小説『フェアリーテイル ローレライの支配者』
作者:キッド三世()

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第五十六話 天空の巫女




「?知り合いか?」


目を見開き、固まったままのブレインにコブラが首を傾げながら尋ねる。
そのコブラの問いに、ブレインは静かに頷き、妖しい笑みを浮かべた。


「…間違いない。ウェンディ─────天空の巫女だ」


「「「!」」」


ブレインの言葉に六魔将軍が目の色を変えた。



「な、に…それ…?」


六魔将軍の突き刺さる様な視線に耐えきれず、目に涙を浮かべ、頭を抱えるウェンディ。



「こんな所で会えるとはな…これは良いものを拾った」


「なんかわからんが逃げろ!ウェンディ!ヤバそうだ!」


嫌な予感がし、カイルがウェンディに逃げるよう叫ぶ。が、ブレインの杖から実体を持った魔力が溢れ出した。
そしてその魔力は手へと姿を変え、ウェンディの体を掴み上げた。


「「ウェンディ!」」



「っ何しやがる…この…、っ!?」


「金に上下の隔てなし!」


「「「ぐ、ぁ…っ!」」」


助けに入るべく、腕に力を込めて立ち上がろうとするナツだが、それをホットアイが許さない。


「クソォ!?…………調子に乗るな!」


魔方陣を吹き飛ばすべく魔力を高める。が…


「てめえは暴れすぎだ。動くなよ?…ま、妖精女王と同じ目に合いたいのなら別だがな」

「シャー」


カイルの首元に牙を向けるキュベリオス。
その牙からは猛毒が滴っている。
首に噛み付かれでもすれば、一気に体中に毒が広がってしまう。

チッ…毒を受けて動けなくなるのは不味い。
だが、今動かなければウェンディが攫われてしまうだろう。



「っきゃぁ!」

「待って…!うわぁぁ!」


「ウェンディ!」

「ハッピー!」


そうこうしているうちに、ウェンディはハッピーと共にブレインの杖に吸収されてしまった。


「…うぬらにもう用はない。…消えよ、常闇回旋曲(ダークロンド)!」


「っ伏せろー!!」

「あ、てめ…っ!」


ブレインの攻撃が放たれたとほぼ同時に、動きを封じていた魔法を無理やり破ったカイル。
一瞬反応が遅れたが、コブラがキュベリオスに止めるように指示をする。
しかし、キュベリオスの牙はカイルの首を掠っただけで突き刺さることはなかった。


「な…、カイル…!」

「カイルさん!?」


「カイル…!」


皆が驚く中、カイルは魔法障壁を展開する。
間髪入れず、ブレインの攻撃が容赦なく障壁に降り注ぐ。


「ぐぅぅううううう!!!!」


強大な魔力の重圧で骨が軋む。
カイルは歯をギリッと噛み締め、ブレインの攻撃を何とか耐えきった。


「、おぉ…!」

「凄いや…カイルさん!」

「ありがとう、助かったよ!」


口々に礼を言ってくる仲間の無事を確認し、カイルはバタッと仰向けに倒れる。


「しんどーー……ありゃ盗めねーわ」


「へ?何それ?」


「独り言」


「おい!大丈夫かよカイル?」


「うわ…!首から血が出てるじゃない!」


「チッ…蛇の牙が掠ったか……」


そう言ってビリビリ痛む首に手を持っていくと、ドロッとした生暖かいものが手に触れた。


まあこの程度の毒なら問題ないか…



「っ、アイツらは!?」


「逃がした」


「クソ…ッ」


バッとブレインたちの方向を向くナツだが、そこには既に六魔将軍たちの姿はなかった。
想像以上の強さに苦渋の表情を浮かべる仲間たち。
六魔将軍の魔力は集めていた情報を上回っており、頼りのクリスティーナまで破壊されてしまった。
攫われたウェンディとハッピーも救出しなければならないし、再び作戦を練り直さなければならない。


