小説『合法トリップ。』
作者:雅倉ツムギ()

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「…おい、コトリ、さっきから俺の話聞いてる!?」


「!!」


ジンに言われ、ハッとした。まただ、また心ここにあらずな状態になっていた。


メルトローのライヴの後、1階のカフェルームに移動して、僕らは軽い打ち上げ(?)をしていた。
ジンはメルトローが本当に気に入ったらしく、興奮ぎみに感想を語っていたのだが、僕はあの「ヴィジョン」が気になるあまり、ぼーっとしていたようだ。
正直、ジンの話は1ミリも聞いていなかった。

「まー、あれだけもみくちゃにされれば、疲れるだろうけどよ。そもそもコトリが見に行きたいって言った割に、反応薄いよな」

「悪ぃ、俺、熱にうかされてんのかも。」

「いやーホント、熱いライヴだったよな!!」

ジンは満足げに笑う。きっと彼はこの後、僕が貸さなくても勝手に音源を入手して、鬼のようにリピートするだろう。今だってもう、好きさでは越されてしまった気がする。

もちろん、1曲目の「Love suck」以外も、メルトローの曲はいろんなヴィジョンが見えた。
どのヴィジョンも、このバンドが感じた「リアル」をそのまま音楽にしたら、きっとこうなるんだるうな、という、瑞々しくて生命力に溢れるものだった。

でも、「Love suck」のあの、ダイブしていった女のヴィジョン。

あれは、別格だった。

骸骨が人の体を纏ったら、ああなるのだ。

でも、何故?今まで、ライヴで変化するヴィジョンなんて、見たことがない。



「ジン、たぶん覚えてないと思うけど、1曲目の落ちからサビのところで、ダイブした女いたのわかる?」

見間違いかもしれない、そう思って、試しにジンに聞いてみた。

「知らねーよ、いたっけ?」

期待通りの返事しか返ってこなかった。そういえば、「おばけなんてないさ」の女の子について聞いたときも、ジンは同じ返事をしたっけ。ホント腐れ縁だな、としみじみ思う。
実際、興奮状態のライヴで、いちいちダイブしていった奴の顔を覚えているほうが稀だ。

だとしたら、フリーさんに聞いてみるしかない。

「ヴィジョンは、姿を変える可能性があるのか」と。

多分、恋したなんていったら馬鹿にされそうなので、そこは伏せておこうと思うけど。
僕の考えてることはたった一つだった。

もう一度、あの子に会いたい。

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