第七十七話 一つになる小さく大きな翼
皆の期待を裏切る言葉と共に見せられたのは片方のみの翼…
「っ…翼が…!」
「そんな…っ」
「…私はただのエクシード。女王でも、ましてや神などではありません。…皆さんと同じエクシードなのです」
エクシードにとって翼(エーラ)は魔力の象徴。二つ揃ってこそ真の魔力を発揮できる。
片翼…それは十分に魔力が足りていないという証…シャゴットの魔力は実はとても弱い。
「私には人間と闘う力などないのです…」
「「…」」
「隠していて本当に申し訳ありません。…ウェンディさんとシャルルさんと言いましたね?貴方たちにもごめんなさい…全部私のせいです。どうか、此処にいる皆さんを恨まないでください……アルテミス、そこにいるのでしょう?貴方も本当にごめんなさい」
フンと鼻をならすのはエドラスのアルテミス。彼女はこちらではエクシードだったのだ。そして真実に全て気づき堕天にされてしまったのだ。
「……」
…今更何だと言うのだ。どんな理由があろうと、自分はこの国から弾き出された…堕天の烙印を押され国を追われた。
今更何を言われても響きはしない。
「女王というものを造り出した我ら長老にこそ責任がありますじゃ。…私たちはとても弱い種族ですじゃ。大昔人間たちに酷い事もたくさんされて来ました。だから、自分たちを守るために私たちには力があると人間に思い込ませたのですじゃ…」
「そしてエクシード全体が自信を取り戻せるよう、エクスタリアの皆に対しても神の力を信じさせました…」
「神の力と言っても…その全部がワシら事情を知っとる一部エクシードのハッタリじゃ…」
「しかし、初めは信じなかった人間たちもやがて神の力に恐れを抱く様になって来た…例えば、殺す人間を決める人間管理。本当は全部後付です。私たちが殺す人間を決めているわけではないし、そんな力はありません。…ただ、ただ一つ、シャゴットには少しだけ未来を見る力があります。…人の死が見えるのです。それをあたかも女王の決定により、殺してると思わせたのです…」
先程までの歓喜はどこに行ったのか、…四長老の言葉に涙を溢し、「嘘だ、嫌だ…」と脅え震えるエクシードたちは酷く滑稽で愚かであった。
アルテミスの弓を握る力が強くなる。
何を身勝手な……
「アンタに力があろうがなかろうが、私の仲間を殺す様に命令した!それだけは事実…!」
「シャルル…!」
アルテミスとシャルルの鋭い言葉に「違う」と焦り出す、事情を知る四長老とナディ。
「シャゴットはそんな命令をしておらん!きっと女王の存在を利用した人間たちの…」
「違う!変な記憶を植え付け!私の心を操り!滅竜魔導士抹殺を命じたでしょ!?生まれる前から…ッ!」
「それは…」
「ち、ちち違うんだ!これには話せば長くて深い事情が…」
「どんな事情があってもこれだけは許せないッ!」
「シャルル…今はその話はよそうよ…?」
シャルルの悲痛な叫びに押し黙るエクシードたち。
ウェンディが優しく語り掛けるがシャルルは首を振るばかり。
…と、カシャンッという金属音がふいに鼓膜を揺らした。
驚きに視線を向ければ、鈍く光る刀剣を抜いたシャゴットが目に入った。
「…!」
「女王…」
「シャルルさんの言い分はご尤もです。貴方には何の罪もない。…なのに、一番つらい思いをさせてしまった…」
投げられた刀剣はシャルルの足元に転がる。
…これでシャゴットを斬り、罪を裁けという事なのか、…
「アルテミス…貴方でも構いません。貴方たち二人にはその権利がある…!」
「「、…」」
その場に跪き、己の首を差し出すシャゴットを唖然と見つめるアルテミスとシャルル。
だが、ふとアルテミスは目を伏せ、溜息を吐きながら首を竦めた。
「…興味ないわね。今更女王様を裁いても何にもならないし、そんな権利もいらない。てゆーか価値もないわ。私の手が汚れるだけよ…だから、貴方に譲るわシャルル」
「……」
「シャルル……!」
アルテミスの言葉を受け、落ちていた刀剣にゆっくりと手を伸ばすシャルルをウェンディが諫める様に呼ぶ。
周りから上がるエクシードたちの嗚咽交じりの涙声。
「さぁ、皆さんは此処から離れて!私は滅び逝くエクスタリアと運命を共にします!」
「っ離れたくないよー!」
「僕も此処にいるー…ッ!」
「もう俺たちの歴史は終わるんだー…ッ!」
「だから女王様は全てを話す気に…」
