第七十二話 ドッペルゲンガーは出会うとやっぱり殺しあう
「く、っ…軍備強化はこのためだったのか…ッ」
しかし、多くの歓声が上がる中、唯一リリーだけが歯をギリッと食い縛り、悔しげに拳を握り絞める。
納得が出来ないのだ。
「…エクシードの魔力を奪えば、我が国は永遠の魔力を手に入れることが出来る」
「陛下、女王の攻撃が来ますよ?エクスタリアの軍事力はとてつもないんですよ?」
「この時のために滅竜魔導士を捕えてあるのだ。神を落とすのは今しかない。…急ぎ滅竜魔法を抽出せよ!」
同時刻、客観的に見て薄気味悪い老人バイロがナツとウェンディの前に立っている。
「今からこれで魔力を吸い出しゅ。…まずは貴様からだ」
「、っ!?ぐ、あぁぁァァぁアァッ!」
「ナツさん!?」
向けられたのは機関銃にも似た奇妙な装置。その後端には何やら細長いチューブの様なものが伸びており、背後にある巨大な装置へと繋がれている。
そして、バイロがその装置を起動した瞬間、ナツが大きな悲鳴を上げて苦しみ出した。その体からは無理やりに引き摺り出されたドラゴンの魔力が溢れ出し、バイロが持つ装置の先端へと吸収されて行く。
「ッァ…ぐ、あぁぁあアァァ!!…、…く」
「ぐしゅしゅ、次は貴様だ」
「、っきゃあぁァァッ!っぁ…ぁァァ…ッ!」
「っウェンディー!ちくしょおぉォォ!!」
西塔の地下に二人の悲痛な叫びが響き続ける。
その叫びは恐らく、全ての魔力を吸い出されるまで上がり続ける事だろう。
「…ぐ、ああぁァアァァーッ!っぅ、くそ…!ッあぁぁ!」
これで何回目、どれくらいの間魔力を吸い取られていたのだろうか。
苦痛に叫び続けていたため、喉は枯れ果て、生命力にも等しい魔力が失われた事で意識が何度も飛びそうになる。
「しゃすがは滅竜魔導士、どちらも大した魔力だ…」
「、ハァ…ハ、ハァ…」
「ナツ、さん…大丈夫…ですか、…?」
「あぁ…お前こそ、絶対に諦めるんじゃねェぞ…!「必ず助かる…!希望を捨てるな…ッ」
「…はい、きっと…仲間が来てくれますよ、ね…?」
「ぐしゅしゅ、二人揃って往生際の悪いことだ。しょれも滅竜魔導士ならではのしぶとさか、なっ!」
「っ、ぐあぁアァァァあァ、…ッ!」
「ナツさん…!」
目の前で苦しむナツの姿にウェンディの目に涙が浮かんだ…
カシャカシャと鎧の擦れる音と、兵隊たちの声が壁越しに聞こえてくる。
あれからルーシィ、ハッピー、シャルルは西塔に侵入することに成功した。…だが、そこに待ち受けていたのはたくさんの兵とエルザ・ナイトウォーカーであった。
その激しい攻撃を受け傷を負いつつも三人は何とか退避し、今は食料貯蔵庫の様な場所に隠れている。
「…完全に身動きが取れなくなったわね、…」
「ウェンディたちの周りは敵が固めてるはずだもん…近付こうにも近づけないわ、…」
「っ此処まで来たのに…!…ウェンディ、…ッ」
俯き、ギュッと拳を握るシャルル。
…と、先程身を挺して二人を救ったハッピーが失っていた意識を取り戻した。それと同時に戻ってきた全身の痛みに顔を歪める。
「っぅ…諦めちゃ、ダメだ…!ぐ、…ナツは…どんな時でも諦めなかった…!」
「、…ハッピー…」
「最後まで闘い抜いて…そうやって勝って来たんだ…ッ、…今度はオイラたちがナツを見習う番だよ…!」
