小説『あぁ神様、お願いします』
作者:猫毛布()

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 どうしてだろうか。
 私は目を覚まして、そして瞼を上げて、首を傾げる。
 鼓膜を振動させる軽い曲調の音楽。
 幾つものバルーンが空へと上がり、パンパンと小さな破裂音が聞こえる。

「……ふぅ」

 どうにか目の前の事を理解した。
 確か、彼の中に入れられて筈だ。もちろん、ソレは実際どうか分からないけれど、恐らく、そうなんだろう。
 まるで私を歓迎するかの様に、マスコットキャラだろう茶色の…クマ?とにかく、縫い目が杜撰すぎるのか、それともソレがこのキャラなのか。そんな事はどうでもいい。
 そんなマスコットキャラの着ぐるみを着用した、小さなゆぅ君達が私を歓迎しているのだ。
 あぁ、なんだコレは夢か。幻か、はたまた私の妄想なのか。
 抱きつきたい衝動をどうにか押さえ込んで、私はもう一度息を吐く。

「だいじょーぶ?」
「ふぁい!?」

 背中を思いっきり揺らして、私は思わず声に反応してしまった。
 声の主を見てみると、私よりも背の低い、白い髪で白い肌の、女の子が居た。
 私はその女の子を知っていて、つい先ほど喋ってた筈の彼女だ。

「アンヘル、ちゃんかぁ……」
「もう!ワタシで悪かったわね!!」

 両手を上げて、プンスカと怒る彼女をどうにか宥めて、私はもう一度、テーマパークを見る。
 相変わらず、私を()()しているテーマパークを見て、気分が落ち込む。

「歓迎されてないなぁ……」
「とーぜんだよね。お兄ちゃんは助けてほしくないんだし」
「……それでも、だよ」
「そっか!最悪、ワタシがアナタを助ける事は出来るから、無理そうなら言ってね」
「…無理してでも、助けるよ」
「望んでないのに?」
「望まれなくても……かな」

 私は気落ちした気分を何処かに捨てて、テーマパークを見据える。
 ……今なら、マスコットキャラに抱きついても怒られないかもしれない。いや、元々誰に怒られると言うんだ。逆に考えるんだ、抱きついてもいいじゃないか。いいに決まっている、抱きつくことを強いられているんだ。

「よし、抱きつこう」
「どうしてそんな考えになってるの!?」
「え?あ、ほ、ほら、あれだよ、うん、えっと、捜査の為だよ」

 そう言って私はテーマパークへと歩き出す。
 一匹…という表現が当てはまるかは分からないが、小さな愛らしいマスコットキャラが一体、こちらにテクテク、というか“てふてふ”というか“ちょこちょこ”というか“てこてこ”と言うべきか。ともかく小さな足で寄ってくる。

「ぐまっ!」
「……」

 私は今死んだのかもしれない。いや、落ち着け、落ち着くんだ、月村すずか。まだだ、まだ大丈夫だ。まだテーマパークにすら入っていないのだ。
 そして考えるんだ、きっとテーマパークの中にはもっと素晴らしい空間が広がっているのだと。
 目の前で元気よく片手を上げて挨拶?をしていたマスコットキャラは今は訝しげにコチラを見ている。
 私は中腰になって、彼との視点を合わせる。

「こんにちは?」
「…ぐまっ!…ま〜 まぐまぐ ま?」
「……うーん、何言ってるのかわからないんだけど…ぐま?」
「ぐまっ!」

 私が応えると、嬉しそうに顔を綻ばせて私の周りをクルクルと歩き出すマスコットキャラ。その様子を見たのか、遠巻きで見ていた、他のマスコットキャラもこちらに寄ってきて、“ぐまぐま”と何かを喋っている。

「えっと、アンヘルちゃん?何を言ってるか、わかる?」
「こんな奇天烈な生物の言葉なんて、わかるわけないぐま」
「ぐま?」
「わかるわけ無いじゃない」

 少しだけ恥ずかしそうに肩を竦めているアンヘルちゃんに苦笑してから、私はマスコットキャラ達の方を向く。

「えっと、通らせてくれないかな?」
「ぐまー」
「ぐまー」

 テーマパークへの道が何処かの海の様に割れて出来上がる。
 内心、おぉ…と感動しながら、私は近くに居たマスコットキャラの頭を撫でる。少しだけざらついた布の感触が心地いい。

