小説『真剣でパパに恋しなさい!』
作者:むらくも。()

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 季節は移り変わり、冬になる。
 青年と小雪は、共に暮らし始めてからほぼ毎日一緒におり、まるで親子のように過ごしていた。
 小雪自身も、青年をパパと呼び、甘えているが、本人はそういうのには慣れていないのか、終始不機嫌そうに顔を歪めていた。
 そんな二人がいるアパートに、川神院の川神鉄心の孫娘である川神百代も度々訪れており、小雪とは良好な関係を築いていた。
 百代は、青年のアパートに来る度に何かと世間話をする。
 学校がめんどくさいとか、ジジイが精神修行しろって五月蝿いとか他愛のない会話だが、小雪は楽しそうにそれを聞いていた。
 そんな、彼女達の小さくも、幸せな生活は終わりを告げる。






 ◆






「え・・・マジ? マジで戦ってくれんのか?」
「ああ」
「・・・よっしゃー! スゲー久し振りに戦えるぞー!」


 川神院。そこで、青年は百代に戦う事を告げ、鉄心に道場を借りて審判をしてもらう事になった。
 百代は嬉しそうにはしゃぎ、見学に来ていた小雪も首を傾げながら百代と一緒にはしゃいでおり、川神院の門下生を和ませていた。
 そんな中、青年はカーゴパンツにラフな長袖のシャツ、上にパーカーを羽織る姿で準備運動をしており、準備をしていた。
 並々ならぬ雰囲気に、敏感な師範代二人と鉄心は息を飲みながら彼を見ていた。


「・・・・・・よし。体は動くな・・・」
「おーい準備できたか? 私はいつでも出来てるぞ!」


 手を握ったり開いたりする青年に、ワクワクといった様子が似合う百代に、辺りの空気が張り詰めるのがわかる。
 門下生は実力を計り知れない青年と現門下生最強の川神百代との戦いに心を踊らせ、見守る。
 師範代や鉄心はいつ何が起きても対応できるよう、気を引き締めて結界を作る。


「クソガキ。俺様は本気でやるからテメーも本気を出せ」
「当たり前だろ! 今まで待ち望んだ対決だ! 手加減なんかできるか! ・・・ん? 俺様?」
「ふん。本気を最初から出さねば・・・」


 始めぇ!という声に、青年の姿は消え、一瞬で対面する百代の目の前に現れる。


「すぐに終わるぞ」
「ぐっ・・・!」


 青年は右足を突き出すように蹴りを放ち、百代を吹き飛ばす。
 百代は腕をクロスさせて反射的に後ろに下がってダメージを減らすが、吹き飛ばされてる最中にまた目の前に青年が現れ、驚く。
 無表情のまま、青年は百代の頭を掴んで右足を腹を押さえ付けるように下ろし、同時に道場の床に頭を叩きつけた。
 そこを中心に、ヒビが広がるが、青年は更に百代を殴ろうとするが、咄嗟に小さな足で青年から距離を取ることに成功し、息を荒く吐く。


「ハァ! ハァ!
(嘘だろ・・・あんなスピードは今まで見たことがない! 拳や打撃の重さも段違いだ・・・これが、本気・・・口調も変わって・・・)」
「あァ・・・そうそう」
「・・・?」
「俺様、お前を殺すつもりで攻撃するから。死ぬなよ?」


 ゾクリ・・・と百代の背中に冷たいものが感じると、勘に従ってその場から飛び退く。
 コンマ一秒にも満たない時間の後、青年が現れ、百代の立っていた場所が青年の足によって陥没していた。
 その時、百代は木の破片が飛び散る中で青年の顔を見た。見てしまった。
 無表情。何かしらの感情があるはずなのに、青年にはない。能面で冷たい目をする青年に、百代は怯える。
 あのダルそうにしている奴がこんな風になるのか? 少しだけ優しい目をしていたのがあんな冷たい目をする事ができるのか?と。
 青年はユラリと立ち上がり、腕をダランと下げて感情のない顔で百代を見る。


「ひっ・・・」


 それは、まだ幼い百代にとっては恐怖以外の何物でもなかった。
 小さく悲鳴をあげ、尻餅をついたまま青年から距離を取るように離れるが、青年は一歩一歩と近付く。



 川神百代。彼女は武の神より愛された類い稀なる才能を持つ。
 彼女の才能は、あらゆる武人を超え、幼いながらも武術の総本山の川神院の師範代に届くか届かないかのレベルに達している。
 だが、彼女はまだ“真の恐怖”というものを知らない。
 幼い百代には仕方のないかもしれないが、武人であるならば、必ず命を懸けた戦いをしなければならず、命のやり取りをする恐怖を知らないでいた。
 そんな百代と対決するのは、百代の年から武術を学び、数多の戦場で命を懸けて戦い、あらゆる経験を積んだ真の武人である。
 その卓越した才能で、相手を叩きのめす快楽を覚えかけている百代にとっては、戦場を駆け抜けた青年の濃厚な殺気と膨大な戦意にただただ怯えるしかなかった。
 青年が、『鮮血の覇王』として傭兵稼業再開を決意した時にいうプレゼントとは、“いずれやるであろう命のやり取り”に慣れさせるために戦うことだった。
 人によっては非人道と言うかもしれないが、青年の不器用な一面からは青年なりの優しさだったのかもしれない。
 いずれ、それを体験するならば、汚れ役は自分自身がやる・・・ということだ。