「何か考えがあるの…?」
「…」
「「、?」」
痛みに耐え、表情をキッと引き締めながら体を起こすハッピー。
その視線の先には小麦粉がパンパンに入れられた麻袋。
「オイラが兵隊たちを引き付けるから、ルーシィとシャルルはその隙にナツとウェンディを助けるんだ!」
「ちょっと…!」
「そんなの無茶よ…!」
「やってみなくちゃ、わからないよ…!」
「「…」」
最初はその作戦の決行を渋っていた二人だが、ハッピーの強い意志の宿った目を見、自分たちも信じる覚悟を決め頷く。
そうと決まれば即決行だ。
ハッピーは麻袋の一つを抱え、咆哮を上げながら勢いよく扉の外へと飛び出した。
途端に集まって来るたくさんの兵。
「っ来たぞ!」
「青毛のエクシードだー!」
「っ喰らえぇェ!毒霧攻撃だあぁァァー!」
兵が自分に意識を向けた瞬間、ハッピーは抱えていた麻袋の中身を勢いよくばら撒く。
すると辺りは一瞬で白い煙に包まれ、兵隊たちを足止めした。
「ゲホゲホッ…!」
「カハ…!」
「っ狼狽えるな!ただの小麦粉だ!」
「く、っ!」
「しまった…!」
「逃がすなー!」
ハッピーは舞い上がった小麦粉の粉塵を翼で突き破り、落ち着きを取り戻した兵隊たちの頭上を超えて一目散に逃げ出す。
そんなハッピーを逃がすまいとして、必死にその後を追いかけ始める兵隊たち。
「…上手くいったわね…!」
「うん。、ハッピー…上手く逃げてよ?」
その隙を見て、ルーシィとシャルルは身を潜めながらナツとウェンディが閉じ込められている場所へと走り出す。
…だが、突然前方から激しい攻撃を喰らい、受け身を取る間も無く地面に体を激しく打ち付けられた。
痛みに耐えながら視線を上げれば、何人もの兵と、その先頭に立つエルザが視界に入った。
「一人囮にして、警備が手薄になったところを救出する、…大方そんな手を使って来るだろうと思っていた」
「く、…」
悔しげに歯を食い縛る二人。
と、そんな二人の耳にナツとウェンディの悲鳴が聞こえて来た。それは聞いた事のない、悲痛な叫び声。
「ウェンディ…っ!」
「アンタたち…二人に何してるの!?」
「コードETDに必要な魔力を二人から奪っているんだ」
そう話している間も二人の悲鳴は止まる事がない。
シャルルの目から涙が零れ落ちる。
「やめて、…っ…やめなさいよッ!!」
「――――捕まえました」
「、!」
「ハッピー…ッ!」
…しかし、現実はどこまでも非情だ。
先程後を追い掛けて行った兵隊に投げ捨てられ、バウンドする様に地面に転がるハッピー。
その顔は苦痛に歪められている。
もう、打つ手がない…
シャルルを庇うハッピーに槍を振り下ろそうとするエルザ。
「っダメええぇェェェッ!!」
シャルルの叫び虚しく、エルザの鎗が容赦なくハッピーに振り下ろされる。
…だがしかし、刃が届く寸前の所で地面が突然大きく揺らぎ、ドーンという地鳴りが鳴った。
それと共に辺りを包み出す白い冷気…
「――――…おいコラ、てめェら。そいつら、うちのギルドのモンだと知っててやってんのか?」
「ギルドの仲間に手を出した者を私たちは決して許さない」
一瞬の静寂の中、唐突に辺りに響いた二つの声。
一体どうして…此処に…?
