小説『あぁ神様、お願いします』
作者:猫毛布()

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「では、みなさん。気を付けて帰るように



あ、御影君少しいいですか?」
「……何か?」
「実は明日、転校生が来るんですが…」

‐転校生?
‐この時期に?

「机が足りないんですよ。手伝ってくれませんか?」
「……なんで俺?」
「だって、副委員長ですよね?」
「いや、その副委員長の役職も強制的に決められたわけで」
「そうですね、御影君が寝てたから推薦で決まりましたから」

‐あー、先生の笑顔が怖いよ
‐まだ寝てたこと根にもってるのか
‐もしくは違うこと?
‐テストを真面目に受けてないとか
‐わざわざ解答用紙に落書きしたり
 カット。
 身に覚えが有りすぎてなんとも言えない。

「では、お願いしますね?」
「…手伝って、てことは先生も」
「手伝いたいのは山々なんですが、いまから会議が入ってまして」
「……机の場所が」
「用具室にあります」
「……他に誰か、」

 周りを見渡せば、逸らされる視線。
‐見てみろよ、これが虐めなんだぜ!
‐子供は素直だなぁ
‐まぁ嫌われるように動いてるから仕方ないか
 ため息と苦笑を内心で漏らしながら、先生に向く。

「ひとつでいいんですよね?」
「はい!ありがとうございます!」
「なるべく頑張りますけど、会議が終わったら来てくださいね?」
「もちろんじゃないですか!」








 疲れた。
‐強化魔法解除
‐腕の包帯を取った子供にさせる仕事じゃないよな
‐うっすら痣は残してるから、知ってるとは思うんだけどなぁ
‐教師のパシリが多い
‐教師と生徒に板挟みは勘弁だぞ
 まったくだ。

「あ、御影君」
「……月村か。こんな放課後までどうしたんだ?」
「え、あ、…えへへ、忘れ物しちゃって」
「そうか…」
「御影君は?」
「見てわかるだろ?用具室から机を運べとのボスからの指令でね。礼もなく隷属してる訳だ」
「お疲れ様」

 肩を竦めれば苦笑して労りの言葉を貰った。
‐いやはや、いい子だな
‐まったくだ、ぺろぺろしたい
‐テヘペロしてほしい
 カット。あぁ、落ち着け思考。嗜好に偏りすぎだ。

「そ、そういえば、本は読んだかな?」
「ゆっくり読ませてもらったよ。そろそろラストかな」
「そっか…」
「しかしながら、月村から吸血鬼モノの小説を借りるとは思わなんだ」
「そう、かな?私だって色々と読んでるんだよ?」
「悪いとは言ってないさ。少しだけ意外だった」

 それも吸血鬼と人間の恋を綴った、そんな物語。
 壊れそうなほど繊細な人間の女性と、そんな女性に恋してしまった吸血鬼の男。
 ありふれた恋物語かと思ったけど、これがなかなか面白い。吸血鬼の男が人間の感性で喋っていないから面白いのだろう。
 彼曰く、夜には夜の世界があり、これは其処での常識。だそうで。

「今のところ面白いよ。まだ全部読んでないけどな」
「そっか、よかった…」
「そんなに気負って本を貸すことはないぞ?俺も月村の趣味に合わなさそうなモノを幾つか貸した筈だし」
「あ、えっと、そういうことじゃないんだけど」
「?」

 じゃあどういうことなんだよ。
‐やっぱり女心はわからない
‐分かったところでそれは違うものの可能性もあるがな
‐男がわかる女心など、半分もないさ
‐多くの言葉を言っても、語るのは少量だもんな
 分かれというほうが無理である。

「で、さ…主人公の男の人に関しては何か…ない?」
「天然…というか常識離れしてるよな。仕方ないけど」
「え?」
「いや、吸血鬼の男の印象だろ?」

 だって、最初の冒頭が
『君に恋してしまったんだが、僕はどうすればいいのだろう』
 って人間の女に言うんだぜ…。
‐策略ならすごいけど
‐女から『すいません、とりあえず帰ってください』で帰っちゃったからな
 どこか抜けてるんだよな。

