無理やり住み始めた青年は、珍しいのか、私だけの城をいろいろと見て回り始めた。気にせず、魔術の研究をしようとするが、蜘蛛にでも驚いているのか、時々を奇声を上げるため、集中が出来ず、作業が進まない。
「うるさい・・・!」
何度も肝心なところで奇声のせいで失敗してしまい、怒った私は青年のもとに向かう。とは言っても、大きいお城。当然、必要もないのに部屋が沢山ある。同時に入り組んでもいるので、声の場所に向かうといない。どうやら驚きながらも足は止めていないようだ。ところどころでは高く積み上げていた物が床に散乱していたりして、かなり驚いた形跡がある。
やっと追いついたときには、殆どの部屋を見終わっていた。
「静かにしろっじゃないと追い出すぞ!」
怒るが、こんなことでは大人しくしなかった。遊び道具をもらった子供のように目を輝かせ、あれは何だとか蜘蛛がそこらじゅうに居て驚いたとか、感想を言ってくる。もちろん、感想なんか聞く気のない私はもう一度釘をさしてからすぐに背を向け歩き出す。
それからは言いつけどおり、大声は聞こえなくなった。これで集中ができると思い、途中で放棄した作業を開始しようと屋上に上がる。すると、そこでは液体がこぼれ、混ざり合って不気味になり、床に広がっていっていた。
このままだと大事な本が汚れてしまう。とっさに私は本に手を伸ばしその場を離れようとするが、すぐそこまで迫ってきていた液体を踏んでしまう。混ざりあって元の液状ではなく、ぬるりとした感触が足に伝わり、後ろに体が傾く。いきなりのことで胸に抱いた本を強く抱きしめる。地面に背中を強打すると思い目を閉じる。
「大丈夫?」
しかし、背中にあったのは固い石ではなく、温かい青年の手のひらだった。
「残りの部屋も似たようなものだと思ったから、君のところに来たんだ。よかった、途中で見るのを止めて」
青年が、なぜか安心した顔になる。だが、すぐに「これ何?」と私を床におろし、興味津々で液体を見始める。
「・・・魔術の材料よ・・・・」
素直に答えると、「魔術!?」と驚いた顔で私を見る。ビックリして肩を大きく上げると、今度はその肩を大きな手でがっしりと掴んできた。今まで誰にもそんなことされたことが無かった私驚いて身を固める。
「すごい!すごいよ!魔術が使えるの!?僕、おとぎ話でしか聞いたことなかったんだけど・・・本当に使えるんだね!」
「・・・・」
どうすればいいのか分からない。もともと人とかかわるのが苦手な私だ。初めてのことをされてどうすればいいのか分からず益々本を抱きしめるしかない。すると、そんな私に気付いたのか、青年はゆっくりと手を放す。
「えっと・・・ごめん。興奮して・・・人と付き合うのは苦手?」
おずおずと聞いてくる青年に、私も同じようにおずおずと頷く。
「そうか・・・」
何か思ったのか、声がだんだん小さくなり、少し考え込んだ。少ししてからうなずき、手を差し伸べてくる。
「じゃあ、僕と練習しよう?」
はぁ?
「練習?」
「そう、僕とお喋りすればほかの人にあっても大丈夫だと思うから!」
自信満々に胸をはってから、明るい顔で笑いかけてくる。しかし、そんな青年を私は鼻で笑う。
「お喋り?私にはそんなもの必要ない。私は一生、ここから出ないのだから。・・・人なんかとは話しもしないし会いもしない、お前で最後だろう」
「・・・寂しくない?」
「私はこの城で何百年も一人で生きてきた、今更寂しいはずがないでしょ?」
「本当に?」
「私はお前ら弱い人とは違うから」
だから。だから、心だって強いんだ。一人でいたって何とも思わない、これが普通。
私は逃げるようにその場をさった。
青年が住み始めて一年がたとうとしていた。前は、時間など気にしていなかったが、青年が毎日一緒に住み始めて一週間だね、とか一か月だよ、とか言うから、自然と時間を気にするようになっていた。
基本、私は青年を無視する。勝手に住み始めたのはそっちなのだから。私は歓迎するとも何も言っていない。仲良くする必要なんかない。
それでも、挫けずに話しかけてくる。よくへこたれないなと思いながら、いつしか彼が喋りに来るのを楽しみにし始めている自分がいた。
ある日、私はまた一人で大丈夫だと言った。
ことの発展は、私が「私は人とは感じ方が違う」と言ったことだった。青年がこの言葉に食いついてきた。
私とも自分と同じ感情を持っていると言ってきた。当然、私はそんなこと認めたくなくて、言葉がどんどんひどくなっていく。
「私はお前とは違う、魔獣だ。お前なんか必要ない」
顔を下に向け、吐き捨てるように言う。なんでだろう?彼を傷つけるたびに、胸が痛い。
「寂しかったんだね・・・」
ぽつりと青年が言う。
思いがけない言葉に顔を青年に向ける。
「ずっと一人で・・・寂しかったんでしょ?なんでそこまで自分に嘘をつくの?つらいだけだよ、後悔するだけだよ」
「・・る・・・ぃ・・・」
「君は僕と違って、永遠に生きられる。その分、後悔する数もうんと多い。だから、今のうちに笑って生きてほしい」
「うるさい!!!」
思わず青年を突き飛ばす。人の体ではない力に押され、青年は固い床に尻もちをつく。
「・・・同情なんかはよしてよ!!」
痛い
「何も知らないくせに・・・お前にわかってっ・・・!たまるかよ!!」
つらいの
「幸せなお前なんかに!私のことがわかるはずないでしょ!!」
でも、認めたくないの。虐められてた時みたいに、両親が死んだ時みたいに、
また、傷つくのは嫌だから
臆病な私には、ドアを閉ざすしか自分を護るすべが分からなかったのです。それは幼いプライドになりました。永遠の命と美しい顔立ちを手に入れるために、私は、人といる限り永遠に悲しみを繰り返さなければならなくなりました。
そんなこと、幼い私には耐えきれませんでした。だから、私だけのお城を作ったのです。そうすれば、失う悲しみを味合わなくても済むと思ったから。
確かに、失う悲しみはなくなりました。
けれど、次は孤独で寂しい悲しみが表れました。このままだと、ずっと繰り返す。気が付けば、無意識に自分をだまし続けていました。
「僕は幸せものじゃないよ!生贄に選ばれたときも両親は自分の身を心配して助けてくれなかった!やめてくれとも言わなかった!」
大人しい君が叫ぶように言う。
「無事に帰ってからも、両親が大切にするのは僕以外の兄弟だった・・・!生贄にもならない僕と判断された僕はその時から家族に冷たくされて・・・寂しくて・・・!」
ぼろぼろと、彼の目から大粒の涙がこぼれていくのを呆然と見ていた。一年間、一度も悲しい顔を見せずに、にこにこと笑う青年を見ていたから、泣く彼が信じられなかった。夢でも見ているのかと思った。
「君が好きだからっそんな思いはしてほしくないから・・・!」
だから、一人でも大丈夫なんて言わないで、と子供が駄々をこねるように言う。
「・・・僕はルス・・・君と友達になりたいんだ」
ぐしゃぐしゃな、真っ赤な顔をして今にも再び泣きそうな顔をしながら握手を求めてくる。
「ね?」
・・・ルスは、魔術でも使えるんだろうか。気が付くと、手が勝手に動き、彼と握手を交わしていた。
私は唖然とし、彼はいつものようににかっと笑った。