青年は歩いていた。
愛用する煙草のメーカーの煙草を吸いながら歩き、右手はポケット、左手にはコンビニの袋が握られている。
すれ違う人々に青年の名前を呼ばれながら挨拶をされ、青年は軽く返しながら川原が見える道を歩く。
見た目は不良なイメージがある青年だが、地元の、川原の住人からは嫌われておらず、むしろ好かれていた。
見た目に反して、面倒見のいい彼は迷子を保護したり、横断歩道を渡ろうとする老人に手を貸したりと、まさに善人っぷりを発揮していた。
更には、あの世界から注目されている川神院の出身ともあり、人気は絶大なのだ。
「・・・なんだこいつ」
そんな彼は、自分の借りているアパートの前、それも自分の部屋のドアの前に倒れる白い髪の少女を見つけた。
・・・なんだこのギャルゲーみたいな展開は。
◆
白い髪の少女を保護(誘拐ではない)した彼は自分の部屋の畳の上に少女を寝かせ、冷えないようにタオルケットを掛けていた。
青年はそんな少女を触診(セクハラではない)して容態を確かめると、訝しげに眉を動かした。
「栄養失調だと? こんなガキがこれだけ痩せるまで何も食べなかったのか?」
更に青年は体を調べると(セクハラd(ry)青アザや、何かに焼かれたような痕が体の至る場所にあるのがわかった。
不機嫌そうに顔を歪める青年はチッと舌打ちをすると、少女にタオルケットを掛け直した。
「虐待か・・・断食も一週間なんてレベルじゃねーぞ」
青年はそれらが全部親からの虐待だと見抜いた。
もし、これだけの暴力の痕跡があれば誰かが気付く。
しかし、この少女は栄養失調で倒れるほど食事をしていない。更には、彼女の受けた暴力の嵐に精神が参ったのも合わさって酷い状態になっていた。
となれば、他人からの暴力とは考えにくい。
身近な、彼女の身近な存在から考えれば、自然と彼女の親からの虐待に辿り着く。
子供は親からの虐待は自分が何か悪い事をしたのだと勘違いをし、甘んじてそれを受け入れる習性がある。
恐らく、この少女もそれに当てはまるのだと青年は考えた。
「・・・この容姿のせいもあるかもな。アルビノなんて俺も二人しか知らないぞ」
青年は少女のかなり痛んだ白い髪を摘まみながら顎に手を当てる。
そう。少女は白い髪に普通にはあり得ないような真っ白な肌をしているのだ。たぶん、閉じられた目には赤い瞳があるのだろうと青年は自己完結した。
アルビノは珍しいが、青年にとってはそれほど珍しくはない。
彼は、アルビノの女性を二人、世界を傭兵として飛び回った頃に会っているのだ。
その時、他人と違う容姿と言う理由で妨げられていたので、彼が助けて交流があるのは本人のみが知る。
「・・・ちっ。この様子じゃ、学校でもイジメがありそうだな・・・教師も見て見ぬフリか、親が学校に行かせていないか・・・」
めんどうなこったと青年は頭をガリガリ掻くと、少女の傍から離れ、簡易キッチンの隣にある冷蔵庫の中身を見た。
そこには何本かの缶ビール、バターやチーズ、長持ちする食材が入っており、また青年は舌打ちをした。
卵、ネギ、白飯がない・・・。
「・・・ジジイに聞くか」
青年は口に煙草をくわえると、部屋にある家庭用電話でどこかに電話をするのだった。
「・・・おうジジイか。俺だ・・・あ? オレオレ詐欺? テメー、ルーにジジイの隠しているエロコレクションをバラすぞ・・・最初からそうしろクソジジイ。早速だが頼みが――――」
◆
「この子かの?」
「・・・というか俺は門下生に食材を持ってこいと言ったのだが?」
「そうカッカするでない。詳しく聞かせてくれんかの」
二十分後。電話をした相手である川神鉄心が青年のいるアパートの部屋で、青年と向き合いながら少女を見ていた。
なんでジジイが来る・・・と青年は嘆きながら簡易キッチンで雑炊を作っていた。
「今日、飯買う、帰る、ドアの前にガキがいた。以上」
「・・・詳しく言わんかバカモンが。まあ、わかったがの」
「重度の栄養失調、体の至る場所に虐待の痕跡、氣もかなり弱っているから一週間なんてレベルじゃない。ガキが今まで生きてきた中で日常的に虐待があったんだろ」
「なんと酷(むご)い・・・まだ幼い少女ではないか」
「はん。どうせ他人と違う容姿に差別してんだろ。俺もそんな奴等は見てきたからな。それが人間だジジイ」
煙草を灰皿に捨てると、青年は完成した雑炊のある鍋の蓋をしてちゃぶ台を挟み、鉄心と話し合う。
「ジジイ。テメーの川神院でこのガキを保護できないか」
「むぅ・・・構わんが、本当に親が虐待してるのか確証を得ないとワシらが誘拐したとして不利になる。確証はあるのかの?」
「このガキが確証だ。こんなに虐待されても警察には行かない。ならば庇うか、自分が何か悪い事をしたのかと勘違いして甘んじて受けているか。これしかないだろ」
「ぬぅ・・・じゃがのぉ・・・」
「取り敢えず今日一日は俺がこのガキを看病する。ジジイは警察に相談しろ。たぶんだが、こいつの親は覚醒剤(シャブ)やってるぞ」
「なんじゃと!?」
驚く鉄心にオイオイ気付かなかったのか?と聞く青年。
「よく嗅いでみろ。そのガキからは酒の臭いに煙草、僅かだが、覚醒剤特有の臭いがするだろ」
「・・・ワシ、主みたいに鼻がいいわけじゃないんじゃが・・・」
「ちっ。耄碌ジジイめ」
「理不尽すぎるじゃろ!!」
ツッコミをする鉄心に舌打ちをする青年。
取り敢えずまた話そうということでこの場は収まり、鉄心は川神院に帰り、青年はテレビを付けてのんびりしていた。
少女の事は鉄心が警察に掛け合ってどうするか決めるようで、それまでは青年が少女を保護+看病する事になっていたので、少女はまだ寝たままである。
「・・・ぅ?」
「ん。起きたか・・・気分は? 飯は食えるか?」
「・・・」
唐突に目覚めた少女は虚ろな目をしており、青年は起きた少女の顔をペシペシ叩きながら呼び掛ける。
だんだんと、虚ろな目に光が宿り始めると、少女は怯えたような目をし、青年を見て、周りを見て、震えていた。
青年はハァと溜め息をつく。少女はビクッとするが、青年の手にある雑炊の鍋を見ると、それを凝視して唾を飲み込む。
「・・・食うか?」
「・・・いいの?」
「食うなら食え。食わないなら食うな」
青年はダルそうに少女の隣に雑炊の鍋を置くと、夕焼けに染まる外に繋がる窓を開けてそこに座る。
少女は鍋を見て、ぐーとお腹が鳴るのを期に、それをがっつくように食べ始めた。
カチャカチャという音と、啜り泣く声が響くが、青年は窓の外に目を向けており、少女を見ていなかった。
「・・・やれやれ」