「どうしたものか…」


「あぁ…」

「…」


重々しい表情でこれからのことについて皆で頭を悩ませていると、


「─────皆、無事だったか…!」


「ジュラ様…!」


ジュラが安堵の息を吐きながら近付いてきた。


「カイルさんがいなかったら危なかったよ…」


「そうか…助かった、カイル殿」


「なーに、いいって事よ。で?そっちに収穫は?」


笑みを浮かべ、少し頭を下げるジュラにカイルは笑いかける。
ジュラに収穫はなかったようで力なく首を降るだけだった。


「ジュラさんも無事でよかった…」


「…いや、危ういところだった…」


「六魔将軍め、我々が到着した途端に逃げ出すとは…さては恐れをなしたな!」

「そんなボロ雑巾のあんたを脅威とはおもわんだろうよ」


ジュラ同様、全身怪我だらけの一夜。
だが、痛み止めのパルファムの効力で痛みを緩和しているようだ。

一夜は桃色の液体の入った試験管のコルクを外し、皆にも痛み止めのパルファムを使った。
良い香りが鼻を掠めたと同時に、痛みが引いていく。

しかし、皆が香りを楽しんでいる中、カイルの首の痛みだけがとれなかった。
それはエルザも同じようだ。


「ぐ、うぅ…」


「おい!しっかりしろ!エルザ!」


苦痛に顔を歪ませ、腕を押さえつけるエルザを抱き上げる。
その腕は毒々しい色に変色してしまっている。

あの蛇の毒か…!


「っ一夜様…!」


「うむ!マイハニーのために…痛み止めのパルファム増強!」


一夜がエルザの受けた毒を浄化しようとパルファムの量を増やすが、何故か効果が見られない。
本来ならば、痛み止めのパルファムは毒を簡単に浄化してしまう筈なのだが…


「効かねえか……エルザ。ちっと痛えぞ」


服の袖を引きちぎって腕にキツく巻きつける。気休め程度でも食い止められればいいが…


「カイル…頼む…」


「ああ。任せろ」


エルザから剣を渡される。両手でしっかりと持ち居合の構えをとる。


「おい!カイル!何するつもりだ!!」


「切り落とす」


「っ…馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」


グレイがカッとエルザとカイルに食い掛かる。

それもその筈。
毒が全身に回る前に、エルザは自分の腕を斬り落とせと言うのだ。


「心配すんな。忘れたか?俺の千の顔を持つ英雄ならまた創れる。それよりこれ以上なく綺麗に斬らなきゃいけねえんだ。さっき言ったけどてめえら素人が考えてるより剣の扱いってのは遥かに難しい。俺の集中力を乱させるな」


周りが押し黙り、シン、とする中カイルは深呼吸する。


……………完全な脱力……リラックス……


カッと目を見開き、鞘から剣を奔らせ、エルザの腕を剣が通過した。


………………皆が訝しむ。斬ったはずの腕が出血もしないし、いつまでも落ちないからだ。


「………………完璧だ……」


カイルが腕を持ち上げてようやく既に斬れている事がわかった。それほどまでに精緻な斬撃。今すぐ腕を肩につければ再びくっつくだろう。戻し斬りと呼ばれる最高の斬撃である。