「…てめェら全員、俺らの敵って事になるからよォ…妖精の尻尾なァ!」
辺りを包む冷気が晴れた事で、声の主の正体が明らかとなる。
ルーシィたちの目から涙が零れ、安堵の笑みが浮かべられた。
それと反対に、王国軍は動揺を隠せないでいた。
それは勿論エルザも同じで、冷気の向こうに佇む者を見、目を見開いて固まっていた。
…そう、ルーシィたちの危機を救い、こうしてピンチに駆けつけてくれたのは…
「エルザさんが…もう一人…!?」
「あっちはグレイ・ソルージュか!?」
「違う…アースランドの者共だ…!」
「、…エルザ…グレイ…!」
アースランド 妖精の尻尾が最強チームの一員、エルザ・スカーレットとグレイ・フルバスター。
氷の様に冷たい、だが怒りに熱く燃えるグレイの視線が兵隊たちを睨み付ける。そしてスッと流れるよな動きでグレイが両手を合わせる。
「…俺たちの仲間はどこだ。ラクリマにされた仲間は…どこだ!?あぁ!?」
「「「、ぐわぁッ!?」」」
激昂したグレイから放たれた氷の造形魔法が兵隊たちを襲う。
質も威力も違う、アースランドの魔法に兵隊たちは成す術なく倒されていく。…が、その攻撃を跳躍して避けた者がいた。――――エルザ・ナイトウォーカーだ。
エドラスのエルザは天井に近い壁を蹴り、技を放った体勢のままのグレイ目掛け、突き刺す様に鎗を振るう。
だが、今度はそれをアースランドのエルザが受け止めた。
「「…っ」」
二人の鋭い視線、そしてそれぞれの武器が交差し、ギリギリと押し合う。
「エルザ対…エルザ…!」
思ってもみなかった者たちの対決に目を見開くルーシィ。…と、その耳にナツの叫びが再び届いた。
「…グレイ!先に行け!」
「あぁ!」
未だに剣と鎗の激しい鍔迫り合いを繰り広げるエルザの声に、グレイは何の迷いもなく答え、ルーシィの手に巻き付いている糸の様なものを凍らせて破壊する。
「平気か、ルーシィ?」
「、うん…!でも、どうやって此処に…?」
「詳しい話は後だ!行くぞ!」
そう言って駆け出すグレイの後をルーシィにシャルル、ハッピーが追う。
そのすぐ後、互いの武器を弾いて間合いを取り、睨み合う二人のエルザ。両者の顔には頬、と鼻頭に出来た新しい切り傷。
「…まさか自分に邪魔されるとはな、」
「妙な気分だな」
「…私はエドラス王国第二魔戦部隊隊長 エルザ・ナイトウォーカー」
「私はエルザ・スカーレット。妖精の尻尾の魔導士だ」
エルザの名乗りを聞き、ニィと口角を上げるエドラスのエルザ…いや、ナイトウォーカー。
そして己の武器である槍をグッと構える。
「…アースランドの私がどれ程のものか見せて貰おうか」
「、!」
「音速の鎗(シルファリオン)!」
そう唱えたと同時にナイトウォーカーの鎗が姿を変える。そして目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、エルザへと突きを繰り出して来た。
「速い…!――――ならば、飛翔の鎧!」
ナイトウォーカーを追い掛ける様にして、自身の鎧の中でも最速の飛翔の鎧を一瞬で換装するエルザ。
そして反撃とばかりに神速の斬撃を繰り出していく。
目にも止まらぬ速さで二つの緋色が何度も交差し、火花を散らし合う。
驚きに目を見開いたのはナイトウォーカー。
「鎧が変化した途端、速度が上がった…!?」
「はぁぁッ!」
エルザから放たれた鋭く速い斬撃。それをナイトウォーカーは鎗で捌いて空中へと避け、再び鎗の形状を変化させる。
「真空の鎗(メル・フォース)!!」
「っ、ぐあぁッ!」
そして再度放たれた突きは空気砲の様に重い風圧を飛ばし、エルザを後方へと吹っ飛ばす。
壁を突き破り、崩れた石積みの中に倒れ込むエルザ。そこへ一瞬で間合いを詰めたナイトウォーカーが更に追い打ちを掛ける。…また鎗の形状が変わった。
「換装…!?…いや、武器の形状を変化させているのか…!」
「爆発の鎗(エクスプロージョン)!!」
ナイトウォーカーが鎗を振るった瞬間、巨大な爆発が起き、激しい爆炎がエルザを呑み込んだ。
爆炎と爆風をまともに受け、ガガガと音を立てて崩れ落ちて行く壁を静かに見やるナイトウォーカー。
瞬時に纏ったのは強い耐火性を持った、炎帝の鎧。…これで爆炎を防いだ。
再度驚きに目を見開くナイトウォーカー。
「また鎧の形が変わった…?…鎧と剣を同時に変化させる魔法なのか」
「エドラスの私は武器の形状を変化させるだけのようだな」
