小説『フェアリーテイル ローレライの支配者』
作者:キッド三世()

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第五十七話 光と闇が失われる





「何て速さだ…ヤロー…!」


そう悪態付くグレイの見上げる先には、高速で移動し続けるレーサーの姿。
レーサーはグレイを見下ろすように大木のてっぺんに上り、口を開く。



「俺のコードネームはレーサー。誰よりも速く、何よりも速く、ただ走る!」


「ハッ、カイルには勝てねぇくせに何言ってやがる」


ニヤリと嘲笑うかのように、レーサーを挑発するグレイ。
その挑発に眉を寄せ、駆け出そうとするレーサーだが、悠然と上空を飛行する“者”が目に入り、動きを止める。

上空を飛行する者。
それは、ウェンディとハッピーを助け出したナツたちだった。
気を失っているウェンディをシャルルが抱えて飛び、その横を険しい顔をしたナツがハッピーに抱えられ、悠々と飛んでいた。


「助け出したか…!」


「っ馬鹿な…!中にはブレインがいたはずだろ…!?どうやって…」


「ぶちのめしたに決まってんだろ!」


「クソッ…行かせるか!」

「、!」


グレイが止めに入る前に太い枝を蹴り上げ、ナツたちに向かうレーサー。


「ナツ!避けろー!」


「!、どわっ!?」


グレイの声に反応するナツだが、時既に遅し。
頭上に現れたレーサーに蹴り落とされ、ナツたちは地に落下する。



「っ、うおォぉぉ!!」


先に落下したナツは、打ち付けてガンガンと痛む身体を気合で動かし、遅れて落下してきたウェンディを受け止める。


「あぶねー…!っ、ハッピー!シャルル!」


「「ぅー…」」


バッと二人に顔を向けるナツだが、ハッピーとシャルルは落下した衝撃で目を回している。


ウェンディ、ハッピー、シャルルを抱え上げ、雄叫びを上げて走り出すナツ。
その後追うレーサーだが、突然目の前に現れた者によって顎を蹴り上げられる。



「ぐは…っ」


「間に合ったか…」


「「カイル!!」」


ナツを背に庇うように立つカイルは、外に連れ出され、濃くなったウェンディやハッピーの匂いを辿り、ここに来てようやくウェンディを発見した。
カイルは既に助け出されているウェンディをチラッと見やり、安堵の息を吐く。


「―――――チッ…またお前か…!」


「モタクサやってる暇はねーんだ。サッサと決めさせてもらう」


顎を抑え、憎々しげに呟くレーサーと、つま先をトントンと地に打ち付け、苛立たしげに言うカイル。


「千の顔を持つ英雄……創造、千本桜景義」


カイルの周りに花弁が舞い踊る。それは一つ一つが刃となっている。


「こ、これは……」


すでに花弁は天を覆っている。レーサーは花びらの檻に閉じ込められた。


「遠目で見てて違和感がようやく解けた。お前はお前自身が速いんじゃねえ。一定の空間の自分以外を遅くしているんだ。ゆえに空間の外から囲めばお前は簡単に捉えられる」


俺とこいつらの戦闘を見てて気づいたってのか!?なんて洞察力…


「はっ!だがこんなモン俺の速さでよけ切ってやるよ!」


「それは無理だ……天を覆う億の刃の……何から逃げるつもりだ?」


冷や汗がレーサーの背筋を伝う。いくら周りを遅くしてもよけきれる物ではない」


「やれ、千本桜景義……豪景」


天を覆っている刃の全てが対象に殺到する。これでチェックメイトだ。
斬撃の花弁が解かれると、そこには血まみれで横たわっているレーサー。


「死ぬ一ミリ手前で止めてやった。感謝しな」


「す、すげえ……一対一なら瞬殺かよ」


驚愕に顔を歪めるグレイ。リオンもあまりの強さに呆然としている。


「感心してる暇はねえ!急ぐぞ!」


ウェンディ達を抱えるとシルフの力で彼女達に負担がかからない程度に飛ばす。


カイルが切る風を浴びて目が覚めたのか、ハッピーが呻き声を上げた。



「ナツ…ここどこ?」


「しゃべんな、しばらくそのまま休んでろ!」


「でも…ジェラールが…」


「ジェラール!?」


ハッピーの口からでた名前に思わず反応してしまうカイル。


「あれ…?なんでカイル…?」


「さっき合流した。…それより、ジェラールって…」


「あのヤロー…何でこんなとこにいやがんだ…!」


歯をギリッと食い縛るナツ。
カイルは眉を寄せ、少し前に聞こえたジェラールの声を思い出していた。


兄さん、と自分を呼ぶ声。


幻聴ではなかった。
ジェラールは生きていた。
そして、自分たちと同じ場所にいる。


込み上げてくる嬉しさ。
だが、その嬉しさを上回る複雑な気持ち。


「あいつ…何で?」


「わかんねーけど……様子は変だった」


「…………ああ !?くそっ!!それは後回しだ!飛ばすぞ、捕まってろ!!」


一段と速度をあげて飛翔する。


[――――ナツ君、カイルさん、聞こえるかい?]


