小説『フェアリーテイル ローレライの支配者』
作者:キッド三世()

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第七十五話 絶望






一方、西塔の地下では一歩も譲らぬ激しい闘いを未だに繰り広げている者たちがいた。
風に揺れるは緋色の髪。


「その強さ…面白い」


ガキンとぶつかり合った剣と鎗から発せられた剣気が周囲の壁を抉り、そして破壊する。
ギリギリと互いの得物を押し合う、エルザとナイトウォーカー。


「うんざりだな…ッ!…っ、いい加減止めを刺されろ、スカーレット…!」

「フン、っ…そんなに此方のカイルが心配なのか…っ?」

「ッ…黙れ!」


鎗を持つ手に力を込め、無理やりにエルザを弾き飛ばすナイトウォーカー。
エルザは剣の構えを解かぬまま、上手く勢いを殺し着地する。


「カイルディア様は私が心配などするまでもなく、十分にお強い!」

「…甘いな、私のカイルは並みの魔導士ではない。それも最強、と言っても過言でない程にな」

「く…っ」


歯をギリと食い縛り、ナイトウォーカーは睨みだけで人を殺せそうな目でエルザを見やる。

…と、突如塔全体がぐらぐらと大きく揺れ出した。
天井からはパラパラと細かい破片や塵などが舞い落ち、抉られた壁は更に崩壊して行く。
それも無理はない。これだけ派手に暴れれば、ダメージを受けた細長い塔は簡単に壊れてしまう。

…しかし、そんな状況だと言うのに二人は特に気にした子はない。


「…そろそろ終わらせる!」


そう言って鎗を構えるナイトウォーカーに応じる様に、エルザも剣を霞に構える。
―――…そして、ほぼ同時に不安定に揺れる地を蹴った。


「はあぁァァ!!」

「でやあァァァ!!」


二つの緋色を中心に凄まじい爆発が巻き起こった…













「…これは、あなたたちの仲間が死んじゃう装置の鍵…」

「何だそりゃ…!?」

「それって…ラクリマをエクスタリアにぶつけるための…!?アイツの言ってた鍵ってこっちか…!」

「っ、私は永遠の魔力より…皆と仲良く暮らしたいよぅ…!」


ポタポタと地を涙で濡らしながら、ココは「だから…」と震えた声で言葉を続ける。


「だから…ッ!この鍵壊して…ぇ!」

「…」

「お願い、します…ッ」


懇願する様に頭を下げるココに呆気に取られていた二人だが、ハッと何かに気が付いた様にルーシィが目を見開いた。


「…って事は、それさえ壊せばラクリマを使った攻撃を止められるのね!?…ありがとう!」

「よォーっし!任せとけ!」


ニッと嬉しそうに笑みを浮かべ、ココが差し出す鍵を受け取ろうとするナツ。
…だが、その手が受け取ったものは何故か鍵ではなく、蛙に似たエドラスの生物。


「はぁァ!?」

「何でーっ!?」

「――――んーハッハッハー!こんな大切なものを敵に渡しちゃ、駄目だぞココー!…陛下にお返しせねば!」

「っ、シュガーボーイ!?」
「鍵が…っ!」
「そんな…!」

「返してェェー!」


驚きに唖然とするナツとルーシィの合間を通り抜け、独特の笑い声を上げたのは金のリーゼントの男、シュガーボーイ。
どういう原理かは不明だが、何故か俯せの状態で床を滑走し、あっという間にナツたちから遠ざかって行く。…そして、その手にはナツが受け取るはずだった竜鎖砲の鍵が握られている。

