小説『フェアリーテイル ローレライの支配者』
作者:キッド三世()

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第七十六話 女王の告白









ゆっくりと歩を進める二人。
そのまま部屋の奥に進むと、たくさんの兵とその中心に佇むエドラス王 ファウストの姿が目に入った。


「カイル、エルザ、鍵を持って来たというのは真か?」

「破壊されたようですがご安心を」

「何ィ?」


訝しげに眉を寄せるファウストに、エルザは見せ付けるかの様に引き摺って来たグレイを床に投げる。


「この者が鍵を造れます」

「くそ…!」

「…こやつは?」

「アースランドの魔導士…滅竜魔導士の仲間ですよ、王」


悔しげに顔を歪めるグレイを見、「ほぉ」と興味深そうに目を細めるファウスト。


「まさか、広場のラクリマが消えたのと関係が?」

「その通りです」

「…まぁ、良い。さっさと竜鎖砲を起動させろ」


ファウストの命を受け、カイルは懐から綺麗な装飾の施された短剣を取り出し、グレイを拘束していた縄を斬り裂く。
その隙にエルザは動けぬナツに持っていた剣を向け、人質とする。


「立て、氷の魔導士。妙な真似はするなよ?」

「…」

「竜鎖砲を起動させろ」


二人に促され、渋々立ち上がるグレイ。
改めて視線を向けた先には何やら巨大な装置らしきものがある。
これが竜鎖砲なのだろうが、想像していたものとはやや違う。かなり大仕掛けなもののようだ。


「早くしないか」

「く…仕方ねェか、…」


チャキッとナツの首元に押し当てられる刀身を見、グレイは歯をギリと噛み締め、両手を合わせる。
途端にグレイの両手の周りに冷気が漂い始め、あっという間に氷の鍵が完成した。
王は勿論、控えていた兵たちから「おぉ…」と驚きの声が上がる。


「ったく、見世物じゃねェつーんだよ…」


周りから上がる声に居心地悪そうにぼやきを溢し、グレイは歩を進めて氷の鍵を竜鎖砲へと差し込み、それを思いっきり捻る。
すると、ガチャンという音がし、たくさんの竜鎖砲の装置が赤く不気味に発光し出した。


(チャンスは一度だ…!竜鎖砲を直接ラクリマにぶち込む…!そうすれば俺たちの仲間も、マグノリアの人たちも皆救える…!)


「おぉ…!良いぞ…!フハハハハッ!」

「…」


起動を開始する竜鎖砲を見、高らかな笑い声を上げるファウスト。
カイルとエルザは呆気に取られた様に竜鎖砲を見上げている。


(っ、照準はどうやって変える…!?どこだ…!?)


焦った表情でグレイが辺りを見回すがそれらしきものは見当たらない。
その間にも竜鎖砲は城全体を激しく揺らし、巨大な砲台をラクリマへと向ける。


どうする事も出来ず、悔しげに拳を握るグレイ。
…と、エルザがナツの首元から刀剣を外した。


「此処までだ…――――ナツ!」

「…ヘヘ、おう!」


ゴオォと音を立て、ナツの体から立ち上る紅蓮の炎が拘束していた縄を焼き切る。
そしてそのままナツは油断しきっていた兵たちに向かって走り出す。


「火竜の翼撃!」

「ぐあぁぁッ!?」

「がぁっ!?」

「な、何ィ…!?」


突然すぎる攻撃に呆気なく倒れて行く兵たちを見、驚きに目を見開くファウストだが、彼を驚かせたのはそれだけではなかった。


「リート!!」

【待ってました!!】

「ほ、炎…ッうわあァァ!?」

「カイル様…一体何を…ッ!」

「発射中止だー!」

「エルザ、貴様ァ…!」


白のコートを翻し、混乱する兵たちにブレスを放つカイル。舞い上がった碧い髪から覗いた右目には大きな傷痕。
更に、困惑の表情を浮かべるファウストをエルザが拘束し、先程ナツにしたようにその首に刀剣を押し当てた。


