第八十話 兄と弟とお節介
今最も激しい戦場。ナツ達が力を合わせて追い詰めていた。
「―――黒の騎士王の様にはいかねェが…力は、願いは…!繋げれば良いッ!!」
[ッ足が…!?]
鉄化したガジルの腕から放たれた渾身の突きはガンッと音を立て、ドロマ・アニムの足を地面ごと深く貫いた。
「ロックした!これで空中には逃げられねェ!」
[ぅおのれェ…!]
「ッ行け火竜(サラマンダー)!お前しかいねェ!お前がやれェーッ!」
ガジルの声を受け、地を蹴るナツ。その時、ウェンディの姿、そして螺旋の突きで莫大な破壊力を生み出していたのを思い出した。
「っウェンディ!俺に向かって咆哮だ!立ち上がれェェーッ!!」
「っはい!私は…ナツさんを信じる…!」
[小癪な…ッ放れんか…!]
「放すかよ屑野郎…ッ!」
カイルと闘っていた時と似たような戦慄を覚え、回避しようと焦り出すファウストだがガジルがそう易々と獲物を逃がす筈がない。
ウェンディの周りに空気の渦が巻き始める。
「くぅ、ぅぅ…ッ、天竜の…咆哮ぉぉぉーッ!!」
勢いよく放たれた渾身の力の天竜のブレスは激しく渦を巻き、ナツの体をぐんっと押し上げ加速させる。
ウェンディのブレスの特性、螺旋を利用したのだ。
「くーぅゥゥーッ!!」
「ううゥォおォあァァーッ!!」
「おおォォぉあァァーッ!!」
空気の渦に乗り、全身から紅蓮の炎を噴き上がらせる。
ドロマ・アニムの腹部目掛けて駆け抜ける、
「火竜のォ劍角!!うぉォおオォォーッ!!」
咆哮を上げる三人にファウストは雄々しくも恐ろしい、竜の姿を見た。
風を纏い、咆哮を上げる白き竜。鋭い鉤爪を足に突き刺し、牙をチラつかせる銀(しろがね)の竜。炎を纏う紅き竜。…そして、様々な竜を従え、先頭の竜の頭に乗り、黒きマントをはためかせ、腕を組んでいる王の姿。
[……これは……ファンタジーか…?]
螺旋の特性を持つ天竜の咆哮と自身の炎を纏ったナツの体当たりは外れる事無く、ドロマ・アニムの腹部を大きく貫いた。
「っ、くゥ…!」
「ぬォ…!?」
凄まじい体当たりの勢いを殺し切れず、全身から地へと落ち、ナツがズザァッと地を滑走する。
それと同時に、ナツより少し離れた場所にファウストが乱暴に投げ出された。
刹那、主を失い、腹に巨大な穴を開けた竜騎士はガクンと膝を付き、大爆発を起こした。…あの中にいれば命は確実になかっただろう。
生命の危機に身震いをしながら、ファウストは辺りの砂や瓦礫を吹き飛ばす爆風に飛ばされまいと体勢を低くし、目を閉じて爆風を凌ぐ。
「…ぬオォ…、っ…!」
そして再び目を開けた時、目の前にいたのは己を睨み付けている三体の竜と一人の王…
その姿はファウストを心の底から震え上がらせ、肌を粟立たせた。
(っ、わ…ワシは…ワシはこんなものを欲しがっていたのか…ァ…っ!)