「、その声は…!」


二人が顔を見合わせて笑い合っていたとき、頭の中に響くような声が聞こえてきた。

どうやらヒビキの声のようだ。
驚きに困惑しながらも、ナツがウェンディとハッピーは無事だということを伝えると、ホッと息を吐いていた。

何でも、分かれた時からずっと通信を図っていたのだが、何故か今まで誰にも繋がらなかったらしい。
様々な理由が考えられるが、取り合えずハッピーはダメージや魔力の低下で繋がらなかったそうだ。



[でも本当に繋がってよかったよ…それに、まさかカイルさんがナツ君たちといるなんてね。僕たちのところまでまだまだ距離があるけど、カイルさんの足ならすぐに着くね]


「カイルは速ぇからな!」


誇らしげに言うナツ。お前が褒められたわけじゃねーんだけどな。


[…よし、これからこの場所までの地図を君たちの頭にアップロードする]


「あぁ?アップルがどーした?」


聞き慣れない言葉に首を傾げるナツ。
だが、すぐに驚いたように声を上げた。


「おおぉぉ!」


「これが古代書(アーカイブ)の力か…」


ヒビキの魔法、古代書から直接頭に与えられるエルザの位置情報。

成る程、確かにまだ少し遠いな。
まぁ、もっとスピードを上げればいい話だ。


[カイルさん、できるだけ急いでくれ!エルザさんの体はもう限界だ…!]



「、わかった。」


[頼んだよ!]


切れたか……どうやらカイルとナツとの通信を解いたらしい。


「うぉーっし!エルザのとこまでもう少しだ!」


「ああ!待ってろ、相棒!!」





〜???〜



ガサッと草むらを揺らし、勢い良く飛び出してきたのは、ナツやウェンディたちを抱えたカイル。



「着いたー!」


「カイル!ナツー!」


ルーシィは安堵に声を上げ、笑顔を浮かべて駆け寄る。
カイルは皆をゆっくりと地に降ろし、寝かされているエルザに目を向けた。


何とか間に合ったか…



エルザは毒々しい色に変色してしまっており、その毒は今や全身にまで回ろうとしている。


「ナツ君、早くウェンディちゃんを」


「お、おう…そうだった…!」


ヒビキに促され、ナツはウェンディの意識を戻そうと、肩をガクガクと揺さぶる。
少々荒っぽいが…今は一刻を争う。


「起きろウェンディ!頼む!エルザを助けてくれ!」


「、ん…」


ナツの揺さぶりが効いたのか、ゆっくりと目を開くウェンディ。
意識が完全に戻り、その目がナツの姿を捉えた。


「っ…、きゃあぁぁ…!」


「!」


ウェンディは何かに怯える様にナツから離れ、頭を抱えてしまう。
その口からは誰に向けてのものか、謝罪が何度も呟かれる。


「ごめんなさい…っごめんなさいッ…私…」



カタカタと震えるウェンディにカイルが近づく。
しかし、今のウェンディはそれにすらビクッと肩を震わせる。


「謝る必要はねえ、大丈夫だ」


カイルはウェンディに視線を合わせる様に膝を折り、そして安心させるように藍の髪にポンと手を乗せた。
その行動にウェンディは恐る恐る顔を上げ、戸惑いながらも小さくコクッと頷く。