「鎗の形状により、我が身の戦闘力を上げる事も出来る」
「原理は違えど、効果は私の騎士(ザ・ナイト)と同じという事か」
「魔鎗 テン・コマンドメンツの真の力は此処からさ」
「…来い」
もう一度互いの武器を構える二人。
いつの間にか、隣の塔へと伸びる渡橋の様な場所に来ていた。
カツ……コツ……
――――…と、その橋の、ナイトウォーカーの背後にある扉から足音が響いて来た。それは確実にこちらへと近付いて来ている。
互いに目の前の人物に警戒を怠らぬまま、足音の主に備える二人。
ツゥ、と両者の頬を汗が伝い落ちる。
…と、唐突に響いていた足音が止まった。――――暗い扉の奥から現れたのは白を纏った銀の美男子。
目を見開くエルザとナイトウォーカー。
…そう、姿を現した足音の正体はカイルであったのだ。
驚きに固まる二人を他所に、カイルは辺りを見回した後、ふぅと息を吐きながら苦笑を浮かべた。
「爆発音がしたから来てみれば…これまた派手にやったな」
「…ッ、は、申し訳ありません!」
「よい、気にするな」
エルザになど目もくれず、素早くカイルの足元に跪くナイトウォーカー。
鎗を置き、こちらに背を向けている今が攻撃のチャンスだが、エルザは目を見開いたまま、その場から動けないでいた。
「…、…カイル…?」
「っ、貴様…!カイルディア様をそう気安く呼ぶな!」
「カイル、様…?」
ガァッと怒りに牙を剥き、ナイトウォーカーは置いた鎗を手に取って再びエルザに切っ先を向ける。
しかし、切っ先を向けられてもエルザは唖然としたまま、“カイルディア様”を見つめていた。すると、そんな彼とふいに目があった。
「アースランドのエルザか。…驚いた。そっくりだ」
「、…お前は…エドラスのカイルか、…」
「…カイル、というのがカイルディアの事なら、それは私だろう」
「…」
眉を寄せ、唇を噛み締めるエルザ。
自身と対峙する事なら何の迷いもなく、躊躇もしないで闘う事ができる。
…だが、今目の前にいるのはエドラスのカイル。
服装、雰囲気は多少違えども、その顔、その声は間違いなく自分の知るカイルだ。
私は…カイルと闘う事が出来るのだろうか、…?
「その心配はねえぞ、エルザ」
声が聞こえたと思ったら瞬時に目の前に黒を纏った銀が現れる…それは見知った…愛して止まないあの男の色…
「…カイル!!」
「よ、元気?」
にっと笑って剣を抜くカイル。そのまま王子の方も向いた。
「さて、お喋りはこの辺にしといて……やろうか?何もしない王子様?」
「貴様…!カイルディア様に何て事を…!」
カイルの言葉に反応したのはエドラスのカイルではなく、ナイトウォーカー。
己が慕う人物と同じ顔、同じ声、同じ名前という事に少し動揺しながらも、牙を剥く。
反対に、エドラスのカイルは言い返す事もせず、ただ苦笑を浮かべた。
「こっちのエルザは昔のお前クリソツだな。お前にもあんな時期あったよな」
「カ、カイル!!その事は忘れる約束だろ!!」
かかかと笑うカイル。つまらん事は忘れるが相手をいじれる事は決してわすれない。それがカイルディア・ハーデスだ。
一方で激昂するエルザをカイルがなだめていた。
「…良い、エルザ。事実だ」
「しかし、…!」
納得がいかない、と眉を寄せるナイトウォーカーにエドラスのカイルは苦笑し、「でも、」と言葉を続けた。
「まぁ…私もやる時はやるって事を教えてやらないと…な」
腰にさした剣を抜く白のカイル。不適に微笑み、剣を構える黒のカイル。
「こいよ、お人形のオウジサマ。黒の騎士王が相手してやる」
気合の声の元、ガシッと上空でぶつかり合う、互いの剣。
片方が跳んだと同時にもう片方も跳躍し、空中でぶつかり合ったのだ。
「ほう、速いな」
「少しは楽しませろよ、俺!!」
一旦距離を取る二人。
そして音もなくエルザの隣に着地し、再び睨み合う。
「…エルザ、俺の相手は俺がする。エルザはエルザをやれ……なんか変な感じだなオイ」
「…あぁ、任せろ」
ニッと笑みを浮かべるカイルから感じるのは温かさと安堵感。
…そうだ、これがカイルだ。
「なんつーかアレだな……お前と二人で闘うのは久しぶりだ……いけるか?」
「愚問だな。…いつでも良いぞ、カイル」
「…伊達に特別魔戦部隊を率いているわけじゃない、って事を教えてやろう」
「ご無理はなさらないでくださいね…」
そうも言えん相手の様だな……
次の瞬間激突する二人。
ここに二人の最強の決戦が始まった…