「っ、何の真似だカイル、エルザ…!?」

「私はエルザ・スカーレット。アースランドのエルザだ!」

「俺はカイルディア・ハーデス。王子じゃなくて王だ」


怒りの声を上げるファウストを見、笑みを浮かべたエルザとカイルが体に光を纏う。
そしてその光が収まった時、二人の姿はいつも通りの鎧と黒のジャケットに包まれていた。


「悪ぃ、危なかった!機転を利かせてくれて助かった!」

「だっはははー!これぞ作戦D!騙し討ちのDだ!」

『ハハ、バレバレな作戦名だなー』


挑発的な笑みを浮かべた妖精の尻尾が周りを囲む兵たちぐるりと見やる。
多勢に無勢だが負ける気はしない。


「竜鎖砲の照準をラクリマに合わせろ!」

「っ言う事を聞くな!今すぐ撃てー!」

「、ど…どうする…!?」
「っ卑怯だぞてめェら!人質を取るなんて…!」

「それがどうした?」

「俺たちは仲間のためなら何だってするからよォ」

「ほらほら、早くしねえと斬っちゃうぜ?」


カイルの言葉に合わせ、エルザがファウストの首元に更に刀剣を押し当てる。
それを見た兵たちは冷や汗を流し、急ぎ竜鎖砲の照準を変え出した。


「ワシなど良い!撃て!エクシードを滅ぼすために!」

「っ、照準変更!ラクリマに変更だー!」

「馬鹿者が!永遠の魔力をふいにする気かーッ!?」

「っ!?」


ファウストの声も虚しく、照準が変わり、あとは発射を待つだけとなった竜鎖砲。
…だがその時、頭上から刺す様な殺気を感じた。


「――――スカーレットォォォッ!!」

「く…!」

「ナイトウォーカー…!」

「げ…ヤバ」


上空から降って来たのは鎗を構え、憎悪を含んだ声でエルザを呼ぶナイトウォーカー。
その一撃を防ぐため、エルザはやむを得なくファウストを突き飛ばす。


「王の拘束が解けた!照準を元に戻せー!」

「マズイ…ッ!」


素早く戻された照準に焦りを見せるグレイとナツ。
カイルは近くの兵を吹き飛ばし、何とか照準を変えようとするが装置が複雑過ぎて手が出せない。


「ナイトウォーカー!こんな時に…っ!」

「まだ終わってないぞ!スカーレットォォッ!!」


鎗を無理やり捻じ込み、ナイトウォーカーは敵意剥き出しでエルザに牙を剥く。


「撃てェェェ!ハッハハハハー!」


天に手を翳し、高らかに笑うファウスト。
すると、作動した竜鎖砲がドラゴンにも似た咆哮を上げ、ラクリマのある浮遊島目掛け発射された。


「接続完了!」

「エクスタリアにぶつけろォォォ!!」

「よせ…ッ!」

「やめろォォォッ!」


悲痛な叫びをナツが上げたその時、魔法が効かない筈の壁がズガンッと音を立て崩れ去った。
何事かと振り返る皆の目に飛び込んで来たのは、壁を無理やりに突き破る大型のモンスター、レギオン。


「皆乗って!」

「ルーシィ…!?」

「どこだ!?」

「お前…こんな姿になっちまったのか?!」

「いや流石にそれはないだろ…」

「ゴチャゴチャ言ってないで早く乗ってー!」


ナツとカイルのボケを一喝し、レギオンの背に乗るよう促すのはルーシィ。


「レギオン…!」

「こんなところに!?」

「何故あの小娘がレギオンを…ッ」

「私のレギオンです!」

「ココ…!」


何故エドラスの生き物であるレギオンがルーシィに従い、此処を襲ったのか…
その疑問に答えたのは、レギオンの上で手を上げるココ。このレギオンはルーシィではなく、彼女が操っていたのだ。


「っ、これで止められるのか!?」

「わかんない…!でも行かなきゃ!」

「だな!」

「行くぞ!」


皆はレギオンに乗り込み、来た時と同じように壁を突き破ってラクリマのある浮遊島へと向かう。
その際、拳を握って此方を睨み付けるナイトウォーカーと目が合った。


「…っ、スカーレットォ…ッ!」


ファウストへの騙し討ちに利用されるという屈辱を受け、怒ったナイトウォーカーは落ちていたカイルの短剣を拾い上げ、自らの髪へと走らせる。
ズバッという何かが斬り裂かれる音と共に周りからい小さな悲鳴が上がった。

もう二度とその様な事がないよう、怒りのあまり自らの髪を切り落としたのだ。


「追うぞ!第二魔戦部隊、レギオン隊、全軍出撃!!」

「「「はっ!」」」

「…ワシも行こう。ドロマ・アニムを用意せい」

「あ、あれは禁式です…!」

「王国警鐘第23条で固く使用を禁じられておりますが…」

「用意せいッ!!」


息を呑み、考え直す様に説得を試みる兵たちだが、ファウストの強い言葉と血走った目に逆らえる筈もなく、慌てて準備の為走り出して行く。
怒りで握り込んだ拳がギュッと音を鳴らした。