「…っ!」
「シャルル…!?やめなさい…ッ!」
刀剣をギュッと強く握り締め、ウェンディの制止を聞かずにシャゴットへと歩み寄るシャルル。
その距離が縮む度に、シャルルの表情は苦痛のものへと変わって行く。
「でも私…ッ女王様といたいです…!」
「っ俺も一緒に此処でぇー…ッ!」
「駄目よ皆!この国は滅び逝く運命なの…ッ!」
高く振り上げられる刀剣。
己の名を呼ぶウェンディの声を背に、シャルルは一気に刀を突き刺すように振り下ろした。
ザンッと鋭利な切っ先が突き刺さる音。
…辺りは一瞬静寂に包まれた。
「…勝手に…勝手に諦めてるんじゃないわよ…ッ!自分たちの国でしょ…!?神や女王がいなきゃ何も出来ないの!?」
「…ぁ…」
「今まで嘘を吐いてでも必死に生きて来たんじゃない!?っ、何で簡単に諦めちゃうの…ッ!弱くたって良いわよ…皆で力を合わせれば…何だって出来るッ!」
ポロポロと涙を溢し、“地”に突き刺さった刀剣の柄に縋りつく様に体重を掛けるシャルル。
どんなに憎くても、どんなにつらい思いをさせられても、シャルルはシャゴットを裁かなかったのだ。
「この国は亡びない…ッ…私の故郷だもん…っ!無くなったりしないんだから…ぁ!」
「「「ぁ、ァ…!」」」
「私は諦めない…ッ!絶対に止めてやる…!」
輝く翼を広げ、空へと飛び立つシャルルを涙溢れる瞳で唖然と見送るエクシードたち。彼女は浮遊島を止めるつもりなのだ…!
…と、もう一人バサッと翼を広げた者がいた。
「ぼ、ぼきゅも行って来るよ…!」
「ナディ…」
「んぐ…っだって、この国が…大好きだから…ッ!」
「、…故郷…」
*
「―――…っ、うおオォォォァァッ!!」
「潰されそう…ッ!」
「ぐ、おォ…ギ…ギギ…ッ!」
「踏ん…張れェ…ッ!」
「何としても止めるんだ…ッ!」
「おい島テメエこの野郎……俺が笑ってる内に止まらねえとぶっ壊すぞ……!!」
まるで敵に話すかのように喋りかけるカイル。
まあ微塵も笑ってはいないのだが…
「んんーッ…!く、ぅ…!」
「無駄な事を…人間たちの手でどうにか出来るというものではないと言うのに…っ!」
妖精たちの、ココの、レギオンの必死な声がリリーの鼓膜と心を揺らす。
…と、その背後で白く輝く光が空を切る様にして駆った。
「っ!」
「っ…シャルル!?」
「く…私は諦めない…!妖精の尻尾も…エクスタリアも…!両方守って見せるんだからァーッ!」
そう叫ぶ光の正体は皆と同じように浮遊島に手を付き、必死に押し返そうとしているシャルルであった。
…次いで、
「うぅぉォォーッ!ぼきゅッ!」
「、!」
「アンタ、…!?」
「ぼきゅも…守りたいんだよぉ…!きっと皆も…!」
「…ぬ!?」
涙を溢しながら、浮遊島に決死の突撃をしたのはナディ。
その様子を唖然と見つめるリリーの目に、更なる驚きのものが飛び込んで来た。
「これは…どういう事だ…っ!?」
「…あの光は…!」
次々にエクスタリアから空へ向けて上昇する無数の光。
それはアルテミスに抱えられているウェンディを筆頭にしたエクシードたちの翼であった。
シャルルの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「自分たちの国は自分たちで守るんだーッ!」
「危険を冒して、この国と民を守り続けてくれた女王様の為にもーッ!」
「ウェンディさん、シャルルさん!さっきはごめんなさいーッ!」
「皆今はこれを何とかしよう!」
「そうよ、謝っている暇があるなら男を見せてあれを止めなさい!」
「シャゴット!その翼では無理じゃ…!」
「いいえ…!やらなきゃいけないのです…!私たちに出来る事を…!」
強い決意に輝く無数の光が空を駆るその光景は、まるで流星群を見ているかのようだ。
その様子をエクスタリアの離れに住んでいる夫婦は唖然と見送っている。
それは何年も願って已まない、夢のまた夢…
「これは…何の夢でぃ…?」
「エクスタリアが…一つになった…!」
「「「――――うおぉぉぉォォッ!!」」」
咆哮を上げ、ガンガンッと浮遊島に突撃して行くたくさんのエクシード。
その顔には恐れるものなど何もない。
「……」
目を細め、虹色の流星を見つめるリリーの脳裏に甦る、エクスタリアを追われた日の記憶。
―――…リリー!何故人間の子供などを救った…!?
