「ふむ……なるほど、ねぇ」
空中に浮かぶディスプレイを眺めながら一人愚痴る。ふよふよと漂う朱い珠が照らす部屋で溜め息が漏れる。
「まったく情報がないのか」
‐あの日の情報がない
‐あの場所の情報がない
‐無さすぎる
「開示したくない情報か?まぁそりゃそうか」
あの中にいた俺だからわかる。アレは管理局にとって汚点だ。汚点を消すために掃除したのか?
‐逆に考えろ
‐掃除された事を隠してるとすれば?
‐掃除したのは誰だ?
「カット。何にせよ、だ」
‐掃除屋を探すことはできない
‐ならば依頼した場所を叩くしかない
‐叩いて埃を出せばいい
‐出した埃は掃除をしないと
「まぁとんでもない所から埃が溢れ出るかもしれんしな」
思わず苦笑して、否定する。
そんな筈がない。なんせ利点がないのだ。掃除する事に利点があったとしても、アレが管理局に入ったのはフェイトの事件時だ。
‐否定
‐否定
‐もし、なんて無いさ
‐あってほしくない
‐ある訳ない
「何にせよ、だな」
自嘲して、朱い珠を握り潰す。
一つ潰れるごとにまた一つ、また一つと連鎖するように潰れていく。
「生存戦略、いや、単なるテロリズムか?」
そして最後の珠が潰れた。
◆◆
私は、夕君の事が好きです。
好きで、好きでたまらないのに、その想いは小説や物語みたいに上手くいかなくて。
でも、それでもやっぱり好きで。
「おはよう、|八神」
「え?」
朝に会った夕君から出てきた言葉は前の様に他人行儀で、もしかしたら聞き間違いだと自分に言い聞かせた。言い聞かせたのだけど。
「あぁ、八神。今日でこのトレーニングも終わりだから」
「つ、つまり新しいトレ」
「いや、ないよ。そんな面倒なこと、俺が付き合う訳ないじゃん」
「……」
前とは違う、一方的な物言い。昨日まではいつも通りだったのに。
どうして?どうして?頭の中が否定する。否定して、疑問が沸く。
「な、なんで、そんないきなり、」
「いきなりなんて事はねぇよ。毎回毎回思ってたさ。至極面倒ながら、約束した手前、守らないと後味悪いだろ?以上説明終了」
淡々と言い放つ夕君の言葉。言ってる意味は理解したくない。自分の中で思っていた、このトレーニングが一生続くと。
ずっと一緒だと思っていた。ずっと、ずっと。
「な、え?…なんや、」
「泣くなよ、面倒だな」
「あ、ごめん、ごめんナ?」
袖で目を擦って、涙を拭う。それでも溢れ出てくる涙。否定する頭。否定する心。
もしかしたら、なんて頭が思考して、踵を返した夕君の袖を掴む。
「離せよ」
「い、いやや」
冷たい声。まるで私を全否定するような声。止まらない涙と嗚咽を必死で抑えて声を出す。
「好きなんや、なんでや、こんなに好きやのに、なんで、なんで?」
「……はぁ」
夕君は袖を掴む私の手を掴んで、ソっと袖を離させる。
掴まれた手を見て、夕君を見る。見てから後悔した。
「だから?その気持ちを言って俺が切り替わるとか思ったの?」
「あ、ぁ、」
もうその先は言わないでいい。言ってほしくない。言われたくない。
「俺は、お前のこと、嫌いだったよ」
「ッ、」
掴まれた手を振りほどき、振りかぶってそのまま横に振る。
バチンッと乾いた音が鳴って、夕君の頬が赤くなる。夕君は無表情でコチラを向いていて、それが途方もなく怖くて。
「あぁ!そうかい!!なんや、私だけが舞い上がって!!アホらし!!お前なんか、お前なんか!!」
口から言葉が出ない。たった三文字なのに、ソレを拒んでしまう。言ってしまうともう戻らないとそう考えてしまう。
好きな人に気持ちの逆を伝えるというのはこんなに苦しい事なのか、感情に任せても出ない。
下唇を噛み締めて、私は踵を返した。
返して、走った。
皮肉にも、誰かの御蔭で走れる様になったこの足で。
◆◆
珍しく休んだユウの部屋に行く。
隣にいるのはアリシアとなのはとすずか、アリサの四人。
事の始まりは、目を赤くしたはやてが学校に来ていたからだ。はやては落ち込んでて、泣いてて、悲しんでいて。
詳細は聞けなかったが、はやては大丈夫と漏らしていた。大丈夫、大丈夫とまるで自分に言い聞かせる様に。
「ユウ、いる?」
インターホンを鳴らして、呼びかける。
アリサやアリシアははやてを慰めながら、ココに押しかける予定を立てていたらしい。
二人曰く、ユウが悪いそうだけど。ユウがはやてを泣かせる?
「……すまんな、返事が遅れた」
インターホンが鳴って少ししてからユウは扉から顔を出した。
頬は赤く腫れていて、それだけしか変わってないというのに、ユウの雰囲気がオカシイ。
「揃いも揃って何か用かね」
「はやてに何を言ったの?」
「……その話題か」
「あんなにはやてが落ち込むなんて、アンタが関わってるに決まってるじゃない」
「ねぇゆぅ君、はやてちゃんに何をしたの?」
「はやてがお前らに言ってないんなら、言えないな」
「アンタね!!はやてが泣いてたのよ!?」
「アリサ!!」
首元を掴み上げ、アリサはユウを睨む。
睨まれてるユウは、感情の出ない瞳でアリサを見て、溜め息を吐く。
「離せよ、お前らに関係のない話だ」
「ふざけるな!!アンタはッ!はやての為に命を張ったんじゃないの!?はやての為に必死に戦ってたんじゃ無いのッ!?」
「……」
「アリサちゃん、離してあげてよ」
「なのは…」
「ゆぅ君、別に内容を聞きたい訳じゃないんだ。どうしてはやてちゃんを悲しませたか、教えてくれないかな?」
「……はぁ、鬱陶しいな」
淡々と漏らしたユウの言葉に呆然とする。
私だけじゃなくて、全員が思考停止する。
「友達ごっこに飽きたんだよ」
「…え?」
「命を掛けた?あの程度、誰でも出来るさ。命を掛けたつもりはない。騎士にでもなればコロリと落ちると思ったが、落なかった。故に捨てた。以上だ。何か質問は?」
「……あんた、最低ね」
「お褒め頂き恐悦至極。他に何か言う事は?俺は忙しいんだけど?」
「ないわよ!!」
「あ、アリサちゃん!!」
なのははアリサを追いかけて行き、私とすずかは立ち止まって、ユウを見つめる。
ホントに、コレはユウなのだろうか。あのユウなのか?
「ねぇ、ユウちゃん」
「なんだよ、アリシア。俺に何か罵りの言葉でもあるのかい?」
「私はね、信じてるよ」
「そうかい、至極鬱陶しいね」
「ありがとう。じゃぁ、またね」
アリシアは私とすずかの手を掴んでテクテクと歩き出す。アリシアの顔を見ると、何か苦しそうで。何かを耐えるようで。
私にはそれが何故かとても羨ましく見えてしまった。