと…つまりあんたが薄汚いカッコなのは…」
と聞こうとして、手が止まる。
ちくしょう、と思って弾き始めると、またそいつが現れる。今度は笑っている。
『けけけけ、ヘタクソだからに決まってるだろ!』
「うううう…」
悔しい気持ちはあったが、なんだか妙に面白い体験だったので、僕は拙いベースを、なるべく止めないように頑張って演奏し続けた。
『やっぱやる気はありそーだな。』
「…やる気…?いや…あんま…ないけど」
『俺はコレでも6人を渡って来たベースだからな。上手くなる奴とそうでない奴がわかるんだよ』
僕は弾きながら、ふと、このベースが手元に渡って来たときのことを思い出した。
このベースは、もともと僕のお父さんの知り合いの物だった。
友達とバンドやるから、お金頂戴とお父さんに言ったら、もったいないから、やりたかったら知り合いから貰ってきてやるよ、と言われてもらったものだ。
フェンダーUSA、85年製。いわゆるヴィンテージってやつで、中学生に使わせるのは結構もったいないシロモノなのに、「もう弾かないし、弾いてもらったほうが楽器も幸せだから」と、快く譲ってくれたと言っていた。
たぶん、くれた人も中古で買ったか何かで、このベースを手に入れたんだろう。結構使い込まれたボディーは、擦り切れていて傷だらけ。見たこともないようなバンドのステッカーが中途半端に張り付いていて、かっこ悪いし、汚い。
でも、それしかないから、仕方なく弾いていた。じゃんけんでギターを勝ち取ったやつは、親に頼み込んで、セットで3万ぐらいだけど、一式揃った新品のギターを買ってもらってて、正直羨ましかった。
でも、今、その考えが覆った。
「なぁ」
『何だよ少年』
「俺が上手くなったり…あっ」
ミスをして、手が止まる。男が消える。
本当に自分のヘタさが忌々しいと心から思った。僕はもっと、ちゃんとベースと話がしたいのに!
いらいらしながらも、また弾きなおし、男を出現させる。
「…えっと、続き!上手くなったり、お前をしっかりメンテナンスすれば、もっと綺麗になるわけ?」
『たぶんな。それを目標に頑張れ。お前が弾きながら話したり、歌ったりできるようになれば、もっといろんな昔話を聞かせてやるよ』
「…それは、結構面白そうかも…」
『面白いと思うぜ。俺のオーナーたちは、みんな変な奴だったからな、お前も含めて』
「それ、どういうことだよ」
『けけけ、でも、俺と会話したのは、お前が初めてだから、お前が一番変な奴かもな』
「てめー!!」
ついムキになって両手を振り上げてしまった。もちろん演奏は途切れ、男は消える。
「あっ…まただ。」
とにかく、この瞬間、今までの不思議な現象の全てが理解できた。
僕が見えていたのは、音楽の持つ「ヴィジョン」なのだということ。
そして、CD、テレビなどの与えられてるヴィジョンはただ見えるだけだけど、先生のピアノや自分のベースのような生演奏とは、どうやらリアルタイムで交流ができそうだということ。実際、「おばけなんてないさ」の子は、話したり、ちょっかいをかけることが出来ていたし。
とにかく、僕にはじめての目標が出来たのだ。
「このベースと、心を通わせるくらいまでベースが上手くなる!」というね。