小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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さらに、日々の診察終了後には夜の手術、掃除・片付け、反省会など、ただでさえやる事は多いが、勉強会がある日はもう泣きそうになる。
獣医師は常に新しい知識を学んでいないと最高の治療ができないため、近隣地域の病院の獣医師たちが知識の共有を図るため、定期的に集まって夜の勉強会を開くところも多い。
そして、我が病院ももちろん地域の勉強会に毎回参加しているのだが、他の獣医師たちの話をただ聞くだけならともかく、うちの院長はさらに無理難題を押し付けてくる。
見栄のためだか何だか知らないが、我が病院は勉強会ごとに最低一つの症例を発表することにしているらしいのだ。
発表するのは院長だが、原稿を作るのはもちろん先輩や僕だ。
診療や雑用で忙しいのに細かい点まで訂正を受けて何度も作り直し、勉強会直前にやっと仕上げるわけだがその間の自分の仕事はほとんど後回しになっているため、翌日以降にまとめてやることになる。
しかし、院長からの特別な配慮は何も無く、「仕事が遅い」と遠まわしに嫌味を言われ、ミスがあれば躊躇無く怒鳴られる…。
正直、勉強会の内容も疲れていてほとんど頭に残らないが、その事でまた院長に「やる気を出せ!!」だの「根性が無い!!」だのと言われると「お前のせいだよ!!」と思わず叫びたくなってくるのだ。
それを堪えて謝るのが、またストレスになって吐き気を催すんだぁ…、HAHAHA…。
院内犬の心配をしてる場合じゃないよね…。

また、知識の入手先としては専門書や獣医関連雑誌の存在も大きい。
珍しい病気などは専門書を見ないと検査や治療法が分からないし、雑誌などからは最新の治療法や流行っている病気などの情報が得られる。
ただし、専門書も雑誌も需要が少ないため、やたらと値段が張るのだ。
新人の獣医師は、数万円もする専門書をおいそれと買うことはできない。
しかし、多くの動物病院には大抵そういう書物が病院のものとして置いてあり、病院で勉強する分にはあまり困らないはずなのだ…。
が!!何度も書いたと思うが、我が病院は他とは違うのだ!!
もちろん、院長は病院の経費でそういう本を購入している。
しかし、そのほとんどは院長の自宅である2階に貯蔵されている。
そこは当然、院長一家以外の人間が踏み入ることは許されない聖域である。
したがって、従業員は1階に置かれた十数年前の専門書や古雑誌で期限の切れかけた知識を頼りに診療をしなければならないのだ…、院長に「古いやり方をしとるのぉ〜。」とバカにされながら…。
「本ぐらい読ませてくれても良いのでは?」という当然の疑問が湧いてくるが、院長曰く「自分でお金を出して買った方が無駄にならないように必死で内容を覚えるはず。その結果、知識の向上にもつなが…(もういいよ!!その理論!!)
それっぽい理屈を言っているが、どうせ本心は「自分の金で買った本を他人がタダで見るのは損。」とか「従業員が知らない最新の知識を披露すればもっと尊敬される!!」とか思っているのだろう。
本当に小物すぎて、何でこんな院長の下で働かなきゃいけないのかと思うと泣けてくる。
まぁ、軽率に病院を選んだ僕がいけないのだが、もうそろそろこの罪は許されてもいいのではないだろうか。

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