小説『あぁ神様、お願いします』
作者:猫毛布()

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「で、私たちは招待されてるわけなんや」
「まぁそうだな」
「私はともかく、夕君は正体がバレたわけやん」
「まぁそうだな」
「……帰ろか」
「それには大いに賛成だ」

 はやての車椅子と一緒にクルリと反転して、一歩目を踏み出す。
 背中には海鳴市にある喫茶店兼洋菓子店。通称翠屋。
‐今ならここがパンデモニウムだと言われても疑わないね
‐あの、初めてだから…
‐初めてだからなんだよ!優しくしろってか?
‐おいおい、ハラオウンにも言われただろ
 カット。そういうことじゃない。

「さて、帰って寝よう」
「んー、私の家で料理作ってソレでゆっくり過ごすって手もあるなぁ」
「ならそれでいこう。今月は厳しいんだ」
「ナニユウテルンサー、ハヤク翠屋ニハイルデー」

 突然カタコトで喋りだすはやて。
‐前には誰もいないな
‐そうだな
‐コイツの危険察知能力があれば今回の事件も引き起こさなかっただろうに
‐あったからこその事件だ
 そういえば、そうだった。既に起こってしまったんだ。

「裏切ったな…はやて」
「今ならコキュートスにでもぶち込まれるかもね」
「御影君どうして後ろを向いてるの?入る店はこっちだよ?」
「あー、月村。上手い言いわ、冗談を探しとくから十秒ほど目を閉じてくれないか?」
「アホやなぁ、夕君。そんな事言うてしまったら逃げるんバレるやろ?」
「いいよ」
「ほら、すずかちゃんも…も?」
「じゃぁ、閉じるね。…いーち、にー」


「コレはチャンスや!逃げるしかない!」
「まぁ少し落ち着け、落ち着くんだはやて」
「私は至って冷静や、冷静過ぎて自分が怖いね、おー怖い怖い」
「いいか、実際俺よりも頭の回る人間を想像してみろ」
「なにそれ怖い。比較が人らしくないのに、そんな人間おるわけないやろ」
「おい失礼すぎるだろ。その想像した人間は紫色の髪で今目を閉じてるんだ」
「わぉ、美少女やんか」
「二人とも、わかってると思うんだけど。塞がってるのは目だけなんだよ?」

 どうせ逃がす気なんてないクセに。
‐皮肉ぐらい受け取ってくれ
‐服の端をちょこっと掴まれて逃げる男がいるのだろうか
‐居たとしたらソレは人間じゃないね
‐人間以外に服で着飾る生物もいないがね
 カット。
 ともかく、苦笑してる月村に捕まり、俺達は断頭台に登ることになる。





 チリン、と扉を開ければこちらを向く瞳が複数。
‐瞳が奇数なら怖いさ
‐まぁそれはそれだ
 元々高町家だと教えられてここにいるが、なんとも、居心地が悪い。

「あー…本日はお招きいただき感謝感激。残念な事に美辞麗句を述べれる程度に歳を重ねてないのでこの程度で帰、失礼、居座らせていただきます」
「あぁ、ゆっくりしていくといい」
「なるべくゆっくりなんてしたくないんですけどね」
「その歳で時間に追われてるのかい?」
「この歳で、ではなく。この時は常に疾走してますので」
「ふむ、なるほど」

 体格のいい男性が納得したように、しかしどこか考えるように頷く。
‐これが高町の父親か?
‐また随分と
‐しっかし、どうにかならんかね
‐カット、意識するんじゃないよ
 はやてを放置して適当に窓際の席に移動する。
 はやてに向いた視線じゃなかったのか。
‐面倒だな
‐よかったというべきか
‐いや、悪かったんだろ

「えっと、既にクリスマスは二日程前になりましたが。みんな揃ったということでこのパーティを開かせてもらいました」
「主催はオレなんだぜ!」
「ということで、主催はライト君。進行は私、高町なのはがやらせてもらいます」

 高町は一息吐いて、バニングスさんとすずかの方に向く。

「詳しいことは後で説明するけど、私達は魔法使いです。今まで、隠しててゴメンなさい」

 深々と頭を下げる高町。その隣にいるスメラギ君。
‐おいおい、そこはお前も頭を下げるべきだろ
‐なに感心したようにしてんだよ
‐いや、もういい
 カット。そうどうでもいいさ。

「いいわよ。ここ二日で色々考えたけど、まだ頭はグチャグチャなの。どうせアンタの事だから私達を心配されるのが気にかかったんでしょ」
「……うん、ごめんなさい」
「いいって言ってるでしょ?私達とアナタの関係には魔法っていう単語は一切関与してないわ。もちろんこれから先もなのはやフェイト、はやてに対しての印象が変わるわけでもない。問題なんて、どこにもないわ」
「うん、ありがとう、アリサちゃん!」
「泣くんじゃないわよ。司会進行が泣くとパーティが始めれないでしょ?」
「…うん。じゃぁ、グラスを持ってください……遅くなりましたが、クリスマスパーティを始めます!乾杯!」
「乾杯!!」