「最後まで読んでないって…どこまで読んだの?」
「あー…アトガキ読んでない」
「それ全部読んでるって言うんだよ?」
「何を言うか。アトガキに楽しいことを書く人もいるだろ」
「そうだけど…吸血鬼と人間の恋だよ?」
「現実に問題を持ってきたとしても些細なことだろ」
「…そうかな?」
「たしかに男は石柱を破壊できる力も、恐ろしいまでの美貌も、血を吸うという異端でもあるけど。人型である限り、意思もあるんだから普通の恋愛と変わらんさ」
「……そっか、そうだよね。うん」
「急にニヤニヤしてどうしたんだ?」
「え、うん。大丈夫なんでもないよ。ふふ」

 ほんとに何があったんだか。
‐意見が合っただけじゃないか?
‐いや、他に意見が合ってるときはここまでニヤけてなかっただろ
‐なんでだ?
‐すずかタンが可愛い
‐すずかタン可愛いよ!
 カット。どうして思考がどこかへ行ってしまった。

「じゃあ、俺は先生に報告して帰るんだが」
「あ、うん」
「迎えとかは来ないのか?」
「え?」
「いつもならバニングスの迎えの車で帰ってたと記憶しているが?」
「うん。アリサちゃんは今日習い事で、わたしが先に帰って、って」
「そっか…ふむ」

 外を見ればやや夕焼けに空が染まっている。
‐一人で帰すつもりか?
‐位置的には逆だしな
‐変態さんがいるかもしれないぞ?
‐あぁ、俺のこ
 カットカットカットッ!

「送ろうか?」
「え?」
「あー、冗談だ。戯言だ」
「ほんとに?ほんとに送ってくれるの?」
「まぁ、言っても一緒にバスに乗って月村の家まで送る程度だ」
「うん!あ、えっと迷惑じゃない?」
「むしろ俺が言いたいんだが?」
「私は全然!むしろ…」
「最後の方が聞こえなかったが?」
「気にしなくていいよ!えっと、じゃあ先生のところに行こうか」

 なんというか、慌ただしいな。
‐パタパタ動くすずかタン可愛いよ
‐ちょっと頬っぺが赤いのもかわいいね!
‐こういう変態がいるから一人で帰せない訳だ
‐ぐへへ
 カット。
 さぁ先生に報告に行こう。










◆◆

「すごい、謝りっぷりだった」
「うん…小学生にあれだけ頭を下げる先生も珍しいよね」
「ちゃんと責任をもった人だからなぁ…本当に悪いと思ったことにはガキも子供も大人も老人も老害も関係ないさ」
「あはは…」

 隣で自分だけ納得したように頷かれ、私は乾いた笑いしか出せない。
 さも当たり前のように吐かれた毒にどう対処していいかわからないのもあるけど、隣に黒いボサボサした髪の彼が居るからでもある。
 当然のように自然と口から出たらしい「送ろうか?」という発言に内心かなり嬉しく少しはしゃいでしまった。彼の性格上、そういう子供っぽい行動は嫌いなはずだ。落ち着くんだ、私。

 冗談を吐く彼と出会ったのは、本当に奇跡だったと思う。もしくは神様の悪戯とでも言っていいかもしれない。ここまで勿体ぶる回想だけど実際の話、図書室で彼に会っただけである事は私と彼だけの秘密だ。
 出会いは劇的でもなく、本当に普通に図書室に行くと彼がいただけだ。まぁその御影君が問題だったのだけど。御影君はそこにいて、居なかったのだ。
 存在自体は其処にあったけど、どこか儚くて、希薄で、それでいて透明だった。思わず漏れた声で一気に色付いた彼もまた印象的だった。

「どうかしたか?そんなに人の顔を見て…あれか目を見れば気持ちがわかる的な能力の持ち主だったか」
「そんな異能はもってないよ…」
「ふむ…じゃぁ俺の顔に何か付いてるのか?装飾は眼鏡と鼻と口とか眉毛とか目程度しか付けない主義なんだが、流行は何かを外すべきなのかね」
「それも違うよ」
「むぅ…」