焦ったナツがシュガーボーイの後を追おうと一歩踏み出した瞬間、ブォンと大きなエンジン音が背後で鳴り響いた。


「っ、野郎ォ!待ちやがれ!」

「…んー、また君か…」

「逃がさねェぞ、コラァ!」

「「グレイ!」」


ナツたちの上空を軽々と飛び越え、颯爽と姿を現したのは魔道二輪に跨ったグレイ。
どうやら逃げたシュガーボーイを追って来たようだ。


「ナツ、ルーシィ!あのアゴ割れ野郎は俺の獲物だ!手ェ出すなよー!…つーわけだから、後は任せろ!」

「んーしつこいなァ、君も。どうせ俺には勝てないのに」

「うっせェ!いいから待ちやがれェ!」

「…俺は急いでるんだよ」


そう面倒くさそうに呟き、シュガーボーイは剣を取り出して床に擦り付ける。
…これは斬りつけた物体を柔らかくする剣、ロッサエスパーダ。

たちまち、シュガーボーイが走り抜けた道はぐにゃぐにゃに歪み陥没を始めたが、それをグレイは見事なハンドル捌きで躱し、シュガーボーイを更に追い続ける。

…が、一方その後ろで悲鳴を上げているナツとルーシィは、シュガーボーイがぐにゃぐにゃにした床に足を取られていた。


「きゃぁ!?どうなってるのよ、一体…っ!?」

「うおォォ!?くそォ動けねェぞ…!ルーシィ何とかしてくれー!」

「っ、こういう時こそ、星の大河…っへ!?」


ぐにゃぐにゃの床から脱出しようと、バルゴから託された伸縮自在の鞭、星の大河(エトワールフルーグ)の柄を握り翳すルーシィだが、その頭上を何か巨大な影が覆った。
素っ頓狂な声を上げつつ上を見上げてみると、巨大なタコの姿のまま気絶したバイロが二人同様、床に吸い込まれる様に迫って来ている。


「ターコぉぉー!邪魔!ってか重い!そしてキモイー!!」

「うひいぃィィィ!?」

[――――本日のアトラクションは全て終了しました。またのご来店をお待ちしております]


悲鳴を上げる二人だが、無情にも鳴り響く閉館の放送。更には園内の照明が全て消され、遂には辺りは暗闇に包まれてしまった。
虚しく響き渡る二人の悲鳴。


「いぃィィやぁぁァー!」









ざわざわと困惑した様な声が上がる、エクスタリアの街中にある広場。
そして、そこに住むエクシードによって作られた人ごみの中心に佇むのは顔を引き締めたウェンディとシャルル。

二人はエクスタリアの危機を女王に知らせるため、エクスタリアの地に降り立ったのだ。


「アイツら…確か堕天の…」

「人間までいる…!」

「わぁ…初めて見たー!」

「人間だ…人間だ…!」

「人間を連れて来たぞ…!」


一向に収まる気配のないざわつき。
その中から一つ、「どいて、どいてー!」という声が上がった。
エクシードたちは声の主を振り返り、サッと素早く道を開けて行く。…姿を現したのは、黒毛で細長のエクシード―――エクスタリア国務大臣のナディ。