パチンとカイルが指を鳴らし腕を創造する。


これで楽になるはず……と、思ったが、エルザの表情から苦悶が消える事はなかった。


「何で?!毒は取り覗けたはずなのに!」


「もう既に体に侵食していたか……エルザ。済まんな」


仰向けに寝かせていたのをカイルが持ち上げ、キスをする。


皆がざわっ!となる。だがカイルはお構いなしにキスを続けた。


「はむ……ちゅ……れろ……」


「カイル……嬉し……ちゅむ…」


「カ、カイルさん!!マイハニーになんて事を!」


「ぷは……落ち着け。これで少しは楽になるはずだ」


何が何だかわからないといった様子の皆がエルザを見てみると確かに少し落ち着いた顔をしている。


「ベノムの力で中和する毒を流し込んだ。しばらくはこれで持つはずだ」


「な、なんでキスしたのかな?」


ヒビキが動揺しながら問いかける。


「体内に流し込むには粘膜接触か腕を体内に突き入れるぐらいしか方法がないんだよ」


流石に毒で弱ってる体に手を突っ込むわけにはいかんからな、とカイルが口を拭いながら応える。


「じゃあこれで大丈夫なんですの?」


「いや、あくまで時間稼ぎだ。この間に手を考えよう」


「────…ウェンディなら助けられるわ」


今まで黙視していたシャルルがふいに口を開いた。


「シャルル、それは本当か…?」


「えぇ。…力を合わせてウェンディを救うの!…ついでに雄猫も」


シャルルの話では、ウェンディは解毒、解熱、痛み止め、傷の治療もできるという。


「でも治癒の魔法って失われた魔法(ロストマジック)じゃなくて…?」

「まさか…天空の巫女ってのに関係あるの!?」


「…そうよ」


「ウェンディは一体何者なんだ?」


グレイが口を開く。
シャルルは一度息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「…あの子は天空の滅竜魔導士。天竜のウェンディ」


「「…!」」

「滅竜…魔導士…?」


驚きに目を見開く皆。
中でも、ナツが一番驚いたようだ。


「…驚くのはそこまで。詳しいことは後。今私たちに必要なのはウェンディよ」


そう言ってシャルルは、カイルの腕の中で苦しみに耐えているエルザに視線を向けた。


シャルルの言う通り、理由はわからないが六魔将軍もウェンディを必要としている。
ならば、こちらはハッピーとウェンディを取り戻し、まずエルザの受けた毒を解毒してもらう。