大きな怪我をしていたので…
馬鹿者!それをエクスタリアに連れてくるなど何たる不始末!
しかし、人間とはいえ怪我をしている者を放っておけません!
掟を忘れたわけじゃあるまいな、リリー!?
貴様を堕天とし、エクスタリアから追放する!
救った人間の子供と共にエクスタリアを去り、そのまま王国に与した自分。
それでも心は…
「、っ…きゃ…」
「「女王…!?」」
片翼では満足に飛行する事が出来ず、何も抵抗出来ずに落下して行くシャゴット。
…と、その華奢な体を大きく逞しい腕がしっかりと抱き留めた。
「リリー…!」
「…女王様、嘘を吐くのに疲れたのかい?」
「…ごめんなさい…っ…私……、!」
言葉の途中、シャゴットの白い頬を何か冷たいものがスッと掠めた。
そして薄ら聞こえて来た嗚咽に上を仰ぎ見れば、涙を溢すまいと歯を必死に噛み締めるリリーの姿。
「っ、俺もだ…!どんなに憎もうとしても…エクスタリアは俺の国なんだ…ッ!」
「リリー…」
「けど、もう無理だ…これだけのエクシードが束になっても、コイツは止まらねェ…ッ!」
一度溢れ出した涙は止まる事なくリリーの頬を伝い落ちる。
リリーは空を仰ぎ、懺悔の咆哮を上げる。
「皆すまねェ…ッ!全部俺のせいだァ…ッ!俺なら止められた…ッ人間たちを…止められたんだアァァァ…ッ!」
「そんな事ない…っ…!思いは…思いは、きっと届くわ…ッ!」
「止まれえェェェェーッ!!」
「ぬぐぉおおおおおおお!!!!!」
ナツとカイルが、
「皆頑張れェェーッ!」
「俺たちなら出来るぞォォーッ!!」
ウェンディとシャルルに石を投げたエクシードたちが、
「負ける、かよォ…ォォッ!!」
「諦めて…なるものかァ…ッ!」
グレイとエルザが、
「うゥゥーッ!!」
「ぐ、…ギィ…ッ!」
「止めるんだから…ッ!絶対に…ィッ!!」
ココが、ガジルが、ルーシィが、
「私たちも押すのよ…!」
「あいさーっ!!」
心優しいエクシードの夫婦が、…
「うおォォォーっ!!」
「はあァァぁァァーッ!」
「あいさァァーッ!!」
この場にいる者たち全員が一丸となり、強大な力で押し迫る浮遊島を全力で押し返す。
一つとなった皆の光はエクスタリアと浮遊島の狭間から天へ昇り、夜空を美しく明るく照らし、赤く輝く浮遊島の光を奪い去る。
――――…ガンッという巨大な音共にその絶壁を大きく抉り取られるエクスタリア。
…だが、それでもまだそこに“島”があった。
「…浮遊島が、…押し返されたのか…っ…?」
皆の思いは大きな力となり、遂に浮遊島からエクスタリアを守り抜いた。
…しかし、安堵の息をつく間もなく、今度は得体の知れない眩い光を発し出した浮遊島。
その光はまるで昇り竜が如く天高く立ち昇り、大気を震わせ、凄まじいまでの爆風を生み出し、周りにいた者たちを容赦なく吹き飛ばす。
「く、…う…ッ!」
「掴ま、れ…ェ…ッ!」
「っ…お…ォォ!」
皆は種族を超え、エクスタリアを守った仲間たちの手を吹き飛ばされない様強く握り、落下する者を抱え、互いに助け合って爆風を耐え抜く。
…そして爆風と共に眩い光が収まった時、皆は静かに我が目を疑った。
光に呑み込まれる様にして消えた巨大ラクリマ、美しい光の粒子となって霧散して行く浮遊島と竜鎖、…
「ラクリマが…消えた…?」
「竜鎖砲の鎖も…!ど、…どうなったの…?」
「、…」
