ジンと別れ、ほろ酔いの帰り道、僕はipodで「Love suck」を延々とリピートしていた。
曲に惚れるなんて、本当に馬鹿だ。
でも、実際に僕は、そうなってしまったんだ。
CDの音源では相変わらず骸骨しか見えないけど、これの本当の正体は、綺麗な女なんだ。
それを、僕だけが知っている。
危ない人なのはわかっているが、見えるものなのだから仕方ないとも思う。
それを否定してしまったら、フリーさんだって、その他に見えるヴィジョンだって、全て意味のないものになってしまう。
それ位、僕にとっての「ヴィジョン」は、大切なものなのだ。
誰にもわかってもらえない、けれど何よりも刺激的な、僕だけの体験。
まさに、「トリップ」なのだ。
延々と考え事をしてるうち、いつの間にか僕は玄関の前にまで着いていた。
少し、自分でもビックリした。あまりにも、物思いに耽りすぎている。
「ただいま。」
気を落ち着けるように、誰もいない部屋に向かって言う。
僕は部屋に向かうとすぐさま、アンプにも繋がず、ベースを一鳴らしした。
フリーさんが現れる。生音で弾いたのは久しぶりなので、少しびっくりしていた。
『…よぉ、少年、おかえり。随分疲れてねーか?』
「…疲れては、いるかも」
こんなに余裕のない自分を見せるのは、いくらフリーさんでも初めてかもしれない。
少し気恥ずかしい気持ちはあるが、気になるものがあるんだ、しょうがない。
『何かあったのか、と聞くまでもなくなんかあったのはわかるけどよ。お前がアンプにも繋がず俺を鳴らすなんて、ここに越してきてからなかったもんな』
「あのさ、フリーさん、聞きたいことがあるんだ」
僕はフリーさんに、今日見たヴィジョンの一部始終を話した。
骸骨の生々しさ。
とんでもない生命感。
そして…あの女のこと。
まとわりついて離れないくらいの、強烈なインパクトだってこと。
『…なるほど、つまり、お前は、ヴィジョンに変化がつくことがあるのか、ってことを知りたいわけね』
「うん。フリーさんのグレードアップの件じゃないけど、そういうことが実際にあるのか、それがわかんねーんだよな。何せ、俺にしかわかんないことだから…」
フリーさんは少し考えて、こう言った。
『…たぶん、その場の雰囲気も関係してるんじゃねーのかな。よくはわかんないけど』
「雰囲気?」
『ああ。実際体験してきたお前が一番よくわかるだろうけど、すげぇライブだったんだろ?で、俺らはエネルギー、というか音のヴィジョンなワケだ。そこに、生きてる人間のリアルタイムなエネルギーも加われば、もしかすると…そんなこともあるんじゃねーかな。姿が変わったりすることも』
「…フリーさん、それ、いい線いってるかも!」
確かに、あの時の観客の熱気は凄まじかった。
僕もバンドをやる身として、それは感じる。観客のノリのいい日は、僕らだってそれに応えたくなり、いつも以上の力が出せるものだ。
それが、ヴィジョンにも力を与えて、さらにすごいものへと変化するのかもしれない。
さすがヴィジョン自身の意見だ。
納得のいく意見をもらい、満足げに瞳をキラキラさせているのが、自分でもわかる。
そんな僕を見ると、フリーさんは何やらニヤニヤしながら、アンプの上に胡坐をかいてこう言う。
『……なるほど。お前そんなに悩むくらい、その女のこと、気にしてたわけか』
それは、あまりにも不意打ちなセリフだった。