奴らとの第二ラウンドはその後だ。



「うぉっし!行くぞー!」


「「「おぉー!!」」」


拳を高く上げ、気合の声を上げるナツに皆も続く。




「…よし、そうと決まれば我々を二組に分散しよう」


「手分けして探した方が早いですしね」


ジュラの提案に皆黙って頷く。


「リオンとシェリーはわしと来てくれ」


「はい」

「わかりましたわ」


「ならば、レン、イヴ、お前たちは私と共に来なさい」


「はい、一夜様!」

「ヒビキはどうするんだ?」


「僕はここに残るよ。こんな状態のエルザさんを残すわけにはいかないからね」

「あたしもここに残るわ。エルザをおいてはいけないし…」


「あいわかった」


ヒビキとルーシィの申し出に軽く頷き、ジュラは残っているナツたちに目を向ける。


「ナツ殿はグレイ殿とシャルル殿と行ってくれ」


「んだよ、グレイとかよ…」

「チッ、しゃーねぇか」


「…なら、カイルは?」


「カイル殿はヒビキ殿とルーシィ殿とここで待っていてください」


カイルの代わりにシャルルの問いに答えるジュラ。


「アホか、俺も行くぞ」


「!し、しかし今のエルザ殿にはカイル殿が必要では…」


「俺が愛した女だぞ。俺なんざいなくても問題ない。それに奴らとサシでやり合えんのは俺だけだろうが」


「ま、まあ確かに……」


「…ま、あのグラサン野郎でもカイルに速さでは勝てねぇだろうし…確かに心配はねぇな」


グレイの言葉に、皆も確かに、と頷く。
六魔全員を相手にしても引けを取らぬ闘いを見せたカイル。


「後は頼むぜ?二人とも」


「うん、任せて!カイルも気を付けてよね!」

「エルザさんとルーシィさんは僕がしっかり守るよ。カイル君はウェンディちゃんを宜しくね」


「…だが他に組む者は…」


「1人でいいさ。俺の速さについてこれる奴がいるなら別だが」


「嫌味かそれ」


ふっと笑うとカイルは魔力を足に集め、地を蹴った。


その姿は一瞬で見えなくなる。


「……………スゲえわ」


一瞬で目の前から姿を消したカイルに、グレイが溜息をつく。
ナツは口を尖がらせ、不服そうに手を頭の後ろで組んでいる。



「…さ、私たちも行きましょう」


「…ん、おう。そうだな」

「…っしゃぁー!待ってろ、ウェンディ!ハッピー!」


気を引き締め、そう叫びながら駆けだすナツの後ろ姿を黙って見つめるシャルル。


「はぁ…」

シャルルは胸のモヤモヤを一先ず抑え、ウェンディを探すことに集中することにした。










「シルフ。見つからないか?」


【この樹海うっとい!探しづらいったらないよ!】


「落ち着いて、焦らなくていい。時間はあるからな」


あてもなくかけ続けるカイルだったが急に止まった…


二方の目の前には、唯でさえ暗かった樹海を更に暗く…いや、どす黒くした木々がたくさん茂っている。
木々からは黒いオーラが洩れ、禍々しい雰囲気が漂う。


「何だこりゃ……」









〜???〜


「…っと、参ったぜ」


とある洞穴内部に、レーサーの息を吐く声とガシャンという重々しい音が響いた。


「思ったより時間が掛かっちまった。こんなに重けりゃ、スピードだって出ねぇってもんだ」


「何を言うか。主より速い男など存在―――…いや、並ぶ男がいたか」


「チッ、それを言うなよブレイン。…ってか、アイツと比べんなよ」


はぁ、と頭をかくレーサーを見、ブレインはくっく、と口角を上げ、レーサーの運んできたものに目を移した。

視線の先には、禍々しい装飾をし、厳重に鎖が巻かれた棺桶と思わしき物。



「ウェンディ、お前にはこの男を治してもらう」


「わ、私!そんなの絶対にやりません…!」

「そうだそうだ!」


キッと表情を引き締め、ブレインに反論するウェンディとハッピー。
だが、ブレインはおかしいと言わんばかりに笑みを浮かべている。



「いや、お前は治す。治さねばならんのだ」


ブレインの声を合図に、棺桶を封じていた鎖が勝手に解かれていく。


「……………っ!!」


棺桶の中に納められていた人物が姿を現した時、ウェンディが驚きに目を見開く。


力なく下を向いた中の人物に従い、はらりと垂れ下がった碧い髪。



「この男はジェラール。…かつて、評議院に潜入していた。……つまり、ニルヴァーナの場所を知る者」



「、…!」

「そんな…そんな…!」


驚きに声を失い、肩を震わせるウェンディ。
そしてハッピーも、一歩、また一歩と後ずさる。



―――――…そう、棺桶に納められていた人物とは、カイルの義兄弟。ジェラール。
楽園の塔事件以来、生死不明となっていたが、どうやらブレインに保護されていたようだ。

しかしその体には、楽園の塔での戦闘で負った傷が痛々しく残っており、その肌は今にも崩れそうだった。
また、意識を失った顔には生気が感じられず、恐ろしいほど真っ青だ。



