小説『オカケ屋敷』
作者:鰤金団(鰤の部屋)

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スーパーに親子三人で買い物に来た。
「おかーさんおやつー」
息子が妻におやつが欲しいと強請っている。
「一つだけよ」
妻はしょうがないわねと溜息をついておやつを買う事を許可した。
「新発売のアイスはいかがですかぁ」
売り子が新商品の販売をしている声が聞こえる。
「アイス買って帰らないか?」
妻に聞いてみる。
「新商品か〜、試しに買ってみる必要があるわね」
妻は甘い物が大好きで新製品には目がなかった。
「おかーさんこれかってー」
「紐グミでいいの?」
「うん!!」
息子は必ず紐グミで背比べをしてから食べていた。
背比べをする理由を息子に聞くと「紐グミに勝ちたいから」と言っていた。
「よぉし、それじゃアイスを買いに行くぞぉ」
その言葉を聞くと息子はウサギの様にピョンピョンと跳ねて喜んだ、息子も妻に似て甘い物が好きなのだ。
「新発売のアイスってどれかしら?」
妻が売り子に聞くと「こちらです」とパッケージを示してくれた。
パッケージを見て思わず息をのんでしまった。
「試食していってください」
売り子が新商品の試食をさせてくれた。
ただ新製品を試食してみるだけなのに緊張で手が震える。
「なあ、チエ」
アイスを食べて妻の名前を呼んだ。
「この味って…」
私達夫婦はこのアイスを食べた事があった。
それは私達が新婚ホヤホヤだった頃の話だ。


結婚したての頃は今住んでる場所より田舎っぽい町に住んでいた。
その町には神社在り、神社で夏に大きなお祭りが催されていた。
「大体見て回ったね、トオル」
田舎だからなのか神社は広く出店を見て回るのにもかなり時間が掛かった。
「疲れたから社で一休みしようぜ」
「社は入っちゃいけないわよ」
「解ってるって」
俺はチエの手を引っ張って大きな社の裏までつれて行こうとした。
「社の裏まで行って休憩するの?」
当時は若かったからか、少しスリルのある事をしたかったんだと思う。
「いいだろ?」
チエも休憩の意味を理解していた。
「よく来てくれました」
子供のような青年のようなどちらとも取れない容姿の男がお菓子を食べながら一人で社の裏に居た。
(休憩は無理ね)
(そうだな)
2人でひそひそと話していると男が「こっちに誰も来なくて寂しかったんですよ」言って俺達に話しかけてきた。
「あんたこんな所で何やってるんだ」
人の事は言えないが何かいけない事をしようとしてたんじゃないだろうか疑った。
「私?私はですね、人が来るのを待っていたんですよ」
「待ち合わせですか?」
チエが俺の後ろから男に話しかける。
「待ち合わせではないんですよ。久々に小屋を建ててお祭りに参加したんですけどね、だぁれもこっちに来てくれなくて悲しんでたんですよ」
俺の目には男が悲しんでいるようには見えなかった。
「小屋って迷路か何かを作ったのか」
「なんと言いましょうか、世間一般で言うお化け屋敷ですかね」
社の裏にお化け屋敷だなんて変だと思った。
「それらしき建物が見当たらないじゃないか」
男は俺達に近づいて「ちょっと奥の方に建てたんでここからじゃぁ見えないんですよ」と言う。
その口ぶりから来て下さいとアピールしている。
(どうする?)
(行くだけ行ってみようよ、このまま帰ったらなんかこの人可哀そうだよ)
チエがそこまで言うならと俺達は男の建てたというお化け屋敷に行く事にした。
「あんたのお化け屋敷に行ってやるから案内してくれ」
「ありがとう、お二人さんこっちに来ておくんなまし」
俺達は男に言われるままに森の中へと入って行った。


男に導かれるままに森をどんどん進む。
振り返ると社の姿は木々によって見えなくなっていた。
無言のまま暗い森を歩き続ける3人というのは他から見たら不気味だろう。
俺の手を握るチエの手にはいつもより力が入っていた。
「あんたなんでこんな気づかれない所にお化け屋敷を建てたんだ?」
少しでもチエの気が紛れるになるならと男に話かけていた。
「建物は相応しい場所というのがあるでしょう、私が建てたお化け屋敷もそれに倣って建てたんですよ」
「でしたら看板とか立てた方が良かったんじゃないですか」
「そうですねぇ、でも時間が経てば看板を立てなくても人がたくさん来てくれますから。あなた達みたいな人がね」
この男を可哀そうと思って付いて来た俺達は騙されていたらしい。
何もかも分かっててわざと社の裏にいたのだ。
「あんたいい性格してるよ」
「誉め言葉として受け取っておきますよ。人が来るまでは寂しくてしょうがなかったのは事実ですけどね」
本当がどうか分からないが男は笑いながらそんな事を言った。
上流階級の人間がやりそうな笑い方が妙に鼻についく。
「見えてきましたよ。あちらが私の作ったお化け屋敷です」
男の先に子供の頃に見たような蛍の光に似た淡い光を放つ建物が見えた。
「なんだか幻想的ね」
チエは見えた建物に感動して暗い森の中にいる事を忘れているようだった。
(蛍の光か…)
夏の森なんて虫がうじゃうじゃいるはずなのに虫の姿を見なかったな。
「さぁ、お待たせしました。こちらがお化け屋敷です」
近くで見る武家屋敷みたいに歴史を感じさせる建物がそこにはあった。
「本当にこの建物をあんたが?」
「そうですよ、中々趣きがあっていいと思いませんか」
テレビで紹介されてもおかしくないように思えた。
それくらいこの屋敷に魅せられていた。
「おっと、入口で話をしていたら中の皆さんに悪いですね。これを持っていってください」
男は俺達に一袋づつ手渡した。
「これは?」
「中で皆さんから貰う事になるかもしれません、その時はこちらの袋に入れてください」
一体何を貰う事になるのだろうか。
「ハロウィンみたいなお化け屋敷って事か?」
「そのような感じです。あぁそうだ――」
男が何かを探し始めた。
「あったあった。申し訳ないのですが中にいる人にこれを渡して貰えませんか」
手渡されたのはチョコキャラというお菓子にたまについている銅のエンジェルだった。
「これを誰に渡せって?」
「中は一本道なので迷う事無くその人だと分かりますよ」
よく判らない説明をされた。
「あまり中の事を話すと楽しみが無くなってしまいますから」
それはそうかもしれないが渡す相手が分からなければ意味が無いのではないだろうか。
「あんたの言いたい事は分かった。一応アドバイスするけど中にいる人とか言わない方がいいと思うぜ」
「忠告ありがとう」
本当に分かっているんだろうか。
「トオル、早く行ってみようよ」
チエは待ちくたびれて早く行こうと促しす。
チエは甘い物も好きだけどこういうアトラクション的な怖い物も大好きな奴だった。
「堪能してきてください」
男は手を振って俺達を見送った。


