小説『フェアリーテイル ローレライの支配者』
作者:キッド三世()

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第六十四話 緋色



「よせ…!やめろ…!兄さんは悪くない!捕えるのは俺だけで…!」


「黙れ!抵抗すれば二人とも抹殺する!」


己が捕縛されたときは大人しくしていたジェラールだが、今は必死に兵たちの拘束に抗っている。


「この俺を捕まえる…?はっ!貴様ら如き雑魚どもがか?やってみろよ!!」


パチンと指を鳴らすと一瞬で何百もの剣が創造される。
それらはすべてルーンナイト達の喉元に突きつけられていた。


目の前に広がるそんな光景にエルザは唇を噛み締める。



(止めなければ…私が止めなければ…このままでは…ジェラールとカイルが行ってしまう…!行かせるものか!)


拳をギュッと握るエルザ。


「確かに俺は負傷してる。だが貴様らの百や二百斬るに造作はねえ」


「ひ、怯むな!捕まえろ!」


「命令ばっかじゃなくててめえがやったらどうだ!お山の大将!!」


手に光を宿し、ラハールを攻撃しようとするカイル。
だがジェラールを盾に取られた。


「ちぃっ!!」


「行かせるかぁァアぁあ!!」


「…!」


「ナツ…!」

「相手は評議院よ…!」


カイルを囲んでいた兵にナツがそう叫びながら飛び掛かった。
その行動に全員が驚きに目を見開く。


「貴様…!」


「どけェっ!!そいつは仲間だ!連れて帰るんだ!カイルも勝手に連れてくなぁぁ!!」


「ナツさん…」

「ナツ…」


「っ早く取り押さえなさい!」


ラハールの声を合図に、控えていたたくさんの兵が暴れまわるナツを取り押さえるべく、駆け出す。
―――――…だが、


「っらぁ!行け…!ナツ!」


「グレイ!?」

「えぇっ!?」


「こうなったらナツは止まんねぇからな!」


それをグレイが思いっきり殴り飛ばす。
その行動にはカイルも声を上げて驚いた。
これではナツたちまで…

カイルは残った力全てで自分を取り押さえている兵に抗う。



「っ、気に入らねぇんだよ!ニルヴァーナを防いだ奴に…!一言も労いの言葉もねぇのかよー!!」


「…それには一理ある。その者とカイル殿を逮捕するのは不当だ!」

「悔しいけど!その人たちがいなくなるとエルザさんが悲しむ!メン!」

「もう!どうなっても知らないわよー!」

「あいさー!!」


「お願い…っ!ジェラールを…カイルさんを連れて行かないでーッ!」


ナツを筆頭に、次々に仲間たちが評議員に飛び掛かり始める。
ただ、エルザだけは俯き、その場から動けずにいた。


「っ、来いジェラール!お前はエルザとカイルから離れちゃいけねぇッ!ずっと傍にいるんだ!二人の為に…ッ!」


「…っ」


「だから来い!俺たちがついてるッ!!仲間だろおぉォオォッ!!」


「全員捕えろー!公務執行妨害及び、逃亡幇助だ!」


「ぐおっ…放せよー!!」


ぐらりとよろめくカイル。怒りで誤魔化してもやはり限界は限界だった。


勢いを増す評議院の兵に、カイルやナツたちは徐々に押され始める。


数が違いすぎる。


爪が食い込むほど拳を握り、エルザが地を踏みしめた。




「―――――もういいッ!!そこまでだッ!」




辺りに響き渡るエルザの叫び。
驚きの表情を浮かべながらも、全員がピタッと動きを止めた。



「騒がせてすまない。責任は…全て私がとる!」


「…、」


「ジェラールを…連れて、…行けッ!」


「…」


絞り出すかのような、苦しげな声。
驚きに目を見開くカイルとは反対に、ジェラールはフッと笑みを浮かべた。


「っエルザ!!」

「座ってろ!」

「はいっ!」


納得がいかないと声を上げるナツだが、エルザに一喝され、その場に正座する。


「…だが、カイルは連れて行かないでくれ…ッ…何もしない様…、私が見張る…っ!!」


「それは、…」

「頼むッ!」


「エルザ……」


鉄の味がカイルの口に広がる。
眉を寄せて見つめていたラハールだが、息を吐き、眼鏡をクイと持ち上げた。


「……何れ評議院には来てもらう。それまで、エルザ・スカーレット、貴様がカイルディア・ハーデスを見張れ」


「…配慮、感謝する」


「…放してやれ」

「はっ」


ラハールの声に兵がカイルの拘束を解く。
そして、ジェラールを警護するように全員が元の位置に戻って行った。

地面に手を付き、フラッと立ち上がる。


「…」


カイルとジェラールは数秒だけ見つめ合い、二人は同じ動作で互いに背を向け、ゆっくりと歩み出した。
ジェラールは微笑を浮かべながら護送車へ。
カイルは無言で皆にも背を向け、暗い森の中へ。


