小説『混沌の日常 〜Chaos days〜』
作者:黒亜()

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「精気をやるって……本気?」

「おう、別に減るもんじゃないし。」

「減るわ!!え、もうほんと何言ってんの、あたしさっきまであんたのこと殺
そうとしてたんだってこと忘れてない!?」

「忘れるかよ、あんなトンデモ体験……」

「でも精気を吸い取るってことは言い換えれば生命エネルギーを喰らうってこ
とだよ?待っているのは当然、死。」

「死ぬのは全部なくなったときの話だろ。」

「そうだけど、生命力が減れば当然体力や力にだって影響がな出てくるし、さ
っきも言ったけど、循環は相手の精気を丸ごと奪うんだって。」

「それは違うぞ、たぶん。要するにそっちの必要量が満たされればいいわけだ。
今までは相手の全ての精気をもってしても、必要量に及んでなかったから丸ご
と吸い取るっていう結果に帰着してるだけって考えるのが自然だろ?」

「筋は通ってるけど仮にそれが正しかったとして、悪魔の必要量なんて並じゃ
ないんだよ、それも分かってる?」

「だいじょぶだいじょぶ、生命力だけはあるんだって。なんたって悪魔に二回
もあって生きてんだから。そうだな、半分。俺の精気の半分だ、それで絶対に
必要量を満たせる。」

「そんなの希望的観測だよ。いくら理屈を並べたところで助かった事例はない、
つまり死亡確率100%なの。……大体、家族を悪魔に殺されたのに悪魔を助
けるなんて訳わかんないよ。」

「だからってお前みたいな一般悪魔まで恨んでたら大変だっつの。それに“助
ける”って……俺が親切でこんなことしてると思ってんのか?」

「違うって言うの?」

「全部俺のためだぞ。初対面の悪魔にそんな優しいわけないって。お前に暴れ
続けられるとな、俺は明日からずっと弁当作ってもらう生活になりかねん。」

「?」

「まあ、後はバイト先も潰されかねんしな。正直知らん人殺されるよりそっち
のがダメージがでかい。……それに何より悪魔にとってはここで殺されるより、
人間ごときに生かされるってほうが屈辱だと思ってな。」


まるでざまあみろとばかりに悪い笑みを見せる。


(……絶対、嘘。)


屈辱どうこうの話をするんだったら、人間ごときに悪魔が敗北した時点でもう
十分なダメージだ。
悪魔は本当にこの男の真意が分からなかった。


「そんなつまんないことのために死ぬとか笑えないよ。そっちにまずメリット
がないじゃん。」

「…………なら賭けをしよう。」

「賭け?」

「そう、俺にも確固たるメリットがあるような。」


そこで仁の声色が少し変わる。
それこそまるで契約を持ちかける悪魔のように。


「ふぅん……どういう?」

「お前が俺の精気を吸い取って死ねば、晴れてお前は自由の身だ。けど、俺が
生きてたら……お前はそっから俺の奴隷だ。」

「!」

「どうだ、生きるのが不可能だと思ってるなら、こんな美味しい話はない。断
る理由なんてないだろ?」

「……ふふ、分かったよ、あたし責任取らないから。」


何から何まで無茶苦茶な脅迫だ。
けれど、その言葉によって動かされた。
面白い……結果がどちらに転ぼうとも。


「……ちょっと高い。」

「ん?」

「しゃがんで。」

「座んなきゃいけないのか?」

「循環は直接体内に宿すんだから、粘膜吸収だよ。」

「は?」


かがんだ仁の首にかかった髪をかき上げると、少女は思い切り仁の首筋に噛み
付いた。
循環は相手と自身を接触させる必要があるのだが……


「おい、粘膜吸収って!思いっきり牙刺さってんじゃねぇかっ!」

「うるひゃいなぁ、ひゅぐおわるから。」


悪魔が取り込み始めた瞬間、膨大な量の生命力が流れてゆく。


(何この量……!)


質にしても量にしても異常だった。
物凄い勢いで空の器が満たされていく。
そこで牙をはなした。


「あー、これ絶対あと残るよな。」

「はぁはぁ……」

「賭けは俺の勝ちだな。」

「あ……。」


心配の必要など全くなかった。
してやったり顔で頭を手を乗せている仁を見て……。


(あたしを負かす奴なんて絶対にいないと思ってたのに……、なんか納得させ
られちゃったかも。)

「さてと、じゃあ……」

「あたし、これからはご主人様についていくよ!」

「ご主人様!?」

「だってあたし今から奴隷なんでしょ。」

「いや確かに言いはしたが、なんだ……その容姿で本当にご主人様とか言われ
ると隠し切れない犯罪臭というかなんというか。」

「あたし、ずっと自分が最強だと思ってていっつも退屈で仕方なかったけど、
ご主人様についていけば面白くなる気がする!」

「え、もうご主人様は固定なの?」

「うー、楽しくなりそう!」

「ああ、これは受け入れたほうがいいパターンね。」

「どうする、世界征服でもしてみる?」

「凄いこと言い出すね、またこの子は。なんだ魔王にでもなれみたいな?そこ
から始まるストーリー?」

「んー、魔王はいいよ。魔王なんてろくなもんじゃないし。」

「ていうか、まだ名前聞いてないよな。俺は篠崎仁。」

「あたしはイヴっていうんだ。」

「へぇ、名前は結構まともな可愛らしいやつなんだな。」

「なんでもイーヴルからきてるらしいよ。」

「そのまんまじゃねぇか!」


どういう気持ちで親はつけたのか。
いや、むしろ悪魔の名前なら名誉なことなのか?……分からん。


「これからよろしく、ご主人様!」

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