これより新規です。以前のを見てくださった方はなんかごめんなさい。
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「・・・久しぶりだなここも」
川神の地にて、ある男は懐かしそうに呟いていた。川神の澄んだ蒼天の空を見上げながら薄らと笑っている。
無難な黒を基調とした服に同じ色の黒い髪。髪の毛は風に揺られて目の黒い瞳が時々覗いていた。
「おいで。ここが俺の・・・あれ?」
後ろに手を振って誰かを呼ぼうとしていた彼は後ろを見て絶句する。
誰もいなかった。確かにさっきまでは自分の大事な子がいたはずなのに後ろを振り向いた場所には何も変哲もない風景だけがあった。
あまりにも予想外の事に男は暫し固まっていた。そして、ゆったりとした動きで周りを見渡すと、初めからそこにいなかったかのように男は姿を消す。その立っていた場所には僅かに地面が削れていた。
◆
川神百代。彼女は現在、世界で名を知らぬほど有名な武人となっている。
武術の総本山と呼ばれる“川神院”の『表のトップ』であり、彼女に挑戦する者は後を絶たない。
そして今日も、彼女に挑戦する愚か者がいた。
「適当に正拳突き!」
辺りに悲鳴が響く。世間的に不良である人間がその悲鳴と共に空を舞う。
それをやった者は女性、正確には女子高生、もっと言えば美少女、もっともっと言えば武神・川神百代である。
右手を突き出した状態で素早くまだいる不良に突っ込んで拳に脚に。あらゆる手段で不良を吹き飛ばして不良は空を舞っていた。
「ほらほらほらぁ! それでも男か貴様等は!」
「アベシ! アベシ! アベシ!」
最後の一人になった不良をビンタでリンチする百代に、観客となっている者達が沸く。
武神・川神百代は川神の地の名物だ。世界に知れ渡る武人である彼女の戦いを見たいと思う者が大勢いるのだ。尤も、殆どは無双する方を見たがる素人の一般人が多い。
美少女の容姿の百代にアタックしたい下心を持っている者も勿論、いる。その例が蹂躙されている不良である。
ビンタをする百代はトドメとばかりに強烈な蹴りを顔面を腫らす不良に当てて吹き飛ばす。
まるで弾丸のように吹き飛ぶ不良。その先には何処からかひょっこり出てきた小さな少女に向かっていた。
それを見た百代は目を見開く。先程までは気配すらなかったのにいつの間にか黒髪の少女がいたのだから。件の少女はきょとんとした表情で高速で迫る不良を見ていた。
慌てて庇おうと飛び出した百代。しかし彼女は今では間に合わないとすぐにわかり、それでも助けようと自分が出せる最大のスピードを出して少女の元に向かう。
「くっ、避けろ!」
「え?」
唖然とする少女。手を伸ばす百代。全てがスローモーションに動いているような錯覚を感じる百代。
すると、百代は隣を自分以上のスピードで駆け抜けるナニカが通り過ぎるのがわかった。通り過ぎる時の横顔が昔の思い出にある面影に重なる。荒々しくも静かな氣も懐かしいと感じていた。
「おま・・・!」
何かを言いかけた百代を傍目に、通り過ぎたナニカ、人影は百代よりも速いスピードで飛んでいる不良に追いつき頭を足で踏みつけた。
土の地面に頭が埋まり、そこを中心に罅が辺りに広がる。いきなり目の前で地割れが起きたのを見て少女は驚く・・・かと思いきや、あっと嬉しそうに笑顔を見せる。
「パパ!」
「はぁ、いきなりいなくなるな。心配しただろう」
少女は不良を地面に埋めた青年に抱き着いた。百代は事態を把握できず、暫し固まる。
青年を父と読んだ事か、自分よりも速く動いた事か、ただの踏みつけで不良を地面に沈めた事か、それとも別の事だろうか。
混乱する彼女はただこれだけははっきりと理解した。目の前の親子である二人の片割れ、青年の容姿に見覚えがある事。そして、その人物が懐かしい記憶の中にある憧れの人物と重なる事だった。
それを認識すると、百代の喉はカラカラと乾き柄もなく心臓に毛が生えている彼女は緊張する。
憧れ、初恋、ライバル。それ等の感情がゴチャゴチャになって何を言えばいいか口を開こうと言葉が出なかった。
「パパ。このお姉ちゃんは誰?」
「!?」
何を言おうか迷っていると、親子の片割れの少女が百代に話しかけていた。それには百代も驚くしかなかった。
少女の背は隣で手を繋ぐ青年の腰より下、膝との間の辺りに頭があった。青年、父親と同じ黒髪でセミロングの髪の毛をポニーテールに纏めた世間で言う可愛い部類に入る美少女だった。
そんな少女のくりくりっとした髪の毛と同じ黒い、少しだけ赤が混じった宝石のような瞳が百代を見つめる。
「あっと・・・私は・・・」
「ここに帰ってきてからの懐かしい顔がお前か百代」
ドクンと、その声を聞いた百代の心が高鳴る。男性特有の低い声、相手を威圧するような声だが不思議と安心する声色だった。
隣に視線を移せば、少女と同じ短い黒髪を持ち鋭い動物のような深紅の瞳が百代を見抜く。
会いたかった。声を聞きたかった。楽しい会話を交わしたかった。教えを受けて共に切磋琢磨して一緒に強くなりたかった。普通の女の子のように一緒に恋をしたかった。あわよくば・・・。
と、百代の思考が暴走しているとその思考がわからない少女は首を傾げ、青年は百代の表情から何かを察したのか呆れた顔をしていた。
「・・・お前、昔と随分変わったな・・・」
心底、呆れた声を出した青年であった。
ここより、恋する武士娘と覇王の波乱万丈な物語は始まる。
“真剣でパパに恋しなさい!”、開幕。