中に入ってすぐに驚いた。
屋敷の中がテレビで見ているものと同じだったのだ。
「なんか撮影に参加しているみたいだね」
「そうだな」
屋敷の周りと同じ淡い光が屋敷の中を照らしている。
とても幻想的に見えて中に入る事をためらってしまう。
入り口で見とれているとギシギシと床の軋む音が近づいてきた。
「お客さん良い所に来たね、ちょっと付き合ってよ」
「うおっ」
「きゃっ」
「お客さん、お化け屋敷だからってその反応は傷つくな、オイラだって生きてるんだ」
「「ご、ごめんなさい」」
2人して謝ってしまった。
今度はドタドタと走る音が近づいてきた。
「お客さん悪いけどちょっと誤魔化しておくれ」
そう言うと飛んでチエの肩に座ってしまった。
走る音が近づいてきた。
「ここに来たと思ったんだけどなぁ」
胴着を着た子供が入り口に現れた。
「おっかしいなぁ」
後ろに俺達の気配を感じたようでその子供の顔がこちらを向いた。
「「ひっ」」
2人とも同じ声を出していた。
「これはこれはお客さんが来てたなんて気づかなくてご免なさい」
「「いえいえ」」
「それはそうと一本足の傘がこちらに来ませんでしたか?」
誤魔化せというのはこの子供を誤魔化せと言う事かと思った。
「さ、さぁ、私達は来たばかりなので見てませんよ」
子供は疑っているようでじろじろと俺達を見ている。
「閻魔様に誓って?」
閻魔様って・・・
「誓う誓う」
「そうですか、そうだ一つお教えしましょうか」
信じてくれたみたいで何よりだ。
「そこの女の人、建物の中に入ったら傘は畳んだ方がいいですよ」
「あ、ありがとうねボク」
チエは言われたとおりに傘を畳もうとした。
「きゃあぁぁ」
いきなり悲鳴をあげた。
「どうしたチエ」
「トオル、傘、傘」
傘を手に取って確認する。
「うわっ」
傘を放り投げた。
壁に勢いよくぶつかり「イテテ」と傘が元の姿に戻った。
「酷いじゃないかお客さん、突然壁に放り投げるなんて」
「だ、だって中棒の部分に毛が生えていたんだもの。誰だって驚くでしょ」
そう、チエが傘を折り畳もうとした時、毛に触れて悲鳴をあげたのだ。
「からかさ、いつも言ってるだろ?すね毛は剃っておけって」
「一つ目、オイラは自然体で生きたいんだよ」
「お客さんと接する時はちゃんとしろよー」
2人が言い争いを始めた。
「ふ、2人ともケンカはいけないよ」
なんで役者のケンカを客が止めなくちゃいけないんだと思った。
「一つ目が最初にケンカ売ってきたんだー」
「おいらは忠告したんじゃないか」
2人はさらに白熱してしまい、俺はお手上げだった。
「2人ともやめなさーーーーい」
大きな声を出したのはチエだった。
「からかささん」と名前を呼ぶチエは迫力があって恐怖を覚えた。
「な、なんですお客さん」とからかささんも戦々恐々としていた。
「一つ目さんはからかささんの為を思って言ってくれたんだから少しは耳を傾けないと駄目ですよ」
納得のいかないからかささんが「だ、だってぇ」と文句を言おうとすると「だってじゃありません。忠告している人の話は聞いておいて損は無いんですから」とチエは説教を始めた。
「おぉいチエさん?それくらいに」
俺が止めようとすると「トオルは黙ってて」と怒られてしまった。
悪く無いのに「ごめんなさい」と謝ってしまった。
この状況を打開するにはどうすればいいか考えた。
「落ち着いてください、チエさん」
2人の間に割って入ったのは一つ目さんだった。
「もうからかさは反省していますから」
見るとからかささんは酷く沈んでいた。
それに気づいたチエはやっと元に戻ってくれた。
「からかさ、これあげるから元気だしてな?」
しいたけの山というお菓子をからかささんに手渡す一つ目さん。
「ありがとう、一つ目」
一件落着したみたいで何よりだった。
「ところでからかささんは何で誤魔化せって言ったの?」
俺は出会った時の事を聞いてみる事にした。
「一つ目から逃げてたんです」
「どうして?」
「からかさがおいらのしいたけの山を勝手に食べようとしたんです」
一つ目さんが言うにはしいたけの山はからかささんの好物で一日一箱と決めていたのに二つ目に手を付けようとしている所を見つけたとの事だった。
「そうだ、逃げる時に持ってったしいたけの山はどうした?」
「ここにあるよ」と傘の中からしいたけの山を出した。
どこに入っていたんだろうと聞きたくなる衝動を抑えた。
「お客さん達には恥しいところを見られたからこれあげる。いいよね?一つ目」
「迷惑かけちゃったもんね」
からかささんと一つ目さんは俺達にしいたけの山を一箱ずつくれた。
「あいつから貰った袋が早速約にたったな」
「そうだね」
「もうそろそろ中に進もうか」
チエに聞くと「うん」と元気よく答えてくれた、さっきまでのチエは気のせいだった事にしておこう。
「「それじゃあお客さん楽しんでいってくださいね」」
2人はそう言うとすぅ〜と消えてしまった。
「凄いぞチエ、なんか凄い技術だ」
「消えたよトオル、手品みたいだったよ」
この先がどうなっているのかとても楽しみになってきた。


