小説『【完結】永遠の楽園』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

朝からテレビがうるさく伝えている。ヘリも鬱陶しいくらいに飛んでいる。
「尚、今回犠牲者はこれで……人目となり……」
僕はトーストを囓りながら、無感動にニュースを見ていた。
何でも、最近この街で殺人事件が続いているらしい。この街、というか僕の住むほんの狭い地域に集中して起こっている。
犠牲者には共通した特徴がある。体中の血が抜き取られ、身体の主に首筋に噛まれた様な傷跡があった。
こんな話をマスコミが取り上げない訳がない。「現代の吸血鬼」だとか何とか連日の大見出しだ。
警察だって厳戒態勢を敷いている。
所々休校や明るい内に帰れるよう取り計らう会社や学校、塾などが増えている。
時計を見る。そろそろ良い時間だ。
今のところ普段通りに授業を行っている学校へ急ぐ。どうやら、校長にとっても事件は他人事らしい。
テレビを消す前に一瞬だけ写った写真。見覚えが有った。
僕の、クラスメートだった。


校門に着くなり記者に囲まれた。
「今の気持ちは?」「その子はどんな子だった?」「不安はありますか?」
矢継ぎ早に不躾な質問が降り注ぐ。その脇を、うつむいて通り過ぎるクラスメート達。
程なく先生が来た。集まったマスコミに記者会見をするから一旦生徒達から離れろという旨の話をして、一旦その場を落ち着かせた。
その様子を見ながら、僕も教室へと向かう。
擦れ違う同級生達。皆一様にうつむいたまま、何かを堪えているようだった。
いつもなら賑やかな男子達も、一言二言喋る程度で、押し黙る。
他のクラスからも笑い声は聞こえてこない。
教室に入ると、既にその子の席には花束が置かれていた。仲の良かった女子が持ってきたらしい。
その子の面影がふっとよぎる。明るい子で、誰からも好かれていた。面倒見が良くて、良い子だった。
女子が固まって泣いている。男子も、泣いている奴や唇を噛み締めて堪えている奴が殆どだ。
程なく、クラス委員が緊急集会が有ると伝えてきた。
この子の事と今後の事についての話だろう。よろよろとクラスメート達が教室を後にする。僕もそれに続く。
教室を出る寸前、ほんの僅かな時間、その子に向かって黙祷を捧げた。
心からの、そう、祈りとも言うべきか――。


集会は、黙祷から始まった。そして校長から事件の概要、一人で出歩かない等の諸注意くらいだった。
外にひしめいているマスコミへの会見の準備だろうか。他の先生達がせわしなく動いている。
今日の授業は取りやめ、明日以降は短縮授業になるとの連絡を最後に、集会は終わりとなった。
全員、無言で教室へと帰っていく。
まるで葬列の様だな、と僕は他人事の様に思っていた。


言われたとおり、集会が終わったらすぐに下校となった。念の為か、生徒が学校に残らないようにとの事なのか、別のクラスの教師がそう伝えてきた。担任は戻ってくる気配は無い。
校門のマスコミの群れが減っていた。記者会見をするらしい、と誰かが話しているのが聞こえる。
それで、と納得した。担任も会見に臨むのだろう。
校庭を眺める。ワイドショーは生中継でもするつもりなのか、慌ただしく連絡を取る記者が走っていった。
気配を感じ、振り返る。近所の女子だった。
「一緒に帰ろ。やっぱ何か怖いし……」
うつむく彼女の背を押して、僕も帰り支度をする。
カラスが、嫌な声で鳴いていた。僕らを一瞥し、何処かへと飛んでいった。


陽も暮れようという時間、メールが来た。あの、近所の女子からだ。
『コンビニに買い物行きたいんだけど、怖いから付いてきてくれない?』
何故こんな時に、と思ったが『別に良いけど』と返信しておく。
外に出るな。その心の奥底の叫びを、僕は言葉にする事が出来ない。
――夜が、来る。

「ごめんねー。ちょっとね……」
買い物袋を手に、申し訳なさそうな彼女。無理して微笑んでいるのが解る。
陽が落ちて暗くなった道を二人で歩く。人っ子一人見かけない。まるでゴーストタウンだ。
僕も彼女も無言だった。殺されたクラスメートの事でも考えているのか、表情が固い。
分かれ道。ここまでで良い、と彼女は手を振った。
「ありがとね、付いてきてくれて。そっちも気をつけて……」
その手を引き寄せ、僕は彼女を抱き締める。動揺が伝わってくる。
「ごめんね……」
震える唇に言葉を重ね、そっと彼女の首筋に唇を押し当てる。
びくり、と彼女の躯が跳ねる。その手から買い物袋が滑り落ち、足下で微かな音を立てた。
それを合図にするかの様に、ゆっくりと彼女はくずおれる。
「ごめんね……」
もう二度と動かない彼女の為に、精一杯の言葉を、祈りのように紡いだ。


遠い日の呪い。
記憶の彼方、響く言葉。
『愛する者の血を啜り、永遠の命を得る。命の為に、お前は愛を失い続ける』
解けない呪縛。結ばれる言葉。
『楽園に辿り着けば、お前は解き放たれるだろう』
だから僕は、永遠に探し彷徨い続ける。楽園を、楽園への道を。
全てから解き放たれるその時を夢見ながら――。

-1-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える