小説『The Beast』
作者:紅桜()

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 『友達』が病に倒れた。
 私は、落ち着いていた。





 
 春。そよ風が気持ちいい昼下がりに、屋上で趣味の読書をしていた時に、音がした。大きなものが倒れる音が。
 驚いて音のする方を見れば、ルスが真っ青になって倒れていた。危ない、と思った。
 かなり驚いていたが、大声をあげたりはしなかった。どこかで、いつかこんな日が訪れることを分かっていたんだろう。彼の部屋に行き、寝かせる。

「なにを」

 何をすればいいのか分からない。自分には必要が無いことだと思って病気などは風邪などしか治療法が分からない。それも、適当なものだった。急いで医術関係の本を読み漁る。しかし、素人が今更医学の勉強をしようと、そう簡単に見分けられるほど病気は簡単ではない。

「リーベ・・・」
「ルス?」
「大丈夫。いつかはくることだったから」

 ルスもいつか病気になるだろうと思っていたみたいだ。だけど、私はどうしても納得できない。

「病気なんか、健康に暮らしていればならないときもある。なるときも多々あるがな。・・・私なんかの生活に合わせたから、病気になったんだ」

 私は寒くても平気だから夜遅くで屋上に居たりする。そんな時、ルスはだいたいそばにいた。平気でいる私に対し、彼は震えていた。それ以外にも、我慢して私のそばに居ることが沢山あった。きっと、絶対そのせいだ。
 

 私のせいだと思った


「僕は人間だから、病気にかかるのは普通だよ。大丈夫、直ぐに元気になるから!」

 その言葉通り、今回はすぐに元気になった。その時だけは。

「いつまでも元気でいるから。安心して」

 しかし、いつまでも、ということは人間には無理なことだ。

「君とずっといるよ」

 口で言うのは簡単なこと。できないくせに口だけは達者な愚かで、嘘つきな人間。

「人間は、嘘つきだから嫌いなんだ。お前もだ」
「・・・それはまいったね・・・でも、死ぬまで、なんて言いたくないんだ。死ぬまでだと、それで終わっちゃうから」
「それでいいだろ。十分だ」
「ううん。駄目なんだ」

 訳が分からない。何が駄目なのか。答えに気付いている気がするけれど、分からない。
 人の短い一生で、死ぬまで一緒に居られれば満足なはずだと、私は思っていた。それ以上望んでも、どうにもならないのに。
 ルスは、微笑みながら、死んでからも、一緒に居たいからだと言った。

「死んでからなんて・・・誰にも分からないよ。でも、逆に考えれば、一緒に居ることもできるかもしれないと思える。望めるんだ。だから、望みをかけて大抵の人は死ぬまでとかは言わないんだ。僕は、転生に望みをかけている」
「転生?ほかの者に生まれ変わりたいのか?」
 
 違う、とルスは顔を振る。また人間に生まれ変わる?魔獣に生まれ変われば、永遠の時を生きられるのに?

「人間でいいんだ」
「なぜ?」
「限りある命だからこそ、僕は、君との時間を毎日大切にして生きていける。それ以外の理由は・・・リーベには分かってるよね?」
「・・・たぶん」

 でも、認めたくないから、気づかないふりをし続ける。そんな私の考えが分かっているのか、ルスは悲しそうな顔で笑っていた。














 さらに数十年の月日がたった。私は相変わらず、歳をとらない。
 いつも元気だったはずのルスは、寝込む日の方が多くなっていた。人間の歳では、高齢だった。
 元気な日でも、途中から体調が悪化することがほとんどだった。何も起こらずに静かに過ごす日があると驚くほどになっていた。
 私は、魔法の研究なんかしないで、ずっとルスのそばにいた。

