小説『狐ノ嫁入リ』
作者:紅桜()

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 才能があったのか、鈴は、簡単に人に化けられた。服装も、時々見かける娘たちを見習い、花の模様が描かれた着物にした。若者とお揃いの髪の色を肩より少し下まで伸ばし、何処からどう見ても綺麗な娘だ。
 だが、姿を確認しようと、静かな池を覗き込み、鈴は眉をひそめた。

「右目が・・・」

 綺麗な娘の右目が、獣のような目、鋭い目になっている。明らかに、左目とは似ても似つかない。仕方がないので、前髪で右目を隠すことにした。術を教えた未来も、見本を見せるために化けた、綺麗な娘の姿のまま、鈴を見て、完璧だと微笑んだ。右目のことは下手にいじらない方がいいと言われ、鈴は右目はそのままにしておくことにした。

「ありがとう。未来。それじゃあ、行ってくる」

 お礼を言い、元気に山を下りていく友人を、未来は心配そうに見ていた。感情が高まると周りが見えなくなり、感情のままに行動をしてしまう鈴が、人前で本性を現す可能性があることと、妖術の使いすぎて魂を無くしてしまうことが一番心配だった。
 何とか無事でいるようにと、未来は神に祈った。





 人が多く、にぎわっている大店を鈴は覗き込んでいた。獲物を求めてふらふらと歩いていたので、若者がいた場所ははっきりとは覚えていない。だが、しっかりとした大きな家であったし、若者の来ていた物も、おそらく上等なものであった。
 店表に居るかどうか分からないが、とりあえず一つ一つ覗いていく。綺麗な娘に化けたためか、沢山の男から声を掛けられるが、あの若者を少しでも早く、長く見たいので上手くかわし、先に進む。
 何軒もの店をのぞき、やっと見つけたところは、白粉(おしろい)や簪、綺麗な着物など、女性だけが行くそうな店だ。品揃えや品物がいいのか、たくさんの娘たちが楽しそうにお喋りをしながら買い物をしていた。

「おや、見かけない顔ですね」

「あ・・・・」

 光を跳ね返し、紅く輝く簪を手に取って眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこにいたのはあの若者であった。鈴の心の臓が五月蝿いくらいに鳴り響き、顔が熱くなる。
 綺麗な顔立ちをした若者はもてるのか、鈴の気持ちにすぐに気づき、にこりと微笑む。顔を紅く染めた鈴は、最近ここに越してきたのだと言う。

「親がやっと店を分けてもらえたからですか?」

「ええ、まぁ。それで、なにかないかと店をのぞいていたら、この店が目にとまって。綺麗な品ばかりですね」

「やはり、女の人は綺麗な簪などが好きですからね。その紅い簪も、あなたに良く似合うと思いますよ」

 褒められ、嬉しくなり鈴は笑う。その時、いきなり胸が刺されたように痛んだ。思わず顔をしかめると、若者が心配して声をかける。大丈夫だと笑ったが、何やら嫌な予感がするので、逃げるようにその場からさった。残された若者は、またあえないかと、娘が見ていた紅く輝く簪を撫でた。


「初めだから、いきなり長く化けない方がいいわ」

「・・うん・・」

 山に入り、妖術を解いた鈴は真っ先に未来のもとへ向かい、事情を話した。未来は、身体が慣れていないのだと説明した。

「少しずつ身体も慣れて、一日中化けても平気になると思うから、それまでは我慢してね」

「だとしたら、あまり店に行かない方がいいね。毎日品を買ってたらさすがに不思議に思うだろうし」

 いくら大店の箱入り娘でも、毎日簪を買うことなどない。白粉ならば大丈夫そうだが、鈴は一度試してみて、気持ち悪くてやめた。やはり、素顔が一番だ。
 その日から鈴は、店に行くのはほんの時々にした。どれほど毎日行きたくても、体が持たないからだ。どうしても見たいときには狐の姿のままこっそりと見に行った。何回か、人に追われ危ない目にもあい、そのたびに未来に危ないことをするなと叱られた。だが、すぐに忘れ、懲りずに行く。最後には、未来は何も言わなくなった。何を言っても無駄だと分かったからだ。

 ようやく、身体が慣れ、鈴は悪党から奪ったお金を持ち、愛しき人のもとへ向かった。常連となった鈴の顔を見て、若者、蓮はいつも通り笑顔を向ける。

「今日は、綺麗な簪でも買おうと思いまして」

「そうですか。これなんかどうです?」

 鈴が小さく声をあげる。蓮が懐から出したのは、初めて来たときに鈴が手に取った、あの紅い簪だったからかだ。

「鈴さん。長い間見てましたからね」

「ありがとうございます」

 自分の為に取っておいてくれたのかと思い、鈴は笑顔になる。そのまま、長い間話をし、そろそろ店じまいというところで鈴は帰る。体が少し重かった。妖術が、痛みではなくなったが、この身を焦がす。

(まだ・・・)

 倒れるわけにはいかないと、今宵も、下弦の月を睨んだ。
 





 人と獣。二つの世を隔つ何かを、鈴は何とかして、この手で切り刻もうとしていた。人と獣との恋などかなうはずもない。何人かの仲間に言われ、今のうちに想いを断ち切った方がいいと進められた。だが、鈴は頑として聞かなかった。自分などどうなってもいいと考えていたからだ。

(この手で切り刻む為に・・・!)

 水鏡に写る姿さえも、変えて見せよう。

 だが、鈴の思いは儚く崩れ去った。ある日、店に行くと蓮が一人の女と楽しそうに話をしながら店を切り盛りしていた。いつも通り、蓮に近づくと、蓮は申し訳なさそうにしながら、縁談が決まったと告げた。
 一瞬、何が何だか分からず、鈴の顔から笑みが消えた。

(嘘・・・)

「お菊です。よろしくお願いします。鈴さん」

 悪意なく、優しく微笑むお菊に、慌てて鈴も返事を返す。

(私の方が綺麗なのに・・・)

 どこにでもいそうな娘のどこがいいのかと問い詰めたいが、幸せそうな蓮を苦しませたくない。やはり、何も知らない娘のことなど好きになるはずがなかったのかと思うと、鈴の目に涙が盛り上がりそうになる。今日は気まぐれによっただけだと告げ、顔を隠しながら店を出る。ゆっくりとしら足取りで未来のところに行くと、鈴が泣いているのが分かった未来は、人の姿で優しく抱きしめた。
 未来のやさしさが身に染みて、泣いても良いのだと鈴は思った。途端、今まで我慢してきたものがあふれ出す。頬を伝って涙が落ち、大声をあげて子供のように泣く。

「つらかったね」

(きっと、未来はこうなると薄々分かってたんだ・・・)

 それでも、鈴を気遣って何も言わなかった。涙が止まらない。
 通り雨で終わる恋ならば、泣いて泣いてそれでも泣いて。
 たとえ、妻がいたとしても、大きな湖になったらなら、憐れんで、心惹かれて、

(貴方は・・・溺れてくれますか・・・?)




-2-
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