「う゛ゥゥ…!」
「「…」」
「…った、…助けてくれ…ェ…!」
あまりの恐怖に白目を剥き、そのまま意識を飛ばして地に倒れるファウスト。
それを見、ナツ、ガジル、ウェンディが快活に笑った。
「…っだァハッハハハー!王様やっつけたぞー!こういうの何つーんだっけ?チェックメイト?」
「それは王様をやっつける前の宣言ですよー…」
「ギヒ、馬鹿が…」
闘いの傷を労うかの様に笑い合う三人。
これで全て終わった。――――…しかし、そう思われたのはたった数秒の事だった。
突如ゴゴゴと音を立て、大きく振動し始めた地面。
「な…何だ…?」
「ま…まさか敵の増援…?冗談じゃねェぞ、さすがに魔力がカラッポだぜ…」
「ち…、違います…あれ…ッ!」
驚きに目を大きく見開くウェンディに促され、その視線の先に目を向けるナツとガジル。…そして二人も大きく目を見開いた。
「浮いている島が…落ちてきた…?」
「ーーーーーーーー王子…」
「これで良かったのだ。魔力があるから人は争う。…だから魔力をこの世界から消滅させる」
アニマを造り出す部屋に二人の影があった。
一人は大柄な黒いエクシード…パンサー・リリー。もう一人は細身で碧の髪をした男…ミストガンだ。
「逆展開させたアニマを通り、エドラスの魔力はアースランドへと流れる。…魔力の豊かなアースランドではこの魔力はすぐに気化し、自然の一部となるのだ。…新たな世界の為、エドラスは一度滅ぶのだ」
アニマを逆展開させ、強い意志を示すかの様に拳を握るミストガン。その背後では、苦渋と疑問の色を浮かべたリリーが静かに佇んでいる。
「…王子。本当に、宜しかったのですか?これでは…」
「良いんだ」
「王子…」
「…っ、これで…良いんだ…」
リリーに背を向けたまま、ミストガンはより強い力でギュッと拳を握り、歯を食い縛って俯く。
その姿はまるで自分自身を抑え付けているかの様だ。
「っ……それにしても、何故アニマはいつでも発動出来る様になっていたんだ…」
「王の仕業ですかね…」
「…それは……―――っ?」
「んん…?」
言葉の途中、突如キーンという耳鳴りが二人を襲った。
その不快感に顔を歪めつつ、二人は耳鳴りの原因を探すべく、耳を押さえて辺りに目を向ける。
…耳鳴りがフッと治まった。
次いで鼓膜を揺らしたのはノイズで掠れた誰かの声。
「…?」
≪―――…る、…か?…≫
「……これ、は…念話…?」
≪あー、あー、ミスト君?聞こえますか?≫
「…っ、カイル…?」
聞き慣れた声に反射的にそう返すと、「おう」という返事と「通じて良かった」という安堵の声が聞こえた。
「王子…これは一体…?」
「アースランドの魔法だ。…それで、どうしたんだカイル…?」
≪あぁ。……ちょっとしたお節介さ…
俺には当分出来ねえからな…
それから数秒間続いた無言の時間に痺れを切らし、何の事かを聞き出そうとミストガンが口を開こうとしたその時、「ジェラール」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
ドクンと脈打つ心臓。
それはアースランドでは呼ばれる事のない、エドラスでの自分の名前。
己の事をそう呼んだのは確かに“カイル”だったが、…違う、違うのだ。
どんなに同じ声でも聞き間違える事がない…懐かしいあの声…
「あに…うえ…」
≪…ジェラール≫
再度名を呼んだその声に涙が込み上げて来た。
…そう、声の主は唯一無二の兄弟。…エドラスのカイル。
「あにうえ…」
≪何て…言えば良いだろう…久しぶり、か…?≫
「っ、お久し…ぶりです…」
≪…声を聞く限り元気そうだな……安心した≫
念話の向こう、戸惑いを含みながらも、どこか嬉しそうにフッと微笑んだエドカイル。
反対にミストガンは驚きを隠せず、瞳を震わせている。
…と、此処で呆気に取られていたリリーが我に返った。
「……っ、カイル王子…!?」
≪…そうか…お前も無事だったか、リリー…≫
「はっ…」
そこにはいないと言うのに、念話の向こうのエドカイルに深々と頭を下げるリリー。
「兄上…何故、…」
≪カイルに弟は大事にしろ、と怒られて…な…≫
≪あっ!おい、バラすなよ≫
「カイル…」
≪…まー何だ。俺はお前らの兄貴分だからな!!まあ気にすんな≫
そう言うカイルの声は明るかったが少し悲しみを含んでおり、全てを知っているのだと直感した。
―――…そして、もう一つの事に気が付いた。
「…兄上、カイル…アニマに魔力を供給させたのは…貴方たちですか…?」
≪あぁ…その通りだよ、ジェラール。…カイルに手伝ってもらった≫
「…そう…ですか……でも、何故…?」
≪お前と同じ…この世界から争いをなくすため…だ、…≫
その言葉にドクンッと再び跳ねる心臓。
…兄は知っていた、…いや、同じ事を考えていたんだ。
≪…本当は会うつもりも、話すつもりもなかった。…でもやはり、お前と話せて良かった。…そして、せっかく戻って来たんだ、…一目で良い。会いたかった…≫
「っ…」
≪ッゲホ…まぁ、無理な話だけどな…≫
「兄上…ッ」
聞こえて来た苦しげな咳に喉が引き攣り、声が裏返る。
違う…違う、駄目だ…、…!