「ありがとう!」
「ぐま! ま〜 ぐまま!」
「ぐまま ぐままままー!」
「ま〜 ぐまま ま?」
「えっと……ま、?」

 そう一言だけ漏らしてみると、全員がこっちを向いて真顔になる。
 まるで私が間違った事を言ったように。そして全員が同時に口を開いて、声を出す。

「ぐげ」

 そしてマスコットキャラが全て、まるで糸が切れた人形の様に地に伏せていく。
 バタバタと音を立てて。まるで、

「死体みたい」
「ッ、」
「早く行こっか。助けたいんでしょ?御影夕を」

 そう言って彼女は私の脇を通り過ぎてテーマパークへと入園する。
 私は少しだけ下唇を噛んで、踵を返し、テーマパークへと向かった。





 残念、と言えることなのか、テーマパークは私を歓迎してくれてるようで、入園料という物は無かった。
 代わりに、先ほどの恐らくクマであろうマスコットキャラの丸みを帯びた耳の付いた緑色の帽子を被ることを義務付けられた。

「似合ってるよ」
「それはソレで、少し複雑なんだけど…」

 先ほどの惨状を見たあとだと尚更だ。
 ともあれ、相変わらず軽快の音楽を何処からともなく垂れ流されてるココに彼は居るらしい。いるのだろうか……。

「いるよ、絶対にココにいる」
「……どうしてわかるの?」
「うーん、ある意味、ワタシの中って言ってもいいからかな。アレとワタシの丁度狭間にあるんだよ。ココは」
「なるほど…」

 さっぱり分からない。魔法、という現象に関しては童話や架空小説の中だけだと思っていた私だ。理解する、というのも少し無理がある。
 どうせ、意味がわかったところで、彼を助ける事が出来ないと思う…ので、少し保留。

「どこに居るかとかは…」
「それは分からないかな……居るにはいるんだけど、という感じ」
「そっか……」

 遠くから見て、結構広いこの中から、人を一人探す。考えるだけで億劫になってきたけれど、ソレでもしなくてはいけない。

「おや、お嬢さん。もしや、ココは始めてですかな?」
「え………」
「ふむ、はじめまして。お嬢さん。ワタクシ、このテーマパークを案内しております、ケウド、と申します」

 ケウド、と名乗った男はシルクハットを脱いで、仰々しく頭を下げた。片手にはステッキ、そして今外したばかりのシルクハット。胸には蝶ネクタイ。真っ赤な丸い鼻が特徴的な長身の男。直視出来ない。何故か?彼を見れば肌色が見えるからだ。

「ケウド、服を忘れてるよ?」
「おっと失礼、お嬢様。紳士として出迎えた故、ご容赦を」

 どこが紳士だ。と声を上げて言いたい。いっその事、彼のステッキを拝借してゴルフクラブの様に彼をヤード単位で飛ばしてはどうだろうか?きっと真っ赤な軌跡で五十ヤード程飛ばすことが出来るだろう。
 どこからともなく取り出した黒いタキシードを着た彼をようやく直視出来た。上半身だけ、しか直視出来ないのが残念だ。

「あの……下は…?」
「お嬢さん…あなたは、ワタクシに死ね、とおっしゃるのですか?」

 そこまで重要なのか…いや、きっと彼には重要なのだろう。きっと、こう、下半身を隠すとこの世界では生きれない、とかそう言う問題に決まっている。私の帽子と一緒だ。きっとそうだ。そうだと信じた。もう他の理由なんてイラナイ。
 私が彼の下半身を見なければいい話だ。そうだ、そうに違いない。

「下半身裸の紳士に、化け物のワタシ、そして頭巾の少女だなんて、ドロシーも真っ青な配役ね」
「確かに魔法使いに会いにいくけれど、その表現はやめて」
「なら、豪華客船でも乗るかしら?」
「泥の船に乗るのはちょっと…」
「おや、ワタクシにもわかるようにご説明頂けるとありがたいのですが?」
「寄らないで、変態」
「変態とは失礼な。紳士、と読んでくだされ、お嬢様」
「ズボンを忘れたカカシさんは早くワタシ達を案内すればいいのよ」
「では臆病な化け物さんの為にご案内いたしましょう」

 まるで懲りた様子もなく、ケウドはゆっくりと後ろ歩きを始める。どうやら真面目に案内はしてくれるらしい。そう思っておこう。決して彼自身が前面を見せたいから、という理由で後ろ歩きを開始した、だなんて私にはさっぱり分からない事だ。