 まるで悩んだかのように唸る彼。
 当たり前の事を捻る物言いは既に慣れてしまった。最初に聞いたときは随分と悩んで普通に返答してしまった。その時の彼の顔は普段より普通らしくて、余計に悩むことになったのだけど。

「まぁいいか」
「いいの?」
「考える事をやめたわけじゃなく、別のことを考えることにしたんだ」
「別のこと?」
「別の事。そうだな…幸福の見分け方とか」
「見分け方?探し方とかじゃなくて?」
「人は常に幸福を望むが、その幸福が幸福であるか見分けることはできない」
「えっと…、ルソーだっけ?」
「その歳で読むものじゃないぞ月村」
「なら御影君もだね」
「ご尤もだ」

 こういった知識も意外にあるらしい。偶に挟まれる言葉に反応すると彼は嬉しそうに笑う。その顔が見たくて、難しい思想書に手を出し始めたのは私だけの秘密だ。
 彼は何も言わないが、どこか無理をしているのだろう。それが精神的か肉体的かはわからないけど…たぶん無理をしている。
 私にも言えない……なんて軽く自画自賛という過大評価をしてみる。しかし、こういうやり取りが始まって数ヶ月も経つのだ。いや、これを言えば彼は「友人とワインは古いほうがいいだろう」とか言われそうだ…。いや、むしろ友達として見られてるの?

「はぁ…」
「今度は落ち込み出したな…大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だけど」
「どうした、本当に」
「うん…えっと、変な事聞いていい?」
「おう、友人よ。悩みを打ち明けなさい。その悩みに万全にて十全で解決してやろう」

 解決してしまった。
 いや、まだ最初の疑問がある。

「無理してない?」
「可愛い女の子と帰るのに無理などはないさ義理も霧もないいい天気なことだし」
「言えない?」
「何を?」
「……言ってくれるまで待ったほうがいいのかな」
「何を言われてるかさっぱりわからんが、言えることならすぐにでも言うさ」
「なら…待ってる」
「思い出したら言うよ」

 結局こうやってはぐらかされるのだ。
 分かっていた結果だけど。目の当たりにされるとなんというか。
 溜め息をバレないように吐いてから前を見ればどうやら門が近くなってきたらしい。

「えっと、じゃぁ私の家ここだから」
「……え?」
「アハハ…」
 
 自分の隣にある外壁を指さして首を傾げる彼。
 そんな彼に思わず乾いた笑いしか出せない私。
 そして当然ながら動きもなく表情もない外壁。

「本当にお嬢様だったのか……」
「そんなことないよ。アリサちゃんの方がすごいんだよ?」
「庶民たる俺にすれば高いレベルの争いすぎて両方一緒だよ」

 そんな彼のわざとらしい溜め息がやけに印象に残った。






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〜吸血鬼男と人間女
 二人の恋物語。主人公達の名前は一切出ない不思議な小説。常識のない吸血鬼とそんな吸血鬼に恋されてしまった人間。喜劇でハッピーエンドにて終了する。同じ作者で悲劇サイドの話もあったらしいが、編集さんの都合でゲフンゲフン。
 書かずともわかるだろうが、架空の小説

〜アトガキの面白い作者
 個人的には分厚い小説を出して後書きに
「この小説の利用方法
・読む
・枕にする
・カップラーメンの蓋の上に置く」
とかシュールな人が印象的。普通に面白い人もいる

〜すずかタン回
 実際はサクサク進めて双子入学にしようと思ったら、御影君から咄嗟に言葉がでてしまった。ある程度大切に思ってたので、普通に心配したんだ!仕方ないね!
 すずかタンの回は毎度の事ながら、ネタが難しくなったりするからちょっと面倒だったり

〜PC投稿
 書く事も少し疲れたし、改めて時間が掛かる事を理解した。普段より1時間ほど長い執筆時間に溜め息を吐きながら、完成。やっぱり、あれだ。色々他に目が移っちゃうんだ!

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