 複数の声が重なり、グラスの打ち合う音が聞こえる。
‐これは飲み干して地面に叩きつけるべきか
‐そんな映画、子供が知るわけないだろ
‐はやてなら知ってそうだな
 カット。知っててどうするんだ。

「御影君」
「ん?どうした、高町」
「ありがとう」
「……いや、悪い。何に対してか思い出せないんだが」
「えーっと。はやてちゃんの為に色々してくれた事とか」
「それは感謝されることじゃねぇよ。俺がしたいようにしただけさ」
「気取るんじゃねぇよ」
「……はぁ」
「なんで溜め息を吐くんだよ!」

 いや、鬱陶しいのが来たと思って。
‐おいおい、口に出すなよ?
‐面倒が増えるな
‐なら小手も増やすべきか
 カット。ガッツポーズでもするべきかな。

「第一、オレはお前が寝てる間必死で仕事してたんだぜ!」
「それはご苦労様」
「それにオレはスターライトブレイカーを間近でガードしてたんだ!それでお前よりも働いてるんだ!」
「それはご苦労様」
「ハッ!分かりゃっァいいんだよ!」
「それはご苦労様、おっと。ならよかった」

 少し睨んで来る高町から視線を外して、窓の外を見ながらグラスを傾ける。
‐酒でも飲みたい気分だ
‐未成年の身体ってのは厄介だ
‐体は子供、煩悩は大人
‐そうだ、いっそあれだ脳内麻薬でも分泌すれば
‐ドーパミンでも垂れ流すか?
‐酩酊にならない程度にな







◆◆

「御影君、ちょっといいかな」
「んー?月村か」

 御影君をもっと知りたくて、もっと私を知って欲しくて。私は親友に背中を押されて御影君に声をかける。
 外の見える席に座っている御影君がこっちを向く。
 少しだけ、目がトロンとしていて。顔も少し赤い。

「うん。…少し顔が赤いけど、どうかしたの?」
「いんや、気にせんでくれ。少し気が緩んでるだけだ」

 こういう雰囲気に慣れていないのだろうか、喋り方も随分と違う。違うというか、雰囲気が柔らかい。
 いつもが冷たい、というのは可笑しいのだろうが、いつもある壁が今は無い気がする。

「……そっか。左手の包帯、アレが原因だったんだね」
「あー。もしかして真面目な話か」
「…ホントに大丈夫?」

 思わず出てしまった言葉に御影君はクスクス笑いながら答えていく。

「大丈夫さ。うん。あー、いや、なれない事はしないほうがイイべきだと今思い知らされてる」
「お水もらってこようか?」
「頼めるのなら、いや、ちょっと待って」
「え?」

 咄嗟に手が掴まれる。
 もちろん、掴んだ人は御影君で、掴まれた人は私なんだけど。

「もう少しだけ、話相手になってくれ」
「あ、うん」

 こういうどこか弱々しい御影君は初めてだ。それも演技もないのだろう。
 演技をするときは私のわかる範囲でしてくれるし、つまり、素なのだろう。
 御影君の向かいの席に座りながらつい思考する。
 そういえば、学校以外の御影君は守ってくれた時を除くと初めてだ。こんなに気の抜けた御影君を見ていていいのだろうか。心にハードディスクがあるのなら、今を映像化して残しておきたい。残念な事に私の記憶容量をどれだけ使うかわからないが、私は今この時を忘れることはないだろう。

「いいかい、お嬢ちゃん。あんな危険な事に首を突っ込むのも巻き込まれるのも今回が最後にしときなさい」
「御影君?」
「今回は本当に運が良かっただけさね。次、巻き込まれる時は運が悪いかもしれない」
「……」
「いいね?お嬢ちゃん。おじさんとの約束だ」
「それでも、危険に巻き込まれたら、御影君が守ってくれるんでしょ?」

 色々と言いたいこともあるけれど、それだけが口から出た。
 御影君はまたクスクス笑って、ゆっくりと口を開く。

「お嬢ちゃんがこんなバケモノに守られたいなら、俺はどんな状態でも行くさ」
「うん、知ってる」
「ならいいさ。英雄にでも守られる方がお姫様らしいのにな。酔狂なこって」
「お姫様には憧れてるけど。バケモノに守られるお姫様が居ても、いいんじゃないかな」
「そういうもんかい」
「そういうモノだよ」

 少し何か考える様に目の辺りに手を置き、上を見上げる御影君。

「あー……はぁ。ゴメン。やっぱ帰るわ」
「ホントに大丈夫?送ろうか?」
「…送り狼は勘弁してくれ」
「送り狼?」
「知らないならいいさ。付き添いはいらんよ。見送りもな。コッソリ出て行って、鈴に送り出されるさ」

 そう言って御影君は立ち上がり、こっそりと扉を開けて素早く出ていく。
 閉じた扉がチリン、と彼を見送った。



**************************

〜パンデモニウム
 能登かわいいよ能登

〜見ざる、聴いてる
 見えない瞳と聞こえる鼓膜

〜ガッツポーズ
 取った面と胴と小手が消える

〜素
 ユウリンが酔ってどことなく本音がちらほら

-57-
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