「っ、ジェラールって…、ぇ?えぇ…?どうしてここに…何で生きて…――――」

「ジェラール…」


「、知り合いなの!?」


状況が読み込めず、頭を抱えるハッピーは、ウェンディの呟きで更に混乱してしまう。



「…エーテルナノを浴びてこのような姿になってしまったのだ。…だが、死んでしまったわけではない。元に戻せるのはうぬだけだ」


そう言ってブレインは茫然としているウェンディに目を向ける。


「、ジェラールが…何故ここに…」


未だに信じられない、といった表情のまま固まっているウェンディ。


「ジェラールって…あのジェラール…!?」


「!ハッピーもジェラールを知ってるの…?」


「知ってるも何も…!こいつはエルザやカイルを…みんなを殺そうとしたんだよ!それに評議院を使って、エーテリオンまで落としたんだ!」


怒りに顔を歪めるハッピー。
ウェンディは悲しげに俯く。


「…ほぉ、カイルを殺そうと…。…クク、真に面白い兄弟だ」


「…え…?きょう、だい…?」


「何だ?知らなかったのか、ウェンディ」


ハッと顔を上げるウェンディに、ブレインは妖しげな笑みを浮かべる。
その姿は醜悪の一言に尽きた。


「この男は亡霊に憑りつかれた亡霊。哀れな理想論者。そして、うぬらの仲間であるカイルの弟。血は繋がっておらんがな」


「ジェラールが…カイルさんの…弟…」


そこでウェンディは少し前、聞こえないように話した二人で歩いていた時の会話を思い出していた。



ーーーーーさっきから俺をチラチラ見てっけどなんか用か?ウェンディ。


………あの、カイルさんって誰かに似てるって言われませんか?


似てんの?俺?


はい!顔は違うんですけど、昔私を助けてくれた人に雰囲気がなんとなく…


…………………雰囲気だけなら言われた事あるな。








そう言って悲しい笑顔を浮かべていたカイル。
その表情の意味はこのことにあったのだ。



「こんな男でも、うぬにとっては恩人だ」


「恩人…?どういうことなの?」


ハッピーが首を傾げながら問うが、ウェンディは再び俯き、何も答えない。



「…さぁ、早くこの男を復活させろ」


「っダメだよ!絶対こんな奴復活させちゃダメだ…!」


「、…」


「ウェンディ…!」


「…」


全く動こうとしないウェンディに痺れを切らし、ブレインが懐にしまってあった短剣を鞘から引き抜く。
そして、意識のないジェラールの首筋へとその切っ先を向ける。


「復活させぬのなら…」

「っやめてぇぇ!!」


ウェンディの悲鳴と、短剣が突き刺さる音が洞穴に響き渡った。


「お願い…やめて…」


そう悲痛な呟きを溢し、膝から崩れ落ちるウェンディ。

ブレインが突き刺したのは、ジェラールの首筋から僅か数ミリ横の棺桶の板。
ブレインは黙って短剣を引き抜き、別の手をウェンディに翳す。


「っきゃ…!」

「うわぁ!?」


そしてその手から衝撃波を放ち、ウェンディの真横の地面を抉り取った。



「治せ。うぬなら簡単だろう」


「っ、ジェラールは悪い奴なんだよ!?ニルヴァーナだってとられちゃうよ!」


「…それでも私…この人に助けられたの…」


ポタポタと涙を流すウェンディ。
彼女の記憶のジェラールは悪人とは程遠い存在だった。


「大好きだった…、っぅ…」


「ウェンディ…」


「ぅ、っ…何か悪いことしたのは噂で聞いたけど…私は信じない…!」


ぐっと膝に力を込め、立ち上がるウェンディ。


「何言ってんだ!現においらたちは…」

「ジェラールはあんなことするはずない!!」


ハッピーの声を、ウェンディが涙雑じりの大声で遮る。


「お願いです…少し考える時間をください…」

「ダメだよウェンディ!」



「……よかろう。五分だ」


ブレインの言葉を聞き、無言でジェラールを見つめるウェンディ。
ハッピーはこの状況をどうすることもできず、ただただナツたちが早く到着することを祈ることしか出来なかった……



あれから四分が経過し、決断のときまで残り少なくなってきたそのとき、


〈ハッピー!ウェンディー!〉


洞穴の外からよく知る声が聞こえてきた。


「あ!ナツだ!」


「…レーサー、近づけさせるな」


「オーケー」


ブレインの命令に短く答え、一瞬で姿を消すレーサー。



「…」


「…時間だぞ」


遂に約束の時間になってしまった。
未だに決断できていないウェンディの頬を、冷や汗が静かに伝う。


「ダメだよウェンディ…!」


「チッ」


「うわぁ…っ!?」


ジェラールを復活させることを反対し続けていたハッピーを、ブレインが怒りに顔を歪めながら攻撃する。
攻撃を受けたハッピーは呆気なく吹っ飛び、壁に激突してしまう。


「失われた魔法(ロストマジック)、治癒魔法…。今使わずしていつ使う?」


「やれ!」

「っ」


ビクッと肩を震わせるウェンディ。
その瞳は、死んだように眠り続けているジェラール、ただ一人を映していた。




(……、ジェラール…)