最後の力を振り絞り、盃二つと酒を創造した。


「ジェラール!!」


中身の酒が零れないようにジェラールの方へと投げた。
受け取られる事はなく、地面に落ちる。両手が塞がっているのだから当たり前だが……
それを見たジェラールを何かを思い出したかのように目を見開いた。


「俺たちは……何があっても……」


「…………ああ、」






……………………兄弟だ……






さよなら、ありがとう…


そして護送車の扉が重い音と共に閉じられた。











朝の冷たい風が銀の髪を撫で上げる。
周りを一望できるニルヴァーナの瓦礫の上にカイルは立っていた。
その顔はどこまでも無表情で、盃を傾けながら見つめているだけだった。



「―――――…カイル、」


砂粒と靴が擦れる音がし、聞き慣れた声が聞こえてきた。
カイルは返事をすることなく、振り返ることもしない。

それでも、エルザは口を開いた。


「…恨んでくれて構わない。私は、お前が人生を掛けてまで守りたかったものを奪ったんだ」


緋色の髪が朝焼けの空に靡く。


「……私は、…」


「恨むかよ……王はな、人に責任を押し付けたりはしねえんだ」


エルザの言葉を遮り、カイルが振り返らぬままそう言った。


「つらいのは、俺だけじゃない」


「…、」


「それに、…あれはタダの我儘だ。…わかってた」



どんな理由があろうとも、犯した罪からは逃れられないということを、


涙で滲むボロボロの背中。
エルザは自分の腕をカイルに絡め、もたれかかった。


辺りは静まり返り、動くのは風に靡く銀と紅。


ふと、エルザがその口をゆっくりと開いた。



「…なぁ、カイル憶えているか?…私の名前の事を…」


「ああ……我ながらストレート過ぎたよな。実を言うとちょっと後悔してる」


「ふふ…そうだな。私は気に入っているが…」


目を伏せれば鮮明に思い出される光景。
つらく悲しい、苦しみだらけのあの塔での僅かな光。






――――ジェラール・フェルナンデス

うわ、覚えづれぇー…舌噛みそうな名前だな

そういうお前だって、ウォーリー・ブキャナンって、忘れそうだよ

俺はカイルディア・ハーデス。長えからカイルでいい。エルザ、お前は?

…私は、エルザ。ただのエルザだよ

何だよ、それじゃつまんねえなぁ…

な、何よ…

きれいな緋色

ひ、いろ?

よし、お前の名前はスカーレットだ。

え……?

スカーレット、お前の髪の色だ。これなら絶対忘れない

そして優しく微笑みながらカイルはエルザの髪を撫でた。

エルザ……スカーレット……









「たく、カイルさんがこんな昔のこと憶えてるなんて超レアだぜ?」


「そうだな…嬉しいよ……」


「俺は二度ジェラールを失った。だけど、二度も会えた」


「…………カイル……」


「また会えるだろうさ。なんせあいつは……俺の弟だからな」


エルザを見下ろすカイルの顔には笑みが浮かんでいた。
いつもの淡く、優しい、温かな笑み。


カイルのニッとした笑みにエルザの頬を壊れたように涙が伝い落ちる。
苦しいはずなのに、悲しいはずなのに、つらいはずなのに、カイルは笑っている。

朝焼けを背負った綺麗な笑み。紅に染まる銀。


カイルはエルザの目の前にフワと屈み、その頬を伝う涙を拭った。


「最近よく泣くな、お前」


「うるさい…」


「褒めてるんだ。まぁベッドじゃいつもだけど」


カ、カイル!と真っ赤になりながら両手をつかむ。
はははと笑った後、カイルもエルザの頬に手を添え、顎を優しく掴み、少し上げる。


「ん……ちゅ……」


朝焼けによって出来た二つの影が一つになる。
それは二人の悲しみを紅く染め上げるように、美しい緋色に染まっていた。
エルザの髪の色の様に、温かく、情熱的に。


残されたのは風の音と二人が奏でる水音だけだった……


-69-
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