小説『狐ノ嫁入リ』
作者:紅桜()

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 雨が降りしきる中 狐は 男を待っていた・・・・



 

 一人の綺麗な娘が、雨の中誰かが来るのを待っていた。大きな木の下で雨をよけながら、ただひたすら待つ。暫くすると、一人の若い男が現れた。若者の姿を見ると、娘はにこりと若者に微笑みかける。
 しかし、男は綺麗なおなごに笑いかけられたのに眉間にしわをよせ、娘を睨んだ。

「・・・なぜここにいるんだ?」

「蓮さんが、ここを通ると聞きましたので」

「言っただろう。僕は君と一緒になることはできないんだ。それに狐なんて・・・」

「ええ、だから違う方法を思いついたんです。あなたと一緒になる方法を・・・」

 恐い笑みを浮かべ、出てきた娘が握っているものを見て蓮と呼ばれた若者は目を見開く。娘が握っていたのは赤く染まった小さな刃物であった。







  

 娘と蓮が出会ったのはとある夏の夜。大店が集う大きな町であった。
 夜遅くに、娘が蓮の店の庭に忍び込んだ。身体を覆う、黄金色のさわり心地の良い毛。小さな物音も逃がさない前を向いた大きな耳。ふさふさとした尻尾に細長い顔。そう、娘の本性は狐だ。 
 餌を求めているうちに人がいるところに来てしまった狐は、見つかる前に鶏などをとり、さっさと逃げようと考えていた。音も立てずに家に入り込み鶏に狙いをつける。

「狐?」

 声に驚き、とっさに茂みに身を隠す。しかし、後ろに下がり壁に当たったところで、自分から追いつめられやし場所に行ってしまったのだと気付いた。このままでは殺されると思い、逃げようと足に力を入れたところ、目の前に食べ物が落とされる。

「お腹がすいてるんだろう。残り物だけどお食べ」

 優しそうに微笑む若者。途端、狐は恋におちた。普通ならば、狐が人に恋をすることなどない。けれど、狐は心の臓は五月蝿いほど鼓動が鳴っていた。だが、このまま入れてもどうにもできないので、とりあえず渡された食べ物を咥え、一目散に自分の巣へと走り出した。
 
 巣に戻っても、狐は与えられた食べ物に口をつけることもせず、今度は友の場所へと向かった。
 友が住む古い社につくと、自分より大きな尻尾が見えた。

「未来」

 名を呼ぶと、眠そうな声がし、ごそごそと動き始める。

「・・・・」

「未来!」

 再び寝そうだったので、シッポに齧りつくと、小さな悲鳴をあげて狐を見てきた。噛んだ狐に文句を言いたげな顔を向け、未来と呼ばれた狐が、自分の尾をかんだ狐を正面から見る。

「こんな夜中になに。鈴」

「頼みごとよ。余り気は進まないだろうけど」

「また?」

 今まで何回頼みごとをしてきたのだと聞くと、鈴と呼ばれた狐は忘れたとしらっと言う。

「忘れやすい頭ね」

「自分が都合のいいことしか覚えないの。とりあえず・・・真剣な話なの。私に人に化ける妖術を教えて」

 途端に、未来の顔つきが厳しくなる。どういうことか、分かっているのかと鈴を睨むが、鈴は引き下がる気が無いようで真っ直ぐに自分を見ている。

「・・・どういうことか分かってるわよね?妖狐でもない狐が妖術を使うのは危険だと。前に話したこと覚えてるわね。妖怪でもないものが妖術を使った話を」

「もちろん、覚えているわよ」

 未来が言っている話は、狸の話だ。
 人に酷い目を合わされた狸が、復讐をしようと、妖術を教えてもらい、人を化かして復讐を果たした。しかし、恐がる姿を見るのが面白かったのか、狸はそれからも人を化かして驚かし続けた。暫くすると、妖術の副作用で徐々に体が弱り始めた。
 もう、やめようと思い始めていたその時、狸の妖術を目にしても驚かない男が現れた。それどころか鼻で笑った。むきになった狸は何とか男を驚かせようと、一日のうちに何度も何度も化けた。それでも男は馬鹿にするだけで、しまいには興味が失せたのかどこかに行きはじめた。逃がさないようにと、狸は今までにないくらいに恐ろしく化けた。
 しかし、そこで狸に異変が起きた。地面に倒れ、苦しみだしたのだ。突然のことに男は驚き、逃げていく。残された狸に、仲間たちが心配して大丈夫かと聞いたが、返事ができないのか、狸は暴れ続けるだけで、突然動きが止まった。手足をびんと伸ばしたが、直ぐにだらりと地面に投げ出される。休まずに妖術を使い続けたせいで命を全て削ってしまった狸はこと切れてしまった。

「気よ付ければ大丈夫かもしれないけど・・・本来は妖怪でもないものが使うものではないわ。気よ付けていても妖術の大きさによれば一気に命を削って死んでしまうかもしれない。それでもいいの?」

「いいわ」

 返答する鈴に、迷いはなかった。胸を酷灼かれては心を掻き乱されるほどの思い。
 獣だからか、人に化けて、彼と一緒に居られるという甘い蜜しか見えていない。命を落とすということと、振り向いてもらえないかもしれないという、苦い蜜は見ない様にしている。甘い蜜に従順だった。

「それでも、あの人のそばにいられれば」

 満足だから。


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