竜鎖砲が接続され、ゆっくりとエクスタリアに引き付けられていた浮遊島。…だがそれは突然に速度を上げた。

あっという間に迫ったエクスタリアを見、冷や汗を流すハッピーとガジル。


「っ、ガジル…!は、早くラクリマ壊して皆を元に戻してよー!」

「ま…間に合わねェ…!加速しやがった…ッ!」

「そ、そんなー…!」


どうする事も出来ず、ただ衝突の時を待つだけとなった二人、そしてパンサー・リリー。
…とその時、どこからかバサッという何か大きなものが羽ばたく音が聞こえた。
――――そして、


「っ急げェェー!!」

「ぬ…!?」

「あれは…!」

「ナツだ!」


レギオンの背から大きな雄叫びを上げ、一直線に浮遊島に向かって来るのはナツやカイル、エルザにルーシィ、グレイ、そしてココだ。レギオンはナツに負けじと大気を震わせる様な咆哮を上げ、グンと更に加速し、そのまま浮遊島へと頭突きを放った。


「頑張ってレギピョン!」


己の主であるココの声援に答える様、浮遊島を押し返そうと必死に踏ん張るレギオンだが、それでも浮遊島は止まる気配を見せない。
冷や汗を流し、ギリと歯を食い縛る皆。


「私たちも魔力を解放するんだ…!」

「お願い止まってェー!!」

「うおぉォォォ!止まれェェェー!!」


凄まじい勢いで引き寄せられて行く浮遊島を止めるべく、カイルを筆頭に皆魔力を解放し、浮遊島に手を付いて何とか押し返そうとする。



「ノーム!!もっと出力出してくれ!!」

【御意!我が奏者!!】

「っ、くゥゥ…ッ!!」

「っ…ッ…!」

「…っらァァァ!!」

「うゥオォォー…ッ!!」


魔法陣を展開し、より大きな気合の声を上げるナツ。…と、その耳に「ナツー!」と己の名を呼ぶ声が届いた。
それは顔を向けなくともわかる、相棒の声。


「オイラ…あのさ…」


不可抗力であったが、ナツたちにしてしまった事を悔い、途中で羽を止め口籠るハッピー。…自分はこれからもずっとナツたちといたい。しかし、それは許されるのだろうか…?
そんなハッピーの悩みはナツのたったの一言で綺麗に吹き飛ばされた。


「……あぁ、手伝えよ相棒!」

「……っあいさー!!」


ハッピーは込み上げて来るものを押さえ、己も引き寄せられる浮遊島を止めるべくナツの傍らで島の外壁に手を付く。
その様子を島の上で見下ろしていたガジルがニィと口角を上げた。


「…ギヒ!一先ず休戦だ黒猫!」

「っ逃げる気か!?」

「逃げも隠れもしねェよ!コイツを止めた後決着を付ける!」

「止める…?止めるだと…?この竜鎖に繋がれた巨大な浮遊島を…!?」


信じられない、という顔をするリリーにガジルは更に笑みを濃くし、浮遊島の断崖へと移動する。


「無駄な事を…!俺たちに後何かない…ッ!もう何も残らんのだ…ッ!」

「おい!」

「っ」

「後で、引き摺ってでもギルドに連れて帰る!そして俺の猫にするのだァ…ギヒヒヒ!」

「な…」


ビシッと指を指し、勝手な宣言をしたかと思えば崖を飛び降りて行ったガジルに思わず呆気に取られるリリー。
…と、此処へ来て更に浮遊島がグンと加速した。エクスタリアはもう目前だ。


「っ、駄目だ…!ぶつかるぞ…!」

「堪えろォォー!」

「チッ!まだまだぁああああ!!!」

「ぐおオォォォー!ちきしょーッ!!」


ナツが悔しげな叫びを上げた次の瞬間、ドォンッと激しい音と共にエクスタリアと浮遊島の一部が砕け、崩れた。
舞い上がった砂煙が視界を奪う。…激突した…?――――…いや、


「うゥおォォォー!!まだだ!諦めんなハッピー!」

「あいさァー!」


エクスタリアの絶壁部分に足を付き、ナツたちは浮遊島がぶつかる寸前のところで未だ諦めず踏ん張り続けていた。
凄まじい勢いで押し迫る浮遊島は熱を帯び、その熱さで全身が燃えてしまいそうだ。


「どわちちちち!!踏ん張れ相棒ぉおお!!!」

「あぁ…!踏ん張るぞカイル…ッ!」

「―――…、っ!」

「ガジル…!?っ…何故私たちの様に皆をラクリマから元に戻さんのだ!?早くしないか!」

「黒猫が邪魔すんだよ!」

「どちらにせよ…ッ今からじゃ時間が掛かり過ぎる…!」

「止めるしかない…っ!いや…絶対に止めるんだからーッ!」

「っ、押し返すぞ…ォ…ッ!」


皆で叱咤し合い、更にグググと腕に力を込め浮遊島を押し返す。
そんな様子を浮遊島の上から見つめていたリリーは未だに驚愕の表情を浮かべたままだ。…と、その目が本来此処にいるはずのない小さな姿を捉えた。