先へ進むと話し声が聞こえてきた。
「血の滲む様な努力をしてついに迎えたこの日、今日こそは勝ってみせる」
「あかなめさんの努力、しっかり見せてもらいます」
あかなめ役の人が何かに挑戦するらしい。
「チエ見学してみないか?」
さっきの2人組みと同じ様に何か面白い芸を見せてくれるかもしれない。
「どんな事するんだろうね」
チエもワクワクしていた。
「あの、見ていってもいいですか?」
訊ねると2人組みがこちらを向いた。
「わらし、ここに人間がいるぞ」
「驚きです。どうやってきたんでしょう」
役になりきっているから俺達の事を人間と言っているんだろう。
「ねぇねぇわらしちゃん、あなたはいくつなの?」
チエはわらしが一目見て気に入ったらしくいきなり年を聞き始めた。
「と、年ですか?いくつだろぉ・・・・・・」
その悩んでいる姿はとても愛らしかった。
わらしは見た目が子供っぽい人を選んでいるみたいだ。
「おい人間、どうやってここの屋敷に入ってきた」
あかなめ役の人はぶっきら棒だった、そういうキャラ設定なのだろうか。
「俺達は社の裏でお菓子食べてた奴に連れて来られたんだ」
「お菓子を食べていた?」
わらしがはっとしてあかなめの方を見た。
「あかなめさん、今日はお祭りの日ですよ」
「お祭り?あぁ、今日は祭りの日だったか」
祭りの日だからこうして屋敷を建てたんじゃないのか。
それとも実はうっかりキャラなんだろうか。
「祭りの日だから人間が来るって言っていたものな」
「ごめんなさい人間さん。いきなりだったんで驚いてしまって」
「気にしないで、それよりこれから何をやろうとしていたの?」
チエは子供に聞くような優しい声で話している。
「これからあかなめさんの舌とこの紐グミのどちらが長いかを比べるんです」
そう言ってわらしはどこからか紐グミを取り出した。
「これって最近出たのじゃない?」
新製品のチェックに余念が無い。
「そうなんですよ、長さ世界一っていうからあかなめさんの対抗心に火が点いちゃって」
「他の紐グミで長さ比べてみたりした?」
「しましたよ。今まで42回やって勝ったのは19回です」
「けっこう負けてるんだな」
あかなめがこちらを睨んだ。
「負けたんじゃない、23回は準備運動だ!!」
そんなに力強く言わなくてもいいのに・・・。
苦笑いしているとわらしが顔を近づけろとジェスチャーをする。
(ああ言ってますけど負けたらすっごい頑張って舌伸ばすんですよ)
(あかなめさんは負けず嫌いなのね)
(そうなんですよ。頑張ってるからこちらもついつい応援したくなるんですよ)
チエとわらしはこの短い間ですっかり仲良くなっている。
「わらし、もうそろそろ頼む」
「分かりました、それじゃあ準備しますね」
あかなめに急かされわらしは準備を始めた。
「出来ましたよ、あかなめさん」
紐グミが床の板目に沿って一直線になっていた。
「床に食べ物置いていいのか?」
素朴な疑問だった。
「床に置くと何でだめなんです?」
わらしは不思議そうな顔をしてこちらを見る。
(妖怪には綺麗汚いの概念が無いという設定になっているのか?)
「悪い聞かなかった事にしてくれ」
何が駄目なのか説明するのに時間がかかりそうだった、それにあかなめのテンションが最高潮になっているみたいだし無かった事にしてもらう。
「それじゃあ、気を取り直してどうぞ」
わらしの合図であかなめは舌を伸ばし始めた。
「もっと勢いよく伸びるものだと思ってたけど意外に遅いんだな」
蛙の舌のようにすばやい動きを考えていただけに少し拍子抜けした。
「ふるひゃい、はのへじむほうなへほくのへっかた」
「わらし、なんて言ってるか解る?」
「うるさい、血の滲むような努力の結果だと言っています」
「わらしちゃんって凄いのね」
「そんな事ありませんよ、あかなめさんとはいつも一緒にいるんで解るだけです」
謙遜していてもその顔は嬉しそうだった。
「ところでわらし、舌を伸ばすと動きが遅くなるのか?」
「さっきまで特訓してましたから勢いよく伸ばすと傷口が大きくなってしまうんですよ」
それでさっき努力の結果と言っていたのか。
「は、はめはぁ」
「今のは?」
「限界みたいです」
わらしはあかなめの舌の先まで向った。
「あかなめさん・・・」
表情が暗い。
「はったか?」
「残念ですか負けです」
それを聞いた途端シュルルルと掃除機のコンセントを仕舞う時のみたいな音を出して舌があかなめの口の中に戻っていった。
「くそっ、世界一の名は伊達じゃなかったか」
本気でお菓子に負けた事を悔しがっている姿は少し滑稽だった。
「あかなめまた次があるさ」
「そうよあかなめさん、諦めない限り負けないわ」
とりあえず頑張ったあかなめをチエと2人で励ました。
「お菓子如きに負けるようじゃまだまだね」
俺の股の辺りから声が聞こえる。
「トオル、下、下」
チエの顔が引きつっているように見える。
俺の股間がどうしたってんだ。
「こんばんは、人間さん」
俺の股間に顔が変わった・・・。
「うわぁぁぁぁぁ」
驚いて後ろに倒れる。
「ぐ、ぐるじぃ」
俺の股間が苦しんでいる。
「お客さん下、下」
わらしが床を見るよう指示をする。
見ると筒状の物を尻敷いている。
「この肌色の丸太はなんだ?」
「それろくろさんの首ですよ!!」
「くび!?」
急いで首から降りる。
「あぁ苦しかった、お客さんあたしらは妖怪だけどこういう事されたら苦しいんだから気をつけてよね」
怒られてしまった。
「ろくろ、また俺を馬鹿にしに来たのか」
「馬鹿にするだなんて人聞きの・・・妖怪聞きの悪い事言うのはやめてくれないかい」
あかなめは失敗するたびにろくろに馬鹿にされているという設定らしい。
「あんたもこんなお菓子と舌の長さを比べるんじゃなくてもっとすごい相手と長さを比べてみなさいよ」
ふんっと鼻で笑うあかなめ。
「その相手の首が永遠に伸び続ける相手じゃあ勝ちようも無いだろうが」
「ろくろ首の首ってずっと伸びるんだぁ、トオル知ってた?」
「いや、初耳だよ」
限界があるもんだと思っていたけど、一つ勉強になった。
「いつも言ってるだろう、あんたに合わせて首を伸ばしてあげるって」
「そんな勝負に勝ったって嬉しいわけないだろうが」
(あの2人ってどんな関係なんだ?)
2人が言い争いを始めたのでわらしに話を聞く事にする。
(あの2人は人間でいうところの幼馴染という関係だと思いますよ)
(世話焼きと意地っ張りでいつもケンカしてると言ったところか?)
(よく判りましたね。幼馴染というのは人間界には多いのですか?)
世界に何組くらい幼馴染がいるのか俺はよく知らないので答えられない。
(幼馴染じゃなくてあの2人みたいな関係の人はいっぱいいるよ)
チエが俺の代わりにわらしの質問に答えてくれて。
(あの2人みたいな関係がいっぱいですか。それだから争いが絶えないんですね)
(そうかもしれないな)
ちょっと痛い事を言われた気がした。
「あぁぁぁぁいらいらする」
「それはこっちの台詞よ」
どうやら言い合いが言い争いになったみたいだ。
そろそろ止めに入るとしよう。
「2人ともそれくらいにしてね」
「「人間は黙ってろ」」
顔に強い風が吹いた気がした。
前の2人の時と同じでチエに任せた方が良さそうだ。
「チエ、俺じゃ止められそうにない」
「だらしないなぁトオルは」
ごもっともです。
気合を入れて2人に近寄るチエ。
「2人ともケンカはそれくら・・・」

ヴアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ

先の道で物凄い声(?)が聞こえた。
「な、なに今の。声?」
俺に聞かれても困る。
「またアイツか」
「またやられたのね」
「あの人好きだから・・・」
妖怪の3人が口を揃えてまたかと言っている。
あかなめとろくろは今の声でケンカを止めた。
「今のなんなんだ?」
「今のは悲鳴でしょう」
わらしは悲鳴だとしか言ってくれない。
「誰の悲鳴なの?」
チエが質問をしなおす。
「それはお楽しみさ」
ろくろがクククと笑って話す。
何があるって言うんだろう。
「気になるなら声の方に行って見てみるといい」
「取って食われたりするとか?」
「今日はそんな事はしないさ、だぁれもな」
背筋が凍りつきそうな声であかなめに言われた。
「あかなめさん、お客さんを怖がらせちゃいけませんよ。今日はそういう日じゃないんですから」
「今のはどういう意味?」
“そういう日”という言葉に引っかかる。
「そ、それは怖がらせる日じゃないって意味ですよ」
「ここに連れて来てくれた男の人はお化け屋敷って言ってたよ」
「そのぉ、あのぉ、なんていったらいいんでしょうか・・・」
慌てふためく様子がどうも怪しい。
「まぁまぁ、そんな話よりをするよりも早く屋敷の中を見て来た方がいいよ。ほら、この大福あげるからさ」
ろくろはとても強引に大福を押し付けてきた。
「あんた達もお客さんにお菓子あげなっ」
ろくろに言われて俺達に渡すお菓子を探す2人。
「それじゃあ私達からはこの紐グミをあげます」
わらしは服の中から未開封の紐グミを出して俺達にくれた。
「それじゃこの先も楽しんできな」
「また会う事があったら俺の舌がどこまで伸びるようになったか見せてやるよ」
「お2人が栄えますように」
3人はそう言って屋敷の奥へと消えていった。
「チエ、さっきのものすごい声がなんなのか確かめに行くか」
だんだん雲行きが怪しくなってきた気がするので帰りたくなってきた。
「なんだか怖くなってきたけど、途中で戻ったら男の人が可哀想だよ」
「無理はするなよ?」
俺達はまた先へ進む事にした。


歩いていると大広間の方から泣き声が聞こえてきた。
「今度は子泣き爺か?」
「ちょっと覗いてみようよ」
「ちょっとだけな」
覗いてみると部屋の中心にたった一人で着物を着た女性が泣いている。
「なんか演技じゃないみたいだけど・・・」
同性だからなのだろうか、嘘泣きかどうか分かるみたいだ。
「どうしたのか聞いてみる」
いてもたってもいられなくなったのか女性の所に行ってしまった。
とりあえず俺は物陰から2人の様子を見る事にした。
女同士の方が話しやすい話題もあるだろうから。
少し待っていれば呼びに来てくれるだろう。
「チエが動いてないように見えるな」
一向に待っていても呼びに来る気配が無かったので2人の姿を覗いてみるとチエが立ち尽くしている様に見える。
耳を澄ませるとまだ泣き声が聞こえる。
チエの顔の部分はこちら側からでは影になっていてどうなっているのか分からなかった。
「行ってみるか・・・」
このまま2人で居させて何かあったら大変だ。
最初の一歩は力強く踏み出し視線は着物を着た女性に集中する、しかし2人に近づくにつれてどんどん勢いが弱まっていった。
(なんだろう、凄く見てはいけない気がする)
着物を着た女性の背後で立ち止まった、後は声をかければいいだけだ、それなのに声をかける事が出来ない。
(チエの方を見ようにも視線を動かせない)
痺れを切らしたのか着物を着た女性が動き始めた。
「歯が、歯が痛いのぉ」
「っぁ」
声にならない声が出て、俺はその場から動けなくなった。
女性の顔には口以外の部品が無かったのだ。
「歯が、歯が痛いのよぉ」
女性は歯が痛いと言ってお互いの息がかかる距離まで近づいた。
(く、臭い)
反射的に顔が動きチエの顔が見えた。
その顔には生気が無く目が虚ろで人形になったようだった。
「私の歯の痛みを止めてくれないぃぃぃ」
彼女の口から悪臭がする。
アンモニア臭というべきか、超アンモニア臭と言い表せばいいのだろうか、上手く言葉に出来ない程の臭いだった。
(チエはこの臭いにやられたのか・・・)
顔を付き合わせたてこの臭いだ、俺より鼻のいいチエなら気絶しててもおかしくは無い。
「お、落ち着け、とり合えず離れてくれっ」
「なんとかしてぇぇ」
俺の話を聞かずに顔を近づける女性に我慢の限界を向えた。
「口が臭いんだよぉぉぉ」
思い切り跳ね飛ばした。
「な、何するのよっ」
ようやく話が出来そうな状態になった。
「あんたの口臭が酷くて話が出来ないんだよ。まず歯を磨いて来い」
「歯磨き?」
歯磨きと言う言葉を聞いた事が無いのかきょとんとした顔する。
「歯ブラシは持ってないのか」
「歯ブラシってどんなもの?」
歯ブラシを知らない人間が日本に居るとは思わなかった。
「歯ブラシって言うのはなぁ・・・」
まず歯ブラシという物について説明をする。
5分ぐらい説明しただろうかようやく理解してくれた。
「それなら台所にあったわ」
「なら歯磨きの仕方を教えてやる」
「本当?それで歯が痛くならない?」
「歯の痛みの原因がなんなのか分からないから断言はできないぞ」
台所に行く前にチエを起こさないといけない。
「チエ、起きろ。チエ」
頬をペシペシと叩く。
「ト・・・オル?今お花畑に居たのよ」
「それは天国だ。この人に歯磨きの仕方を教えるぞ」
「この人?」
女性を見てチエは俺と同じような声をあげた。
どうやら顔を見る前に臭いで気絶していたらしい。
「そういえばまだ名乗って無かったわね。私の名前はおはぐろって言うの、よろしくね」
先ほどまでと違いまともに挨拶をして俺達は台所へと向った。