「君たち困るよ!堕天と人間はエクスタリアへの侵入は禁止だよ!」

「そんな事言ってる場合じゃないの。…アンタたち、命が惜しかったら言う事を聞きなさい」

「君を追い掛けたニチヤさんはどうしたんだよー?」

「…王国軍に、ラクリマにされたわ」


シャルルの言葉にシンと静まり返るエクスタリア。
…だが、


「ぷぷ!」

「「「っあははは!」」」

「「…」」


一人のエクシードが堪え切れずに吹き出した途端、辺りからは大きな笑い声が上がった。
予想外な事に呆気に取られ、言葉を失うウェンディとシャルル。


「我がエクスタリアの近衛師団が人間なんかにやられるもんかよねー!」

「寝言言ってんじゃないよぉー?」

「っ、本当なの!王国軍が次に此処を攻撃する…!」

「どうでもいいねー」

「女王様が全て魔法で吹っ飛ばすさ!」

「そうだそうだー!」

「…っ」


ウェンディの言葉を全く聞き入れず、見下した様な言い方で二人を馬鹿にするエクシードたち。
…ただ、ナディだけは顔色を変え、驚愕の表情を浮かべている。


「皆…っ!逃げなきゃ、大変な事になるのよ!?」

「黙れ人間ー!」

「きゃっ」

「ウェンディ…!?」


必死にエクスタリアの危機を叫ぶウェンディに石が投げられた。
投げたのはまだ幼さ残る子供のエクシードであった。

それを機に、周りのエクシードたちも石を拾い、ウェンディとシャルル目掛けて次々と投げ出した。


「女王様の魔力も知らないクセにー!」

「俺達はエクシード!」

「人間より偉いんだー!」

「人間と堕天は出て行けー!」

「此処は女王が治める国、エクスタリア!」

「女王様がいる限り、人間には討てない!」

「…っ、そんなに…そんなに人間が嫌いなら…私を好きにしてッ!でもシャルルは違う!あなたたちの仲間でしょ!?シャルルの話を聞いてー!お願いッ!」

「っ、ぅ…ウェンディ…」


ウェンディの必死な叫びも届かず、石の雨は止む事無く、更に辺りからは「出て行け」という声が上がり始めた。
石の当たった箇所がジンと鈍く痛み出す。…だが、それよりも心が酷く傷んだ。











冷気漂う城内の通路にパキンと何かの砕ける音が響いた。

…あれからグレイとシュガーボーイは互いの片手で鍵を握り、一歩も譲らぬ鍵の取り合いを繰り広げているのだが、グレイの凍て付く氷の威力に遂に鍵に罅が入ってしまった。
たちまち慌てふためくシュガーボーイにグレイはニィと口角を上げた。


「っま、まま、マズイ!ぃよせェ!鍵が壊れるッ!!」

「こっちは仲間の命が懸かってんだ!こんなもの…ぶっ壊してやんよォ!」

「待て!本当にマズイぞ…ッ!鍵は君たちにとっても必要なものなんだ…!」

「…何だと?」

「良いから取り合えず休戦だ…ッ!鍵が壊れるゥッ!」


あまりにも切羽詰まった声にグレイは歯をギリと鳴らし、己より身長の高いシュガーボーイを片手で持ち上げたかと思えば、背後の壁に投げ付けるかの様に押し付けた。
その衝撃にガラガラと崩れ落ちる壁。


「どういう事だ!あァ!?」

「こ…この鍵があれば…ッ…君たちの仲間だって元に…戻せるんだぞ…ッ!?」

「……ハッタリだな」

「っ本当だって!竜鎖砲は滅竜魔法の濃縮弾!その滅竜魔法がこの世界で何に使えるかしらないのか!?」

「!!」


その言葉にハッと驚きに目を見開くグレイ。
…そう、ラクリマにされた仲間を元に戻すためには滅竜魔法で砕く必要がある。
つまり…竜鎖砲を浮遊島のラクリマにぶつければ仲間を一気に元に戻せる、…


「これでわかっただろォ?この鍵はお互いにとって必要なもの…!壊しちゃいけねェんだ!」

「…こっちにはガジルがいる。いざって時にはナツやウェンディ…カイルもいる。滅竜魔導士が四人もいるんだ、こんな鍵は必要ねェ!」

「何日掛かるか知らねェだろ?明日にはラクリマの魔力化が始まる。我々の作戦はその前にラクリマをエクスタリアにぶつける事だ」

「……」

「…確かに滅竜魔導士が四人もいれば、何人かは助かるだろう。…だが!全員は助からない!全員を助けたければ、君はこの鍵を壊してはいけないッ!」

「く…」

「それに、あのラクリマにはギルドとは無縁の街の者たちも大勢、…だろ?…んーさぁ、手を放せ」


ニヤッと口角を上げるシュガーボーイに歯を食い縛り、憎々しげに睨み付けるグレイ。
凍り付いた鍵は未だにピキピキと全体に罅を入れている。
――――…と、その罅の入るスピードが急に上がった。