ナツはウェンディが落ち着いたのを見計い、ガバッと地に手をつき、ウェンディへと土下座をした。



「エルザが毒蛇にやられたんだ…ッ…助けてくれ!頼む!」


「六魔将軍と闘うには…エルザさんの力が必要なんだ」


「お願い…!エルザを助けて…!」


いきなり皆に頭を下げられ、戸惑いを隠せないウェンディは、おろおろと視線を迷わせている。
――――と、その視線が横たわっているエルザを捉えた。


「頼む。ウェンディ。俺ではまだ天竜の力は上手く使えない」


「っ、勿論です…!はい…やります!」


ぐっと手を握り、やる気を見せるウェンディに、カイルはホッと安堵の息を吐いた。


ウェンディは顔を引き締め、エルザに手を翳す。
すると、淡く温かい光が変色した部分を包み込んだ。


初めて見る治癒魔法に思わず呆気にとられる。
禍々しい毒が、まるでサラサラとした砂の様に消えていく。



「…ふぅ…終わりました…エルザさんの体から毒が抜けました…!」


「「「おぉー!」」」


汗を拭い、笑みを浮かべるウェンディに釣られ、皆の顔もパァと明るくなる。
目を覚ましたハッピーとシャルルと共に、期待を込めてエルザを見守っていると…


「――――――ん…」


「「「うおっしゃー!!」」」


「ホッ……てめえが怪我するより十倍疲れた」


苦しげな表情ではなく、穏やかな表情を見せたエルザに、皆が喜びの色を見せる。


「ルーシィ!ハイタッチだ!」

「うん!あー…よかったぁー…!」


パンッと音を立て、喜びに手を合わせるナツとルーシィ。


「シャルルー!」

「…一回だけよ」


それを真似るように、ハッピーとシャルルも手を合わせる。


「カイルさん、僕らも」

「いぇーい」


何故か笑顔で掌を向けてくるヒビキに、カイルは苦笑いしながらも手を合わせる。


「ウェンディ!」

「あ…」


そして最後に、エルザを治した本人であるウェンディに、ナツが人懐っこい笑みを浮かべ、掌を向けた。
初めてのことにやや戸惑いながら、ウェンディはナツの手に自分の手を当てる。
パシッといういい音が響いた。


「…えっと…しばらくは目を覚まさないかもですけど…もう大丈夫ですよ…」


笑みを浮かべ、再度ポンと頭に手を乗せるカイルに、ウェンディは頬を赤く染め、視線を逸らす。


「…凄いねー、本当に顔色が良くなってる…これが天空魔法…」


俺も使えるのか?オーフィス。


【本来はな。じゃが攻撃魔法と治癒魔法は使い勝手が随分違う。慣れが必要じゃろう】


「…お取込み中悪いけど、これ以上天空魔法をウェンディに使わせないでちょうだい」


腕を組み、そう言い放つシャルルに皆の視線が集まる。
カイルもエルザから視線を外し、シャルルの横顔を見やる。



「見ての通り、この魔法はウェンディの魔力をたくさん使う」


「っ私のことはいいの…!…それより…、ぁ…あの…カイルさん…?」


シャルルの言葉に首を振り、ウェンディはカイルへと目を向けた。
不思議そうに首を傾げているカイルに、ウェンディが言葉を発しようと口を開いたその時、



「何…!?」



突如樹海の奥で、目も開けられぬ程の光が上がった。
と同時に、轟音が地を揺らし、辺りから禍々しい魔力が溢れ出した。


光は太い柱となり、天を裂く様に立ち上る。
その周りに、生き物のような黒い光が柱に巻きつくように蠢きだした。



「黒い光の柱…」

「っまさか…!?」


「あれは…ニルヴァーナ…ッ!?」


感じたことのない悍ましい魔力に冷や汗が流れる。

あれがニルヴァーナ…
それに…この感じは……


「ぐぅっ!!」


「、カイル!?」

「え、どうしたのよ!?ちょっと、カイル…!?」


嫌な魔力と共に、懐かしい気配を感じたときだった。

ドクンッと脈打つ体。

カイルは突然苦しげな声を上げ、ぐらっとよろめいてその場に膝をついた。
突然のことに驚き、ナツたちは慌ててカイルに駆け寄る。


「カイルさん…!?どうしたんですか…!?」


れ、レスティア……レムルス……闇と光の精霊王二人が俺の中で暴れ狂ってる。


「まさかあの光の柱も、カイルのこれも六魔将軍の仕業…!?」


「、…あの光……―――――っジェラールがいる…ッ!」

「ジェラール…?」


確信したように、ナツは憎々しげな表情を浮かべ、ぐっと拳を握る。
そして、血相を変えてそのまま光の柱へと走り出した。


「、ナツ!?ジェラールって、どういうこと…!?」



「ぁ…あぁ…私の…私のせいだ…っ」



口元を押さえ、目を潤ませるウェンディの姿が霞んで見える。



ど、どーなってんだ!?レムルス!?レスティア!?


【わからない!?だが……奪われる!?】


謎の力の前に、成すすべなく意識を奪われるカイル。
自分の名を呼ぶ声を遠くに聞きながら、カイルの意識は暗闇に呑まれていった。



「どうしたんだよーカイル!ルーシィどうしよう!」

「どうしようって言われても…」


「――――…ん、…」


完全に意識を失い、倒れてしまったカイルを見、おろおろするハッピーとルーシィ。
すると、意識を失ったカイルと入れ替わる様に、眠っていたエルザがゆっくりと瞼を開けた。



(……ジェラール…?…、カイル…)


視線を横に向けると、苦しげな表情で倒れているカイルが目に入った。


「か、カイル!!どうした!?しっかりしろ!!」


「エルザ!!大丈夫か?」


「私はいい!それよりカイルだ。一体何があった!!」


「わからねーんだよ!!あの黒い光と一緒にこうなっちまった」


カイル……目を開けてくれ。お前のいつもの笑顔を見せてくれ……ジェラールも気になるが…私はお前がいなければ……









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