「ここが台所よ」
連れて来てもらった場所は屋敷の外や中と違ってやけに近代的だった。
(トオルあの冷蔵庫この前お店で見たのにそっくりだよ)
(大容量だけど電気代が安いって店員がお勧めしてたやつだな)
「さぁ、トオル歯磨きを教えて」
「その前に歯ブラシはどこに置いてあるんだ?」
俺の目では人が使っているような歯ブラシを見つける事が出来なかった。
「トオル何言ってるの?トオルの話してくれた歯ブラシはこれでしょう?」
そう言っておはぐろが手に持ったのは毛の部分が広がってちょっと黒くなっている歯ブラシだった。
「これで歯を磨くつもりなのか?」
「これで歯を磨くと言ったのはトオルじゃない。トオルは私に嘘をついたの?」
嘘なんかついていない、この歯ブラシはもう人が使ってはいけないレベルの物と言うだけだ。
「あ、新しい歯ブラシは無いのか?」
「そんなの私は分からないわ。この屋敷にはオカケ様に呼ばれて来ただけだから」
「「オカケ様?」」
聞いた事の無い名前が出てきた。
「オカケ様はオカケ様じゃない、あなた達オカケ様に呼ばれたのは初めてなの?」
「初めてと言えば初めてですよ。お化け屋敷を作ったからと言われて案内されましたから」
「変わった招待のされ方をしたのね」
チエの話を半信半疑でおはぐろは聞いた。
「アイス、アイス、ぼーくのアイス」
子供の歌声が聞こえてきた。
「おはぐろ、この歌は?」
「アイスの歌ね。こんな歌うの一人しかいないわよ」
一人しかいないと言われても心当たりが無いのだけれど・・・。
歌声はどんどん近づいてくる。
「歌ってる子はアイスが好きなのね」
「寒く無いと駄目な子だからね」
寒く無いと駄目と言う事は寒い場所の妖怪って事だろうか?
だとすると雪女?雪男?どちらも子と言うには程遠いと思うのだけれど。
歌声の主が台所に現れた。
「あっおはぐろこんな所でどうしたの?お客さんと一緒に」
「雪ん子丁度良い所に来たわね。あなた新しい歯ブラシを知らないかしら」
「歯ブラシなんて何に使うのさ」
「歯磨きという事するのよ」
「おはぐろが歯を磨くのかい?何があったっていうのさ」
雪ん子は歯磨きを知っているらしくホッとした。
(口臭がきついから歯を磨くように言ったんだ)
雪ん子に耳打ちする。
「お客さん達はお客さんだものね、普通は耐えられないよね」
わざと耳打ちしたのにわざわざ大きな声で言うのだろう。
「口臭なんてどうでもいいのよ、私は歯の痛みが治まればいいんだから」
人なんだから口臭も気にしましょうよ、おはぐろさん。
「残念だけどぼくは知らないよ。それよりここで会ったのも何かの縁だからぼくの取って置きアイスをご馳走しちゃうよ」
チエの目が光る。
「本当?何味のアイスなの?」
「ぼくの取って置き味さ」
意味が分からないけれどチエは興味津々だった。
「はいこれ、人間のお店ではまだ売ってないはずだよ」
まだ開発段階のアイスと言う事なのだろうか、だとするとかなり貴重な物のように思える。
「本当にも食べてもいいのか?」
一応念を押しておく。
「いいよ、遠慮しないで食べてよ」
雪ん子は俺達にアイスをくれた。
「おはぐろは食べないのか?」
「そんな邪道な物要らないわよ。私はあんこ物意外は認めないのよ」
おはぐろは洋菓子系は好きじゃないらしい。
「雪ん子ちゃん、これすっごくおいしいよ」
おはぐろと話している間にチエは半分食べてしまっていた。
「でしょ?だからぼくの取って置きなのさ」
誉められて雪ん子はとても喜んでいた。
「それじゃ俺もいただくよ」
一口食べると甘い風が俺の喉を通り過ぎたような気がした。
一口目が終わるとすぐに二口目、そして三口目とどんどん口に入れてしまう。
くどくなく後味をひく甘さを消してしまいたくないと次々と口の中へアイスを入れてしまう。
そしてその甘さと共に例えようの無い爽やかな風が俺の喉を通り体を駆け巡っている、そんな感じだった。
「こんなアイス食べた事無いぞ、美味いよこれすごいすごい」
あっという間に食べてしまった。
「おかわりしたくなっちゃう味ね」
「食べ過ぎると人間は冷たくなって動けなくなるから程々にしないと駄目だよ」
なんかとても嫌な表現をするな。
「お土産にあげたいけど溶けちゃうから今ので我慢してね。そのうち人間のお店でも食べられるようになるから」
このお化け屋敷限定の商品だけどそのうち店で販売するという意味だろうか?
「残念だなぁ」
「いつか食べられるっていうんならその時に買って食べればいいじゃないか」
早く店で買える日がくればいいと思う。
「そういえばさっきからじっちゃんがおはぐろの事探していたぞ」
じっちゃんとは誰の事だろう、雪男の事か俺の知らない妖怪か・・・。
「あらやだ、もうばれちゃったの」
「ばれちゃったって何やったんだ?」
「何って小豆を煮てあんこにしたのよ」
「無断で?」
「そうよ、あのおじいちゃん分けてって言っても分けてくれないんだもの」
「だからって小豆を全て持っていくと言うのは酷すぎると思わなかったのかね?」
聞きなれないしわがれた声が聞こえた。
「今の声誰?」
チエが俺に身を寄せる。
「お客さんワシですよ。小豆洗い」
どこからともなくゴロゴロと何かを転がす音が聞こえてきた。
「なんだこの音」
「不安定になる音だわ」
「お客さん後ろですよ」
振り返ると遠くに絵で見た事のある姿があった。
「おはぐろ、小豆を洗うのが趣味なんだ。それをドングリに変えるだなんて許されると思っているのか?」
ドングリを洗いながら猛スピードでこちらへ向ってきた。
その姿はこの屋敷で見たどの妖怪役の人よりも迫力があった。
「悪いと思ったから小豆の代わりにドングリをタライに入れてあげたのよ。大豆の方が良かったかしら?」
悪びれた様子も無くおはぐろは言った。
「おはぐろ、ワシを怒らせたな。泣いて謝っても許してやらんからな」
「おじいちゃんに私が泣かされると思っているの?」
どこまでも挑発的な態度をとるおはぐろ。
「おはぐろ、それくらいにしておいた方がいいよ」
雪ん子が止めに入った。
「うるさいわね、雪ん子はアイスでも食べてなさいっ」
「おはぐろさん、雪ん子ちゃんが可哀相よ」
おはぐろのわがままな態度にチエの機嫌が少し悪くなっている。
「もう我慢ならん。ドングリを食らえっ」
年甲斐も無く小豆洗いはタライにいっぱいに入っていたドングリをおはぐろにぶつけ始めた。
「ドングリなんて投げられても痛くないわ」
全く動じずおはぐろは笑っていた。
「このっ、この、口だけ妖怪め」
小豆洗いは必死にドングリを投げ続けていた。
「小豆洗いさんあんまり無理すると体に響きますよ」
「止めないでくだされ、こいつだけは、こいつだけはワシが懲らしめるのだ」
なんだろう、この時代劇にありそうなやり取りは・・・。
「無駄よ、おじいちゃっ・・・」
小豆洗いの投げたドングリがおはぐろの顎に当たった。
「いたぁぁぁぁい」
突然おはぐろが騒ぎ始めた。
「おはぐろさんしっかりしてっ」
チエが駆け寄る。
「チエ、これは天罰だ。ほっといた方がいい」
おはぐろが大広間で歯が痛いと言っていた事を思い出した。
「やった、やったぞ、おはぐろを懲らしめてやった」
小豆洗いはピョンピョン飛びながら喜んでいた、その姿は老体とは思えないほどだった。
(小豆洗いさんちょっといいですか?)
一つ思いついたので小豆洗いに耳打ちをする。
(何です?お客さん)
(新しい歯ブラシってどこにあるか分かりますか?)
(分かりますけどどうするんです)
「トオル、小豆洗いさんと何内緒話しているの?」
「なるほど、お客さんちょっと待っててください」
小豆洗いは新しい歯ブラシを取りに行ってくれた。
「チエ、雪ん子ちょっと耳貸してくれ」
「どうしたのトオル」
「何ですお客さん」
俺は小豆洗いに耳打ちした事を2人にも話した。
話を理解した2人は快く話に乗ってくれた。
「おはぐろさん本当に歯がいたそうですね」
「痛いわよ。トオル早く歯磨きというのを教えてちょうだい」
「駄目だよ、歯ブラシが無いもの」
「歯ブラシならこれがあるじゃない、どうして駄目なのっ?」
「おはぐろ、その歯ブラシは掃除用に使ってる物だからそれで歯を磨くと大変な事になるかもよ」
「雪ん子、どうなるっていうのよ」
「歯の痛みが更に増して歯がポロポロと抜け落ちて甘い物が食べられなくなるんじゃないかな」
雪ん子の言葉を聞いておはぐろの顔がどんどん蒼くなっている。
「そんなっ、雪ん子本当なの?歯が無くなったらようかんや大福、金平糖にあられが食べられなくなっちゃうわ」
「ですよね、だからその歯ブラシで歯を磨いちゃ駄目なんですよ」
チエがいいタイミングでおはぐろに注意をする。
「そんなぁ、歯を磨ける歯ブラシはどこにあるのか分からないのに・・・」
泣く手前まで切羽詰っているおはぐろに救世主が現れたのはそのときだった。
「おはぐろよ、おまえさんが探している物はこれかい?」
小豆洗いが手に持っている物はおはぐろが今一番求めている物だった。
「そ、それを渡しなさい。早く、さぁ早くっ」
これまでの行いを見て確信した、おはぐろはどんな時でも上から目線だと言う事に。
だから今みたいに切羽詰った状況でもお願いではなく要求する言い方しか出来ないのだ。
「おはぐろ、小豆洗いに謝る事があるだろう?」
「そんなの無いわよ、早くその歯ブラシを渡しなさいっ」
「その前に小豆洗いの小豆をあんこ食べてしまった事を謝らないと」
「私は悪くないわよ、分けなかった小豆洗いがいけないのよ」
どうやら反省する気は無いらしい。
「仕方ない。4人でこの屋敷を見て回ろう」
「ワシが案内しましょう。」
「じゃあぼくは皆にお客さんを紹介するよ」
おはぐろを放っておいて行こうとする。
「ま、待って・・・」
「どうしたおはぐろ」
「わ、私が悪かったわよ。勝手に小豆をあんこにして悪かったわ」
「あんこにした事だけが悪かったの?」
「あんこにして食べた事と・・・小豆をドングリに変えた事」
小豆洗いにした行いを言うおはぐろだけどまだ言葉が足りない。
「悪い事をした時に言う言葉は?」
優しくチエが聞いた。
「ごめんなさい」
「小豆洗いこれで許してあげないか?」
「そうですね、ここはお客さん達に免じて許しましょう。ほれ、おはぐろ歯ブラシだ」
「あ、ありがとう小豆洗い。あと雪ん子、さっきは酷い事言って悪かったわね」
これで3人の関係は良くなるだろう。
「さあ、トオル歯ブラシの準備が出来たわ。歯磨きの仕方を教えて」
「よぉし、それじゃあ始めるぞ」
ちゃんと隅々まで綺麗に出来るように熱の入った指導を30分ほどした。
「これで歯磨きの仕方は問題ないだろう」
「ありがとうトオル。おかげで歯の痛みが無くなったわ」
「歯に詰まった食べ物のカスの性で歯茎が炎症を起こしていたみたいだ」
「おはぐろさん、これからは食べ物を食べたら歯を磨くようにしないとね」
「分かったわ、これからは絶対に歯を磨く事にする」
「お前さんの歯は磨いても黒いままなのだな、さすがおはぐろの名を持つ妖怪だ」
「じっちゃんそれは誉めてる様に聞こえないよ」
「こりゃ失敬」
この後チエとおはぐろは小豆洗いに美味しいあんこの作り方を教わっていた。
小豆洗い直伝のあんこの作り方教室が終わるとチエに声をかけた。
「そろそろ次に行こうか」
「そうね、ちょっと長居しすぎちゃったしそろそろ外のお祭りも終わる時間だろうから急ぎましょう」
「お客さん達もう行っちゃうの?」
「そんな顔しなくても次のお祭りの時に会えるだろ?なんなら今度は俺達の家に遊びにくればいいよ」
「そうだよ。美味しいあんこの作り方を教わったし今度ご馳走するよ」
「ありがとうお客さん。楽しみにするよ」
「トオルにチエ、あなた達にはお世話になったわ」
「これからは言葉に気を付けたほうがいいぞ、おはぐろ」
「解ってるわよ」
「歯磨きも忘れないでね。あと小豆洗いさんとケンカしちゃ駄目だよ」
「それも解ってるわ」
「そうだ、お客さん達にワシの特性小豆を2キロずつ分けてあげよう」
「いいの?小豆洗いさん」
「ワシはお客さん達が気に入ったからな、大奮発だ」
「じっちゃんの特性小豆は200年に一袋出来るかどうかだから貴重だよ」
「200年に一袋だなんて大袈裟だなぁ」
「まぁ、それぐらい貴重な小豆って事だよ」
「小豆洗いさん、この小豆で美味しいあんこ作りますからね」
「どんどん作ってくれ、小豆も喜ぶから」
お互いに手を振り別れを惜しんだ。
そして俺達は少し急いで屋敷を回る事にした。