「ぬ!?」

「…お前に鍵は渡さねェ!!」


パキンッと音を立て、目を見開くシュガーボーイの目の前で、氷と共に砕け散る竜鎖砲の鍵。
パラパラと地に落下する鍵の破片をシュガーボーイは唖然と見つめ、そして焦った様にガバッと体勢を低くし破片をかき集め始めた。


「か、かか…鍵があぁァァァッ!!馬鹿か君はッ!?ハッタリじゃなかったんだぞオォォー!」

地に伏しながら訴えかけて来るシュガーボーイにグレイはニッと笑みを浮かべ、再び両手を合わせて冷気を纏わせる。


「俺は……………氷の造形魔導士だ」

「っ!?」


グレイの氷によって造りだされたものを見、驚愕に目を見開くシュガーボーイ。
――――…そこにあったのは、キラキラ輝き透き通った竜鎖砲の鍵。


「…何でも造れる」











息を呑み、冷や汗を流す合流したナツとグレイ。
その視線の先には息を僅かに切らせた…


「ハ、…ハァ…こんなところにいたのか…」

「やっと見付けたぞ」

「エルザ…!?それにカイルも…!」

「いや、待て!コイツらは…エドラスの…っ!」


緋色に揺れる髪を高く結い上げ、この世界独特の鎧を纏っているのはエルザ・ナイトウォーカー。
そして、碧い髪に細やかな装飾が施された白いコートを羽織っているのまさしくエドラスのカイルであった。

この二人が共にいて、相手をしていたアースランドのカイルとエルザが見当たらない…
それはつまり…


「俺達の…カイルとエルザが…負けたのか…!?」


驚愕の表情を浮かべ、肩を震わせるナツとグレイを見、カイルとエルザはフッと笑みを浮かべる。


「っ…!」


パキンッと音を立て、氷で造られた鍵が砕け散った。






*







カシャカシャと鎧の擦れる音と二つの足音、そしてズルズル何かを引き摺る音が響く。
竜鎖砲を起動させるための部屋の扉を警護していた兵は近付いて来るその音に気が付き、警戒の色を濃くする。
…だが、


「っ、ご無事でしたかカイルディア殿下!ナイトウォーカー隊長…っ!」

「どこか無事なもんか!…そのお怪我はどうなされたのですか…?」

「大したものではない。気にするな。行くぞエルザ」

「はっ…」


そしてエルザの手には縄が握られており、その先にはグレイとナツがそれぞれ縛られている。

兵たちは警戒を解き、控え目に二人へ近付く。


「さ、さようですか…しかし、一体今までどちらに?カイルディア様が見当たらないと皆心配しておりました…!」

「それはすまぬな…侵入者を迎撃していたんだ」

「そんな…!わざわざカイルディア様の御手を煩わせる者では…」

「それにカイルディア様を騙った輩がいるとの報告が…」

「心配ない。その者は私が始末した」


そうカイルが告げれば、ざわざわとざわめき出す兵たち。
もしかするとこの男は偽物なのではないか、という疑問が兵たちの中で生まれるが、ナイトウォーカーが隣にいるのだ。この男は本物のカイルなのだろう。
…と、一人の兵が視線を落とし、ずっと気になっていた事を口にした。


「あの…そ、その者たちは…?」

「竜鎖砲の鍵だ」

「か、鍵…?」


その言葉に「信じられない」と兵たちは驚きに目を見開く。
だがそれもその筈、鍵と言っても視線の先にいるのは侵入者であるアースランドの人間二人。どこからどう見ても鍵には見えない。


「…王は中か?」

「は…!今開けます!」

「どうぞ…!」


窺う様なカイルの視線を受け、兵は素早く扉の鍵を解除する。
ゴゴゴと重い音を立ててゆっくりと開く扉からは眩い光が溢れ出でる。


「…全ての準備は整った」

「永遠の魔力は目の前に…!」

















あとがきです。移転の勧めを頂いたのですが、コレだけの量を移転するのは大変なんでココで頑張ろうと思います。これからもよろしくお願いします。コメントもよろしく!!

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