「さて、まずはどこから案内いたしましょうか……」
「ゆぅ君が居る場所は…わかりますか?」
「ふぅむ、残念ですな、ドロシー。ワタクシが案内出来るのはここの設備だけでして、彼が今どこで何をしているかはワタクシにはさっぱりわからないのです」
「ドロシーはやめてください」
「では“緑ずきん”いえ、これでは語呂が悪いですね……“クマずきん”でいいでしょうか?」
「……もう何でもいいです」
「では“クマずきん”。ワタクシには設備の案内をお任せ下さい。右手をご覧下さい」

 彼の右手が指す方向を見る。
 そこには絢爛な建物が有り、まるで何かの売り場の様だ…。

「綺麗…」

 そう思わず口に出る程に、綺麗、という単語を押し込めた建物だった。

「そうでしょう。ワタクシ、毎日手の手入れをキチンとしております故」
「……」

 台無しだった。








「“クマずきん”何を、そんなに怒っているのですか?まるでハートの国のお姫様のようです」
「……」
「ケウド、アナタは自分の説明を一度文面に書いて客観的に見るべきよ」
「ふぅむ、参考にさせていただきます」

 怒っている、というよりも、疲れた。ただひたすらに、疲れた。
 どうしようもなく、設備の説明が長いわけではなく、一切と言っていい程に設備の説明がされていなかったから、非常に疲れたわけだけど。どうして毎回彼の体の説明になるのか。どうして髪の先から爪先まで自分を褒めれるのだろうか。その前向きな感情を少しは分けて欲しい。
 いや、彼の変態部分など分けられても私が困る。ゆぅ君にどう説明すればいいのだ。

「さて、粗方の設備の説明は終わりましたが、何か、ご質問などは?」
「……」
「ワタクシの出自に関しては、残念ながら、トップシークレットというものでして。応える事は出来ません。えぇ、誠に残念なことですが、ワタクシがこのテーマパークの案内役だと言う事は決して漏らしてはいけない秘密なのです!!あぁ、しまった、ワタクシとした事がぁ!!」

 この調子を、おおよそ数時間…いや、数時間と感じているだけで、もしかしたら五分と経っていないかもしれない。むしろ、数時間だったら聴けた私を褒めてやりたい。

「じゃぁ、質問」
「はい、“クマずきん”。なんなりと」
「ゆぅ君の居る場所は?」
「わかりかねます」

 ニッコリ。
 ずっとこの調子だ。仕方ない事だろう。彼は助けられたくないのだから、こうして邪魔をしているのだろう……。
 手詰まり、というべきか。しかし諦める事は出来ない。はやてちゃんの為……そして何よりも私自身の為に。
 そういえば、ココは彼の作り出した世界である。ここまで絢爛な世界を心の中に持っているのに、死にたがる彼。
 私は彼の事をまったく理解出来ていない。理解…いや、それ以前に彼の事をまったく知らないのかもしれない。

「ケウド…さん」
「ケウド、と敬称はいりませんよ」
「じゃぁ、ケウド。ここでゆぅ君の過去を知りたいんだ」
「彼の、過去…ですかな?」
「うん」
「やめといた方がいいよ?」

 アンヘルちゃんがひょこりと顔を出して言う。
 それは本当にやめて置いた方がいいのだろう。それでも、それでも、だ。

「私は、彼を助けたい……でも、彼が助かりたくない理由も知りたい」
「貪欲だなぁ……ま、いいけど」
「では、ご案内いたしましょう!!彼の過去へ!!」

 ケウドは大きく声を出して両手を広げる。
 その瞬間に彼は光、光が止むと、大きな扉が目の前に鎮座していた。
 設備の案内をしていた彼が自分の説明しかしていない理由をようやく把握する事が出来た。

 彼はずっと設備の説明をしていたのだから、当然の事だった。

「さぁ、行こうか。ここからはアナタが見て、感じて、そして、彼を見つけるの」
「アンヘルちゃんは?」
「ワタシ?ワタシはほら、こう、遅れてくるヒーローみたいになりたいんだ。にへへ」
「……わかった」
「はっきり言うと、あんまり見せたくないんだよね」
「それでも……彼を知りたいんだ」
「うん、そっか。まぁいいけどさ。精神崩壊とか起こさないようにね?」

 そう言って笑う彼女に唖然とする間もなく、私は扉に吸い込まれた。





「はてさて、彼女は知って何を言うか……まぁいざとなったら帰らせるべきなんだろうけどさぁ」


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