「今何時か分かるか?」
「ちょっと待ってね」
「悪いな、時計忘れてきちまった」
「トオル・・・時計がおかしいよ」
何があったのかと思って見てみる。
「この時計買ったの3日前だったよな?」
「うん・・・」
時計の針が動いていなかった。
「俺達が家を出たのって6時だったよな?」
「そうだよ、その後1時間くらい見て回ったよ」
「このお化け屋敷に入ってから2時間くらい経ってるよな。お祭りの終わる時間は9時のよていだったから・・・」
「もうお祭りが終わっちゃっててもおかしくないよね」
少なく見積もっても9時になっている事は間違いないだろう。
なのに俺達を連れてきた男や妖怪役の人が探しに来ないのはどういう事だろうか。
「なあチエ、あの人達本当に役者だったのかな?」
この屋敷の中で出会った人達の言葉がやたらと頭に残っている。
「トオルいきなりどうしたの?そんなに怖がりだったっけ?」

・・・・・・・・・1

「なんだろう、なんかこのお化け屋敷に違和感を覚えるんだよ」
「違和感ってどんな?」

・・・・・・・・・・・・枚

「お化け役の人が妙にリアルって言うか・・・」
「それだけ役になりきってるって事じゃないの?」
よく考えられた設定と言えばそうかもしれない。
そう納得したいけれどそう出来ない理由がある。

・・・6・・・・・・枚

「こういうのは考えすぎちゃうと返ってつまらなくなっちゃうんだよ」
「だ、だよな。さっさと出口に行く事にしよう」
この引っ掛っている事に気づいちゃいけない、だから早くこの屋敷を出ていい思い出にしよう。
「ちょっとトオル歩くの早いよぉ」

8まぁい・・・

「チエ早く出口行くぞ」
無意識のうちに小走りになっていた。
この廊下長すぎるぞ、どこまで続いてるっていうんだ。
「ちょっとまってよ・・・」
ビターンと大きな音が聞こえた。
その音に我に返り振り返った。
「チエだいじょぉ・・・」
振り返らなければ良かった。
「もぉトオル急ぎすぎだよ。トオル?おぉい」

9・・・

チエに伝えなければならない事を見つけてしまった。
けれどその事をどう伝えればいいか分からずただ固まっている事しか出来なかった。
「あっ、分かった後ろに何かいるとか言って驚かせようって言うんでしょ。ベタな事考えちゃって」
駄目だ、振り向いちゃいけない。
「え?」
振り向くなと言えなかった。
まだ事実を受け入れる事が出来なかったからだ。
「何これ?こんなに廊下長かったっけ?というよりこんなに長かったっけ?」

たりないの

「チエ、今の声なんだ?」
「知らない、それよりもこのお化け屋敷なんか変じゃない」
チエがようやく気づいてくれた。
だけど気づくのが遅すぎた。
俺達の横の障子がピシャッと音を立てて閉まった。
それに続くかの様に長く伸びた廊下の障子が閉まる。
「なんだよこれ」
全ての障子が閉まると目の前の障子が光り、影が姿を現した。

1枚・・・・・・足りないの

今までの奴らと違う、そう直感した。
「チエ逃げるぞっ」
チエの手を掴み走りだす。

・・・知らない?

