小説『The Beast』
作者:紅桜()

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 住民たちが噂をしている。少年が、魔獣のところに行ったきり戻ってこないと。

「やっぱり喰われたんだ。今までの噂は本当だったんだ」
「でも、十数年まえに生贄に捧げた子供が帰ってきたって・・・」
「馬鹿っまだ幼い子供のことだ。どうせ逃げ帰ってきたんだろう」
「その子供が、喰われた少年だって」
「生贄に行かなかったから天罰が下ったんじゃないのか?」
「そうに違いないわ」
「聞けば、ろくでもない子だったらしいな。出来の悪い長男だって」
「生贄にもならない子供なんて、喰われて正解なんじゃない?両親達も子供を嫌ってたみたいだし」
「生きてても・・・意味がないな・・・」

 『友』の悪口を言われるのは気に食わないと、初めて知った。
 水鏡に映った愚かな人間たちの姿が見えなくなるように水に手を入れ、めちゃくちゃに動かす。この水鏡は私の魔法がかかったものだ。こうしてかき混ぜれば移っている相手に風が吹く。これだけ強く混ぜれば、強風で相手は転がっているだろう。直ぐに緩やかに静かになった後は、驚いた顔つきの人間たちが映っていた。

「ざまぁみろ」

 またもや、天罰だとか言い始めたので、もう一回と、先ほどより早く混ぜる。その時、扉が開く音が鳴る。とっさに手をひっこめると、『友』が現れた。ここには私と彼しかいないのだから、当たり前なのだが。
 子供っぽい雰囲気で何をしていたのか聞いてきたので、別に、と答えた。

「何してたの?リーベ」

 どうやら答えるまでひかないようだ。仕方なく、悪口を言う人間に罰を与えていたと白状する。そんなことをしては駄目だと言われるが、私より何百歳も下のくせに、と思い、分かったとは言わない。自分では大人だと思っていたが、人と接したりしてなかったので、人とのふれあいの仕方は子供並みのようだ。

「駄目だよリーベ。名前らしくどんなことを言われても愛さなきゃ」

 ルスが幼い子供をたしなめるように私に言う。それがまた気に食わなくてさらに黙る。

「ふふふ、中身は子供みたいだね」

 世話好きなのか、嬉しそうに笑うルスを見て、私も気づけば口元が緩んでいた。

 ルスと『友達』になってから一週間。あれだけのことで簡単に心なんか開けるものかと思っていたが、驚くほど速く心が開き始めていた。それほど友達を求めていたらしい。

「そんなことより。噂になるのが遅いな。どうしてだ?」
「ああ、僕はよく居なくなるから。最高11か月いなくなったことがあるよ!」
「・・・なんでそんなに居なくなるんだ」
「居場所が無いからだよ」

 笑ってはいるが、目は寂しそうな光を宿している。

「いったでしょ?僕にはいらない子。家に居ても、邪魔なだけで居場所なんかない。兄妹達と一緒に居ても直ぐに引き離される。そんなこと何年もしてたから、兄弟たちも僕を邪魔者扱いする。子供は親を見て育つからね。そんなわけだから、僕はよく違う村のところの友達の家に行ってた。昔はよく、生きてても意味あるのかなって、幼い時から思ってた」
「・・・お前は強いな」
「ん?」
「お前は私よりずっと強いと思うぞ」
「リーベに比べたら全然だよ。僕はたった十数年だから」

 確かに、私は何百年も悩み、苦しみ、孤独で居続けた。それでも、それは自分から孤独でいようとしたからだ。ルスの場合は、一緒に居たいのに相手が拒絶し、邪魔者扱い。ルスの方がつらいだろう。


 孤独に居続けた間、落として拾うことなく放置し続けた大切な物。孤独と手を握って、助けてくれようとするルスの手を齧って、何度も零して暴れても、それでもルスは拾って掴んだ。そして、私に返そうとしてくれている。 
 まだまだ自分の気持ちに素直に慣れないが、できるだけ答えていきたい。そう思いながら、今日もルスとできるだけ話そうと頑張る。













 

 料理を覚えた私は、ルスにご飯を作ったりするようになった。最初は何でもかんでも魔法で作っていた(それでも失敗する)が、今ではすべて手作りだ。
 一人の時は、林檎など果物を丸かじりしてそのまま食事は終わりにするので、ルスにはよくもっと食べろよ言われていた。本当は食べる必要はないと言っても、食べておいた方がいいと言って譲らなかった。
 今までは好きなことだけして過ごしていたので時間がたつのが早かったが、今では人らしい生活をしているので、一日が長い。それでも、やはりまだ私の時間の感じ方は違うらしく、ルスが『この前』と言う出来事が私には『さっき』だった。
 今だって、ルスが歳をとってきたと気付いたのは『さっき』だった。

「明日は僕が作るから、リーベはゆっくりしてていいよ」

 にこりと笑う彼の顔はすでに大人になっていた。今のルスの歳ならば、家庭を持ち、働きに出て一家の大黒柱になっているぐらいだろう。もし、ルスが私に合わずにいたならば、今頃は妻や子供と幸せにしていただろう。前に一度聞いてみれば、たぶんそうだと思う、と返された。

「でも、後悔してないよ。リーベに会えたから、好きな人とこうしていつでも一緒に居られる。それに、仕事なんかしなくてもいいからね!教育なんかされてない僕がつける仕事なんか限られてるから。それにどうせ急用も安いよ。それくらいだったら、働かずに自由に生きて死んだ方がましだって思ってた」

 仕事をしたくないなんてこいつらしいと笑うと、少しビックリした顔をされる。友達になっても私は笑うことは少なかったからだ。笑った笑ったと騒いでいた彼も、今では笑ったね、と微笑むだけになっている。騒がしい青年時代に比べれば、性格は大分大人しくなってきている。

 しかし、たとえ彼に心を開きかけようと、行き交う群衆の愛を見つめ、一番大切を望んでいることを避け続けていた。
 自分を護るために無理やり孤独に慣れ親しんだこの身が、彼に抱いている思いを告げ、日だまりで溶けるのを許そうとしなかった。気づいていても、気づいていないふりをし続けている、子供の自分が自分の邪魔をした。

 
 それと同時に、大人になり、歳を重ねていくルスをみて、いずれ訪れる悲しみを無意識のうちに恐れていました。
 だから猶の事、他人を必要だと思う自分が許せなかったのです。
 必要だと思えば、昔を繰り返すと思っていたのです。


 強がりは半世紀に渡り
 彼との毎日・・・それはあまりに幸福な時間でした






-4-
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