「・・・大丈夫・・・また・・・君のところに行くからね」

 嘘。

「その時、君に気付けたらいいんだけど・・・」

 来れるわけない。来れたとしても、記憶なんかあるはずない。分かっていってるんでしょ?やっぱり人間は意地悪だ。

「永い間過ごしたから・・・リーベが思ってることは・・・だいたいわかるよ。そうだね・・・

 生まれ変われないかもしれない。出来たとしても、記憶はないかもしれない。その可能性が大きいね」

 
 頭を鈍器で殴られたような衝撃がした。分かってはいても、実際に言われたくなかったのだと、今気づいた。落ちこむ私に、ルスは初めて厳しい言葉を言ってきた。

「リーベ。逃げちゃ駄目なんだ」
「・・・・」
「君は、とっくに気づいていたんだろ?全部。けど、気づきたくなかったから、孤独に居続けた。違う?」
「・・・・・・・・・・・・・」

 図星だ。けど、まだ認めない私は、何も言わない。ただうつむくだけ。

「おそらく・・・僕は今日には死ぬと思う。そんな気がする」
「え・・・?」

 顔が上がる。布団に横たわるルスは、落ち着いていた。

「・・・嘘は嫌いだと言ったはずよ・・・」
「そうだね・・・嘘になるかもしれない。けど、なんとなく嘘にはならないとわかるんだ。長年、君の魔法の近くに居たからかな?自分の体のことが、少しわかる。・・・心臓が、弱ってきてるんだ。今も、どんどん、ね。・・・・ちょっと眠いね、少し、寝てもいい?」

 本当は寝てほしくなかったが、頷いた。今日が最後ならば、彼の願いを全て叶えてあげたい。
 そのまま彼は寝続け・・・昼、突然屋上に行きたいと言い出した。

 
 ルスが初めて倒れた日のように、今日は暖かく、彼が大好きな昼寝をするのに絶好の日だった。
 一人で歩けないルスの体を持ち上げ、屋上に行くと、ルスがいつも寝ていた場所にそっとおろす。

「穏やかな天気だね・・・よかった」
「?」
「話しなんかでは、主人公が死ぬときとかは雨がふったりするでしょ?でも、僕は昼寝日和の中死にたいから・・・今日が理想通りの天気でよかった。・・・眠い・・・」
「いつもお前は・・あなたはそうだった。ここに来るとすぐに眠っていって・・・一分もしないうちに眠って・・・呆れてた」
「うん・・・リーベ・・」

 名を呼びながら、そこに居るのを確かめるように、私の頬をしわまみれの手で撫でる。その途端、もう、そんなに時が過ぎたのだと実感した。
 
「愛してる・・・」

 言い終わったと同時に、頬に触れたまま両手で包み込んだルスの手から力が抜けていく。まだ温もりは残っている。だけど、このままだとルスは・・・

「・・・ルス・・・?」

 分かってる。分かってる。気づいてるんだ。

「ルス・・・!」

 もう、病気で苦しむことのない安らかな世界に行ったことを。
 よかった。もう、苦しまないですむ。死に恐れることも無い。大切な人を無くすことも無い。けど・・・・けどね・・・・!」

「私は・・・!」


『隠し事をしてました それが愛だとしっていました』

 
 ずっと、永い間隠し事をしてました。自分の気持ちを気づいていたのに隠していました。
 その気持ちが、愛だと知っていました。
 
 眠るように、そっと消えて行った私が唯一心に入ることを許したお城の住民。それが、両親からも邪魔者扱いされ、魔獣として恐れられる私を好きだと言ってくれたルスでした。そんなこと、人間の時だって誰一人いなかったのです。

 永い間恐れ続けた感情が込みあげました。


『隠し事をしてました 永遠の愛を望みました』


 魔獣になった時から隠し事をしてました。生まれたときから誰からも愛を与えられなかった私は、ルスから与えられた愛を無くしたくありませんでした。だから、永遠の愛を望みました。歳を重ねていくルスに気付かないふりをしてました。
 

 そんな愚かな私に与えられたのは永遠だけ。
 初めて人の為吼え(泣き)ました。
 

『隠し事をしてました、傷つくのが嫌でした 失うのが嫌でした』



 こんなくだらないプライドの扉。愛しき人に好きだと言われたときに、扉を開けばよかった。彼に素直に(すが)ればよかった。縋って、素直に手を握って、笑い合って、糸みたいにどこまでも愛を紡いで・・・