*



一方、ウェンディを目の前にして、レーサーと交戦状態のナツたち。
数時間前の戦闘と同じように、あまりのレーサーの速さに、ナツたちはただ翻弄されていた。



「チッ…ここは任せろ!早く下に行け、ナツ!」


「うぉっし!」



「っ、行かせるかよ!」


グレイの言葉を受け、シャルルを抱えて洞穴へと走り出すナツを止めるべく、レーサーも走り出そうとする。
しかしそれはグレイの氷によって阻まれてしまう。



「てめぇ…この俺の走りを止めたな…」


「ハッ、滑ってコケただけだろーが」












「な…」


「これは…」


洞穴の入り口で固まるナツとシャルル。

二人の目の前には、倒れているハッピー、膝をついて震えているウェンディ、妖しい笑みを浮かべたブレイン、――――そして、二人に背を向けている碧い髪の人物。



「ごめんなさい…っ…私…」


「…」


「っ…!」


ゆっくりとナツを振り返る碧髪の男。
その顔を見、ナツの中に親しみ……などではなく憎しみが溢れ出した。

大切な仲間であるカイルに致命傷を与えるほど心と体を傷つけた男…



「ジェラール…!」



そこにいたのは、楽園の塔で自分が確かに倒したはずの男―――――ジェラール。
ナツは忘れかけていた怒りに顔を歪める。



「ごめん…なさい…っ…ごめんなさい…っ」


零れ落ちてくる涙を拭い、誰にもでなく、ただ謝り続けるウェンディ。


「この人は…私の…っ…恩人、なの…」


「っウェンディ!アンタ、治癒の魔法を使ったの…!?何やってるの!その力を無暗に使ったら…っウェンディ!」


シャルルが全部言い終わる前にその場に倒れこむウェンディ。
ジェラールはナツから視線を外し、倒れたウェンディを無言で見つめる。


「何でお前が…こんなところに…、っ!!」


ナツが勢いよく手に炎を灯し、怒りのままに走り出す。


「ジェラァァールゥゥゥ!!」


「…」


敵意剥き出しで自分に向かってくるナツ。
ジェラールはナツに視線を戻し、冷たく見据えたまま無言で攻撃を放つ。


「どわぁっ…!」


「ナツー!」


その攻撃はあまりにも強いもので、直撃を喰らったナツは壁を破壊し、ドサッと崩れ落ちる。



「相変わらず凄まじい魔力だな…」


ナツをあっさりと吹っ飛ばしたジェラールに近付くブレイン。
これで戦力、ニルヴァーナの場所、全てが揃った。

ブレインは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
――――…がしかし、



「…」


「っ何…!?」


突如ジェラールが背後のブレインを振り返り、ナツに放ったものと同じ攻撃を仕掛けた。
咄嗟に顔を隠すように腕で庇うが、あまりの衝撃の強さに地面が耐え切れず、大きな音を立てて洞穴の床が抜け落ちる。



「…」


ジェラールはナツや落下したブレインには目もくれず、無言で洞穴を後にする。
その足取りは確かなもので、しかし、向かう場所がどこなのかは彼にすらわからない。





「エルザ……兄さん――――――…」








*






――――――…ジェラール……?



暗い樹海の中、カイルの耳に懐かしい声が届いた気がした。



















あとがきです。年明け一発目!いかがだったでしょうか?今年もよろしくお願いします。

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