「――――アースランドに帰ったのだ」
「「「…、!」」」
唖然と、消えた浮遊島を見つめていた皆に突如投げ掛けられた、良く通る、だがくぐもった声。
振り返り見れば、珍しい色をしたレギオンの背に佇む、布で顔を隠した一人の人物…
その姿を確認するなり、カイルはフッと口角を上げた。
『やっと来たか、…』
「、ミストガン…!?」
「全てを元に戻すだけの巨大なアニマの残痕を探し、遅くなった事を詫びよう。…そして皆の力が無かったら間に合わなかった、…感謝する」
「おぉ…!」
「元に戻したって…?」
「…そうだ。ラクリマはもう一度アニマを通り、アースランドで元の姿に戻る。…全て終わったのだ」
ミストガンの言葉を聞き、次第に皆の顔に浮かんでいく喜びの笑顔。
これで本当に妖精の尻尾の仲間たちの、エクスタリアの危機はなくなったのだ…!
「やったのか…!?俺たち、エクスタリアを守れたのかー!?」
「「「、くゥー…やったァァァァー!!」」」
ドッと湧き上がる大歓声に皆の顔が綻び、喜びの涙が溢れ出る。
心なしか、皆を見つめるアルテミスの表情も温かく柔らかい。
「…リリー、君に助けられた命だ。君の故郷を守れて良かった…」
顔を覆っていた布を外し、優しげな声色で礼を言うミストガン。
その顔にはあの日リリーが助けた幼い子供の面影が確かにあった。
「えぇ…ありがとうございます、…王子…!」
「王子が帰って来たよぅ…!」
「王子!?ミストガンも!?」
「おお!?ここではジェラールはリアルに弟なのかよ!?」
「何を冷静に言っているのだ!」
ハハハ、と笑みを浮かべるカイルにツッコみを入れるエルザ。
…と、そのカイルの傍に一人のエクシードが近寄って来た。
「?どっかで見憶えあんなお前。名前は?」
「アルテミスよ、そっちの私から聞いてるわ。話し通りいい男ね」
「ほう、こっちのお前はエクシードか?てあたたたた!!!」
横から耳を思いっきり引っ張られるカイル。引っ張ってるのはエルザだ。
「お前は……いつの間に私の知らない所で女を作った…」
「作ってねえ!!あいつは敵だから「じゃあ何もしてないんだろうな!!」……………キスまであだだだだだだ!!!」
万力の如き力で引っ張られる。早いとこ宥めないと耳千切れる。いやマジで。
―――…だが、それは長く続かなかった。
突如としてカイルの耳が、全感覚が…何か嫌なものを感じ取ったのだ。
背筋を伝い落ちる嫌な汗。
これは……殺気…!
「まだだぁああああああああ!!」
「ッ…!?が…ハ…ァッ!」
刹那、空を切る音…鎧を砕き、肉を貫く音…込み上げてくる血をゴポッと吐き出す音が皆の鼓膜を揺らした。
歓喜の表情が驚愕のものへと変わっていく…
ぐらりと傾き、落下を始める体。…零れ落ちた涙が空へと消える、…
――――…どこからか放たれた“何か”がリリーの体を無情にも鎧ごと貫いたのだ。
「っ、リリィィィーッ!!」
ミストガンの悲痛な叫びが静かなる空に響き渡る。
伸ばした手は何も掴めず、空を切った。
崩れ行くリリーの背後から見えたのは白い硝煙と緋色の髪…
「…まだだ!まだ終わらんぞッ!」
響き渡るのは……紅き憎悪……
あとがきです。久々の更新いかがだったでしょうか?今は本編が熱い!早くそこまで行きたいです。コメントよろしくお願いします。それでは次回【機械のドラゴン】でお会いしましょう。