小説『【完結】空人の楽園』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

空中管制機から緊急通信が入ったのは、哨戒任務からの帰還途中だった。
終戦が近いらしいとの話は、どうやら相手側には伝わっていないらしい。でなければ、ただのデマか。
帰投直前の来襲。冗談じゃない。後は他の奴らに任せて帰らせてくれと言いたいのを堪え、僚機に指示を出す。
「警戒態勢。状況によっては交戦も有り得る。いいな」
了解、と僚機が応じるのと、敵機がレーダーに映ったのはほぼ同時だった。
「相手も三機。戦力は互角です」
二番機が報告してきた。
相手は編隊を崩さず、真っ直ぐに向かってくる。
識別信号応答無し。投降勧告も何もあったものではない。
間違いなくやる気だ。
どうしてもこちらと一戦交えるつもりらしい。
傾きかけた陽光に照らされる敵機が、肉眼でも確認出来る。
禍々しい力の象徴、しかし美しく儚い天翔る鋼の翼。
戦う為に産まれた戦闘機達。
戦いの火蓋が切られようとしていた。


先に仕掛けたのは向こうだった。ミサイルアラート。狙いは三番機だ。
「三番機、ブレイク! 回避だ」
編隊を解く。
相手も編隊を解いた。一対一でやるつもりらしい。二番機にも注意を促す。
燃料チェック、武装チェック、攻撃態勢へ移行…と無機質なシステム音声が聞こえる。
「無理だと思ったら離脱せよ、以上だ」
旋回、隊長機へ威嚇射撃。
だが、こちらの意図など見透かされていたらしい。奴は機体をひねり、回避。そのまま急上昇して反撃に転じようとしている。
ミサイルは温存するつもりだ。機銃が空を切って襲いかかってくる。
背後を取られたら負ける。咄嗟に急旋回、反撃に転じる。
凄まじいGに意識ごと身体が潰されそうになる。ギリギリで踏ん張り、操縦桿を握り治した。まだ大丈夫だ、いける。照準機が辛うじて奴を捉えたと報告してきた。
ミサイル発射。追尾開始。
いける、と思った。だが、奴は寸前でミサイルを回避。逆にこちらに狙いを定める。ミサイルアラートがけたたましく鳴り響く。
回避。舌打ちすらままならないくらいのGが身体にかかる。
相手もこちらを追おうとかなりの機動を繰り返している。同じ苦しみを味わっているかもしれない、という同情にも似た気持ちが湧いてきた。気が緩んでいるのかもしれない。
「二番機、被弾!」
悲鳴のような報告が飛び込んでくる。煙を引いた二番機が気を失ったかのように下降を始める。燃料供給をカットしたのか、炎は見えない。
「無事か?」
「こ、こちら二番機……辛うじてまだ飛べます……」
とはいえ、長くは持たない。二番機を狙っていた敵がその後を追うのが見えた。
「三番機、バックアップに回れ。管制機!最寄りの基地へ緊急着陸要請を…」
指示を出す俺の目の前で、敵機は信じられない行動を取った。
(ギアダウン……戦闘の意志無し、だと?)
被弾した二番機を追っていた機もそうだった。速度の落ちた二番機を追い越し、同じようにギアダウンをして「戦闘を継続する意志が無い」と言っていた。
「ど、どういうことなんでしょうか……」
三番機のパイロットも、信じられないといった様子だ。
ふと、共通回線の声に気付く。敵味方関係なく、全ての航空機が強制的に受信する回線だ。そこから、何かが聞こえてくる。
「……んざ……協定が……れた。全戦闘を……止せ……」
酷いノイズ混じりだったが、これで理由が解った。
「全機、帰投する。終戦だ……!」
敵のパイロットもコレを聞いたのだろう。だからこそ、二番機を撃墜せずにギアダウンしたのだろう。
安堵した隊員の声を聞いて、俺もようやく「終わり」を感じることが出来た。

ややあって、最寄りの飛行場からの着陸許可が下りた。被弾した二番機を先に降ろす。
終戦協定が結ばれ、空域も近かったことから、ついさっきまで戦闘していた相手も同じ飛行場へ降りる事となった。
二番機、着陸。念の為か損傷箇所に消化剤を撒いている。
その横をエスコートしていた三番機が難なく着陸した。
両機のキャノピーが上がり、俺に向けて無事だと手を振っている。
残りは俺、そして交戦した相手部隊だ。
着陸の順番を待っているのか、上空で旋回している。
「後ろから撃たれたりしないだろうな」
「安心しろ。その時は二階級特進をくれてやる」
管制官の笑えない冗談を聞きながら、俺も着陸体勢に入る。
その時だった。
無線信号。発信相手は、相手部隊の隊長からだ。

「イズレ マタ オアイテネガイタイモノダ」

余裕の表れか……それとも、挑戦状か。
一瞬、心が揺れる。
接地のショックで現実に引き戻される。
「あの野郎、どういうつもりだ?」
地上でどう迎えてやろうかと考えながら、俺は着陸体勢に入った奴らを見上げていた。

-1-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える