「これってお岩さんなの」
「そんなの知るか、それより早く出口に」
しかし走っても走っても出口が視界に入ってこない。

・・・・・・隠してる?

必死に走る俺達をあざ笑うかのように障子の向こうから意味の分からない事を囁いてくる。
「何で出口が無いんだよっ」
息があがり、体力の限界が近づいてきた。
「もう無理・・・」

知りたい?

反応してしまったら危険な目に遭うような気がする。
「チエ絶対に反応するなよ」
「わ、わかった」

知りたくないの?

しつこく聞いてくる妖怪。
俺達は反応しないように走る事だけに意識を集中させる。

教えてあげる


俺達と同じスピードで光っていた障子が急に俺達を抜き去り光りだした。
「なっ」
驚きのあまり足が止まる。
俺達の足音が消え静かになる屋敷。

ギィ

床の軋む音が聞こえた。
「今のって・・・」
娯楽としての恐怖じゃない恐怖を実感してチエの言葉が詰る。
床の軋む音が第三者が存在している事を実感させる。

トンッ

閉められていた障子が音を立てて開いた。
「出てくるぞ」
何が遭ってもチエだけは絶対に守ろうと決意する。
「あなた達が出口を見つけられないのわね、あたしがそうしてるからなの」
出てきたのは女性だった。
(綺麗な人・・・)
ぽつりとチエが言った。
「お前お岩さんか」
この屋敷にいる「人」の正体を知りながら喋るというのはとても勇気が必要だった。
「残念だけどそれは別の人よ、私はお菊」
お菊さんと言えば皿が一枚足りなかった為に殺されてしまった人だ。
「目的は何だ」
俺達はお菊さんと何の接点も無い、怨まれるような事をした覚えも・・・いや、さっきお岩さんと名前を間違えたくらいしかない。
「決まっているでしょ、あなたの持っている物が欲しいのよ」
「俺の持っているものだと」
「あなたから気配を感じるの」
何を言っているのか全く分からない、チエが持っていなくて俺だけが持っている物とは何の事だろう。
この場にいる人物を見て俺と2人の違う所を探す。
(足か?でも俺とチエに足がある。胸か?違うな、3人とも胸はある・・・)
顔、身長、生き死にと色々考えたが思い浮かばない、もっと根本的な何かか。
(チエ何か気づいた事あるか?)
(持っている物はほとんど同じだし思い浮かばないな)
何も思い浮かばないからもう一度この場にいる人物を見て考える。
何が在って何が無いのか・・・。
(そうか、そういう事か)
「俺だけが持っているものとは・・・」
「待ちなさい、あなたが言おうとしている事は違うわ」
「お前心が読めるのか?」
「あなたの視線で言おうとする事が分かったわ」
「トオルこの状況で・・・」
人間と幽霊両方から冷たい視線で見られた。
「じ、じゃあ俺が何を持っているって言うんだ」
本当に何も思いつかないので答えを直接聞く事にした。
「あなたのポケットに入っている物よ。オカケ様の気配がするわ」
ポケットの中に手を入れて入っている物を取り出す。
「サイフにティッシュと銅のエンジェルしか入ってないけれど・・・」
「それよ、私の銅ジェルちゃんっ」
俺の手から強引に銅のエンジェルを奪い取って喜ぶお菊さん。
「ちょっと待ってください」
何を思ったのかチエがお菊さんに話かけた。
「どうしたの?」
「さっきまでお皿数えていたんじゃないんですか?」
言われてみればそうだ、皿と銅のエンジェルじゃ大きさや素材が全然違う。
「お皿?あぁ、そうねあなた達からしたらあたしと言えばお皿ですものね」
「今は違うのか?」
「嫌がらせで隠された皿の事を何百年も怨みながら数えるのも疲れてしまってね、存在理由を見失った時にオカケ様から頂いたのよチョコキャラ」
さっきまでとは違い明るく話始めた。
「そしたらね、出てきたのよ銅ジェルちゃんが。衝撃的だったわ、これを10枚集めるだけでブリキ箱という中身は謎のおもちゃ箱が貰えるというんだから」
「それから銅のエンジェルを集めているの?」
「そうよ」
「金剛のエンジェルとか真珠のエンジェルは集めようと思わなかったのか?」
金剛や真珠のエンジェルを3枚集めると金剛箱や真珠箱といった高級感溢れるおもちゃ箱が貰える。
チョコキャラを買う人々はそれを目当てに買い、銅のエンジェルは必要無しと考えられている。
「最初に出会った銅ジェルちゃんに運命を感じたのよ、それ以外のなんか対象外だわ」
「そうか」
俺達が屋敷に入って一番怖い思いをさせられた妖怪がこんなチョコキャラマニアだと思うと悲しくなる。
「あんたが銅のエンジェルを欲しがっているのは解ったけれどそれをあんたに渡せとは言われて無いんだ」
「どういう事?」
「この屋敷の中にいる人に渡せと言われただけだ、だから渡す相手が誰なのか判らない」
「大丈夫よ、今屋敷にいる妖怪でチョコキャラが好きなのはあたしだけだから」
そんな事を言われても確認の使用が無い。
「あなた達がこの屋敷であった妖怪の事は、一つ目小僧とからかさお化け、あかなめと座敷わらしとろくろ首、おはぐろべったりと雪ん子と小豆洗いでしょう?」
「す、すごいどうして分かったんです?」
「あなた達の持っている袋から彼らの気配がするからよ」
どうやらお菊さんは気配を感じる事が出来るらしい。
「会った相手を当てたのは凄いけれどだけじゃなぁ」
「なかなか注意深いのね。それじゃあ彼らが食べていたお菓子や持っていたお菓子を思い出して」
「しいたけの山、紐グミ、小豆の三つだな」
「後雪ん子ちゃんが食べさせてくれた取って置き味のアイスもあったよ」
「これがなんだというんだ?」
「彼らは自分の気に入ったお菓子以外はあまり興味が無いのよ」
そういえばおはぐろが和菓子以外には興味が無いと言っていたな。
「だから銅のエンジェルはあんたの物だと?」
「そうよ」
本当にお菊さんに渡して良いのだろうか、渡した瞬間にとんでもない事をされるんじゃないだろうか。
「トオル、お菊さんの言う事信じてもいいと思う」
「信じれると思ったのはどうしてだ?」
チエの言葉の真意を聞きたかった俺はそう聞き返した。
「みんなそれぞれ興味を持ったお菓子には理由があったと思うの」
「理由?」
「からかささんは我慢できなくなる程しいたけの山が好きで、あかなめさんは競争相手として紐グミに思い入れがあって、おはぐろさんはあんこのお菓子以外に興味が無かったわ」
「確かに皆それぞれお菓子に執着してたな」
「みんなの思いとお菊さんの銅のエンジェルに対する思いは同じだと思ったの」
とても真剣な目でチエが話をする。
チエの目は今まで会った奴らとお菊さんを信じると訴えてきているように感じた。
(駄目だな、勝てそうに無い)
付き合い始めてからもう随分経つけれどこの目に勝てた事が無い、多分これからもずっと勝つ事が出来ないだろう。
「分かったよ、あんたにその銅のエンジェルを渡すよ」
「あたしを信じてくれたのかしら?」
「俺個人としては正直に言うと半信半疑だ、でもチエがあんたを信じる事にした」
「だから信じると?」
「そうだ、俺達は夫婦だからな」
「あなたそんな事じゃこれから先尻に敷かれるわよ」
「もう敷かれてるよ」
俺とお菊さんは2人して噴きだしてしまった。
「わ、私は肝っ玉母さんなんかじゃありませんっ」
俺の事を尻に敷いてないと必死にアピールするチエがいつも異常に可愛く見える。
「あなた達良い夫婦になるわね」
お菊さんが太鼓判を押してくれた。
「今更だけれどさっきは怖い目に遭わせて御免なさいね、どうしても銅ジェルちゃんが欲しかったのよ」
「この屋敷の中で一番怖かったよ」
申し訳ないと頭を下げるお菊さんにチエは冗談で返した。
「そうだな、妖怪よりも人間が一番おっかないって事が分かったよ」
「言い返せないというのが悔しいわ」
「ところでもうそろそろ家に帰りたいんだけどこの廊下をまっすぐ行けば出られるか?」
道に迷ったりまた延々伸びる廊下を歩かされるのはいやだ。
「この廊下をまっすぐ行けば外に出られるわ」
「もう廊下伸びたりしない?」
「あれはあたしがした事だからもう大丈夫よ。でも残念だわ」
「残念?」
「せっかく仲良く慣れたのにもうお別れだなんて」
俺はまだ仲良くなったという気になっていないのだけれど・・・
「あなた達ここで一緒に暮らさない?きっと妖怪達も喜ぶと思うわ」
幽霊が生きている俺達に幽霊になれと進めてくるとは思わなかった。
「駄目ですよ、私達は2人で人生を生きて行くんですから」
「そうだったわね。それじゃあ、また遊びに来てくれるかあなた達が死んだらまた仲良くしましょう」
微妙に嫌な表現をするところはやはり幽霊だからだろうか。
「そうね、また会いましょう」
チエは気にせずまた会う約束をお菊さんとしていた。
「それじゃあ俺達はこれで帰るよ、またなお菊さん」
「元気でね」
お菊さんに別れの言葉を告げる。
「あなた達いい夫婦としてしっかり生きなさいねぇ」
手を振ってお菊さんは俺達を見送ってくれた。