≪…さて、私情についてはこれで終わりだ。…あとは、お前だ、…ジェラール≫
「兄上……」
≪この世界の魔力を奪い、お前はそれから何をする?…王…いや、父上はアースランドの竜に敗れた。…私の責務ももう…終わった。…お前が、民を纏めるんだ≫
「兄上…私など…」
≪ッ…もう時間がないみたいだ……よく聞け。良いか、ジェラール。俺の事は気にするな。これは罰だ…そしてお前にとっても罰だ≫
「罰…?」
≪…何年もこの国を放っておいたんだ。…お前は今この時を持って、この世界の英雄となり、エドラスの民を背負うんだ≫
「……それは…出来ません…!私はこの世界から魔力を奪い…それに貴方を…っ」
微かに聞こえて来る嗚咽にスッと目を細める白き王子。
…成長したかと思っていたが、弟は泣き虫は治っていないか…
≪ジェラール……俺はもうお前に優しくは出来ない。罪を感じているのなら…人並みの幸せも…世界の為に捧げてもらう…≫
「兄上!!」
≪……この世界を任せた≫
「兄上…ッ!」
プツンッと切断される念話にミストガンは縋る様な声を上げ、膝から崩れ落ちる。
――――…アニマを逆展開し、この世界の魔力を奪うという事は、魔力によって生かされていた兄の命を奪うにも等しい事であった。
…いや、奪うんだ。…世界の為に。
だが彼はそれは己への罰だと言い切った…死を受け入れた…
自分も覚悟をしてアニマを起動させた。
なのに、兄の声を聞いた途端、その覚悟は脆く崩れ去ってしまった。
ーーーーーーーー本当は、生きていて欲しい……私だって会いたい…
しかし、アニマは既に発動し、魔力を吸収し始めている。もう、何かも遅い
…兄も覚悟の上の事だった。
昔からずっと変わらない。
どこまでも優しく、どこまでも厳しい。
誰より誇りに思い、尊敬した兄を殺して英雄になれと言うのだ…これ程残酷な事はない。
膝を付き、俯いたままのミストガンにリリーは静かに近寄り、震える肩に手をトンと置く。
「王子…」
「……リリー…兄上は、私に英雄なれ、と言った。…しかし、英雄になるには悪役が必要なんだ」
「悪役…?」
「…この世界を混乱に陥れた悪を晒し、処刑する者こそ英雄となる」
そう言いながら涙をグイと拭い、ゆっくりと立ち上がってリリーと対峙するミストガン。
その目は何かを決意したような強い光を宿している…
リリーの頬を嫌な汗が伝う。
「…エドラス王に反旗を翻し、第一王子であるカイルディアを手に掛け…この世界から魔力を奪った私こそが…本当の悪だろう?」
「っ…!?」
「種族間の誤解と偏見を調和出来る君こそが英雄に相応しいんだ、リリー…」
あとがきです。八十万ヒット突破!!いやいや書きはじめた時はこんな事になるとは思いませんでした。ありがとうございました!!それでは次回【どんなに…】でお会いしましょう!コメントよろしくお願いします!