「ひっ・・・ひぃ・・・」
「・・・失望したぞ川神百代」


 そんな百代を青年は無表情なまま、失望したような眼差しで見る。


「確かにお前が感じてる恐怖は決して悪いものではない。武人であるならば、誰もが通らねばならない道。俺様も、ジジイも、ルーも、釈迦堂もそれを乗り越えたからこそ、今の俺様達がいる」


 少し猫背だった青年はカーゴパンツのポケットに手を入れると背筋をしっかりと伸ばし、尻餅をついたままの百代に語り掛ける。
 百代だけではなく、そこにいた門下生や師範代達も聞き入るように青年の言葉を耳に入れる。


「俺様もそれを体験した。当時の俺様はお前と同じように力を持ち、相手を圧倒する快楽に酔いしれた。そして、傭兵稼業を始めた時はまさに地獄だった」


 何かを懐かしむように目を閉じる青年に百代は視線を外せずにジッと見る。
 青年は、百代と同じように自分の才能に溺れ、痛い目に遭った事がある。
 傭兵稼業を始めた時に、戦場特有の空気や怨念、殺意、血生臭いそれに怯え、自分を失い掛けた。
 それのせいで、青年は一人称が俺様になったり、傲慢な態度をしたりと歪んでしまったのは川神鉄心しか知らない。
 自分と同じ道を歩ませない。それも、青年が百代を気にかけているからこそしたこと。たとえ、百代に恨まれようとも道を示す。それが青年のもうひとつの決意だった。


「ちっ。俺様としたことがダラダラ話をしてしまったな。百代、お前のその恐怖はお前を更なる高みへと上げ、“壁”を乗り越えられるようになる・・・だから」



「足掻け」



「抗え」



「その恐怖を」



「自分の糧として俺様を超えてみせろ」


 その風貌はまさに武に愛された王たる姿。
 百代はそれに何かを感じたのか、まだ震えていたが、目に少しだけ力が戻り、立ち上がり、微かに震える手を構える。
 それに満足した青年はニヤッと嬉しそうに笑う。それは、百代が初めて見る表情なので少し面食らったが、精一杯笑うように構え直す。


「カカカカッ。少しはマシになったな百代・・・褒美に俺の川神流ではない?俺様?自身の奥義のひとつを見せてやろう。ルー! 釈迦堂! 結界を強めろ! 破壊するつもりで叩き潰すぞ!」
「まったく。手加減はするようニ」
「こりゃ骨が折れるねぇ」


 それを確認した青年はカーゴパンツのポケットに手を入れたまま、ターンターンとリズムを刻むように小さくジャンプを繰り返す。
 百代はそれに応えるように、自分が出せる全力を出して迎え撃つ。
 上下、左右、上下、左右とジャンプを繰り返す青年の足は微かに青く輝き、それが氣だと百代は理解した。


「・・・行くぜ」
「こ、来いっ!」


 瞬間、道場が爆発するように爆ぜた。






 ◆






「もう行くのか?」
「ああ。俺がやりたい事はもうした。ユキも榊原夫妻に預けた」


 百代対青年。勝敗は青年の勝ち。
 百代は気絶し、川神院の救護室で寝込んでいる。容態は軽いが、それは百代自身が持つ瞬間回復のおかげなのは青年は知るよしもない。
 青年はパーカーのフードを被り、右手には軽いバックを持っており、外国に行くような格好ではなかったが、それは青年にとって普通である。
 川神院の前、雪が降る中、鉄心と青年は話す。鉄心は青年に問い、青年は鉄心の問いの中にある引き留める言葉を受け流していた。
 雪で白くなった景色に、鉄心は別れの予感を感じ、青年の決意を覆せないまでも、ある約束をした。


「・・・ハァ? 何故俺がまた川神に戻らねばならない?」
「百代の成長を見たくはないのかの?」
「はん。あのクソガキなら俺様には届かないものの、いずれは世界に名を轟かせる武人になるだろうよ。俺が川神に戻る理由などにはならん」
「・・・まあ、よい。ワシ等はお前の帰るのはいつでも待っておるぞ・・・ワシがお前を拾ってからワシはお前の親なのだからの」


 フードに隠れて青年の顔は見えにくかったが、確かに笑うのが鉄心にわかった。


「・・・ケッ。お人好しなのは昔から変わらねえな・・・考えておくよオヤジ」
「ほっほ。元気での」


 それだけを言うと、青年は今度こそ背中を向けて川神院から立ち去る。
 後に残る雪の足跡に鉄心は少し寂しく感じ、立ち去る背中が薄くなるように消えていくのは幻想だと願いたかった。



 そして、時は流れ・・・。

 川神百代、川神学園高校三年生。

 榊原小雪、川神学園高校二年生。





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