小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

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「メルトロー」のこのアルバムは9曲入り。僕が気に入ったのは3曲目の「Love suck」だ。
たぶん、このアルバムの中でも、一番の気合を入れて作ってある曲なのではないかと思う。
ライヴでやるなら、一番最初に持ってきたい、盛り上がる曲だ。
イントロの静けさから、一気に激しくなる序盤、特に中盤で一気に落とすところなんて、僕のツボを押さえてて、何度聴いてもいい。

聴きながら、パソコンで早速メルトローのオフィシャルサイトを見てみる。
やはりライヴが好きなバンドらしく、ライブスケジュールのページはびっしり予定で埋め尽くされている。
その中に、すぐ一週間後、僕の住んでる近隣のライヴハウスでのライブ情報も載っていた。

「まじかよっ!!」

たぶん、メジャーなバンドではないので、チケットがソールドすることはないと思う。
僕は一週間後のその日の予定をさっそくチェックする。バイトも入ってないし、バンドの練習も入ってない。幸運なことに、完全にフリーだった。

僕はとりあえず、例の中学時代からの付き合いのギターに、一緒に行けないかメールで誘ってみた。

ギターもその日は休みらしいので、いいバンドなら是非行きたいということだった。

完全にテンションのあがった僕は、フリーさんに早速感想を聞いてみようと思い、またベースに手を伸ばすのだった。








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一週間後。


ギターのジンとの待ち合わせのため、僕は駅前のマックで、一人チーズバーガーを頬張っていた。

「よぉ、少し遅れてすまんな、コトリ」

「ん、ジン、やっと来たか、遅ぇよ!」

「わりーわりー、寝坊しちまってさ」

そう言うとジンは全く悪びれる様子もなく、にかっと笑った。ジンは中学のころからだが、どうもだらしがないというか、遅刻魔というか…だが、ギターに対する情熱や腕前は確かで、本当にいい親友でもある。
ちなみに、コトリというのはまぎれもない僕の本名だったりする。漢字は、そのまま、小鳥と書く。女みたいで嫌なのだが、とうとう呼ぶ人が出てきてしまったので、隠すわけにもいかないだろう。

「で、今日の会場どこよ?」

テイクアウトで買ってきたポテトをさっそく食べながら、ジンが訊く。

「モータウンカフェだって。だからほんとすぐそこだよ」

モータウンカフェは、僕らの住んでる地域でも一番有名なハコで、そこそこ有名なバンドもちょくちょく出演するライブハウスだ。一階が普通のカフェバーになっていて、その日のライブをテレビモニターでチェックしながらお酒が飲めるので、週末は結構込み合う。見て、気にいったライブがあれば、チケット代を払ってそのまま入場できちゃったりするので、バンドマンやバンド好きの溜まり場と化している。
ちなみに、僕らも何度か出演者側として、お世話になってるライブハウスでもある。

「あー、じゃあ半ちゃんがいれば、タダで入れてもらえるかもな!」

「いるんじゃない?俺も実は、それ狙ってる」

半ちゃんとは、モータウンカフェのブッキング担当のマネージャーだ。出演バンドの管理をしてるので、僕らも可愛がってもらっている。地元のライヴハウスは、顔が利くので、こういう時はとても助かる。

マックから駅のロータリー方面を抜けて、裏道を歩いて10分。大きな橋を渡ると、商店街に入る手前にあるそこそこ大きめのカフェ。ここが、モータウンカフェ。今夜のライブの会場だ。何度来ても思うが、初見ではライブハウスには見えない。

「じゃあさっそく、半ちゃんに会いにいくか!」

ジンはウキウキで店内に入っていった。僕が誘ったというのに、タダで見れるというと現金な奴だ。まぁそれだけ、ジンもライヴ、音楽が好きな奴ということなんだろう。
半ちゃんは、地下のライブブースの方で受付をしていた。僕らの顔を見ると、よぅ!といった感じで手を振ってきた。
「コトリとジンじゃねーか!今日は誰観にきたんだよ?」
「半ちゃんお久しぶりです!今日はコトリのオススメバンド見に来たっす!」
ジンがそう言って、僕をずずいっと前に出す。多分、バンド名は忘れてしまったのだろう。
「今日はメルトローを見に来たんですよ。アルバム聴いて、気に入ったんで。」
僕がそう言うと、半ちゃんはにかっと笑って言う。
「メルトローいいね!最近実力付けてきて、関係者内では結構注目されてきてんだよ。多分あと半年もしたら、チケットも取れないくらいの人気バンドになるって噂だよ。…で、今日はチケットはお持ちで?」
僕とジンは顔を見合わせて、苦笑する。半ちゃんもそれを見て、同じく苦笑した。
「…ま、いつも出てもらってるしね。たまにはどうぞ。チャージだけ500円ちょうだい」
「やった!半ちゃん愛してるっ!!」
半ちゃんの空気を読んだ対応に感激し、ジンは思わず半ちゃんに抱擁をかました。本当に、現金な奴だ。

なにはともあれ、タダで入ることに成功した僕らは、ライブが始まるまでフロア外の待合室で雑談することにした。

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