「愛せば・・・!愛せばよかったなぁっ・・・・」

 そうしていれば、こうして後悔することも無かった。愛し合って、満足だと、笑っていられたかもしれない。

「ルス・・・・!ルス・・・!」

 彼の名前の意味。それは光。
 
 私の光だった。孤独で暗かった私の世界を、ルスは光で照らしてくれたのに、私はあと一歩踏み出すのが恐くて、孤独の城から出られず、彼を素直に愛せなかった。

『リーベって、『愛』って意味だよね?愛されて幸せになるってこと?じゃあ、もう叶ったよね!だって、僕は君のこと愛してるから!』

 愛されてた、彼からこれ以上ないくらい愛されていた。私が答えれば、2人とも名前通りになっていた。お城を照らして私を孤独の黒を無くすことでルスは『光』に。私が彼を愛することで『愛』に。なっていたはずだった。
 その時、私はルスの言葉を思い出した。

『また・・・君のところへ行くからね』

 死後の世界なんて、だれにも分からないと、ルスは言っていた。だからこそ、望むのだと。・・・だったら、私も望みたい。ルスが、また生き返って私を愛してくれることを。



 もう、私は孤独でいることが出来なくなっていた。彼を求めていた。
 彼に今まで与えられた温もりの影が、私が孤独の城を再び築くことを許さなかったからだ。
 
 美しさと不死の体を手に入れるために自分で枷をはめたこの体が、ルスがいない間にも、永遠に私の終わりを許さない。

 でも、それでもいいと思った。ルスがいない間、現実の城の周りを楽しそうに行き交う群衆にも愛を蒔いていこうと思っていたからだ。
 恐がられるだろう。恐れられるだろう。そのたびに傷ついていくだろう。それでも、私は前に進まないといけない。私が一人でいるというのは、ルスを悲しませるということ。
 仲良くなった人が死んでしまったら、素直泣けばいい。つらいけれど、永遠に涙を紡ぎ続る。



 ルス。またあなたに会えるその日まで、何千年先も待ち続ける。
 

 永遠に来ないかもしれないけど、それでもいい私は待ち続けるから、だから、ルスも。


「早く・・・来ないと怒るから。・・・・愛してる、ルス」

 
 私は、安らかに眠るルスの額に、誓いのキスをした。




























 何千年も先。人々の生活も大きく変わっていたころ、永遠の命と美しさを兼ね備えた少女の姿をした魔獣が、国を支えていた。
 人々は、魔獣に怯えることなく、逆に親しく接していた。魔獣自身も、笑顔で子供たちの相手をしていた。人々は『愛の魔獣』と呼んでいた。そんな魔獣に心を惹かれるものも多かった。
 しかし、魔獣は決して結婚をしなかった。初めて好きだと思った人が転生してくるのを待っていると言った。人々は、魔獣のために、色々な所に魔獣のことを伝えた。
 すると、何人もの人が自分だと名乗り出た。魔獣を妻にして王になろうと考えるものばかりだった。転生しているのならば、容姿も性格も違うはずと思ったからだ。
 魔獣自身も、恋しき人のことが分からず、とりあえず名乗り出た者たちを自宅に招いてすまわせた。

「分からない」

 悲しそうに言う魔獣に人々は心を痛めた。
 そんな時、また新たに自分だと名乗り出る少年が現れた。諦めかけていた人々は、どうせ偽物だと思っていた。しかし、魔獣だけは諦めずに、その少年を自宅に招いた。

「リーベ」

 教えてもいないはずの名前を少年は大声で上げる。名前を言われた魔獣、リーベも、確信をもってはっきりと言った。

「ルス」

 リーベとルスにはお互いが不思議とはっきり分かった。相手を見た途端、間違いないと確信した。
 
「ただいま」
「おかえり」

 泣き笑いになりながらも帰りを告げるルスに、リーベも同じように泣き笑いになりながら、出迎えの言葉を優しく言う。

「これから、永遠に私のそばに居てくれる?」
「もちろん」

 リーベの言葉の意味が、ルスには分かっていた。『永遠』に。つまり、恋しき人と同じ不老不死になること。リーベの会った時からの望み。死ぬ間際、ルスも望んだこと。

「・・・愛してる。結婚しよう?」
「私も愛してる」

 2人は涙を流して抱き合った。



  〜END〜

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