「トオル出口が見えて来たよ」
そういってチエは指をさした。
「入り口と出口は別々なんだな」
そして俺達はやっと屋敷の外に出る事が出来た。
外の景色は俺達が屋敷に入る前と変わっていないようだった。
「お疲れ様でしたお二人さん」
「うわっ」
「きゃっ」
俺達の視界に人が現れた。
「なんだあんたか」
「驚かせてしまいましたね」
悪いと思っているようには見えなかった。
「あんたの作ったおばけ屋敷とんでもなかったぞ」
「楽しんでもらえませんでしたか?」
ニヤニヤしている表情がやたら腹が立つ。
「面白かったよ、色んな意味でな」
「それは良かった、その言葉を聞けて私も満足です」
言葉通り本当に幸せそうな顔をしていた。
「来年もまた来ていいですか?」
「来年ですか?まだ来年もやるか決めていないのですよ、すみませんね」
「そうですか」
お菊さんと約束した為かしょんぼりしていた。
「なああんた、これからまた社の所まで歩くんだよな?」
話題を変えるため帰り道を聞く。
「その必要はありませんよ、お二人さんには楽しんでもらえましたし、中のひ・・・妖怪達もお世話になったみたいですから」
「じゃあどう帰るって言うんだ?」
「簡単ですよ、お2人さん目を閉じてください。絶対に開かないでくださいね」
言われた通りに目を瞑る。
「瞑ったぞ」
「これでどうするんですか?」
「それでは行きますよ、そぉれぇ」


「あんた、おいっ、あんた」
ペシペシと音がする、顔を叩かれているみたいだ。
「・・・誰だ?」
「こんな所で寝てるとやぶ蚊に食われちまうぞ、ほれ起きろ」
「・・・やぶ蚊?」
目を開き起き上がる。
目の前に祭りの関係者らしき年寄りが2人いた。
「ここは社の裏?」
「そうだ、もう祭りも終わっちまったぞ」
祭りが終わり?そう思った。
そしてチエを探した。
「チエ?チエどこだ」
「女の人ならあっちで寝てたぞ」
年寄りがチエの場所を教えてくれた。
「ん、ここだよぉ」
間の抜けた声する方向を見ると2人の年寄りの間にチエがいた。
「良かった、無事だったか」
「無事だよぉ」
チエの無事を確認して心からほっとした。
「こんな所で何してたんだ?」
人気の無い場所で倒れていたら誰だって聞きたくなるだろう。
「俺達おばけ屋敷に入ったんです」
すると4人の年寄りは顔を見合わせた。
「おばけ屋敷の申請なんて出ていないぞ、狸に化かされたのか?」
そんな事だろうと思った。
さっきまでの事を話しても作り話にしか受け取られないのは解っていた。
俺達の話を信じる人がいるならよっぽどのお人好しか経験者だろう。
「青山さんもしかしてこの人達オカケ様のお屋敷に招待されたんじゃないか?」
「あの話は昔から伝わる昔話だろぉに」
「オカケ様」という言葉をここでも聞く事になるとは思わなかった。
「ちょっと聞きたいんですけどいいですか?」
「なんです?」
「そのオカケ様というのは何者なんですか?」
屋敷の中にいた妖怪達は皆俺達が知っているような有名な存在だった。
けれどオカケ様という妖怪は全く知らない。
質問すると青山さんが答えてくれた。
「オカケ様ってのはこの神社に祭られている神様の事だよ」
「「神様っ?」」
思いもよらない正体だった。
「オカケ様は昔話によると人々にお菓子をあげたり交流したりする事が大好きな神様だったらしい」
「なんか神様っぽくないですね」
「だろぉ?おまけに今日みたいな祭りの日にはオカケ様自身が祭りに参加したりするんだとさ」
「参加って射的屋とか金魚すくいとかの出店をやったりですか?」
「いいや、屋敷に人々を招いて芸を見せたり遊技場みたいな事をしたりと色々な事をしたらしいよ」
思い出したように別の人が口を開いた。
「そういやぁ祖母さんから聞い

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