「ココ…!?何故お前が…ッ」

「リリー!…気付いたちゃった、…私永遠の魔力なんていらない!永遠の笑顔が良いんだ!」

「何て馬鹿な事を…ッ!早く逃げろココ!!この島は…何があっても止まらないんだ…ッ!」

「…止めてやる…!体が砕けようと…魂だけで止めてやるーッ!」

「く、うぅぅ…ッあいさァァー!!」

「…!」


こんな状況だと言うのに自分に笑顔を向けるココ、最後まで諦めずぶつかり続ける妖精の尻尾の者たち…


どうしてそこまで、…どうして命を懸けてまでするのか…?

リリーは込み上げてくる何かを押さえ込む様にギュッと拳を握った。









一方、エクスタリアの目前までに迫った浮遊島にエクシードたちはパニックに陥っていた。


「王国軍が攻めて来た…!」
「女王様の力を知らない人間共め…!」
「きっともうすぐ出るぞ!女王様の魔法が…!」
「でも、やるなら早く反撃して欲しいなぁ…」
「ビビる事はねェ!俺たちには女王様が付いてる!」


皆が口々に「女王様が、女王様が…」と言葉を溢すが、そんな様子をただ一人、アルテミスだけは冷めた目で眺めている。


「ラクリマがぶつかった、…」

「…まだよ、島の縁で止まってるみたい…!」

「っごめんねシャルル…!こんなはずじゃ…」


覚悟を決めて来たはずなのに、皆を救うためにエクスタリアに来たはずなのに…シャルルの故郷を守るために来たのに…!
ラクリマの衝突を防げなかった事を悔い、目に涙を溜めるウェンディ。
だが、それをシャルルが「何言ってんの!」と一喝する。


「ウェンディ!まだ諦めちゃ駄目!―――…皆聞いて!」

「あぁ?まだいたのか堕天め!」
「、!」

「いだっ…」


未だ諦めず、もう一度皆に語り掛けるシャルルに再び投げられる石。
しかしそれは急に割り込んで来たナディの頭によって遮られた。


「な、ナディ様…!?」

「石は…投げたら危ないよ…?」

「で…でもそいつらは堕天…」

「っこの人たちはぼきゅたちに危険を知らせてくれたんだよ!?でも誰も聞かなかったからこんな事になっちゃったんだ!」

「何を言ってるんですか?」

「こんな事女王様の魔法があれば全然へっちゃら!」

「さ、早く女王様!」

「女王様ー!」

「え…ぁ…えぇっと…その…」

「…本当にどこまでも救いのない奴らね」


ウェンディにシャルル、そしてナディの必死の訴えもエクシードたちの耳には入らない。


「――――もう良いのです、ナディ」

「、!…女王さま…!?」


突如広場に響く凛とした一つの声。
驚きに振り返り見れば、そこには煌びやかな装飾をした白毛のエクシード、そしてその後ろに控える様に立つ四人の老いたエクシードが静かに佇んでいた。


「女王様!?」
「女王様だ…!」
「「「、っははー!」」」


その姿を確認するなり、一斉に深々と頭を下げて行くエクシードたち。
…そう、この白毛のエクシードこそがエクスタリア女王、シャゴットなのだ。


「女王様ー…!」

「…手間が省けたわね」

「あの人が…女王…」

「……!」


急に静まり返った広場。…と、シャルルとシャゴットの視線が静かに交差した。
シャゴットは目を細め、悲しみの表情でシャルルを見つめた後、目を伏せ周りのエクシードたちに語り掛け出した。


「…皆さん、どうかお顔を上げて下さい。そして落ち着いて、私の言葉をよく聞いてください」

「…何で女王様がこんなところに…?」

「きっとこれから凄い破壊の魔法を…」

「シーッ!静かに!」

「…今、エクスタリアは滅亡の危機に瀕しています。これは最早、抗えぬ運命。…なので私は一つの決断をする事にしました」


その言葉を聞いた瞬間、エクシードたちから上がったのは「遂に人間を滅ぼすのか!」などという喜びの声。
シャゴットは悲しみに顔を歪め、羽織っていた女王の証であるマントを静かに脱ぎ捨てた。


「女王様!?な、何を…」

「真実を、話しておかなければならないと言う決断です」

「…!」


カシャンッと音を立て、煌びやかな装飾を一つずつ外していくシャゴット。
周りのエクシードたちはただ唖然とそれを見つめている。


「…私はただのエクシード。女王でも、ましてや神などではありません。…皆さんと同じエクシードなのです」





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